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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜デリングシティ・3〜




 毎日のように雲が空を覆っていても雨が落ちてくることはめったにないデリングシティに、その日は珍しく朝から小雨が降り続いていた。
 日が落ちる頃、ラグナはひとり、カーウェイ邸を訪れた。
 応接間に通され、スーツについた雨のしずくをぬぐうラグナの目に、本棚に飾られた一枚の家族写真が止まった。
 カーウェイとその妻、そして年の頃4、5才くらいの娘。娘を膝に抱き、カメラに向かって微笑んでいるその女性は−−−−ラグナの記憶のままのジュリアだった。
 −−−−よお、ジュリア。まさか、こんな形でまた会うことになるとは思わなかったぜ。・・・・・・・歌を聴きに行くって約束、守れなくてごめんな。
 ラグナがジュリアの死を知ったのは、アデルを封印してから7年後。エスタの情勢がようやく落ち着き、またジャーナリストでもして暮らそうか、とエスタを出てからのことだった。
 エスタにいても、外部の情報は逐一伝わってきてはいた。突然の魔女戦争の終結とエスタの沈黙に対する各国の反応、戦後の復興状況、ガルバディアの急激な台頭−−−−そういった政治的な情報は次々に入ってきたが、エスタでは誰ひとり知らない一歌手の死をエスタに−−−−そしてラグナに伝える者は誰もいなかった。
 ジュリアにもう一度会いたいと思っていたわけではなかった。彼女に抱いたかすかな想いはすでに思い出にすぎなくなっていたし、彼女にしても迷惑なだけだっただろう。
 しかし、『アイズ・オン・ミー』を一度も生で聴けなかったことだけは心残りだった。ジュリアが自分への想いを歌ったというあの歌を。
 せめてあと1年早くエスタを出ていれば、もしかしたらその機会もあったかも知れないんだけどな・・・・・・・・。
 ドアの開く音に、ラグナは振り向いた。軍服姿の初老の男が応接間に入ってきた。
「大変お待たせした」男は言った。「私がフューリー・カーウェイだ」
「はじめまして、ラグナ・レウァールです」ラグナは右手をさしだした。「今日はお忙しいところ、お時間を割いていただきまして、ありがとうございました」
カーウェイの手は、叩き上げの軍人らしくがっしりとした感触だった。
 秘書がコーヒーを置いて退出すると、カーウェイはさっそく話を切り出した。
「だいたいのところはエバンス少佐から聞いていると思うが、私からさらに詳しく、今回の魔女排除計画について説明する。しかしこれは、あくまでも我々の理念と目的を理解してもらうためのもので、私の許可なしに報道することはいっさい差し控えてもらいたい。計画実行前はもちろん、実行後も、成功・失敗を問わず、だ」
「承知しています」
「では、説明する」
 カーウェイは本棚からデリングシティの地図を出し、テーブルの上に広げた。
「明後日、デリングシティ中心部で魔女・イデアのパレードが行われる。その途中で、イデアを暗殺する」
「暗殺?」
「本来ならば許されざる行為だということはわかっている。しかし相手は普通の人間ではない。並はずれた力を持つ魔女だ。きれいごとを言ってはいられない」
「・・・・・・・そうですね」
「その時間・ルートについては君もすでに承知していると思うが、あらためて確認しておこう」
カーウェイはペンを取り出し、地図上の大統領官邸を指した。
「1900時、パレードの前に、魔女は官邸のバルコニーで演説を行う。ガルバディアに与することを宣言し、市民の支持を得ることが主な目的のようだ。その後、パレードカーで市街を一周する」彼は地図にパレードのルートを書き込んだ。「−−−−−このように外周道路を回った後、中心部を縦断する大通りに入る。凱旋門を通過するのが、予定では2000時。そこを狙って、凱旋門の両側に設置されているゲートを下ろし、魔女を閉じ込める。そして身動きが取れなくなったところを、それまでに大統領官邸に潜入したスナイパーが狙撃する」
「そのタイミングを選んだ理由は?」
「沿道には多数の市民が集まっている。その人々を間違って狙撃することは避けたい。この位置関係ならば、障害となるものはまったくない。距離は少々あるが、優秀なスナイパーと適切な銃を使えば問題はないはずだ。そして、実行部隊に、SeeDの派遣をガーデンに要請した」
「SeeDを?軍内部の人間を起用するのではなくて?」
「そのことも考えはした。人材もいる。−−−−しかし我々は、ただ単に魔女を排除することを目的とするのではない。重要なのは、そのあとだ。魔女がいなくなれば、デリング大統領は計画を変更せざるを得なくなる。その混乱に乗じて、政府と軍の改革を進めたい。そのために、たとえ成功しても、魔女暗殺がガルバディア内部の人間によって行われたものだと知られるわけにはいかない。その点SeeDならば、どんな政府・軍・組織の依頼でも基本的に引き受ける。我々が表に立つ可能性が低くなる、ということだ。さて、そこで」カーウェイはペンを胸ポケットにしまい、さらに続けた。「君に協力−−−−いや、『協力』はしないのだったな−−−−我々が君に期待するのは、世論の支持を我々につけて欲しいということだ。一般市民の支持を欠いた改革ほど、危ういものはない。君は各マスコミに影響力を持ち、その論調もかなりの支持を得ているようだ。その力を、ガルバディア政府の独裁色の払拭と軍の正常化のために貸してもらいたい」
「わかりました。いいでしょう」
ラグナは、自分でも意外なほどあっさりとそう答えていた。
「そうか・・・・・・感謝する。それではこちらも可能な限り、君の取材の便宜を図るようにしよう。なにか要望があれば、エバンス少佐を通して伝えてくれ。それから、先程も言ったようにこの場で話したことの報道は控えてもらうが、これからパレードで起こる事実そのものについては自由だ。−−−−さて、質問があれば承ろう」
 ガルバディア政府の現在の状況、魔女暗殺計画に加わっている軍人の数と暗殺後の予定、万が一作戦が失敗した場合の善後策−−−−などなど、ラグナは用意してきた質問、そして今の話を聞く間に浮かんだ疑問点をカーウェイにぶつけた。彼は一部の質問には極秘事項だからと回答を拒否したが、おおむね率直に答えた。
 質問が出尽くし、今後の打ち合わせも済んだ時には、すっかり夜もふけていた。
 そして別れ際、ラグナはふと気づいたかのようにこう尋ねた。
「あの本棚の写真・・・・・ご家族ですか?」
「そうだ。妻は10年ほど前に事故で死んだが」
「歌手のジュリア・ハーティリーですね。私も昔、ファンでした。亡くなったと聞いた時にはひどく残念に思いましたよ」
「そうか。・・・・・・ありがとう。妻に代わって礼を言う」
そう言ったカーウェイの目から険しさが消え、優しげなまなざしになった。
 一番聞きたかった質問の答をもらえたな。それも、欲しかった形のものを。
 ラグナは満足して、カーウェイに別れの言葉を告げた。



×××



 カーウェイ邸を辞したあとラグナは、バス停には行かず、公園の方に足を向けた。
 しとしとと雨が降り続く音だけが響く人気のない遊歩道をゆっくりと歩きながら彼は、カーウェイの話を思い返していた。
 −−−−−魔女暗殺、か。成功・・・・・するだろうか?
 魔女・イデアの能力がどの程度のものか、彼女の目的がなんなのか、調べてはみたが結局わからなかった。カーウェイも十分には把握できていないらしい。
 しかし、デリング大統領の行動は明らかに危険だ。そのデリングと組んだ魔女も、平和的なことを考えているとは到底思えない。
 この危機を回避するには、エスタのように魔女研究の進んでいないガルバディアには、暗殺が唯一・最良の方法だろう。相手の能力が不明ではこの手段が有効かどうかもわからないが、計画としてはあれで十分だろう。そして、それが成功することを祈るしかない。
 しかし、問題は、そのあとだ。
 暗殺に成功したとして、あの男は本当に、市民の立場に立った改革を進めるだろうか?
 話をした限りでは、厳格ではあるが誠実な男のようだった。本心からガルバディアの現状を憂えているようにも思えた。
 だが、権力を握った人間が態度を豹変するのはよくあること。
 カーウェイがそんな人間ではないことを、ラグナは願った。
 オレは、あの男と対立したくない。
 あの時−−−−−−。
 セントラで負った傷が治ってすぐデリングシティに帰っていれば、もしかしたら、ジュリアと結ばれていたのはオレだったかも知れない。
 だけど、オレはそうしなかった。
 ジュリアよりも、誰よりも大切にしたい人を、オレは見つけてしまっていたから。
 ジュリアが心を変えずにずっとオレを待っていてくれたとしても、オレはその気持ちに応えられなかっただろう。
 しかしジュリアはカーウェイと出会い、オレのことは忘れ、あの男の妻になることを選んだ。カーウェイがジュリアの心を動かしてくれたことに、オレは感謝している。
 そして−−−−−ジュリアのことを話した時一瞬見せた、カーウェイの優しげな瞳。
 カーウェイとの出会いが、ジュリアにとって幸運なものだったと信じたい。
 あの男の妻としてすごした時間が、あったかも知れないオレとの人生よりも幸福なものだったと信じたい。
 ひどく自分勝手な話だが。
 ラグナは空を見上げた。
 そして、今はもう会うことの叶わぬ人に問いかけた。
 なあ、ジュリア。
 君は幸せだったか−−−−−−−?




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