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INTRODUCTION・1
Reno's Hard-boiled Story




 薄暗い中にPHSの音が鳴り響いた。
 ソファの上の毛布の固まりから手が伸び、PHSをひっつかんで引っ込んだ。
 呼び出し音がやんだ。
「はいはい、レノです・・・・・・と」
 かなり長い間話しこんだあと、毛布の中から再び手だけが出てきて、PHSを元の場所に戻した。
 部屋に静けさが戻った。
 また寝てしまっていてもおかしくないくらいの時間がたった頃、レノは唐突に毛布をはねとばして起きあがった。
 そこは神羅ビル最上階、社長室。
 社長が長期出張中で長く留守にしているのをいいことに、彼は時々そこで寝泊まりしていた。
 レノはばさばさの赤毛をかきむしってさらにばさばさにしながら、洗面所に向かった。
 彼はそこでまた長々と過ごして、髪をきちんと整え、ラフではあるがどこか上品さを感じさせるカジュアルスーツ姿で出てきた。
「少し大きめか。ま、いいかな、と」
そして愛用のナイトスティックを手に取ると、エレベーターに乗り込んだ。

×

 深夜の静かな神羅ビル正面玄関では、ルードがぼーっと空を見上げてレノを待っていた。
「早かったな、ルード、と」
「・・・・・・・・・おまえが遅いんだ」
「これから行く場所が場所だからな。ちょいと支度に時間がかかったんだぞ、と。どうだ?ちゃんとプレートの上の人種に見えるかあ?」
「・・・・・・・・・社長の服だな」
「よく知っているな。ま、細かいことは気にするなよ、と。−−−−ところで、仕事の内容、聞いているな?」
「・・・・・・・・・地図を持ってきた」
ルードは0番街一角の地図をポケットから出し、広げた。それにはひとつ、印がついていた。
「お、気がきくな、ルード、と。−−−−それにしても、最近は妙な仕事が多いな。セフィロスとかいうヤツが現れてからというもの。クラス1STのソルジャーの脱走とはな。3RDくらいなら時々あるらしいがな、と」
「・・・・そいつ、プレートの上の出身らしい」
「プレートの上の?それでソルジャーかあ?これまた珍しいな。プレートの上の連中なんざ、お上品な事務屋ばかりだと思っていたぞ、と」
「・・・・・・・・・おまえもだろう」
首を軽く叩き続けていたナイトスティックの動きが止まった。
「・・・・・・・・・そうだったかな、と。そんなこと、忘れていたぞ、と」レノはきびすを返した。「とにかく行くぜ、ルード。相手がソルジャーだろうがなんだろうが、仕事はさっさと済ませちまおう。せっかく寝付いたとこだったってのに」
 そしてふたりは夜の0番街へと向かった。



×××



 0番街住宅地の人通りは、当然少なかった。しかし、まったくないわけではない。治安がよく、魔晄が生み出す光のふんだんにある街は、太陽の照らす昼よりは人けが少ないということ以外、何のかわりもなかった。
 そして、時折すれ違う人はタークスのふたりに、警戒の目を向けることもなかった。
 ふたりが立ち止まったのは、0番街で一番ありふれたタイプのマンションの前でだった。
「ここかあ?例のソルジャーが隠れ住んでいるってのは?」
「・・・・・・・・・報告では、そうだ。803号室」
「いつから住んでいる?」
「わからん。4日前に最初の報告があってから裏付け調査をそうとうしたんだが、いつからいたのか全然わからんそうだ」
「やせても枯れてもソルジャーってことか、と。カンパニーの管理の目をみごとにかいくぐるとはな。これはてこずるかも知れんな、ルード、と」
 ふたりは803号室の窓を見上げた。カーテンを通してあかりが漏れていた。
「起きているらしいな。じゃ、今から訪ねてもご迷惑にはならないな、と」

×

「ここだな、と。・・・・・・・では」
レノはドアをノックしようとした。
「・・・・・・・・・ノックなんか、するのか?」
レノは人指し指を立て、いたずらっぽく振った。
「人様の家を訪ねる時にはちゃんとノックしましょうって、幼稚園で習わなかったか?ルード、と」
「・・・・・・・・・・」
ルードは黙ったまま、非常口から外に出た。
「さて、そろそろいいかな、と」
 ルードが窓側に回る時間をみはからって、レノは玄関ドアをノックした。
「夜分すいませ〜ん。起きてらっしゃいますかあ」
足音がドアの方に近づいてきた。
「誰だ?」
「あ〜〜〜〜、すみませんねえ、この真上の住人なんですけどお、風呂場の排水がつまって部屋中水浸しにしちゃいましてねえ。こちらに被害が出てないかな、と」
「別に気づかなかったが・・・・・・・・・」
鍵は予想に反して、あっさりと開けられた。
 中から現れた男は、レノの顔を見ると、いきなり叫んだ。
「タークス??」
男がドアを閉めるより早く、レノはすきまに足をつっこんだ。
「痛いじゃないか、と。・・・・・チッ、やっぱりソルジャーだな。俺の顔を知っていたか、と」
「何をしに来た!」
「聞かなくてもわかっているんじゃないかな、と。でも、いちおう教えてやろう。会社の命令は、おまえを治安維持部に連行すること。・・・・・・・・・または、殺すこと。ぺーぺー兵士ならともかく、ソルジャー・クラス1STを脱走させたままにしておくわけにはいかないからな」
 ルードがベランダの窓ガラスを破って部屋に飛び込んできた。男の注意がそちらに向いた。レノはすかさずドアをこじあけた。
 そしてナイトスティックを男ののどもとにつきつけ、軽い電気ショックを与えた。男は全身をひきつらせ、壁にはりついた。
「さあて、どうする、ソルジャーさんよ。おとなしくついてきたほうがみんなのためになるぜ、と。ご近所の迷惑にならない、あんたは死なずにすむ、そして俺たちはゆっくり寝られるってわけだ」
「・・・・・・・・・連行されるのも、死ぬのもごめんだ。そのどちらかを選ぶくらいなら、自分から出頭している」
「しかし、それ以外の選択肢はないんだがな、と」
「あんたたちが作った選択肢にはないだろうが、私には、ある」
「逃げる、か?」レノはナイトスティックを男の胸にめりこませた。「話し合いの余地はなさそうだな、と。じゃあ、これでおわかれだ。俺たちをうらむなよ、と」
「うらみはしないさ。死ぬのはあんたたちの方だからな!」
 男はナイトスティックをつかみ、ふりまわした。そしてレノがひるんだすきにドアへと走る。しかしその逃げ道をルードがすぐさまふさいだ。
 レノは背後から強烈な一撃を加えた。男は肩を押さえ、床に座り込んだ。
「無駄なことをするなよ、と。さあ、どうする?今ならまだ許してやるぜ」
 男は生気のない目でレノをみあげた。そしてポケットに手をつっこんだ時、淡い光が彼をつつんだ。
「・・・・・・・しまった、まさか・・・・・・・・・・??」
 男の体から発したいかづちが、レノとルードを襲った。

×

 気がついた時には、夜が明けようとしていた。
 男の姿は、当然そこにはなかった。残っているのは、体のあちこちの痛みと、焦げ臭いにおいだけだった。
「チッ・・・・・・・・。油断したな。まさかマテリアを持っていたとはな、と・・・・・・・・・。ルード?おまえは大丈夫か?」
返事がない。
「・・・・・・・・・ルード?」
ルードはドアにもたれかかるように倒れていた。その身体の傷は、レノの比ではなかった。
「ルード!」
息をしてはいた。しかしその呼吸は弱々しく、今にも止まってしまうのではないかとレノには思えた。
「ルード!!」



×××



 神羅ビル、タークスの部室。
 レノは朝から黙りこくって、机の前に座っていた。机の上に投げ出した足が、時折書類棚を蹴飛ばす。
 ルードはすぐに病院に運ばれたが、重体だった。意識はほとんどない。負傷してから時間がたってしまったせいか、中途半端な回復魔法などは病状悪化を防ぐことはできても、回復の役にはほとんどたたなかった。あとは、科学的な治療とルードの生命力に頼るしかなかった。
「・・・・・・・・・わかった。また報告を頼む」
ツォンは何本目かの電話を切った。
「レノ」
ツォンは彼に話しかけた。レノは振り向きもしなかったが、ツォンは言葉を続けた。
「脱走ソルジャーの居場所だが、まだプレートの上にいる。目撃情報があったのは、56区。そいつが現在使っているIDもわかった。これでID検知システムを使っての追跡も可能だ」
 レノはやはりひとことも言わないまま、立ち上がった。そしてはがれかけていた顔のガーゼをうっとおしそうにはぎとり床に捨てると、ドアに向かった。
「レノ」ツォンはレノを呼び止めた。「おまえの主義にあわんかも知れないが、これを持って行け」
そう言ってツォンが投げてよこしたものをレノは受け止めた。
 それは、ルードが持っていたバリアとかいふくのマテリアだった。
「ヤツの現在位置は正確にはわからんが、センサーにひっかかったら連絡する」
 レノはマテリアをナイトスティックのめったに使うことのないマテリアホールにはめた。そして感謝の言葉の代わりに手をひらひらさせ、部屋から出ていった。
「ツォンさん・・・・・・・・・」イリーナがひどく心配そうに言った。「いいんですか?レノ先輩をひとりで行かせたりして!」
「ルードの負傷は、あいつの責任だからな」
「でも!レノ先輩だってケガしているんです!それに、・・・・・・・・・いつものレノ先輩とは全然違う・・・・・・・・・・」
「私だって心配していないわけじゃないぞ、イリーナ。しかし、これはレノがひとりで決着をつけなければならないことだ。今度の失敗を挽回するのに私たちが手を貸したりしたら、レノはいつまでも自分を責め続けることになるだろう。任務に失敗したこと、そして・・・・・・・・。ルードは、自分にマバリアをかけて自分の方が魔法のダメージから逃れることもできたんだ。だけど、あいつはそうせず、レノをかばった」
「ツォンさん・・・・・・・・・」
「もちろん、いざとなれば援護できる体制は取っておく。そのために、ソルジャーを数名回してもらった。ともかく、イリーナ、おまえも人の心配をしている暇はないぞ。仕事だ。助手に兵士を2、3人つけるが、レノもルードもあてにできん。おまえひとりの判断で任務を遂行するんだ。いいな?」
「・・・・・・・・・はい」



×××



 ミッドガル0番街。プレートの上の街。
 そこで生まれ、少年時代までを過ごした街だが、レノはどうしても好きになれなかった。
 生活感の欠如した、整然とした街並み。自信にあふれた、あるいは自分の暮らしに満足できない、そのどちらにせよ、なんの疑問も持たずに漫然と毎日を過ごす人が住む街。
 神羅カンパニーの強大な力の恩恵を一身に受ける退屈な街にいやけがさして、自分の食い扶持くらいかせげる年になると、レノはプレートから降り、スラムやミッドガル近郊の町をてんてんとして暮らした。
 そんな自分が、今は神羅カンパニーのために働く。
 不思議な気はしたが、いやではなかった。それどころか、今の仕事が好きだった。それは、巨大企業・神羅カンパニーをささえているのは日のあたるところで働いているエリート面した連中ではなく、本当は自分のような陰の仕事をしている人間だという自負、そして、文字どおり命を賭けて任務を遂行する快感ゆえのことだ。
 しかし、賭けるのは自分自身の命だけで十分だった。

×

 レノは56区の一角にあるバーのドアを開けた。そこは、0番街にはほとんど足を踏み入れないレノが、ときおりルードと共に訪れる店だ。プレートの上にろくなものはないが、うまい酒だけはある。
「あ・・・・・・、すいません、まだ開店前なんですが」
奥で掃除をしていた男が振り返った。
「別に酒を飲みに来たわけじゃないぞ、マスター、と」
「なんだ、レノか」
男は汚れた手を洗うと、カウンターの後ろに回った。
「こんな時間に来るということは、仕事か?なら、アルコールはやめてコーヒーでもいれようか」
「そうしてもらえるかな、と」
 その男は、レノが子供の頃からの知り合いで唯一今もつきあいがある人間だった。それは、レノと同じ種類の人間−−−−プレートの上の出身でありながら、神羅カンパニーの裏の仕事を選んだ人間だったからだ。彼はこうしてバーのマスターなどしているが、それはあくまでも表の顔。治安維持部の一員として、この店を拠点に0番街での情報収集を担当していた。
 仕事の関係で再会した人物ではあったが、個人的にもウマがあった。仕事を離れ、ひとりの客としてもこの店が気に入っていた。
 レノは彼の名を知っていたが、マスターとしか呼ばなかった。そして彼の方もレノの本当の名−−−−自分で付けた「レノ」と言う名前ではなく、親からもらった名を知っていたが、決してそちらで呼びかけることはなかった。子供の頃からの知り合いではあったが、子供時代の思い出など彼らには必要なかった。
 コーヒーのカップが自分の前に置かれると、レノは言った。
「手配中のソルジャーがここに来たそうだな、と」
「ゆうべ報告を入れた件か?あいつ、おまえが追っているのか」
「ああ」
「ふうん・・・・・・・・・・」彼はレノの顔の傷をちらりと見たが、それだけで何も言わなかった。「連行できればよかったんだが・・・・・・・・・すまないな。俺にはさすがにソルジャーの相手はできん」
「ヤツが使っているニセIDの報告だけでじゅうぶんだぞ、と。連行は俺の仕事だ。しかし、情報なしではどう動いたらいいかわからん。それで、情報の礼を言いに来たんだぞ、と」
「なんだなんだ、あらたまって。それを言うなら、情報収集が俺の仕事だ」
「ああ・・・・・・・・・そうだったな、と」
レノは頭をかいた。
 突然、PHSが鳴り出した。ツォンだった。
『レノか?ヤツが検知システムにひっかかった。58区に60区側から入った』
「わかりました。すぐに向かいます、と」
レノはコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「うまかったぞ、と。じゃあ、代金はここに置くからな」
「おいおい、代金なんかいらんぞ」
「いいから、取っとけよ。仕事が終わったらゆっくり酒を飲みに来るから、かわりにその時、とっておきのヤツをタダで飲ませてくれればいいぞ、と」レノはニヤリと笑った。「・・・・・・・俺とルード、一杯ずつ、な」
「・・・・・・・・・わかった。気をつけて行けよ」
 マスターは真顔で答えた。




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