Home NovelTop Back



INTRODUCTION・3
Reno's Hard-boiled Story




 ミッドガルに夕暮れが近づいていた。空はどんよりと曇り、しめったなまあたたかい風が吹いていた。雨が来るな・・・・・・・・・。天気の心配なんかしなければならない場所がミッドガルにあるというのは、不思議な感じがした。
 足の向くままに、レノはがれきの中を先に進んだ。ヤツはここにいる。自分の足が行こうとするほうに、ヤツはいる。
 いくつかの山を越え、窪地のようになったところでレノは唐突に足を止めた。そして怒鳴った。
「さて、と。脱走野郎、このへんに隠れているんだろう?とっとと出て来い!」
かすかに腐臭の漂う空間に、レノの声だけがこだまする。
「だまあっていれば、そのうちあきらめて帰るとでも思っているのか?あいにくだったな。観客もいないのにつまらん芝居をうつ趣味は俺にはないぞ、と」
物音すら、聞こえてこない。
「出てくる気がなくても、あぶりだしてやろうかな、と」
 レノは肩を叩き続けていたナイトスティックの動きを止めた。そしてふりむきざまに、コンクリートの大きな固まりがいくつもころがっている一角にナイトスティックを向けた。その先端から光がほとばしり、コンクリートをこなごなにした。そこから破片にまぎれて何かの影がとびだし、別の場所へと隠れた。
「まあだいないふりをしようってのか?今のうちに出てきた方がいいぞ、と。今なら相手をするのは俺ひとりで済むぜ。あんまり時間がかかると暗くなっちまうし、なにより兵士たちが俺を追って来ちまうからな。それは、俺も遠慮願いたいんだ。な、出て来いよ。ジャマが入らないうちに、さっさとケリをつけちまおうぜ、と」
静けさがあたりを支配する。
「往生際の悪い野郎だな。プレートの上で俺を襲ったあのいきおいはどうした」
 レノは男が隠れている方へ一歩足を進めた。その瞬間、強烈な光が走ってきた。彼はその攻撃をすかさずかわし、飛んできたかけらをナイトスティックでたたき割った。
「そうこないとな、と」
 脱走ソルジャーはがれきの陰から、おずおずと現れた。ほんの数日見ないうちに、妙にやつれきっていた。
「・・・・・・・・・・どうしてほおっておいてくれない」 
「会社の命令は絶対だからな。たとえ命令なんかなくても、俺はおまえを殺す。命令が撤回されてもだ。しかし、幸い命令の変更は出ていない。−−−−−−いや、ある意味、俺は命令違反を犯そうとしているのかも知れんな、と。俺に下された命令は、おまえを連行すること、あるいは殺すこと。そして、生け捕りの方が優先命令なんだ。しかし、俺はもう、おまえを生かしておくつもりはないぞ・・・・・・・・・・と!」
 レノのナイトスティックからいくすじもの光がほとばしり、がれきを次々にこなごなにしていく。ほこりとコンクリートの破片が舞う中を、男はすばやい身のこなしでかいくぐり、魔法攻撃をしかけてくる。レノも敵の攻撃を巧みにかわし、さらに反撃する。強烈な光がふたりの間で何度も炸裂した。
 地上で鳴り響く雷にひきよせられたかのように、雨が降りだした。
 激しい雨の音があたりを包む。いまや本当の敵は雨水となった。雨が髪や服にしみ込み、足手まといになる。足元は滑りやすく、ますます不安定になる。雨が目に入り、視界がぼやける。
 雨に一瞬でも気をとられたら、終わりだ。
 レノの頭の中には今、何もなかった。この男は俺が殺す。その強烈な目的だけがあった。そして、数多くの危険な任務をこなしてきた彼の肉体は、音、手足の感覚、そして敵の気配に無意識のうちに的確に反応した。
 そして終わりが来たのは、ソルジャーの方だった。
 ソルジャーは鉄骨の上で足をすべらせ、姿勢をたてなおすこともできずに倒れた。背中をコンクリート片に打ちつけ、足をがれきのすきまにつっこんでしまい、抜けなくなった。
 レノはすかさず、足を引き抜こうともがいているソルジャーの背後に回り込んだ。
「ピラミッド・・・・・・・!」
 もはや何もできないまま、ソルジャーは光の箱に閉じ込められた。彼は半透明のバリアを何度もこぶしで叩いた。しかし、鈍い音がするばかりだった。
「勝負がついたな、ソルジャーさんよ」レノは悠然と光の檻に近づくと、指先でバリアを軽くつついた。「コイツは外からならちょいと殴るだけで壊れるんだが、中からはやぶれないぞ、と。おまえさんお得意の魔法ならイケるかも知れんが・・・・・・・・やめといたほうがいいな。破れた瞬間に、おまえさん自身も黒こげだからな、と」
 その時レノは、いつの間にか腕に傷がつき、指先まで赤く汚れているのに気がついた。彼は傷をなめた。新しい血が流れだす。レノは自分の血の味を味わいながら残忍な笑みを浮かべた。
「さて、ここでしばらく待たせてもらうかな、と。おまえさんが窒息するのをな。ああ、言い忘れたが、そいつは空気を通さないから、そのつもりでいろよ」
 レノは岩場に腰掛けると破れた服の端をちぎりとり、傷の上に巻いた。そうしながらも、彼の目は捕らえた元ソルジャーから離れることはなかった。この男が最後の悪あがきにどういう行動をとるか・・・・・・・・レノは少々楽しみにしていた。
 しかし、男はあばれるでなく、この事態をなんとかしようとするわけでなく、おとなしく座り込んでしまった。それも、わずかな空気を温存しようなどという前向きな姿勢の感じられない、完全にあきらめた、疲れ切った表情をして。
「なあ・・・・・・・・少し話をして、いいか?」
「・・・・・・・・・なんだ?」
レノは男の態度にむしろ警戒しながら、答えた。
 ソルジャーはしばらく、握りしめた自分の両手を見つめていた。やがて、おもむろに話し始めた。
「−−−−−私はもともと、事務職として神羅カンパニーに入社した。3年目に、志願してソルジャーになったんだ。会社の人事の制止も、家族の反対も押し切って。キャリア組として、望めば相当上の地位を狙える立場にあった。しかし私は、管理職になって人に命令をくだすのではなく、自分自身の力だけが頼りになる仕事がしたかった」
わからないでもないな・・・・・・・・レノは思ったが、黙っていた。
「ソルジャーとしての出発は他の連中より何年も遅れていたから、訓練は年のいっていた私にはきつかったよ。訓練生だった頃には何度も後悔したな。いや、ソルジャーになってからも、か。自分よりずっと年下の上官ってのは、いやだったな・・・・・・・・・。キャリア組だったプライドも捨て切れなかったし。それでも我慢に我慢をかさねて、クラス1STにまでなれた。辞令を受け取った時、私は、ソルジャーの仕事を選んだことは間違っていなかった、そう思った。心からそう思っていた。あの時までは」
「あの時?」
「アバランチが本社ビルに潜入したことがあっただろう。あの時、私も追跡の任にあたった。その時、私は初めて見たんだ。『ジェノバ』を」
「『ジェノバ』、な。いつだったかもそんなことを言っていたな、と。それとおまえと、どんな関係がある?」
「わからない!」男は首を激しく横に振った。「わからないから、知りたいんだ!わかっているのは、あの時から何か別の人格が自分の中に現れたことだけ。時々、聞こえるんだ、妙な呼び声が。最初は気のせいくらいにしか思わなかった。しかし、その声はだんだんひんぱんに、はっきりと聞こえるようになった。そして、前社長の殺害とジェノバの行方不明をきっかけに、もうひとつの人格が完全に私を支配したらしい。・・・・・・・・・あの惨事の調査のためにジェノバの消えた実験室に入ってからしばらく、記憶がないんだ。そして気がついた時には、私は脱走兵になっていた」
「そんな話を信じろというのかあ?」
レノは顔をしかめた。
「別に信じてくれなくてもいい。それが事実なのだから」男はたんたんと答えた。「一度は自分から出頭しようと思った。しかし、怖くてできなかった。軍法会議がじゃない。ソルジャーである自分自身が、だ。理屈なんかじゃない。ただ、自分の碧い眼が怖くてならなかった。なんでもいい、とにかくソルジャーの地位を捨てたかった。この不安が本当に自分がソルジャーであること、そしてジェノバと関係するのかもわからない。なにもかも、わからない。ただ、そんな気がしてならないだけだ!・・・・・・・・だが、ミッドガルから逃げ出すこともできなかった。外に出ようとすると、私を呼ぶあの声が大きくなる。だから、危険を承知でプレートの上にいた。警備システムをある程度知っていたから、むしろ安全なくらいだった。・・・・・・・そしてあのまま見逃してくれたならば・・・・・・・・ただひっそりと・・・・・・暮らしていられれば・・・・・・・・よかった・・・・・・・・・・・んだが」
 男の声がだんだんとぎれがちになってきた。
「そろそろ息が苦しくなってきたらしいな、と。言いたいことは、それだけか?」
この時を、レノは待っていた。待っていたはずだった。
 そのはずなのに、彼の心に迷いが生じていた。
 この男、本当にこのまま死なせてしまっていいのだろうか?
 生かしておくべき理由があるのではないだろうか?
 今ならまだ、間に合う。
 そんなレノの迷いに本人よりもはっきりと気づいていたのか、男は制止するように首を横に振った。そして、かすかに微笑んだ。
「いい・・・・・・・。もう・・・・・・いいんだ・・・・・・・・・・・。命乞いは・・・・・・・・・・しない。でも・・・・・・・・・・・・知りたかったな・・・・・・・・・・・・・・。ジェノバ、そして・・・・・・・ソルジャー、がなんなの、か。私は、自分が何に、なってしまったの、か、すら・・・・・・・・・・・・・知らない」
「−−−−−俺が知っていれば冥土のみやげに教えてやらないでもないがな、と。あいにくだったな。俺もジェノバのことはぜんぜん知らん。そして俺は・・・・・・ソルジャーじゃない」
 その時レノは心から、この男の問いに答えてやれたなら、そう思っていた。正しくは、自分も知りたい、そう考えたのかも知れない。
「・・・・・・・でも・・・・・・・・もう・・・・・・・・・・・いいんだ。真実を知った時、私は・・・・・・・完全に・・・・・・狂う・・・・・・・・・・に、違いない。これも・・・・・・理屈じゃ・・・・・ない。そう思う・・・・・・だ・・・・・・・けだ」
 男は立ちあがった。バリアに手をつき、よろめきながら。
 そして、レノの目をじっと見つめた。
「あんたの目・・・・・・・碧くない目・・・・・・・・・・・・・・。私も、どうせなら・・・・・・・・・・タークスになればよかったの、かも、な・・・・・・・・・・・・・」
 ソルジャーはポケットからマテリアをひとつ取り出した。それをレノにちらりと見せるとしっかり握りしめ、目を閉じた。
「な・・・・・・・・・!・・・・・・・・・・・ばか野郎!何を・・・・・・・・・」
男はマテリアを握った手を地面に叩きつけ、最後の息をすべて吐き出し、叫んだ。
「アルテマ!」
「やめ・・・・・・・・・・・!」
 その時、巨大な光の玉が男をつつみ、炸裂した。

×

「いて・・・・・・・・・・・・・」
爆発のショックがおさまると、レノは頭を上げた。
 さっきまであの男がいたはずの場所には大きな穴があき、ところどころに赤いものが飛び散ってこびりついていた。
「・・・・・・・・・・なんてこった・・・・・・・・・」
 どこに逃げた?レノはちらっとそう思った。ヤツを追わなければ、そう思いたかった。
 しかし、追うべき相手はもういない。あの男はみずからの手で、みずからの身体をこなごなにしたのだ。過去を、未来を、自分自身のすべてを断ち切るために。
 がれきのすきまに、光るものをレノは見つけた。それは、アルテマのマテリアだった。あの爆発にも傷つくことなく、美しく光り輝いていた。
「チッ・・・・・・・・・ばか野郎。自殺なんてフザけたマネをしやがって。俺はこの手でおまえの息の根をとめたかったんだぞ、と。そしておまえの苦しみまくって死んだツラを報告書に添えて・・・・・・・・」
 もういい。どっちにしても、あいつは死んだ。俺の任務は完了したんだ・・・・・・・・・・。
 雨が降り注ぐ。雨は脱走ソルジャーがそこにいた最後のしるしまで洗い流し、彼の存在すべてを消してしまおうとしていた。
 そんなに消えてしまいたいのなら、とっとと消えろ。俺はおまえをあわれんだりしない。俺の足の下には、俺が殺した人間の死体の山がある。その中におまえがひとり、増えただけだ。こんなことをいちいち気にしていたら・・・・・・・・タークスなんぞやってはいられない。
 それでも、自分でもどうにもできぬ想いが胸の中にあることを、レノは認めざるを得なかった。
 PHSが遠慮がちに鳴った。
 レノは憮然として、応答した。
「はい、レノです、と」
『ツォンだ。いい話がある。ルードが意識を取り戻した。まだ一ヶ月は安静にしていないといけないそうだが、もう大丈夫らしい』
「そうですか・・・・・と」レノはくちびるの端にかすかな笑みを浮かべた。「こっちも、終わりました。例の男、死にました」
『そうか・・・・・・よくやった。−−−−しかし、それにしては機嫌が悪そうだな』
「そんなことはないですよ、と。報告書をさっそく提出しますが、その前にルードを見舞っていいですかね、主任」
『かまわんぞ。報告書はあさってでいい。明日一日ゆっくりしろ。おまえもまるっきり無事、ってわけではないんだろう』
「俺はぴんぴんしてますよ、と。・・・・・・でも、せっかくだからお言葉に甘えます」
 線路のところまで戻った時、レノはもう一度ふりかえった。7番街スラムだった場所はすっかり暗くなっていた。降りしきる雨が、プレートの上から漏れる光でちらちら光る。
「ルードが目をさましたら、まっさきにきさまをこの手でしとめたことを伝えてやろうと思っていたのに・・・・・・・・・。ばか野郎が。それができなくなっちまったじゃないか、と」
 そうだ。ヤツは自殺した。それも、俺の目の前で。ヤツの息の根をこの手で止めたわけじゃない。
 ・・・・・・・・・だから、すっきりしないんだ。
 レノはそう思うことにした。そうではないことは、わかっていたが。
 そういえば、あいつの名前も知らなかったな。レノはふと思った。
 殺しのターゲットに、名前はいらない。レノはいつもそう思っていた。あの男の名も、これからも知らずに済ませてしまうだろう。
 しかし、あいつのことはいつかきっと思い出すだろうな・・・・・・・・。
 あいつが言っていた言葉の意味がわかった時に。



×××



「ご無沙汰しました!ルード、帰還しました・・・・・・・と!!」
 それから一ヶ月後。タークスの部屋に、大きな声が響いた。もちろん、声の主はルードではない。レノである。ルードは彼のうしろにいつものようにぼーっとつったっていた。
「ルード、もういいのか?」
「・・・・・・・・ツォンさん、ご心配をおかけしました。ただいま戻りました」
「傷が少し残ったか。まあ、そのくらいならご愛敬だな。レノがまたつまらんことをやりそうだったら、それを見せて脅してやれ」
「主任、今度のことは重々反省してますから、妙な知恵をルードにつけないでくださいよ、と」
レノは彼らしくもなく、いやにうろたえてそう言った。
「それはルード、いや、おまえ次第だな、レノ。ルードがいない間、おまえを単独で任務に向かわせざるを得なくて、私はずっとひやひやしていたんだぞ」
「俺はそんなに信用がないですかね、と」
ツォンは意味ありげな笑みを浮かべた。
「それはともかく。さっそくだが命令を与える」
「もう仕事ですかね、主任、と。ルードはたった今病院から出てきたばっかりなんですよ。それをまあ、人使いの荒い・・・・・・・・」
「おまえには言ってないぞ、レノ。それから、話は最後までちゃんと聞け。−−−−−休暇命令だ、ルード。10日間。どこか旅行にでも行ってのんびりしてこい」
「・・・・・・・・ツォンさん、私ならもう大丈夫ですが」
「ルード、これは命令だ。今は病み上がりまで動員しなければならないような仕事はない。今のうちに英気を養って、いつでも無理がきくようにしておけ。それから、レノ」
「はいはい、俺がルードの分まで働きますよ、と。で、何ですかね、仕事は」
「ルードの見張り役をやれ。こいつが仕事のことを忘れてゆっくりしているかどうか、監視していろ」
「つまり、俺も休暇がもらえる、ってことですかね、と」
「言っただろう、おまえは仕事だ。−−−−冗談はさておき、今のうちに休んでおけ。これからは、そんな悠長なことを言っていられなくなりそうだ。おまえもそう感じているんだろう?」
「・・・・・・・・・・そうですね。では、そうさせてもらいます、と」
レノは真剣な顔でツォンに答えた。
 そして振り返り、ルードの肩を抱いた時には、心底うれしそうに頬がゆるんでいた。
「休暇だ、休暇だぞ、と。ルード、どこに行く?」
「どこって・・・・・・・・・。別に、家でごろごろしていられれば」
「そんなつまらんことを言うなよ、と。10日もあるんだぜ。そうだな・・・・・・・・。ウータイに行かないか?あそこにゃうまい地酒があるそうだぞ、と。それから、温泉もな。傷の養生には最高じゃないか」
「ウータイの酒か・・・・・・・・・・いいかもな」
「じゃ、決まりだな、と。あとは、女がいればな・・・・・・」
 レノは部屋の隅でデスクワーク真っ最中のイリーナに視線を向けた。彼女はそれに気がついて、目をあげた。
「な、なんですか、先輩」
「主任、あれも連れていっていいですかあ、と。あれも一応女ですから、このさいですから贅沢は言いませんので」
「どういう意味ですか、それは!」
「かまわんぞ、連れていってやれ。どうせそのつもりだったしな」
「ということだぞ、と、イリーナ。何をやってるのか知らんが、さっさとケリをつけて旅行のしたくをしてこいよ、と」
「なんで先輩たちと旅行なんかしなければならないんですか!ツォンさんひとりに仕事をおしつけて遊びに行くなんて、私にはできません!」
「いいから行ってこい、イリーナ。このふたりといっしょに酒を飲んだこともまだないだろう。いい機会だから、親睦を深めてくるんだな。私は部長じきじきに命じられている仕事があるからいっしょには行けんが、早くかたづいたら顔を出すぐらいしよう」
「・・・・・・・ご命令なら、しかたありませんが」
「何を不満そうにしてるんだ、イリーナ、と。特別休暇だぞ。もっと楽しそうな顔をしろよ、と」
レノはイリーナのおしりをぺろんと触った。
「何するんですか!」
平手がレノの頬めがけて飛んできた。それをレノはひょいとよけた。
「もう!レノ先輩のこと、少しは見直していたのに!」
「だったら見直したままにしておいてくれよ、と。じゃ、10日間よろしくたのむぞ、イリーナ」
「3人とも、私のことは気にせず、楽しんでこい」ツォンが言った。「ただ、緊急の仕事が入ったりしたら、その時は呼び戻すことになるが。まあ、そんなことはないように祈っておこう」
「俺もそうあって欲しいですよ、主任。では、これにて失礼します、と。−−−−さてと、ルード、とりあえず56区のあのバーに行こうぜ。おまえの退院祝いにあそこでタダ酒飲ませてもらう約束になってるんだぞ、と」

×

 エレベーターの中でルードとふたりきりになると、レノの顔からニヤニヤ笑いが消えた。そして、小さな声で彼は言った。
「ルード・・・・・・・本当にすまなかったな、と」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「助かってくれて、感謝している。あのままおまえが死んでいたら、俺は・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・自分がしたくてやったことだ。おまえが気に病むことはない」
 レノは頬をかいた。
 これからも仲良くやっていこうや。そう言おうとして、レノは結局やめた。
 てれくさいのもあったが、それだけではない。
 そんなこと、言わなくてもルードにはわかる。言わないほうがルードにはわかる。
 そんな気がした。




Home NovelTop