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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜ウィンヒル近郊・2〜




 ウィンヒルへのわかれ道。
 そこに立つ標識の前でラグナは足を止めた。そして、風化して消えかかっている「WINHILL」の文字をそっとなでた。
 そうだ、ここは−−−−ウィンヒルに住んでいた頃、何度も通った道。そして、なつかしい山並み。さっきは見慣れたところとは反対側から見ていたせいで気づかなかっただけで−−−−。
 ラグナは標識が指す方に足を進めた。車2台がようやくすれ違える広さのなだらかな上り坂が森を分け入って伸びていた。
 そこでは風の音と鳥の声と、ラグナと彼に続くキロスたちの土を踏む音だけが聞こえてきた。
 道は峠を越えると右に折れ曲がって急な下り坂となり、山を駆け下りていった。
 そこでラグナは道からはずれ、まっすぐ森へと入った。
 時折枯れ葉が舞い散る明るい森の中をしばらく進むと、やがて視界が開け、眼下に丘陵地が広がった。
 そして、冬枯れの始まった草原の中に、小さな村がぽつんとたたずんでいるのが見えた。
 ウィンヒル。
 ラグナは崖の端まで歩み寄ると、そこにぺたんと腰をおろした。
 そして頬づえをつき、村の方を見つめた。
 黙りこくって。
「ラグナくん・・・・・・」キロスは小さく声をかけた。「ウィンヒルに行くんじゃなかったのか・・・・・・?」
「いや・・・・・・。ここまでで、いい」
「村の人たちに見つかるのを心配しているのか?だったら、夜になってからこっそり行けばいい。レインの墓の場所はわかっているから−−−−−」
「そうじゃねえ・・・・・。オレが一番顔をあわせらんないのは、レインだよ・・・・・・・・・・・」ラグナはぽつりと言った。「だって・・・・・・そうだろ?レインにはなんもしてやれないまま苦労ばっかさせたあげく、ひとりで逝かせちまった。エルオーネも結局守ってやれなかった。息子にいたっちゃあ、オレが知ってるのは、レインがオレの息子を産んでくれたってことだけ。名前すら知らねえ。−−−−レインのことは、もうどうしようもねえ。もう2度と、なにひとつ、やり直すことができねえんだ。だからせめて、あいつを不幸にしちまったこと、それをレインと、ウィンヒルの人たちに詫びに行かなきゃならないとは思ってる。思ってるけどよ・・・・・・・」
ラグナは消え入るような声でつぶやいた。
「・・・・・・今のオレには、その勇気がどうしても出ねえんだよ・・・・・・」
「ラグナくん・・・・・・・・・・・・」
 ウォードはキロスの肩に手を置いた。ふたりは目と目で言葉を交わし、ラグナのそばからそっと離れた。ムンバはしばらく心配そうにラグナの背中を見つめていたが、キロスたちのあとを追って森の中に消えた。
 ウィンヒルを臨む崖の上に、ラグナはひとり残った。



×××






 ウィンヒル−−−−−−。
 いつも、いつでも、そして今も、帰りたい、ずっとそう思い続けている場所。
 だけど今は帰れない、どこよりも遠い場所。
 子供たちを見つける日までは。
 子供たちをこの手で抱きしめる日までは。
 あれからもう18年・・・・・・・。
 レイン。
 必ずエルオーネといっしょに帰る、そしたらまた3人で暮らそう。その約束を破ってしまったオレのことを怒っているか?
 子供が生まれたと知って、それでも帰らなかったオレのことをうらんでいるか?
 憎んでいるか?
 あの時、エルオーネの手を離すことこそがあの子を守ることになると思ってしまったオレのことを責めているか−−−−?
 わかってくれとは言わない。
 だけどオレは、エルを助けるのに協力してくれた、そして魔女・アデルと戦うためにこんなオレを頼ってくれたエスタの人たちをどうしても見捨てられなかった。エルを守るためにも、彼らと共にアデルを倒さなければならなかった。あの頃のエスタは、ちっちゃいエルを置いておくにはあまりにも危険すぎた。だからオレはあの子の手を離し、先におまえのところに帰らせた。おまえが死んだと聞いた時も、まだエスタに残っていた脅威−−−−エルオーネにひどく執心していたオダインの手が届かないようにと、あいつにエルの居場所をつかませないためにもと、子供たちが送られた孤児院の名前を聞いただけで、それっきりオレの方から連絡を絶ってしまった。
 アデルは封印され、オダインの興味もよそに移り、ようやく安心できてエルオーネを迎えに行った時には、その孤児院はなくなってしまっていた。残っていたのは、廃墟だけ。
 足跡ひとつ残さずに、子供たちは世界のどこかに消えた。
 レイン−−−−オレは今も、エルオーネを探してる。
 息子のことも、忘れてはいない。ただ、あまりにも手がかりがなさすぎる。名前も、髪の色も、瞳の色も、何ひとつオレは知らない。わかっているのは、今年17才になる男の子だということだけ。
 だけど、エルオーネさえ見つかればもしかしたら、と。あの子なら息子のことを何か知っているかもしれない。もしかしたら、今もいっしょにいるのかもしれない。
 だからオレは、息子に会うためにも、エルオーネを探してる。
 仕事で行った先であの子と年格好の似た娘を見かけては、何度も落胆した。
 あの子らしい娘がいると聞けばどこにでも行き、結局何の手がかりも得られずに終わった。
 エスタを出、エルオーネを探してもう10年。
 あの子ももう23になる。たとえどこかですれ違っても、あの子だとわかる自信はなくなっていくばかり。オレが知ってるエルオーネは、エスタで別れた6つの時のまま。
 だけどエルがオレのことを覚えていてくれるのなら、少しでもオレに会いたいと思っていてくれるのなら、あるいは−−−−−。
 レイン−−−−お願いだ。オレをもう一度エルオーネとめぐり会わせてくれ。そして、まだ見ぬ息子をこの手に抱かせてくれ。そしたらオレはもう2度と、子供たちの手を離したりはしない。
 レイン−−−−オレはいつか必ず、おまえに会いに行く。今、オレがおまえにしてやれるたったひとつのこと−−−−子供たちの無事を確かめることさえできたら、必ず。だからもう少し・・・・・あともう少しだけ、待ってて欲しい。
 なあ、レイン・・・・・これだけは信じてくれ。
 オレたちはこんなに遠く離れてしまったけれど、オレの心は、今もおまえのそばに在るんだ−−−−−。






×××



「ラグナくん・・・・・・・・もう、いいか?」
キロスの声に、ラグナは我に返った。
 太陽は西の地平に落ちようとしていた。山々とウィンヒルの村の影が草原の上に長く伸びていた。
「ん・・・・・・・あ、ああ」
ラグナはまだぼおっとしたまま返事をした。そして立ち上がり、服についた枯れ草をはらいながらくしゃみをひとつした。
「風が冷たくなってきたな。−−−−−むこうの方に、野宿に適当な場所を見つけておいた。風邪をひかないうちに火にあたりたまえ。食事の用意もしてある。といってもまた、味気ない軍の非常食だがな」
「・・・・・すまねえな、こんなとこにつきあわせて。あのままトラックに乗ってりゃ、今頃はもっと人間らしいカッコしてたはずなのによ」
「まあ、いい。のんびり行くさ。4、5日は野宿できるだけの物資もあることだし」
「−−−−−いいや、これ以上のんびりなんかしてらんねえよ」そう言ったラグナの表情は、すでにジャーナリストのそれになっていた。「キロス、これで正確な現在位置もわかったことだし、とりあえずどこに行けばいいと思う?」
「検討しておいた」歩きながらキロスは答えた。「やはりナルシェに行くのが一番いいだろう。ヘッジ・タイムスのナルシェ支局長なら知らない仲じゃないし、かなり融通してもらえると思う。−−−−で、そのあとはどうする気だ?」
「このへんで一度オダインと話をしときてえから、仕切り直しもかねていったんエスタに帰ろうかと思ってたけどよ−−−−−事情が変わっちまったみたいだな」ラグナは考え込みながら言った。「デリングが死んだとなると・・・・・・・・・・。こいつは、魔女の目的をきっちりつかんどく必要があるな。この2週間に起こったことも、オレたちはなんにも知らねえし。とりあえずナルシェで現状を把握して、話はそれからだ」
「了解」
「あー、それから」ラグナは思い出したように続けた。「ムンバのこと、どうしよっか?」
「そうだな。そういつまでも連れて歩くわけにはいかないな」
「そーなんだよなあ。まっすぐエスタに帰るんならこのまんま連れてってもいいんだけど、あちこち寄り道してからとなると・・・・・・・・・・。命の恩人に向かってこんなことゆーのもなんだけどさ、どうしても足手まといになるんだよなあ」
「しかたがない。本当のことだから。あいつもわかってくれるさ。しかし、こんな仲間もいないようなところにほおっていくわけにもいかないし。−−−−エスタの連絡員に頼んで、エスタで預かってもらうかトラビアに送ってもらうかできるだろうか?連絡がとれないとか断られるとかするようなら、私かウォードがトラビアまで行ってもいいし」
「そうだな。とりあえず頼んでみっか。どっちにしても、一度エスタとつなぎをつけるつもり−−−−−」
ラグナはふいに言葉を切った。視界の端にかすかな閃光が見えた。
 彼はその光が見えた方にふりかえった。暗くなりかけた尾根の谷間を、何かが北に向かってものすごい速さで横切った。それは細い飛行機雲を何条か残して、またたく間に山の陰に消えた。
「・・・・・・・・・なんだ、ありゃ」




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