SECOND MISSION〜Final
Fantasy VIII・IF〜
〜バラム・2〜
「んじゃ、どうしてもこっから先には行けねえの?」 バラムへの海峡横断鉄道・ガルバディア側最終駅の窓口で、ラグナは訊いた。 「申し訳ありませんが。政府の通達で、2日前から民間人の出入国は禁じられているのです」 駅員は、もう何度言ったかわからない答を繰り返した。 「だけど、オレはどーしてもバラムに行かなきゃなんねえんだよ!」ラグナは思わずそうどなっていた。「トラビアでもフィッシャーマンズ・ホライズンでも、このさいだからセントラでもいい。とにかく、ガルバディアから出る方法はねえか?別に列車じゃなくても、船でもいいんだ」 「さきほどから再三申し上げてますとおり、出入国自体ができませんので。船便のことは存じ上げませんが、国外への連絡船はすべて運休しているかと」 「あ〜〜、くそ〜〜〜〜〜」ラグナは頭をばりばりかいた。「・・・・・・・・・・ま、お上の命令じゃあ、あんたにごちゃごちゃ言ってもしゃーねーか。悪かったな、にーちゃん」 「本当に申し訳ございません」 若い駅員はほっとして言った。そして、別の客がごねてくるのに備えてあらためて身構えた。 |
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ラグナは駅構内のカフェでコーヒーを頼むと、地図を広げた。そして現在位置を必死になって探すうちに、文字がさかさまなのにはたと気がついた。彼は照れ笑いを浮かべながら、地図を正しい向きに持ち替えた。 「−−−−−とにかく、ガルバディアからは意地でも出ねえとな・・・・・・・・・・・・・・・・」 デリングシティなんぞに行ってないでキロスたちといっしょに出国しちまうんだったと今さらと思っても、しかたがないことだった。 しかし、こんな状況でも抜け道のひとつやふたつ、絶対にあるはずだ。 鉄道はペケ。あとは、船しかない。 ラグナは海岸線にそって地図の上に指を走らせた。 車で1時間くらいの町からバラムへの定期船が出ているが、運休しているのは間違いない。いちおう国外であるドールには行けるらしいが、ガルバディアがばっちりにらみをきかせているからだろう。ここからの船も期待できない。 どこかで船をチャーターするか、船だけ借りて自力で行くか−−−−。 しかし、自分で動かせるのは小型のモーターボートが限度。小型船でバラムまでたどり着くのはただでさえ難しいというのに、海の上で迷ったりしたら目もあてられない。 かと言って、この状況下でも実費とこころづけ程度のカネで船を出してくれる人がいるかどうか。カネにものを言わせられるほどの手持ちはさすがにないし−−−−。 「あっ・・・・・・・・・・・・・」 ラグナの指が、ひとつの地名の上で止まった。 ひとりだけ、いる。頼み込めば動いてくれそうなヤツが。 だけど、よりによってコイツか・・・・・・・・・・・・・・。 ラグナはまだ別のルートがないか、あーでもないこーでもないと、往生際悪くさんざん考えた。しかし、どうしても思いつかない。 「はあ・・・・・。なんでキロスたちを先に行かせちまったんだか・・・・・・・・・・。あいつらならもっとうまい方法を考えてくれたかも知んねえのにぃ。−−−−オレの、バカ〜〜〜!」 ラグナはわけのわからんことを言いながら頭をかかえた。 コーヒーはとっくに冷たくなっていた。 |
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漁師町、ニケア。 漁業が主な産業の小さな町だが、隠れた観光スポットでもある。美しい自然と、おいしい魚料理。バラムに比較的近いためか、本来バラム周辺でしか採れないはずのバラムフィッシュが夏場の一時期には水揚げされることもある。 ・・・・・・・・・・・・とまあ、こんな観光案内記事を、ラグナはジャーナリスト活動を再開した直後の10年ほど前にとある雑誌の依頼を受けて書いていた。 その時取材協力をしてもらい、それ以来つきあいがある船乗りの家の前にラグナは立っていた。 そして、まだ困っていた。 気のいい頼りがいのある人物ではあるが、ちょっと苦手だった。 それでも、他に頼れる相手はいない。時間もない。 ラグナは思い切って、呼び鈴を押した。 そして返事が返ってきたのは−−−−なぜか背中の方からだった。 「あら〜〜、ラグナじゃない。どーしたの?」 振り向けば、食料品のつまった大きな袋を抱えた中年の女性がそこにいた。昔はかわいい系美人だったことが容易に想像できる、今も少女の雰囲気を残すきゃしゃな感じの女性だ−−−−外見だけは。 「あは、は・・・・・・・・・・・・。やあ、レナーテ」 「久しぶりね〜〜。1年ぶりくらいかな。−−−−あれ?ひとり?お目付さんたちは?」 「今日はオレひとり」 「へ〜〜、めずらしい。途中で迷ったりしなかった?」 「・・・・・・・・いちおう、な」 実は道を1本間違えて1時間ほどよけいなところをさまよったのだが、このくらい彼にとっては迷ったうちに入らない−−−−−ことにしておこう。 「ま、中に入んなさいよ。なにか立ち話じゃすまない用事があるんでしょ?」 |
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朝ちょっとつまんだだけのラグナのために遅すぎる昼食を作りテーブルに並べると、レナーテは訊いた。 「それで、用件は?こんなきな臭い時期に、おきらくな娯楽記事の仕事とかプライベートで遊びに来たってことはないよね」 「まあな。−−−−じつは、バラムに行きたいんで、船を出してもらいてえんだ」 「バラムに?」彼女は顔をしかめた。「今、ガルバディアは鎖国状態だよ。この町の船はほとんどが近海で仕事してる漁船だからあんまし関係ないけど、それでもいちおう領海から出るなって通達が来てる」 「わーってるよ。だから、頼みに来たんじゃあねえか。明日の朝までにバラムに行かなきゃなんねえってのに、鉄道も船も全部止まってるからさ」 「明日の朝ぁ?ずいぶん急ぎだねえ。そんな無理してまで行かなきゃならないどんな用事があるんだい?まさか−−−−危ないことに首つっこんでるんじゃないだろうね」 「それが・・・・・・・・つっこんでるんだな。もうひっこ抜けねえくらい、どっぷり」 ラグナはレナーテに、これまでの事情を説明した。 「オレは、自分があんたにめんどーなことを頼んでるのはわかってる。あんたにはそこまでする義理がないこともわかってる。だけど、頼れるのはあんたしかいねえんだ。だからあえて、頼む。オレのことはどうだっていい。若い連中を助けると思ってさ」 「ふ〜〜〜ん・・・・・・・・・・」レナーテはしばらく考えたのち、言った。「いいよ。船、出しましょ」 「・・・・・・・・・・・わりぃな」 「ま〜〜〜たすぐそうやってあやまる。あんたの悪いクセだよ」彼女は言った。「事情を十分わかった上でやるって言ったのはあたしなんだから、気にすることないっての。キロスたちもおんなじようなこと言ってんじゃないの?それにさあ。軍に捕まんなきゃ平気だろ?だったら大丈夫だって。こんな田舎町まで警戒するほど軍もヒマじゃないだろうし、見つかったところで逃げ切ってやるさ。あたしを誰だと思ってるんだい?」 「あ〜〜〜〜、そうだった、な」 ラグナは苦笑いしながら言った。彼女は今でこそ平和な仕事をしているが、若かりし頃は軍で海上警備の任務に就き、犯罪者を追い掛け回していたこともある。その頃つちかった操船技術は今も衰えていない。 「そんなら善は急げ、だ。ひとっ走りして、船の点検だけしてくるわ。だけど、出航は暗くなってからだよ。町の連中にも見つからない方がいいし。今日は海もおだやかだから、真夜中前に出れば夜明け頃にはバラムに着くよ。あんたはとりあえず、ゆっくりゴハン食べてて」そして彼女はふいににこーっとして、言った。「そんで、そのあとも時間はたっぷりあることだし、カードでもやろうね、ラグナっ」 やっぱりそうきたか・・・・・・・・。ラグナの顔がひきつった。 「あ、あのさ、レナーテ。オレ、カードなんか持ってねえし、たかってくれてもいいほどのカネも、持ち合わせがないんだ、けど、な。・・・・・・・・・そりゃ、船の燃料代くらいは出すけどよ」 「いーからいーから。カードなら貸してあげるって。そんで、もしあんたが勝てば、船賃はチャラにしたげるよ。ハイ、決まり。−−−−−じゃ、1時間くらいで戻るからね」 レナーテが出ていくと、ラグナはため息をついた。 ・・・・・・・・・・・だから、できることなら来たくなかったんだよなあ・・・・・・・・・・・。 彼女はカードが3度のメシより好きなのだ。その上、めっぽう強い。おまけに、人格が変わったりもする。 ああ言ってたんだからふところが痛むようなことにはならないだろうが、またトロいだのヘタクソだのボケナスだのさんざん言われるうえに、もう何度も聞かされたカード必勝法をえんえんとぶちまかされるんだろうなあ・・・・・・・・・・・・。少しでも勝てばそんなことはないだろうが、自慢じゃないが、彼女に勝ったことはハンディをつけてもらっても、一度もない。 でも、思った通りあっさりと船を出すことを承諾してくれたし、しゃーねーからつきあうか。 このくらいの不幸は不幸のうちに入らない・・・・・・・・・・はずだ。 それでも、カードに熱くなった彼女を思い浮かべたら、ちょっとばかり胃が痛くなった。 |
××× |
日付が変わろうとする頃、ラグナとレナーテは漁港を抜け、その先にあるハーバーに向かった。 そこには数隻のクルーザーが停められていた。釣りなどに訪れる観光客用の船、そのうちの1隻がレナーテの所有だ。彼女は先の魔女戦争で夫を亡くしたのをきっかけに退役し、それ以来、観光客を相手にして生計をたてていた。時にはバラムやドールまで客を送迎することもあり、このあたりの海のことはよく知っていた。 あたりに人影がないことを確かめると、彼女はゆるゆると船を動かし始めた。そして港を出、灯台のあかりが届かなくなったところでエンジンを全開にし、一気に沖に出た。 彼らはしばらく追ってくる船がないか警戒していたが、その気配はまったくなかった。 「ほ〜ら、大丈夫だったでしょ?ここまで来て追っ手がないようなら、もう安心だよ」 「だけどおまえ、あとはどうすんだ?帰ったあとでまずいことにはならないか?頼んだオレが訊くのもなんだけどよ」 「あんたといっしょのところを見つかるのはさすがにヤバいかもしんないけど、ひとりならなんとでもごまかせるよ。あたしが夜、ふらっと海に出るのはいつものことだし。あたしの心配はいいからさ。そんなことより−−−−−。ねえ、ラグナ。ひとつ訊いてもいい?」 「なんだ?」 「あんたさあ・・・・・・・・・・・。ジャーナリストやってるのは、行方不明の子供さんたちを探すのに都合がいいからってのがあったんじゃなかったの?だったら観光案内とか生活密着記事とか安全な仕事がいくらでもあるだろうに。なんだってこんな、命がけの事件なんか追っかけてるのさ?しくじって死んだりしたら、元も子もないよ」 「う〜〜〜ん、そうは思うんだけどよ・・・・・・・・・・」ラグナは頭をかいた。「だけど、知っちまったことはしゃーねえんだよなあ。見て見ぬふりってやつがどうしてもできなくってさ。気がついたら、のっぴきならねえとこまで足つっこんじまってる。そのせいで家族を失くしちまったってのに・・・・・・・・・こりてねえんかなあ、オレってさ」 「ま、それがあんたのいいとこだとも思うけどね。−−−−だけど、少しは他人や世界のことよりも自分のことを大事にしたってばちはあたらないよ」 「そうかも知んねえな・・・・・・・・・・・・」 ラグナは暗い海を眺めながら、つぶやくように答えた。 そうかも知んねえけど・・・・・・・・・・・・・。 気がつけば、興味の向くまま心の動くまま、あとのことは全然考えずにどこであろうと首をつっこんでいる自分がそこにいる。 自分のことを大事にしていないわけじゃない。先の見えない人生に不安を感じないわけじゃない。 今度のことだって、本気で手をひこうとしてできないことはないだろう。 だけど、手をひけばそれでオレは安心してしまえるんだろうか? 自分が見るはずだったこと、するはずだったことを考えて、いてもたってもいられなくなる、ということはないだろうか−−−−? 結局、冷静に無難な道を選ぶには、オレって人間は落ち着きがなさすぎるんだよなあ・・・・・・・・・・・・。 「−−−−−ねえ、ラグナ。あたし、ずっと思ってたんだけど。もし・・・・・・・もしも、だよ。もし、あんたさえよけりゃ・・・・・・・・・・・・・・・・」 レナーテのその問いに、返事はなかった。彼女はふりかえった。ラグナはいつの間にか、客席の背もたれによりかかって眠っていた。 「・・・・・・・・・・疲れてるんだね。あんたの気持ちはわかるけど、もう無茶はやめなよ」 彼女は棚から毛布を出した。そしてそれをラグナにかけてやりながら、彼の左手の薬指に光る結婚指輪に触れた。 「・・・・・・・・・・・もし、あんたがあたしのためにこれをはずしてくれるのなら、あたしはあんたにもう一度、家族を、帰る場所を作ってあげる。だけど−−−−だめだよね。あんたの心には、ずっと前に亡くなった奥さんが今も棲んでるんだもん・・・・・・・・・・・・」 彼女はラグナのひたいにそっと唇をつけると、操舵席に戻った。 ラグナが、あんたならと言って、自分を頼ってきてくれた。そして今、広い海の上でふたりきり。 それだけでも、幸せだった。 |