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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜エスタ(1)・1〜




 塩が表面を覆う不毛の大地。白骨化したモンスターの死骸の間をいがらっぽい風が通り抜け、乾いた音をたてる。生命の存在を拒否した死の世界。
 そこが、エスタへの唯一の道だと知る者は少ない。
 魔女戦争以前からエスタは、その実状をほとんど知られていない謎の国だった。そして終戦後、エスタは完全に沈黙して外部との交渉を公式にはいっさい持たず、その上、突然起こった電波障害や地形の変化などの条件も重なって、今ではその国の位置すら特定できないありさまだった。
 そしてそこへのたったひとつの入り口も、知らない者が見ればただのきりたった崖でしかなかった。
 崖の端で、何もない空間に手を伸ばす。指に何かが触れ、目の前の風景がかすかに乱れた。そして空中にぽっかりと穴が開いた。
 OCRパネルが作る『結界』に隠された巨大国家・エスタへの道がそこに開いた。



×××



 柔らかい曲線を描く高層ビルと市街にくまなく張り巡らされたハイウェイが独特の美しい造形を織りなす大都市、エスタ。卓越した科学力と、世界に存在するどの国ともまったく異質の文化とを持つこの国に帰るたび、この光景を見慣れたはずのラグナもつい驚嘆の念を持ってしまう。
 いつもならば。
 大統領官邸に向かうリフターの上で彼は、ただまっすぐ前を見つめていた。
 きびしい表情をはりつかせたまま。
 キロスとウォードは彼に声をかけることはおろか顔を見ることすらできず、両脇を流れ行く風景をぼんやりと眺めていた。
 官邸前広場のステーションに到着すると、リフターが十分に停止するのも待ちきれずにラグナはそこから飛び降りた。警備にあたっていた兵士たちが彼の姿を見つけて敬礼した。いつもならばラグナは警備兵たちに声をかけ、時には無駄話がすぎて兵士たちといっしょに彼らの上官に怒られることもしばしばなのが、今日は何も言わずただ手をひらひらさせただけで通り過ぎた。
 大統領執務室に通じるエレベーターの前で、大統領代理を務めるリントナーがラグナを出迎えた。
「お帰りなさい、ラグナさん」『大統領』と呼ぶといやがるので、彼はいつもラグナのことをそう呼んでいた。「エスタにお帰りになってまっすぐ官邸においでになるなんて、珍しいですね」
「ああ」ラグナはつっけんどんに答え、エレベーターに乗った。「リントナー・・・・・・・・・・・。オレの大統領権限は、まだ生きてるか?」
「はい?」
「どうなんだ?」
「は、はい・・・・・・・・・そうですが」
「だったらオレの辞表、当分のあいだ撤回しておいてくれ。−−−−大統領命令だ。エスタ軍全軍をあげて、エルオーネを大至急、探してもらいたい」
「は?!」
 エレベーターは最上階に着いた。ラグナは廊下を早足で歩きながら、指示を出した。
「軍の佐官以上、情報部の部長および国外各地区情報収集担当主任、特にガルバディア方面は実務担当者全員、それを、現在市内にいるヤツだけでいいから3時間後に107会議室に集めてくれ。それから、予備役の兵士にも緊急召集をかけろ」
そして大統領執務室の前で立ち止まった。
「オレは今から会議用の資料を作る。呼ぶまで邪魔すんな」
 ラグナはそれだけ言うと、執務室にひとりこもった。
「シーゲルさん・・・・・何か、あったんですか?『エルオーネはオレが探す』とがんこに言っていた人が急に、あんなに血相を変えて・・・・・・・・」
「ガルバディアの魔女も、エルオーネを探しているらしい」
キロスは答えた。
「魔女・イデアが?なぜ?!」
「理由はわからない。実のところ、それがあのエルオーネだという確実な情報をつかんだわけでもない。ただ、『20代前半の亜麻色の髪のエルオーネを探している』と、それだけだ。しかし、あの子はあなたがたも知っている通りの娘だ。魔女が大規模な軍事行動を起こしてまで探しているのは『ラグナくんの娘のエルオーネ』で間違いないだろう」
「やはり、後継者にするつもりなんでしょうか?魔女とは異質の力を持つ彼女に魔女の力を受け継がせて」
「そうかも知れないし、そうではないかも知れない。しかし、魔女の意図するところがなんにせよ、その手段として一国を乗っ取りあれだけ乱暴な方法をとっているということは、エルオーネの保護はひとりラグナくんだけの問題ではなくなってしまったようだ。だからここはどうか−−−−エスタの全面的な協力をお願いしたい」
「−−−−わかりました。では至急、全軍に非常召集をかけます」
リントナーはきびすを返すと、軍司令部に急いだ。
 キロスとウォードは、大統領執務室のかたく閉じられたドアをしばらく心配げに見つめていた。そして、目配せすると、彼らもリントナーのあとを追った。



×××



 3時間後。
 軍や情報部の人間30数名が官邸内の会議室に集まった。
 エスタに平和が訪れたのち実務を離れ、外部顧問的な役割をするにとどまっていた大統領の突然の強権発動に、彼らはとまどいを隠せなかった。
 ガルバディアに邪悪な意志を持った魔女が現れ国外では戦争状態になっていることと、ラグナには行方不明の娘がいること。世界情勢にかかわる問題と一個人の事情とがひとつに結びついているという話も、にわかには信じがたいことだった。
 しかし、ラグナがジャーナリストとして自分の足で調べあげた事実を元に行った状況説明には、誰もが納得せざるを得なかった。
 それに、過去魔女に支配された暗黒時代を経験し今も爆弾をかかえたままのエスタの人々は再び現れた魔女に、エスタにはまだ害が及んでいない今から大きな危機感を持っていた。彼らは彼らで、魔女のこれ以上の暴走を止める手段を探っていたところでもあった。
 そして、その鍵のひとつが今、ここに見つかった。
 ラグナはおおまかな現状説明を終えると、行動計画に話を移した。
「−−−−−これまでにガルバディア軍はセントラのほぼ全域、トラビア南部、バラムの一部の町への攻撃を終了している。これまでのところ、FHと、さきほど入ってきた情報によると、バラムの首都はガーデンの傭兵たちの抗戦によって撤退を余儀なくされているが、それ以外の町は壊滅的な被害を受けた。その理由は、さっき説明したとおりだ。現在ガルバディア軍の主力部隊はバラムとトラビア近辺に集中している。この地域の小規模の町の探索を軍には至急、重点的にやってもらいたい。ガルバディアの攻撃目標に入っていない人口の集中している都市部は、情報部に調査してもらう。こちらを攻撃する予定が当面のところはないのは、エルオーネを生きたまま捕らえるのが目的だからと思われる。大都市の調査には時間がかかる。確実に調査を終えないままでは不用意に攻撃できないんだろう。それから、ガルバディア政府内部に−−−−−−」
 作戦の骨子を一通り提示し、人員の配置は各責任者の裁量にまかせると言うと、ラグナはそこで言葉を切った。
 次の言葉を言っていいものかどうか、彼は迷っていた。
 それを言ったばかりに、軍の志気を下げるかも知れない。
 それだけならばともかく、反発を受けることになるかも知れない。
 それでも言わずにはいられず、彼は言葉を続けた。
「−−−−エルオーネの保護は、本格的な戦争になるのを食い止めることになるだろう。それはひいては、エスタの、みんなの平穏な暮らしを守ることになる。だけどオレにとってそんな理由は、あとからついてきたおまけみたいなもんだ。オレはただ、オレの娘を魔女の手から守ってやりたい。そのことだけを、考えている」
ラグナは目を閉じた。気が遠くなりそうだった。
「−−−−立派な大義名分こそあるが、本音はそんな自分勝手なもんだ。そんな自分本位の理由で一国の軍を動かそうとするのは間違ってることは、重々承知している。それでもあえて、みんなに頼む。どうか、オレの娘を救ってやって欲しい。ひとりの父親として、お願いする−−−−!」
 ラグナは頭を下げた。
 会議室の中はしんと静まり返った。
 咳払いひとつ、聞こえてこなかった。
 書類がわずかにかさりと音をたてた。
 最前列に座っていた将校のひとりが、ゆっくりと立った。そして、言った。
「−−−−それでは、一刻の時間も無駄にはできません。さっそく軍の編成をし、準備が出来次第順次出発させます」
それを合図にみな立ち上がり、それぞれの持ち場に散り始めた。
 その動きには、なんの迷いもなかった。
 それを見て、ラグナは再び深々と頭を下げた。
 彼らのすばやい行動に、感謝してもしきれなかった。
 そして自分自身も、何かしなければならなかった。
 ラグナはまだ会議室に残っていた将校を呼び止めた。
「アルバトロス方面の探索にはオレも加わる。頭数に入れといてくれ」
「は?大統領ご自身が・・・・・・・・ですか?」
「頼むよ。足手まといにはならねえから」
「−−−−わかりました」彼は一瞬逡巡したのち、そう答えた。「それでは、そのように手配します」
「・・・・・・・・・ありがとよ」
 会議の様子をキロスとウォードは末席で黙って見守っていた。
 その横をラグナは、無視するように通り過ぎてドアへ向かおうとした。そこをキロスは呼び止めた。
「なんだよキロス、また説教しようってのか??悪ぃが今度ばかりは聞く耳持たねえからな。エルオーネに危険がせまってんだぞ、それなのにこんなとこでのほほんとしてられるかってんだ!!」
「しかし、本部に指揮官が不在というのは問題だな」キロスは静かに言った。「そこで、私とウォードは君の代わりにここに残って、リントナーと共に総指揮にあたる。エルオーネの保護報告や重要な情報が入り次第君に伝えるよう努力はするが、こちらから積極的に連絡する手段は事実上ないだろう。だから、こまめな連絡は欠かさないように。それから、君が行くと言っていたアルバトロス地方は最も緊急を要する地域だが、それは同時に、ガルバディア軍と遭遇する危険が大きいことも意味する。君には厳選したSPと兵士を同行させる。こんな時だ、多少の無茶はいたしかたないが、命の危険をかえりみない無謀な行動はくれぐれもつつしむこと。この作戦の結果エルオーネが無事見つかったとしても、代わりに君がいなくなったのでは・・・・・・・・・話にならないからな」
「キロス、ウォード・・・・・・」ラグナはふたりの肩を抱いた。「すまねえ・・・・・・・・恩に着る−−−−−!」
「・・・・・・・・・・・・」
「礼を言う相手を間違えている、とウォードが言っている。私も同感だな。その言葉は、エルオーネが見つかったあとエスタの人たちに言うために取っておけ」
「は、はは・・・・・・。それも、そうだな」ラグナは泣き出しそうな笑みを浮かべた。「−−−−そんじゃ、行ってくる。あとのこと、よろしく頼む」
 キロスとウォードは会議室から出て行くラグナの背中を見送った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・そうだな。自分のことにはとことん鈍感なラグナくんのことだ、気づいてはいないだろう。あいつの必死な想いこそが今、ひとつの国を動かしていることには、な」
キロスは立ち上がった。
「では、私たちも行こうか。エスタに残るからこそできることが、私たちにはある」



×××



 探索を開始してから何日たっただろうか。
 何の手がかりも得られないまま、時間ばかりが過ぎていった。
 そして状況がさらに不利になっていくのをラグナは感じていた。
 ガルバディア軍が大規模な軍事行動を起こしている理由が、まだ無事な町にまで知られるようになっていた。それは、軍が攻撃するまでもなくエルオーネをあぶりだすことになる。事実、そんな娘がいるようならさっさとさしだす、と言い放った首長はひとりやふたりでは済まなかった。
 しかし、ガルバディア軍の動きは今も止まらない。ガルバディア政府内部に入り込んだ情報部員からも、よい知らせも悪い知らせも伝えられてこない。エルオーネの行方は、むこうにもわかっていない。
 ふたつの国が総力をあげて探しているのにそれでも見つからないなんて・・・・・・・・・。
 どこに行っちまったんだ、エル・・・・・・・・・・・・?
 いくつもの町が次々に捜索の対象からはずされ、ラグナが乗り組んだ船団が担当する地域もあと数カ所を残すだけになっていた。
 全部探し尽くしてそれでも見つからなかったら、あとはどうしたらいいもんか・・・・・・・・・・・。
「大統領!」
突然、兵士がひとりキャビンに駆け込んで来た。
「なんだ?!」
「ガルバディアの船団です!」
「あら〜〜〜、とうとう出くわしちまったか・・・・・・・・・」
ラグナは甲板に飛び出していった。この海域には多数のガルバディア船が展開してるはずなのに今まで遭遇しなかったのは、幸運としか言いようがなかった。
 戦闘に入ることも覚悟して、ラグナは兵士が指す方向に目を向けた。
 その船団の様子は、どこか変だった。
 単に移動しているだけにしては動きがあわただしい。しかし、こちらに気づいての行動とも思えない。
「なあにやってんだ?あいつら・・・・・・・」
 ラグナは双眼鏡をのぞき込んだ。狭い海域に軍船がかたまっている。そしてその中に、あきらかにガルバディアのものとは違う船が一隻。
「・・・・・・おい、あれ、民間人の船じゃねーか?」
彼は隣に立つ船団長に言った。
「どれですか?」
「ほれ、あの右のはしっこの方にいる白っぽい船」
 ガルバディア軍は、その船を追い回していた。白い船も必死になって逃げようとしている。しかし、スピードを上げては落とし、上げては落としを繰り返していた。どうもエンジンの調子が悪いらしい。
「ヤバいな・・・・・・・・・・あのままじゃああの船、ガルバディア軍にいいようにされちまうぞ。おい、なんとか助けてやろうぜ」
「しかし、こちらにはそんなに戦力があるわけではありません。あれだけの船団を相手にするのは」
「だけどこっちだって立派な軍隊だろが。あの船の連中を助ける間くらいなら、なんとかもつだろ??」
 なんと言われようと、十分な戦力がないことには変わりがない。しかし、ただ拒否するだけではこのおせっかいやき大統領のことだ、そのうち自分ひとりでも助けに行くと言い出しかねないからと、船団長はあきらめた。
「・・・・・・・・わかりました。努力はします。しかし、少しでも戦況が不利になるようでしたらすぐに撤収します。いいですね?!」
「わーったよ。あんまし無茶はしてなくいいからそんでもなんとかしてやってくれ」
 少なくとも3倍の戦力がある敵軍に自分からつっこんでいくこと自体が無茶なんです、と船団長は言いたかった。しかしそれ以上は言い返さず、臨戦態勢を整えるべく各船に伝令を出した。




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