SECOND MISSION〜Final
Fantasy VIII・IF〜
〜バラム・1〜
デリングシティ、カーウェイ邸。 カーウェイは自宅の書斎でその日最後の書類に目を通し終えると所定の位置にサインをし、『既決』の箱におざなりに投げ入れた。 中尉程度の者が決裁すればいいようなつまらない報告書や計画書。しかし、今の彼にはそんな仕事しか回ってこなかった。 すでに午後11時になろうとしていた。もう寝よう、とカーウェイは立ち上がった。 その時、すぐそばの窓ガラスがコン、と小さく鳴った。 彼は窓に目をやった。ガラスが室内の光を反射し、外は見えなかった。 風が出てきたか−−−−彼は、窓をほんの少しだけ開けた。 「カーウェイ大佐」 暗闇の中から、彼の名を呼ぶ声が聞こえた。 「誰だ?!」 彼は暗がりに向かって叫んだ。 「オレです。レウァールです。ラグナ・レウァール」 「レウァール・・・・・君??」 窓近くの立木の枝の上に、ラグナが立っていた。 「ちょっと話したいことがあります。そっちに行っていいですか?」 「あ・・・・・・ああ」 カーウェイは窓を大きく開け放ち、脇にどいた。ラグナは窓枠に飛び移り、すたっと床に着地するつもりが−−−−いきおいあまってすっころんだ。 「いてて・・・・・・・・・・・・。やっぱし若い時とおんなじってわけにはいかねえや」 ラグナはきまりわるそうに立ち上がると、手についた木の皮のくずをはらった。 「すみませんね、こんな時間にこんなところから。今、軍にお尋ね者扱いされてるもんで、正面からおうかがいするわけにはいかなくて」 「君、どうしてここへ・・・・・・・・・。D地区収容所へ送られたのでは・・・・・・・・・?」 「逃げてきたんですよ。SeeDたちといっしょに」 「SeeDと?では、彼らが言っていた『協力者』というのは君だったのか?」 「こちらに報告が来ていましたか。−−−−そうです。いっしょに捕まっていたオレの仲間に、大昔のことですが、あそこで働いていたヤツがいましてね。下働き程度の仕事だったんですが、それでも、脱走を成功させるのに必要なだけの情報は持っていた、というわけです。これまで何も問題がなかったからと言って、20年もシステムを変えなかったというのは考えものですね」 ラグナはソファに座った。 「−−−−ってオレは、わざわざ収容所の警備システムの甘さを指摘しに来たわけではありません。そうではなくて、魔女・イデアの情報が欲しくて来ました」 「魔女の?」 「魔女がガルバディアを支配した目的、これからの行動予定、それにともなう軍の動き。前お会いしたあとにわかったこと、今なら話せること、それをほんのささいなことでいい、教えて欲しいのです」 「私は今、事実上の左遷状態だ。階級こそ下げられなかったが。自宅から許可なしに出ることもできず、つまらない事務処理に追われている。有益な情報を持っているとは自分でも思えない」 「知っています。しかし、まるっきり何も聞かされていないというわけではないでしょう?軍の人間だからこそ知り得る情報が何かあるはずだ。それと−−−−。あなたが本当に閑職に回されただけなのか、この目で確かめたかったということもあります」 「少なくとも現時点では、私があの事件の首謀者だということは気づかれていない。私を含めた軍の大幅な人事異動はあったが、それはあくまでも、魔女が政府に接触を図った当初から魔女に反対の立場をとった者を対象にしたものだ。今回の計画に関与しなかった者も、強く異論を唱えることなく結局政府の方針に従った者も含まれている」 「ジュード−−−−エバンス少佐は?」 「君の友人もその中に入っていたが、地方の駐屯地に転属になっただけで、無事だ」 「そうですか。安心しました。−−−−しかし、なぜその程度で済んでいるんです?暗殺未遂事件について、捜査はされているんですか?軍の内部調査は?」 「わからん。私への情報は制限されていて、わかっているのは、今のところ私は疑われていない、ということだけだ」 「しかし、トラビアガーデンがミサイル攻撃を受けたことくらいはご存じですよね?」 「ああ」 「その件について、オレの仲間がトラビアに取材に行っています。今朝電話で話をしたんですが、ガーデンはほぼ壊滅状態、職員・学生の少なくとも半数が死亡したようです。これは、実際に手を下そうとしたSeeDへの報復。ここまではわかる。−−−−しかし、その先がわからない。なぜ首謀者たるあなたが無事なのか」 「・・・・・・・・・・・・私を責めているのか?多くの若者を犠牲にしながら、ここでのんびりとしている私を」 「違う。そうじゃない。そういう意味で言ったのではありません。そうではなくて・・・・・・・・・・・。なぜ魔女は、自分を狙った暗殺事件の真相をろくに調べようともせずに、SeeDのみを報復の的にしているのかがわからないと言っているのです」 ラグナは足を組み直すと、続けた。 「軍に捕まった時の状況が状況だったもので、オレも魔女暗殺未遂事件について取り調べを受けました。しかし、適当にはぐらかしていたら、それで済んでしまった。SeeDか他の情報源からあなたのことがバレたからかと思っていたのですが、どうもそういうことではないようだ。確かに、実際に銃を撃ったのはSeeDだ。しかし、SeeDは傭兵。自分たち自身の利害で動くことが皆無というわけではないでしょうが、その裏に黒幕がいると考えるのが普通だ。だというのに、彼らのうしろにいるはずの誰かをろくに探り出そうともしていない。ちゃんと捜査しているのをオレが見逃してるだけという可能性も否定しませんが、少なくとも、オレが調べた限りではそうです。だいたい、ガルバディアガーデンを本拠地にした、というところからおかしい」 「それは私も疑問に思っていた。政府と軍を自分の意のままにしようというのならば、首都の方が都合がいい。ガルバディアガーデンはガルバディア国内にある施設だが、治外法権が認められている。どの国の政府の管理下にもない。実際、ガーデンを接収した時には、かなり抵抗された」 「つまり、魔女・イデアは最初からSeeDを目のかたきにしていた、とも考えられるのです」 「なぜ」 「だから、それを聞きに来たんじゃないですか」 ラグナとカーウェイは黙って見つめあった。 書斎の空気に、かすかに緊張が漂った。 この男の言う通りかも知れん−−−−カーウェイは思った。SeeDとガーデンを暗殺実行者だということ以上の理由で狙っていると考えれば、今まで不可解に思っていた魔女の行動にもかなり納得がいく。 この男には、私が見逃していた何が見えているのか・・・・・・・・・・・・・。 「・・・・・って、あなたに聞けばわかるとは思ってませんでしたけどね」ラグナは頭をかいた。「たぶん、誰も知らないでしょう。イデア本人以外は。それがなんにせよ、彼女には他に、誰もが納得するSeeDを攻撃する理由ができてしまった。軍を動かすのに、それ以外の理由は要らない」 「・・・・・・・・・・」 「だから、誤解しないでくださいよ。オレは、あなたを責めるつもりはまったくない。単に、オレの推測を言っているだけです。−−−−各地のガーデンのうち、ガルバディアは支配下に置き、トラビアは壊滅させた。あと残っているのは、バラムのだ。魔女はここをどうするつもりか、ご存じありませんか?」 カーウェイは首を小さく振り、ためらいがちに答えた。 「トラビア同様、ミサイルで攻撃する。予定では、2日後」 「バラムガーデンに警告は?」 「今の私には、その手段がない。だが、SeeDたちには話した。しかし彼らはすでに、私の指揮下にはない。彼らの現在の動きを問われても、私には答えられない。自分たちの意志と判断で何か行動を起こしているとは思うが」 「軍に他の動きは?魔女は本来の目的のために、何か指示を出しているでしょう?」 「どんな指示を出しているかまではわからないが、ただ−−−−−」 「ただ?」 「補給計画の指示書の整理をしているのは、私だ。だから、どのくらいの規模の軍備をした兵士がどこに派兵されるかだけは、わかる」 カーウェイは書類箱の中から補給計画書を出した。そしてしばらく考えた後、そのうちの2、3枚をラグナに渡した。 「君なら、これから何を読みとるかね?」 そこには兵士の出兵先、派兵人数、要求する物資の量が箇条書きで書かれていた。ラグナはそれを何度も読み返すと、つぶやくように言った。 「・・・・・・・・・なんですか、これは?」 「君も妙だと思うか?」 「オレも魔女戦争当時、軍隊経験があります。しかし所詮は一兵卒、用兵学の知識はないに等しい。だけど、この補給計画が変だということくらいはわかりますよ。−−−−攻撃対象としているのは、軍事的価値のない田舎町ばかり。それでも、なんらかの戦略的理由で攻撃することもあるでしょうが、それにしてはかたっぱしから攻撃目標にしているし、兵士の数も多すぎる。しかも、要求している兵器の量がハンパじゃない。魔女は、これだけの町を端から全部焼け野原にするつもりなんですかね?だと言うのに、主要都市はこの計画にはまったく含まれていない」 「さすがだな。その資料からそれだけ読みとれれば十分だ」カーウェイはかすかな笑みを浮かべて言った。「君の言う通りだ。普通に考えれば、兵士と武器の無駄遣いとしか思えない計画が立てられている」 「主要都市の攻撃予定は?田舎を占領するだけで満足ってことはないでしょう?」 「大規模な軍事行動の予定は現在のところはない。これは、漏れ聞いたことで正確さに欠ける情報だが、大都市部では諜報活動が行われているらしい」 「その目的は」 「わからん」カーウェイは書類をラグナから受け取り、箱に戻した。「−−−−私が提供できる情報はこれですべてだ。これ以上くわしい情報は、今の私には入手できない。私が知り得るのは、表面的なものだけだ。その目的まで知ることはできない。私はすでに、軍を指揮する立場にはないのだから」 「いえ、十分な話をうかがいました。これだけでも、来たかいがあったと思いますよ」 ラグナは立ち上がった。 「それでは、そろそろおいとまします。失礼して、窓から帰らせていただきますよ。−−−−もしまたここに来ることがあれば、今度はちゃんとドアから入りたいもんです」 ラグナは手をさしだした。カーウェイはとまどいながら、その手を握った。 「レウァール君・・・・・・・・・・。君は、これから、どうするつもりだ?」 「オレにできることをやります。オレひとりが走り回ったところで、なんの役にもたたないかも知れませんが」ラグナは答えた。「とりあえず、バラムに行ってみます。ガーデンと魔女との間に本当に何か確執があるのならば、ガーデンの責任者に訊けばわかるかも知れないし、ミサイル攻撃の予定があることが本当に伝わっているかも気になります」 ラグナは入ってきたのと同じ窓を開けた。そして窓枠に足をかけたところを、カーウェイは呼び止めた。 「私は君を、危険な立場に追い込んだ。だというのに私は、君の身の安全を図ることはおろか、情報の提供すらできない。それでも君は−−−−魔女に向かって行く気か?」 「そんなことは関係ありません。オレは、自分の良心に従って行動するだけです。それから−−−−」ラグナはいったん言葉を切ると、はっきりとこう言った。「今のあなたには何の力もないかも知れない。しかし、あなたがガルバディアを改革しようという意志を失わない限り、オレとの契約は有効です。それは覚えといてください」 ラグナはそれだけ言うと、2階の窓から下に飛び降りた。そしてカーウェイに手を振り、庭の闇へと消えた。 不思議な男だ・・・・・・・・・カーウェイは、ラグナが走り去った方を見つめてつぶやいた。 あの男が持つペンという武器は、本当に剣より強いのかも知れない。 魔女暗殺に失敗した直後、私が軍の実権を失ったのは、もしかしたら幸運だったのかも知れないな−−−−彼はそうも思った。 あの男が軍に捕らえられたと知った時、私にまだ軍を動かす力があったならば−−−−。 口封じのために私は、あの男の処刑命令を出していたことだろう。 |