Home NovelTop



ファミリー!




「はひ?新婚旅行?」
ラグナは驚いて訊いた。
「そう。新婚旅行」彼女は繰り返した。レインの店が忙しい時など、よくエルオーネを預かってもらう三軒隣の主婦だ。「やっぱり、行った方がいいんじゃないかと思って」
「でも、私たち、新婚旅行なら行ってるわ。ラグナの仕事の都合で、結婚してから2ヶ月あとにはなっちゃったけど」
「子連れでね。−−−−そうじゃなくて、新婚旅行なら新婚旅行らしく、ふたりだけで行ってらっしゃいと言ってるのよ」
「だけど・・・・・・・・・・・エルをほおって行くわけにはいかねえし」
「そのエルオーネちゃんが、行ってきたらって言ってるようなものなのよねえ。−−−この間、結婚式の次の日に新婚さんが旅行に行くのを見送ったでしょう。そのあとでエルオーネちゃんが私に訊くのよ。『ラグナおじちゃんとレインはしんこんりょこうにいかないの?』って。あの子は、3人で行った旅行がそうだったとは思ってないみたいよ」
「はあ・・・・・・・・・・・」
「だからって、あなたたちが再婚同士だとか、エルオーネちゃんがどちらかの実の子供だとかいうんなら、私もおせっかい焼くつもりはないのよ。だけど、そうじゃないんだから、少しはふたりだけの時間を持った方がいいんじゃない?私は最初から、結婚して初めての旅行くらいふたりで行けばいいのにと思っていたのね。あなたたちが、エルオーネちゃんを置いていくなんて考えもしなかったみたいだったから、私の方からは言わなかったけど。どうせ結婚前も、デートらしいデートもしてないんでしょう。今のうちにふたりだけの思い出ってものを作っておきなさいな。あなたたちの間に実の子供ができて、それこそそんなことしていられなくなる前に。エルオーネちゃんなら心配しなくてもいいわよ。1週間やそこらなら、私が預かるから。ね?」
「そう・・・・・・・・・・・・・・ねえ」
ラグナとレインは、困ったように目と目を合わせた。
 確かに、出会ってから今に至るまで、ふたりだけで遠出したことはなかった。手のかかる年頃の子供の面倒を見なければならないとなると、そんなことはできなかった。彼らが付き合うのを不快に思う人は少なくなかったから、どうしてもという時以外に子供を預かってくれるような人もいなかった。そのせいか、彼らの方も、エルオーネの世話を誰かに頼んで『新婚旅行』に出かけることなど考えもしなかった。
 だから、この好意的な提案はうれしくも、ありがたくもあった。
「まあ・・・・・・・エルオーネと話をしてみて、それから、考えますよ」
すぐには決められないことだからはっきりとしない返事をしたが、ラグナの心は、すでに動いていた。

×

 とはいえ、エルオーネが何日もひとりで待っているのを嫌がるようなら、行くわけにはいかなかった。『娘』が泣きじゃくるのを振り切ってまで行きたいとは思わない。レインの気持ちもある。
 彼女は最後までしぶっていた。小さな子供を人に預けて遊びに行くのはどうしても気がひけた。
 しかしエルオーネは、ふたりの心配を知ってか知らずか、行っておいでよ、と繰り返した。まだ5才とはいえ女の子、結婚というものにこの年頃なりの夢やあこがれを持っていて、ラグナとレインにも、ちゃんと新婚らしいことをして欲しいようだった。
 それでも、本当にひとりでお留守番できるか、お泊まりする家の人に迷惑をかけないかとさんざん念押しすると、エルオーネはちょっと表情をこわばらせた。仕事でたびたび家をあけるラグナはともかく、レインとは、彼女に引き取られて以来、いっしょに食事をしなかった日は一日たりともないのだ。
「でもね、でもねっ」エルオーネはラグナとレインの顔を交互に見つめながら言った。「けっこんしたおとこのひととおんなのひとがしんこんりょこうにいくと、もっとなかよくなるんでしょ?エルね、ラグナおじちゃんとレインがもっともっといっぱいなかよしになったらうれしいんだ。だから、いいこでまってるよ」
その言葉に、ラグナは思わずエルオーネを抱きしめた。
 その夜レインは、エルオーネを寝かしつけて居間に戻ってくると。ラグナに言った。
「ねえ、ラグナ。あの子もあんなこと言ってくれるんだから、行きましょうか・・・・・・・・・・新婚旅行」
彼女だって、行きたくなくていい顔をしなかったわけではないのだ。
「そだな・・・・・・・・」
いろいろ考えるうち、ラグナの気持ちも少し変わってきていた。ただ単純に、レインとふたりだけで旅行に行ける、それがうれしいだけでなく。
 エルの世話を申し出てくれた人は、元からラグナに好意的な方ではあった。しかし彼女ひとりはよくても、他の人たちのよそものである彼を拒絶する気持があいかわらず強かったならば、彼女もあのような提案はできなかっただろう。
 これは、自分が村の人に受け入れられてきた証拠かも知れない。
 そして、ようやく持てる、水入らずの時間。
 めいっぱい楽しんでこよう。
 それ以上に、レインを楽しませてやろう。毎日家事と育児と仕事に追われている彼女に、思う存分羽を伸ばさせてやろう。
「な、レイン。どこに行きたい?」



×××



 景色のきれいな静かなところでのんびりしたいわ。おいしいものがあれば、なおいいわね。
 そんなレインの希望でラグナが行き先に選んだのは、山あいの小さな町だった。
 彼は一度、この町に来たことがあった。何の目的もなく、なんとなく飛び乗ったバスの終点がここだった。落ち着いた町並み、夏でもわずかに雪の残る稜線、谷間に見える湖−−−−その時のラグナは、とりあえず町を一回りするとそれで気が済んでしまい、一晩安宿に泊まった次の日、たまたま目に入ったバスに行き先も確かめずに乗って早々にその町を離れた。まだ十代だった都会育ちの彼には、そこはあまりにも刺激がなさすぎて、おもしろみを感じなかったのだ。
 しかし今度、妻になった人と共に再訪してみれば、けっこういいところじゃないか、としみじみ思った。田舎暮らしが長くなってこういうところが肌に合うようになったのかな、とか、ちょいとばかし年をとったせいかな、とか、内心にがわらいしながら考えたが、一番の理由は、横に喜ぶ人の顔があったからかも知れない。
 レインはひとめでこの町が気にいった。最初に食事に入った店で飲んだ地元のワインの味は、それ以上に気に入った。
「こんないいところを知っているなんて、だてにあちこちほっつき歩いているわけじゃないのね」
言いまわしこそ皮肉っぽかったものの、レインの口調と表情は本当にうれしそうだった。さんざん調べ考えて選んだ場所がこんなにも気に入ってもらえて、オレもレインの好みってもんがわかってきたじゃないか、とラグナは、表情にこそ出さなかったが、胸を張りたい気分だった。
 その町でふたりは、のんびりと散策したり、しゃれたレストランで食事をしたり、町でたった一軒の映画館で映画を見たりして過ごした。たわいもない、しかし、小さな子供連れではままならないこと。これまでもふたりだけで出かけたことがなかったわけではないがいつも必要あってのこと、用件だけ済ませるとあわただしく帰っていたから、時間を気にせずただゆっくりと過ごせるだけで楽しかった。
 そして3日目の夕方。
 立ち寄ったカフェでのふたりの会話は、どことなくとぎれがちだった。
 ラグナは先ほどおもちゃ屋のショーウィンドウに飾ってあったのを衝動買いしたモーグリのぬいぐるみを膝の上で抱え、時々窓の外に目をやってはため息をついていた。彼はレインに話しかけられると我に返ったようにコーヒーカップを持ち上げるが、それを飲むわけでもなくそのまま皿の上に戻すを繰り返した。
「どうしたの、ラグナ。さっきから様子が変よ。具合でも悪い?」
「そんなことないよ。そうじゃないけど、その・・・・・・・・・・・エルがいないと、なんか落ち着かなくて、さ」そこでラグナはわたわたと手を振り、あわてて弁解するように言葉を続けた。「あ、いや、別に、おまえとふたりきりだとつまんないとか間がもたないとかって言ってるわけじゃないんだ。ただ、さ、おまえのそばにはエルがいるのがあたりまえになってたから、ついついエルの姿を探しちまって・・・・・・・・・・。あの子は、子供が何人もいるベテランお母さんが預かってくれてるんだから、心配しなくってもいいんだよな」
ラグナはそう言うと、いつものように脈絡のない話をあれこれ話し始めた。しかしいつもようのな勢いはなく、時折ふっと言葉がとぎれる。
「ねえ・・・・・・・・・・・・。まだ早いけど、明日にでもウィンヒルに帰る?」
何度目かの沈黙のあと、レインはそう言った。
「え〜〜〜、そんなんはもったいないよ。帰っちまったら今度はいつ、こんなふうにのんきに旅行できるかわかんないだ。気持ちよく送り出してくれた村の人にも返って悪いしさ。予定通り、めいっぱい楽しんで行こうぜ」
ラグナは、明日は町を離れてドライブに行こうか、などと言いながら地図を広げた。
 そんな話をしながらも、ラグナはまたエルオーネのことを考えていた。
 エルを人に預かってもらうのはなにも初めてのことじゃない。それどころか、店が忙しい時なんかひんぱんに世話を頼んでいて夕飯までごちそうしてもらうのもしばしばだから、エルだって預けられるのに慣れている。昼間は逆にこっちがよその子供をよく預かっているからそのへんはおたがいさま、面倒かけてる家にそうむやみに気兼ねする必要もないし。
 それでも−−−−−−。
 何日もレインの顔を見られないってのは今までなかったんだから、やっぱり淋しがってるんじゃないかな・・・・・・・・・・・・・。
 次の日。
 ラグナは車を、前日行こうと言っていた郊外の湖ではなく、ウィンヒルに向けて走らせていた。



×××



 予定の半分で新婚旅行をきりあげて帰ってきたラグナとレインを、村人のあきれ顔とエルオーネの満面の笑みが迎えた。
 その日のレウァール家は実ににぎやかだった。エルオーネは、預けられていた家の人に寝る前に必ず『あとなんかいねたらかえってくる?』と訊く以外は淋しそうなそぶりは全く見せなかったそうだがやはり淋しかったのか、ラグナとレインにまとわりついて離れようとしなかった。彼らの方も、好きなだけ甘えさせてやった。
 夕食の席には、久しぶりにレインの心尽くしの手料理が並んだ。ラグナは料理をとりわけたり食べこぼしを拭いてやったりと、いつにも増してまめにエルオーネの世話をやいた。レインは、そんな夫や、『やっぱりレインのごはんがいちばんおいしい』と旺盛な食欲を見せる娘の姿に目を細めた。
 そして夜が更けた。いつもならとっくに寝ている時間になってもまだ寝たくないとだだをこねるエルオーネをなんとかなだめ、ベッドに入れた。そして絵本を読んで聞かせてやると、興奮して疲れていたのだろう、何ページも読まないうちに寝入ってしまった。おみやげのモーグリのぬいぐるみをしっかりと抱きしめて。
 ふたりはしばらく、エルオーネの寝顔を見つめていた。やがてどちらからともなく目くばせすると娘の頬にキスをして、起こさないようにそっと階下のパブに下りた。
 静かな店の中にはあかりがひとつ。レインはラグナに、酒のまったくだめな彼のために考えたノンアルコールのカクテルを作り、自分には旅先で買ったワインを開けた。そしてカウンターに並んで座り、グラスを傾けた。
 しばらくしてラグナは、かぼそい声で言った。
「レイン・・・・・・・・・・・ごめんな。せっかく村の人が気をきかせてふたりだけで旅に出してくれて、エルオーネも、いい子で留守番してくれてたってのに、なんつーか、オレの方が先にまいっちまったみたいになって・・・・・・・・・。おまえも、気ままにすごすことなんてもう何年もなくて、楽しんでいただろうに、さ・・・・・・・・・・・・・」
レインはくすりと笑うと、ラグナの肩によりそった。
「あのね、ラグナ。エルの両親が亡くなって、ひとりぼっちになったあの子は私が引き取るって言った時、村の人たちにすっごく反対されたのね。『まだ結婚していない、決まった恋人もいないような若い娘がいきなりコブ付きになる気か。それが嫌われて結婚できなくなったらどうするんだ』って。それでも私は、あの子を育てたかったの」レインは突然、エルオーネを引き取ったいきさつを話し始めた。「エルのお母さんには、母親同士が仲よかったってのもあって、小さな時から妹みたいにかわいがってもらったわ。転げ回って遊ぶような年ではなくなった頃には少し疎遠になっていたけど、彼女が結婚して1年くらいたっていたかしら、すぐ隣に引っ越してきて、またひんぱんに行き来するようになったの。その頃私は、母を病気で亡くしたばかりだったわ。父が亡くなったのもそのほんの2年前で、やっと落ち着いた頃に今度は母までだったから、私はすごく落ち込んでいてね。そんな私を、彼女はよく食事に招いてくれたわ。ただ食事を一緒にしてくれるだけでなぐさめたり力づけたりしようとはしなかったけど、それが心地よくて、返ってどんなになぐさめになったかわからないわ。そして、なんとか元気になった頃、エルが生まれてね・・・・・・・・・。あの時は、まるで自分の家族が増えたみたいにうれしかったなあ。私ったらエルをかまいたくてしょうがなくってね。私はこういう、夜の方が忙しい仕事をしてるでしょう、昼間はわりと暇だから、隣のご夫婦が畑仕事に出る時には私の方から頼んであの子を預からせてもらってたの。そんなに子供が好きならさっさと結婚して自分で産みなさいってよくからかわれたわ。そのうちに、私もいずれ家庭を持って、ずっと家族ぐるみでおつきあいしていくんだって、それが当然のように思うようになってたんだけど・・・・・・・・・・ふたりが突然、あんな亡くなり方をしてしまって。とてもつらくて悲しくて−−−−−でも、泣けなかった。『パパ、ママ、どこ』って泣きじゃくりながらエルがしがみついてきたのは他の誰でもなく、私だったもの、私まで泣くわけにはいかなかった。そしてふたりのお葬式の済んだ夜、エルに添い寝をしてやりながら、私は決めたの。これからはこの子は私が守っていこう、私が一番つらかった時に支えになってくれた人たちの代わりに、私がこの子を育てようって」
 レインの話を、ラグナは不思議な気分で聞いていた。
 エルオーネが彼女の子供ではなく、姪やいとこといった近い関係ですらない赤の他人だと、いつからか知っていた。独身の若い女性が他人の子供を育てているのを奇妙に思いもした。しかし、ふたりの姿は母子以外の何ものでもなかったから、訊きそびれるうちいつのまにかあたりまえのことになり、何の疑問も持たなくなっていた。
「でもね。私だって結婚して自分の子供を産みたかったから、『結婚できなくなったらどうするんだ』と言われたときにはさすがに引いたわ。それでもあの頃は、相当思い詰めていたのかしら、ついこう言っちゃったの。『ちゃんとエルの父親になってくれる人を見つけますからご心配なく!』って」レインはくすくす笑いながら言った。「エルの世話は、大変だったけど楽しかったわ。あの子といっしょに暮らすうちに、家族や家族同然に思っていた人たちをあいついで亡くした悲しみを忘れられた。慣れない子育てにも、近所の人たちがなにかと力になってくれたから、不安はなかった。−−−−だけど、後悔したこともあったわ。何人かの男の人とおつきあいしたけど長続きしなくて、やっぱり子供がいるとうまくいくものもそうはいかなくなるのかしらと考えてしまったり、両親と手をつないで幸せそうな子供を見かけると、両親がちゃんとそろっている家庭に引き取ってもらった方がエルにためによかったのかもと思ってみたり。まだ何年も結婚できなかったら、私は結局、あの子を手放していたかも知れない。それが−−−−−こうして、本当に、エルの父親になってくれる人に出会えたなんてね」
「レイン・・・・・・・・・・・・・」
「だからね。エルが心配だから旅行を切り上げて帰るってあなたが言い出した時、全然つまらないなんて思わなかったって言ったら嘘になるわ。でもそれ以上に、うれしかった、かな」
レインはそう言うと、ラグナに微笑みかけた。その笑顔は、とても美しかった。彼は見慣れているはずの妻のまなざしにどぎまぎしながら、つい視線をそらした。
「あ、でも、さ、そんなら、ホントに、オレなんかでよかったんか?だってよ、オレってば、この年になっても全然落ち着きがなくて、仕事とはいえ何日も帰ってこなかったりして、その、結局は、エルの世話もしつけもおまえにまかせっきりで、さ・・・・・・・・・・・・・」
そう言いながら、ラグナはずんと落ち込んだ。村か近くの町に働き口がなかったわけでもないのにこんな不規則で不安定な仕事を選んでしまい月の半分は家によりつかないし、家にいればいたで、レインの手間を増やすようなことばかりして、子供がひとり増えたみたいだとエルオーネとふたりまとめて彼女に怒られてばかり。そんな自分がいい父親をやっているとはとうてい思えなかった。
「そうねえ、正直言って、不満はいっぱいあるわよ。なんでこんな人と結婚しちゃったのかしらと思ったのも一度や二度じゃないわ。特に、エルとふたりだけの夜が何日も続くとね。−−−−それでも結局、やっぱりこの人でいいんだ、毎日家に帰って来さえすればいいってもんじゃないんだと思い直すの。あなたはエルを本当の娘みたいにかわいがってくれてるし、あの子も、他の誰よりもあなたになついてる。ちょっとあの子に甘すぎるんじゃないのと思ったりもするけれど、叱るべきところではちゃんと叱ってくれるでしょう、ふだん甘い分、あなたに叱られた方が毎日のように怒ってる私なんかより効くみたいだから、たぶん、あなたは自分で思っている以上にあの子のしつけの役にたってるんじゃないかしら。それに、だいたいねえ、娘のおねしょの後始末をするお父さんって、あまりいないと思うわよ」
レインはおもしろそうに言った。そして、かすかに目を伏せると続けた。
「だけど、『エルのお父さん』だけでは、やっぱり、嫌。私はあの子のためだけに結婚したんじゃないんだもの。あなたが家に落ち着けない人だって知ってて結婚したんだから、どこにも行かないでなんて言わない。家にいる気になった時だけでいいから、エルが寝たあとでいいから、たまにはこんなふうに−−−−私だけのそばにいてね」
 −−−−もしかしてオレってば、オレにとって最高の女を女房にしたのかもしんない。
 ずっと、温かい家庭にあこがれていた。
 しかしそれは、自分には縁遠いものに感じていた。
 自分が家庭第一の人間になれるとはとうてい思えなかった。毎日なんのへんてつもない同じ日常を繰り返すのは、どんなに家族を愛していたとしても、きっとそんなに長くは耐えられない。
 だけどレインは、温かい家庭ときままな暮らしの両方を与えてくれる。彼女を愛している限り、彼女のそばが自分の帰る場所だと思っている限り。
 ラグナはレインを抱き寄せると、そっと唇を重ねた。かすかにワインの香りがした。
 −−−−オレだって、エルの父親になりたくておまえと結婚したわけじゃないんだ。
 おまえが好きだから。
 おまえを誰にも取られたくなかったから。
 おまえとずっと−−−−−年を重ねていきたかったから。
「なあ、レイン・・・・・・・・・・・・。子供はいずれ、大人になる。15年か、20年か、25年か−−−−そのくらいたてば、エルオーネも、これから生まれてくるオレたちの子供も、自分のめんどうくらい自分でみられるようになってる。親なんかより友だちや恋人の方が大事になってもいるだろう。そんな時が来たら、今度こそ、心おきなくふたりだけで旅に出ような」
「そうね。それまでにまた、すてきなところをたくさん見つけておいてね。楽しみにしてるから」レインはラグナにキスを返した。「ね、ラグナ。短い旅だったけど、エルが言ってたように、もっともっといっぱい仲良くなれたわよね、私たち」
「うん・・・・・・・・・・・・・」
 恋人らしい時間をまったく持てぬままに結婚した。よくよく考えてみれば、少し淋しい気もする。
 だけどそんなのはたいしたことじゃなかった。今、じゅうぶん幸せなんだから。
 なんと言っても、エルがいたから結ばれたようなものなのだから。あの子は足かせなんかじゃない。自分たちが幸せになるために必要な、大事な娘。
 子供はいずれ、親の手元を離れていく。夫婦水入らずの時間はその時までとっておいて、今は親として子供と過ごす時間を楽しもう。
 まだ仕事は休めるんだ、明日天気がよかったらエルを連れて近くの森にピクニックに行こう。
 そんなラグナの提案にレインは、それならお弁当は何がいいかしらね、という言葉で答えた。




Home NovelTop