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PROMISE〜約束〜




   そこは、運命の場所だった。
   少なくとも、報告書ではそうなっていた。
   断言できない自分に、彼は腹をたてていた。
   自分もいたはずだった。その日、その場所に。
   しかし、何ひとつ覚えていない。
   ザックスが命を散らした、あの時のことを−−−−。 



×××



 ニブルヘイム−−−−。
 ミッドガルから遠く離れたこの村はメテオの影響をほとんど受けず、以前と変わらぬ静かなたたずまいを見せていた。ニセ住人を演じていた神羅社員は姿を消し、代わりにあちこちから集まってきた人々が住みつき、穏やかな生活を送っていた。
 クラウドも、ティファとともに故郷に帰ってきた。
 しかし、ふたりの胸にあるのは喪失感だけ。
 そこは彼らが生まれ育った村そのものではない。神羅に作り上げられた箱庭。そして、彼らの家を模した「それ」にはすでに見知らぬ他人が住んでいた。 
 自分たちにはもう帰る場所はないのだ・・・・・。
 村はずれの墓地にあの事件で死んだそれぞれの親の、中には何も入っていない墓を作ってしまうと、それ以上ニブルヘイムにとどまる理由がなくなってしまった。
「ねえ、クラウド・・・・・・・。ミッドガルに帰らない?」その夜、宿での夕食のあと、ティファがそう言った。「メテオのせいであのあたりはすっかりめちゃくちゃだけど、それって、考えようによっては、新しい生活を始めるのにいいところだとも思うの。私のパパとクラウドのお母さんの供養も済んだし、もう過去をふりかえるのはやめにして。ね、そうしない?」
「そうだな・・・・・・・・・・・」
 過去を、すべてを失ったが、未来を得る可能性だけは残った街、ミッドガル。メテオ後の一時の混乱はおさまり、人々は次の時間へと動き始めていた。
 あの場所でなら自分たちもまた、新たに何かを手にすることができるだろう。
 ティファとふたりでなら、きっと。
 しかし・・・・・・・・・・・・・・。
 クラウドは唐突に立ち上がった。
「クラウド・・・・・・・・・・・?」
「ごめん・・・・・・・・・。なんだか疲れたみたいだ。先に部屋に戻るよ。その話はまた明日しよう」

 自分の部屋に戻ったクラウドは、ポケットから一枚の紙きれを取り出した。そこには、神羅屋敷地下に残っていた膨大な資料の中からなんとか探し出した、ある記録が抜き書きしてあった。
 あのことがあった日時・・・・・・・・・そして、場所。

 翌朝クラウドは、ティファあてのメモだけを残して姿を消した。



×××



 そしてクラウドは、ひとり山の中に立っていた。
 眼下には廃墟と化したミッドガルが見える。このあたりにもメテオの激流が及び、地形はすっかり変わっていた。彼がここまでたどってきた道もすぐ先で崩れ落ち、歩く人のなくなった道は風化し、消えかかっていた。
 本当にこのあたりなんだろうか・・・・・・・・?
 地図と目の前の景色を見比べ、また自信がなくなった。メテオ前の地図はほとんど役立たずで、ここにも人に何度も訊いてやっとたどりついたのだ。
 彼はがけっぷちに腰を下ろし、ミッドガルを眺めた。
 俺はここまで来た。
 だけど、それでどうなる?
 その場所に立ったからって、それにどんな意味がある?
 このまま帰ってしまおうか・・・・・。何をしたところで、そこで失ったものはもう取り戻せないのだから。
 そう心の片隅で考えながらも、クラウドはその場を去るに去れなかった。
 このままにしては・・・・・・・・・・・・・俺はどこにも行けそうにない。
「おい、あんた、こんなところで何をしている?」
突然うしろから、うわずった声が響いた。振り向くと、中年の男がそこにいた。
「バカなことは考えるなよ・・・・・・・・・・。せっかくあの大惨事から生き残れたんだからな・・・・・・・・、だから・・・・・・・・・・・・・」
「はあ?」
クラウドはきょとんとして男の顔を見つめた。そして男のかんちがいに気づくと、ついふきだした。
「そんなんじゃないですよ。俺、そんな顔をしてましたか?」
「え?違うのか?」
男の肩から力が抜けるのが目に見えてわかった。
「なんだ。それならいいんだ」男も笑いだした。「すまなかったな。見慣れない人間が深刻な顔をしてそんな危険なところに座っているからてっきり」
「すみません、驚かせてしまって」
「で、あんた、ほんとにどうしたね?道に迷いでもしたか?メテオが降ってきた時にこのへんはあちこち崩れて、この先はどこも行き止まりだよ。以前はミッドガルからジュノンやカームへの抜け道になっていて旅行者も多かったんだが、今は私のような、近くに住む人間が山仕事に来るくらいだ。どこに行くつもりだったのかは知らんが、ふもとまで戻りなさい」
「いえ、そうじゃないんです・・・・・・・・」クラウドは目を伏せた。「俺、ここに人を探しに来たんです」
 クラウドは一瞬躊躇した。しかし、思いきって持っていた地図を広げ、男に見せた。その地図には、印がひとつ、ついていた。
「−−−−ここ、どこだかわかりますか?」
 男は地図を受け取り、しばらく何度もひっくりかえしたり道筋を指先でなぞったりしていた。そして、うなづいた。
「ああ、ここなら、この道をもう少し先に行ったところだ。今はもうあとかたもないがな。−−−−人を探しに来た、と言っていたな?だけど、このへんには昔から家なんかなかったんだがなあ」
「違います。住んでたとかそんなんじゃなくて、その・・・・・・・・・・・・」
クラウドはさらに言いよどんだ。
 この男はこのあたりに長く住んでいるらしい。だったら、あのことも何か知っているかもしれない。
 だけど、もし知っていたとして、俺はどうすればいいのだろう?
 そして、もし何も知らなかったのならば、その時俺はどう思うだろう?
 それでも俺は・・・・・・・・・・・あの時のことを知らなければ、どこにも、行けない。
 クラウドは、言葉を続けた。
「・・・・・・・・・・3、4年前、ここに、身元不明の若い男の死体があったって話を、聞いたことが、ありませんか?」
 男はかすかに眉を上げた。
「あんた、その人のなんだね?」
クラウドは答えようとして、また口をつぐんだ。本当にそう表現していいものかわからなかった。しかし、他に言いようがなかったので、結局そう答えた。
「・・・・・・・・・・・・友人、です」
「そうか・・・・・・・・・・・・・」
 男はつぶやくと、ふいにきびすを返した。そして、言った。
「ついてきなさい」

 男は細いけもの道に入り、立ち枯れた森の中を進んだ。
 道は、よどんだ水が半分ほどたまっている小さな池に続いていた。
 そのほとりで、男は立ち止まり、言った。
「あんたの友だちは・・・・・・・・あそこにいるよ」
 男が指さした先の地面は小さくもりあがり、そこには、一目で人の手で立てられたとわかる朽ちかけた木の枝が立っていた。
「確かに4年くらい前になるか。娘が3つの時だったからな。あの日も私は、このあたりに仕事に来ていた。たまには山で遊ばせてやろうと、娘も連れて。夕方ごろだったか、娘が『あっちのほうでどこかのおにいちゃんがねてる』と私を呼びに来た。あまりにあっけらかんとしていたんで、旅行者が疲れか病気で倒れたのを見つけたんだろうと思ったんだが・・・・・・・・・・。まさか、あんな姿で死んでいるとは思わなかったな。でも、顔は、少し血で汚れていただけできれいだったよ。娘がこわがらなかったわけが、なんとなくわかった。穏やかで、ほんとうに眠っているだけのようだったからな−−−−」
 男の言葉の最後の方は、クラウドの耳に届いてなかった。彼はよろめくように粗末な墓標に歩み寄り、膝を落とした。土を握りしめる手の上に、大粒の涙がこぼれた。
「−−−−ザッ・・・・・ クス・・・・・・・・・・・・・・・・」
こんな・・・・・・・こんな淋しいところで、ずっとひとりで・・・・・・・・・・・・。
 クラウドは大声で泣き始めた。
 ごめん・・・・・・・・・ザックス。
 俺は、あんたにどんなにあやまってもあやまりきれない。
 俺が今も生きているのは、あんたがかばってくれたからだろう?
 だというのに、俺はほとんど何も覚えていない。
 俺がはっきりと覚えているのは、−−−−セフィロスに斬られた時まで。
 神羅屋敷でビーカーに閉じ込められていたこと、屋敷から逃げ出してしばらくのことも、なんとなくは覚えている。だけどそのあとは・・・・・・・・・ミッドガルでティファに会った時まで、真っ白。
 そんな俺が生き延びたってのに、なんであんたは・・・・・・・・・!!
 激しい嗚咽は少しずつ力を失い、かぼそくなり、消えていった。
 クラウドが泣くのに疲れ、背中がかすかに震えるだけになると、男はそっと彼の肩を抱いた。
 そして歩くのがやっとのクラウドをささえ、ふもとの村まで戻った。
 その夜、男は何も訊かずにクラウドを自分の家に泊めた。



×××



 ほとんどのどを通らなかった夕食のあと、クラウドは客間のベッドに横になった。目は腫れて開けているのがつらく、体も疲れきっていたのに、眠れそうになかった。
 目的は果たした。
 だけど、俺はこれからどこに行けばいいのだろう・・・・・・・・?
 俺は、自分がしたことの責任はいちおう取った。
 だけど、俺の心の弱さのせいで死んでしまった人がいることも事実。
 やはり俺は・・・・・・・・・・・。






       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クラウド

               
               ・・・・・・・・・・・・・クラウド。

「よォ、ちょっと起きねーか、クラウド?」
 クラウドははっとして目を覚ました。
 いつの間にか、眠っていたようだった。枕元の灯は消え、部屋の中は暗かった。
 そして、ベッドの脇に、窓からさしこむかすかな星明かりにぼんやりと浮かぶ人影があった。
「なぁにシケた顔して寝てんだ?そんなに寝苦しいなら、起きて一杯つきあえよ」
そう言って酒ビンとグラスをかかげて見せたのは・・・・・・・・・・。
「−−−−ザックス!?」クラウドは飛び起きた。「・・・・・・・・あんた、なんで・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・・・」
「まあ、細かいことは気にするな。いいから来いよ。ちったあ飲めるようになっただろう?」
 ザックスはきびすを返すと、すたすたと暗やみの中に歩いていった。
「ザックス、待っ・・・・・・・・!」
クラウドはあわてて後を追った。

×

 ふと気がつくと、そこは森の中だった。
 小高い見晴らしのいい場所にザックスは腰をおろし、酒ビンのフタを開けた。
「ま、座れよ。俺、一度おまえと飲みたかったんだよなあ。だけど、ニブルヘイムに行く前はおまえ、酒はからっきしダメだったし、神羅から逃げてる時はそんなノンキなことをしてる場合じゃなかったからな」
ザックスはそう言いながら、グラスをクラウドに差し出した。クラウドはその手を見つめているだけで、どうしても受け取れなかった。
「ん?どうした?」
「ザックス・・・・・・・・・!」クラウドは両手を地面についた。「ごめん・・・・・俺・・・・・・、あんたにとんでもないことをした!」
「・・・・・・・・・俺が、神羅兵に殺されたことを言っているのか?」ザックスはグラスに酒をつぐと、クラウドの前に置いた。「済んだことだ、気にするな」
「気にするなって・・・・・・・・・・・・そんなの、無理だ」
 ザックスは自分の分の酒をつぎ、一口飲んだ。
「まあ、それが当然か。全然気にしてくれないってのもなんかやだしな。−−−− だけど、全部自分ひとりのせいだと思いつめることはないぜ。おまえのせいでもあるが・・・・・俺自身のせいでもあるんだからな。おまえが責任を感じていて実際責任を負わなきゃならんことは他にもいろいろあるだろうが、その全部が、一つ残らずおまえひとりのせいじゃ、ない」
「だけど、もし、あんたが俺なんか見捨ててひとりで逃げていれば・・・・・・・・・・・!」
「そう。おまえを連れて逃げたのは俺の勝手。そして俺は、そのことを後悔していない。それじゃいけないか?」
「後悔していない・・・・・・・・・・・。本当に、そう言い切れるかの?こんなことになったってのに?」
「ああ。−−−−少なくとも、今のところはな」
「今のところ・・・・・・?」
「だけど、後悔してることもあるんだよな。・・・・・・・・・・・セフィロスのこととかさ。ニブル魔晄炉で、俺はためらわずにあいつを殺してやるべきだった。そうすればニブルヘイムが焼かれるのは止められなくても、それ以上のことは何も起こらなかったはずだし、何よりも、あいつ自身のために・・・・・・・・・・・・。今だからそう言えるけど、さすがにあの時は、なあ」
「だけど、俺のことは・・・・・・・・・・。今のところって・・・・・・・・・・・?」
「おまえ、これからどうするつもりだ?」
ザックスはクラウドの問いに答えず、逆に訊いた。
 クラウドはさんざんグラスをもてあそんだあと、ようやくぽつりと言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わからない」
「何かやりたいことができたんだろ?そうでなきゃ、おまえのことだ、迷ったりせずとっくにどっかで世捨て人をやってるだろうからな」
クラウドは唇をかんだ。
「−−−−そうだよ。俺は迷ってる。俺がしたことを考えれば、責任だけは果たした今、あとはひとりでひっそりと暮らしていくのが当然だと思う。だけど、それもできなくて・・・・・・・・・・・・・」
 ザックスはじーっとクラウドの顔を見つめた。そして、ぼそりと言った。
「−−−−ティファちゃんとうまくいきそうなのか?」
「な・・・・・・・・・・なんだよ、そんな、とーとつに!!」
クラウドは真っ赤になってあとずさった。
「俺を甘くみるんじゃねーぞ。俺はそーゆーことには人一倍カンがいいんだ」ザックスはニヤリと笑った。「そっかあ。とうとうあの子とねえ。ニブルヘイムで少しだけ話をしたけど、ほんとカワイイ子だったよなあ。なんと言ってもないすばでぃだったし。あんないいコがこの俺よりおまえを選ぶとは、やはり人生ってのはあなどれない」
「ザックス・・・・・・・・・・・・。もしかして、ティファにまで声をかけてたのか?」
「とーぜん。かわいいお嬢さんへの礼儀です」ザックスはきっぱりと言った。「でも、おまえが心配するようなことはなんにもなかったぜ。くどくには時間が足りなかったし、第一俺は、他に好きな男がいる女には深入りしない主義なんだ。−−−− あん時、お茶に誘ったら喜んでついてきてさ。それにしてはデートって雰囲気にならないなあ、と思ってたら、彼女、おまえの消息を根掘り葉掘り訊いてくるじゃないか。なんつーか、・・・・・・困ったよ。いろいろと」
「ごめん。あの時は・・・・・・・・・・・・俺、本当のことを言う勇気がどうしても持てなくて」
「あの時?今もじゃないのか?その様子じゃどうせプロポーズもまだなんだろう。ぐだぐだ言ってないで、さっさと体当たりしてこい。そういうのは男の役目だ。彼女、きっとおまえの言葉を待ってるぜ」
「そうじゃないんだ・・・・・・・・・・。ティファはきっと、いい返事をしてくれる。だからこそ、言えない」クラウドは膝をかかえ、か細い声で言った。「俺、幸せになる資格が自分にあるとは、どうしても思えない」
「あのなあ、クラウド・・・・・・・・・・。おまえ、幸せになるってのがどんなに大変なことかわかってて、んなこと言ってんのか?」ザックスは渋い顔をして、頭をがりがりかいた。「ガキのころから好きだった女と結婚しようってんだ。そりゃあ幸せいっぱいだろうさ。だけどそんなもん、どうせ最初のうちだけだぜ。女ってえのはめんどうな生き物でな。ちょっと他の女の方を向いただけでぎゃーぎゃー騒ぐ、仕事だって男同士のつきあいだって大事だってえのに、すーぐ淋しいだのなんだのと文句を言う。ま、それも女のかわいいとこだけどな。−−−− って、俺の場合、うまくいかなくなったら別れちまってたからそう言えるのかもな。だけど、ひとりの女と一生涯なかよく幸せにやっていこうってのは大変だろうなあ・・・・・・・・・・・・」ザックスはそれだけ一気にまくしたてると、クラウドの肩をぽんっと叩いた。「とゆーことで、君はぜひ、ひとりの女に一生しばられて苦労したまえ」
「ザックス・・・・・・・・・。もしかして、俺を脅してないか?」
「そうか?気のせいだろ」
ザックスはしれっとして言った。
 そして、クラウドのグラスに酒をつぎたし、続けた。
「ともかくさ。不幸になるのは簡単なんだ。何もかもに背を向けるだけでいい。だけど俺は−−−−おまえにそんな生き方をさせるために、おまえを連れて逃げたんじゃない」
「ザックス・・・・・・・・・」
「なあ、クラウド。おまえ、幸せになれ。幸せになろうと努力しろ。好きな女がいるなら、はっきりと言葉にしろ。どんなにがんばっても、うまくいかないかも知れない。だけど、言わなかったこと、しなかったことをあとあと後悔するよりはいい」
 ザックスはごろりと横になった。そして空を見上げ、独り言のようにつぶやいた。
「俺さ・・・・・・・・・・・・・好きだとどうしても言えなかった女が、ひとりだけ、いるんだ。何人もの女とつきあってきて女の扱いには慣れてるつもりだったのに、自分が、本気でホレたらとことん臆病になるヤツだったなんて、あの子に会うまでは知らなかったよ。なんか情けないけどな。他の女にはほいほい言ってた言葉が、彼女にだけはどうしても言えなかった。今度会ったら、次の仕事が終わったら・・・・・・・・・・・。そうやって何度も引き伸ばしてるうちに、永遠に言う機会を失っちまった。だからさ ・・・・・・・・・・・・」
 ザックスはどこか遠くを見つめていた。空の星をなのか、あるいはもう戻ってこない過去をなのか・・・・・・・・。
 クラウドは、そんなに悲しそうなザックスの顔をそれまで見たことがなかった。
 自分を連れて逃げたことを『今のところは』後悔していない、その言葉の意味がやっとわかった気がした。
「わかったよ、ザックス。−−−−−俺、もう迷わない」
「そっか・・・・・・・・・・・・・・・・」
 地上は一面、闇におおわれていた。かつてはそこに、ミッドガルの見事な夜景があったはずだった。だが今は、それは、ない。
 しかし、空を見上げれば、星が輝いている。
 無数の星が。

×

 風の向きが、変わった。
「夜明けか・・・・・・・・・・・・・・」
ザックスがぽつりとつぶやいた。東の地平線が、かすかに明るくなっていた。
「俺、もう行かないと」彼は立ち上がり、服についた枯れ草をはらった。「来てくれてありがとな、クラウド。おまえと飲めて、ほんとうによかったよ」
「ザックス・・・・・・・・・・もう、会えないのか?」
「なぁに言ってんだ?いつだって会えるじゃねーか。おまえが俺のことを忘れない限り。それともナニか?いつぞやみたいに、俺のことはきれーさっぱり記憶から消しちまうつもりか?」
「そんなこと・・・・・・・・・・・!」
 ザックスはクラウドの目を見つめ、どこか照れくさそうに微笑んだ。


「クラウド、幸せになれ!楽しい思い出がたくさんできすぎて、
抱えきれなくなったらライフストリームに還って来い!そうすれば−−−−−−



                  −−−−−星は、人は、また新たな命を得る・・・・・・・・・・・・・・・・・ 



×××



 しんと冷えた空気と、澄んだ朝の光と、舞うような鳥の声が部屋の中に満ちていた。
 あれは、夢・・・・・・・・・・・・?
 しかし、夢というにはあの脅し方−−−−いや、はげましかたは、あまりにもザックスらしかった。
 ザックスは来ていたんだ。ゆうべ、ここに。
 軽いノックの音がした。返事をするとドアが薄く開き、小さな女の子が顔をのぞかせた。
「おにいちゃん、おきてた?ママがね、朝ごはんのしたくができたから、よかったらどうぞって」

「おはよう。今日はいい顔をしているな。泣くだけ泣いたらすっきりしたかね?」
男は食卓からクラウドに声をかけた。
「すいません、昨日はすっかり取り乱してしまって。それから、あの・・・・・・・・・ 。彼のこと−−−−本当にありがとうございました」
「礼を言ってもらうほどのことはしてないよ。身元のわかるようなものを何も持ってなかったからとはいえ、家族を探してあげたりできなくて、むしろすまなかったな。だけど、これだけはいちおう取っておいてよかったよ。あんたに渡しておこう」
そう言って男はピアスをテーブルの上に置いた。それは、故郷の森で拾った石で作ったといつか彼が話していた、ザックスのピアスだった。
「それから、帰る前に一度彼のところに寄るだろう?あそこの花瓶の花を持っていってあげなさい。今朝娘に摘みに行かせたんだが、まだ寒いからあのくらいしか見つからなかったらしい。でも、なんにもないよりはいいだろう」
花瓶には、小さな花が申し訳程度についている小枝が何本か挿してあった。女の子に礼を言うと、彼女ははずかしそうににこっと笑った。
「とりあえず、食事にしようか。ゆうべほとんど食べなかったから腹が減っているだろう?」



×××



 クラウドはふたたびザックスの墓の前に立った。
 やはり悲しくはあった。しかし、昨日と違い、つらくはなかった。
 クラウドは、花を墓の前にそっと置いた。
「ザックス・・・・・・・・・・・・。あんた、淋しいばかりじゃなかったんだな。あんないい人たちに見つけてもらっていて」
 クラウドはザックスのピアスを手のひらにのせた。素朴で、きれいな石だ。それは彼の心から生まれたもののような気がした。
「俺、これからゴンガガに行ってこのピアスを、あんたの両親に渡してくるよ。それが済んだらティファのところに帰る。そしたら・・・・・・・・・・また来る。今度はティファとふたりで。夫婦として。あんたの望みどおり、ひとりの女にしばられて苦労してやるよ。あんたのためだけじゃない。−−−−俺自身も、そうしたいんだ」
 静かに風が吹き、鳥の声が流れてくる。枯れ木ばかりと思っていた森のあちこちに、芽ぶいたばかりの若木が顔をのぞかせている。
 もうすぐ、また春がやってくる。
「ザックス、俺・・・・・・・・・・・・・。あんたに会えて、本当によかった−−−−!」
 幸せな想いがひとかけら、クラウドの心にことりと落ちた。




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