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PROMISE〜約束〜(1)
- CRISIS CORE Version -




 一瞬−−−−−。
 彼が、生きて帰って来たのかと、思った。
 彼の髪は黒かった。もっと背が高く、がっしりとした体つきをしていた。彼とはまったく似ていないその後ろ姿。だというのに、一瞬、そこに、確かに彼の姿を見た。
 つかの間の−−−−幸せな、夢・・・・・・。



×××



 後ろから近づく足音に、そこにたたずんでいた青年は振り返った。
 もちろん、『彼』ではない。しかし、その顔に、彼女は見覚えがあった。
 この人は、誰だっただろう・・・・・・・?
 思いだせない。
 単なる通りすがり以上の関係を持った相手ならばたいてい覚えている彼女には、珍しいことだった。
 青年の方は、彼女をまったく知らないようだった。こんな何十キロ四方に民家の一軒もない見渡す限りの荒野に、たったひとり、しかも花束を持って現れた彼女をけげんそうに見ていた。
 唐突に、彼女は思い出した。そう、あの時は、まったく生気も表情もない顔をしていたから、すぐにはわからなかった−−−−−−。
「もしかして、あなた−−−−−クラウド?」
「そうですが・・・・・・あの・・・・・・・?」
「私は、シスネ。元タークスの」
とまどいが、警戒に変わった。
「そんなに身構えなくていいわ。言ったでしょう。『元』タークスだ、って。ザックスが亡くなったあとすぐ、私はタークスを辞めたから」
「・・・・・・・・・・知って、いる・・・・・・・・・・・・・・?」
彼女はうなづいた。
「だって−−−−3年前の今日、ここに彼を迎えに来たのは、私なんだから」
 そして彼女はクラウドの横を通り過ぎ、崖の近くに歩み寄ると、まさにその場所に、花束を置いた。

×

「こんなに元気になってたのね・・・・・・。よかった。本当によかった。あの時のあなたは、きちんと治療しても治るとは思えなかったほどひどい状態で、ましてや守る人もいなくなったのでは、きっと、もう・・・・・・・・・って」
荒野を見渡す岩場にクラウドと並んで座り、ザックスが最後に見たであろう光景をふたりで眺めながら、シスネは言った。
 彼女は、あれからずっと、ザックスが連れて逃げていたもう一人の実験サンプル−−−−クラウドのことを気にかけていた。
 いや、ずっと、と言い切るのは間違いだろう。
 あれからしばらくは、何も考えられなくなっていたから。
 タークスを辞め、辺鄙な田舎で神羅カンパニーの表の業務についた。世界の情勢に目と耳をふさぎ、目先の仕事と生活だけを無意識にこなして暮らしていた。
 そのうちに起きた、神羅カンパニーの崩壊。
 メテオにより、ミッドガル、そしてカンパニーの本社は壊滅的な被害を受けた。
 しかし、表の業務でも人々の生活全般に多大な影響をおよぼし貢献もしてきた神羅カンパニーは、規模を大幅に縮小はしたが、会社の形態を維持し、再建の道を歩み始めていた。
 これからも神羅カンパニーは、人々の生活になくてはならない企業として生き残るかも知れない。しかし、闇の世界まで支配する力は、おそらく、もう、ない。
 −−−−これで、解放された。
 シスネは、ミッドガルから遠く離れた地でそう感じた。
 おざなり程度とはいえ受けていた監視が解けた−−−−そして、監視などされてなくともマヒしたようになっていた心と体が、ようやく動いた。
 あれ以来、クラウドのことをずっと気にかけていた−−−−それはまた、正しくもあった。その気持ちを心の奥底に閉じこめ、表には出せずにいただけで。
 彼女は探し始めた。クラウドの行方を。あの場所の近くで誰かが、廃人同然の若い男を保護していないか、見かけていないか、あるいは−−−それらしい遺体を見つけていないか。
 しかし、なんの手がかりもつかめなかった。
 やはりあのあと、神羅に抹殺されたか、捕獲されて実験サンプルに戻されてしまったのか。それとも・・・・・・人知れず、息絶えてしまったのか。
 そして、クラウドを探し出すのをもうほとんどあきらめていた3年目の今日。
 ふと、行ってみようかと思った。
 すぐ近くまでは何度も足を運びながらも、どうしても近づけなかった運命の場所に。
 そして、出会ったのだ。ずっと探していた人に。
「俺・・・・・、あの頃のことを、ほとんど覚えてないんです」ずっと黙りこくっていたクラウドが、突然、ぽつりと言った。「ザックスが心配げに俺をのぞきこむ顔、何かを話しかける声、優しく俺の頭をこづく手の感触、そんな記憶はかすかにある。だけどそれが、いつのことか、何を言っているのか、それは全然わからない。そんなあやふやな記憶ですら、あの頃のことではなく、あれ以前の記憶なのかも知れない。そういったことは何度もあった。ニブルヘイムに行く時も、輸送トラックに酔った俺のめんどうをなんだかんだ言いながら見てくれて・・・・・・・・。ただ、ひとつだけ・・・・・、ザックスが泣きながら俺にあやまっていたことがあったような・・・・・・。それだけは、間違いなく、あの時以前には、なかった。だけど、彼がそんなことをする理由はないから、それだって、彼とはなんの関係もない別の記憶と混同してるのか、あるいは、俺自身の気持ちを彼の姿に映してしまったのか・・・・・・・・・。今日ここに来たのも−−−−覚えていたからじゃないんです。神羅屋敷で手がかりを探して、俺たちの経過観察を担当していたという研究員の日記を見つけて、そこにそれらしい記述があって・・・・・・・・・・・・。正式な記録じゃないけれど、もし間違っていなければ・・・・その場に立てば何か思い出すんじゃないかと・・・・・・・・・・。でも結局、何も思い出さなかった。それでもあの日記を信じてここでくぎりをつけるか、別の記録を探しなおすか迷っていたら−−−−−あなたが、来た」
クラウドはシスネの方に振り向くと、言った。
「話してくれませんか?『その時』を」
 『彼』と同じ、魔晄の瞳。晴れて澄み渡った空の色。それが、すがるように彼女を見つめていた。
 3年前、ここにあった事実。それを覚えていないというのなら、そのままにしておいた方がいいのではないか。彼女はかすかにそう思った。
 しかし彼は、ザックスがその身を呈して自分を守ったことだけは知っている。
 だからこそ、ここに来たのだ。過去を探しに。
 それがどんなに悲惨で耐え難いものであろうと、過去を取り戻し、自分のものとして受け止めなければ前に進むことはできないと信じたから。
 なぜ、自分が今日、ザックスに会わせる顔などないというのに、この場所に来る気になったのか。それをシスネは理解した。
 ザックスが、呼んだのだ。
 クラウドの力になってやってくれ、と。
「−−−−−いいわ。私も・・・・・・・誰かに話したかった・・・・・・・・・」
 忘れたいと願ったこともあった、しかし、どんなにつらくても、決して手放したくなかった記憶。
 それを彼女は語り始めた−−−−。



×××



 間に合わなかった。
 軍なんかに、先を越された・・・・・・・・・!
 ヘリから降り立ったシスネが見たのは、石ころだらけの荒れ地に、まるでぼろきれのように打ち捨てられていたザックスだった。
 彼女は、止めようとするツォンの手を振り払い、彼に駆け寄った。そして、彼の傍らに、くずれるように膝をついた。
「ザックス・・・・・・・・・・・」
 雨に全身の血を洗い流されてしまったかのように真っ白な彼の顔に、おそるおそる手を触れる。
 すでに、冷たくなっていた。
「ザックス・・・・・・・・・・」彼女は彼の胸にすがりついた。「ごめんなさい・・・・・・・・・ごめんなさい!!」
 そして、泣き出した。
 彼女が誰かのために泣いたのは、それが初めてだった。
 私が・・・・・私が独断で、あなたを逃がしたりしなければ−−−−−!
 神羅に不利益を与える、あるいは与える可能性のある人物の追跡と抹殺。それはタークスにとって、ごくあたりまえの日常業務だった。シスネ自身もそれまでに、そのたぐいの任務を、疑問に思うことなくいくつもこなしてきていた。
 しかし、ターゲットのひとりがザックスだと知った時から、彼女には、それはごくあたりまえの日常業務ではなくなった。
 それでも、これが私の仕事なんだから。彼女は自分にそう言い聞かせ、ターゲットの行方を追った。
 そう、他の誰かの手にかけさせるくらいならば、いっそ、私が・・・・・・・・。
 しかし、いざザックスの居場所をつきとめ、抹殺のために彼のもとに向かい、そして数年ぶりに彼の顔を見た時、彼女はそれ以上自分の本心をごまかせなくなった。
 私は、彼を死なせたくなどない−−−−−−!
 シスネはそのまま、ザックスを見逃した。
 その後も彼女は、ターゲットの足取りを追い続けた。しかしそれは、任務遂行のためではなかった。彼との接触に成功するたびに、逃走資金や物資の援助をした。追跡の目をそらすために、虚偽の報告もした。
 しかしそれが、タークスのひとりにすぎない彼女の限界だった。
 手助けをするにしても、そうたびたびはできない。決して目立つわけにはいかない。自分が疑われたりしたら、返って彼を危険な目に遭わせてしまう。
 第一、こんなことをしたところで、終わりが来るのを先にのばすだけ。本当の意味で、彼を救うことはできない。
 だけど、これ以上、どうしたらいいのか−−−−。
 その頃、タークス主任の交代人事が突然発令された。そして、ツォンが新たにタークスのトップの地位についた。
 その数日後。ツォンはシスネと、数人の腹心の部下だけを集めて、ひとつの命令を下した。
『ニブルヘイム・神羅屋敷からの脱走サンプル2名を生きたまま確保。そして、その生命を、全力で保護する!』
それが、上層部からの命令ではないことは明らかだった。その場に集められたのは、ツォンの腹心というだけではない−−−−ザックスと何度も任務を共にした者ばかり、そして、おそらく彼に好意を持ち、脱走サンプル抹殺命令に複雑な思いをいだいているであろう者ばかりだったのだから。
 そしてツォン自身も、単なる仕事仲間に対する以上の信頼をザックスに寄せていたことを、シスネは知っていた。
 それでも彼が、会社の方針に真っ向から逆らう命令を下すなどとは信じられなかった。
「シスネ」呆然としていた彼女に、ツォンは言った。「これからは私が援護する。だから、行け」
その言葉に、彼女は悟った。彼女がザックスの逃走を手助けしていると彼が気づいていたことを。そして、彼もまたザックスを救いたいと思ってはいても動けずにいたことを。
 しかし今、ツォンはタークスのトップとなり、ひとつの部署を指揮する権限を得た。そして、本来ならば、不祥事の証拠を−−−ザックスを消すために使われるはずの力を、神羅から守るためにふるおうとしている。
 もしかしたら、やれるかも知れない。
「わかりました。行きます」
シスネは急いで出口に向かった。
「・・・・・・・・シスネ」そして部屋を出ようとした彼女に、ツォンは再び声をかけた。「ひとつ確認しておく。もし、作戦が成功し、彼を救えたとしても、おまえの女の部分が満たされることはないだろう。それでも、いいんだな?」
彼女は、一瞬の間ののち、はっきりと答えた。
「かまわないわ」
「それならいい。−−−−−−早く、行け」
 そんなこと、言われなくたってわかってる。
 彼の足取りを追っていれば、いやでもわかる。
 ザックスは、ミッドガルへと向かっている。追っ手をまきながら、次の手を読まれないようにしながらだから、決してまっすぐにというわけではないが、明らかに、彼にとって世界でもっとも危険な場所へと向かっている。
 それは、エアリスがいるから。
 恋人が、待っているから。
 そして、この危機から逃れられたのならば、ザックスはあの古代種の女の子のところへ帰るのだろう。
 それでもかまわなかった。生きていてさえくれれば。
 生きていてさえくれれば、たくさんいる女友達のひとりにくらいはなれる。
 生きていてさえくれれば、もしかしたら、一度くらいは、恋人のまねごとくらいは、できるかも知れないじゃない・・・・・・・・・!
 シスネはザックスの行方を探した。これまで以上に、必死に。
 自信はあった。これまで何度も彼の行動を読み切った。そして、時には先回りに、時には追いつくのに成功してきたのだから。
 こんなことをするのも、これが最後。次に彼に会えたのならば−−−−。
 身柄の確保にさえ成功すれば、あとはなんとでもなる。神羅の闇の部分の要たるタークスがやろうとしているのだ。人のひとりやふたり、絶対神羅から隠し通せる。
 それが、どういうわけか、ゴンガガ以降、ザックスの足取りをまったく追えなくなった。軍からの目撃情報も、ゴンガガ近辺での報告が2、3あったきり、ぷっつりととだえた。
 それから何日もたったあと。まったく予想外の場所からザックスは再び現れた。
 その情報がもたらされると同時に、神羅軍は、ここで決着をつけるとばかりに、大量の人員を投入してきた。
 シスネたちタークスも、ターゲットが目撃されたエリアに急行した。逃亡者の追跡は本来、軍ではなく、タークスの仕事。このたぐいの任務に不慣れな軍では、最後までは詰めきれるはずがない、きっとまだ間に合うと信じて。
 しかし結局、数に勝る軍に先を越されてしまった−−−−。
「本当に・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・!」
シスネは泣きじゃくりながら、何度もその言葉を繰り返した。
 私一人ではあなたを逃がしきるなんて絶対にできないことはわかっていた。だから、いちかばちかでもっと早くに、率直にツォンに助力を求めていたならば、もしかしたら助けられたかも知れなかったのに−−−−−!
 その想いは、ツォンも同じだった。脱走サンプル抹殺命令が上層部から下された時、そしてシスネが命令に反する行動をとっていることに気づいた時、彼はまだ、正式には副主任という立場ではあった。しかし当時の主任は別件の任務で問題を起こし、すでにタークスを指揮できる状況ではなく、ツォンが事実上のタークスのトップだった。動こうと思えば動けたはずだった。しかし、やるからには必ず成功させなければならないと慎重になるあまり、機を逸してしまった。
「−−−−−−−シスネ」ツォンは彼女の肩を叩いた。「いつまでも彼に寒い思いをさせておくわけにはいかない。・・・・・・・・行こう」
「・・・・・・・・・・・・・ええ」
 ツォンはザックスの身体を丁寧に毛布でくるむと、そっと抱き上げた。
 −−−−−−こんなに、軽かっただろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・すまなかった」
彼は宙を見つめ、そうつぶやいた。
 やがてヘリは、その場から飛び立った。
 その機内でシスネは、ザックスに膝枕をし、雨に濡れた彼の髪をずっとなでていた。
 −−−−−あなたが生きているうちに、こうしたかったな・・・・・・・・・。
 ザックスの顔を見つめるうち、シスネはふと、彼がほほえんでいることに気がついた。まるで何かを成し遂げたあとのように、穏やかで、満足げな表情だった。
 どうして・・・・・・・・・・・?
 あなたは、英雄になるという夢を叶えてくれると信じ、力を尽くして仕えた組織に裏切られた。恋人にもう一度会うという、ちっぽけな夢まで踏みにじられた。
 それなのに、どうして・・・・・・・・?
 答えてよ・・・・・・・・・・・。



×××



「−−−−−私は・・・・・・今でも、ツォンさんに、感謝している。結局失敗に終わってしまったけれど、会社の上層部に知られたらあの人自身が粛正されたに違いない行動を起こしてくれた。それがたとえ、第一にザックスのためであり、そして、あの人がずっと見守ってきた古代種の女の子のためであって、決して私のためではなかったとしても、それでも・・・・・・・・・・・。それに、私に、タークスを辞めさせてくれた。私はさっき、『タークスを辞めた』って言ったけど、正しくは、ツォンさんが上に交渉して辞めさせてくれたのね。タークスは、辞表を出せば辞められる、という部署じゃないもの。神羅そのものまではさすがに辞められなかった。でも、あたりさわりのない部署に異動してもらった。監視はついたけど、それだってツォンさんの息がかかった人だったから、窮屈なことはなかった。もっとも、窮屈に思うような感覚が当時の自分にあったとは思えないんだけどね。あの頃私は、何も考えられなくなっていて・・・・・タークスを辞めさせてもらったのだって、私が自分で言い出したわけじゃなくて、私にはもうタークスを続けられないとツォンさんが判断して−−−−−。そうだった。私、最初に、あなたにあやまっておかなければならなかったわ。あのあと、せめてあなただけでも探し出して保護すべきだったのに、私はあなたのことまでは−−−−−−」
そこでシスネは言葉を止めた。
 クラウドは、ただまっすぐ前を見つめていた。歯を食いしばり、両手を握りしめ、何もない空間の一点を見つめていた。
 おそらく彼女の話は、もうほとんど耳に入っていない。
「・・・・・・・クラウド」シスネは立ち上がり、言った。「私は、カームの宿に泊まっているの。遠くて悪いんだけど、あなたの名前で部屋をとっておくから・・・・・・あとで来てもらえるかしら」
クラウドはかすかにうなづいた。
 私にできるのは、ここまで。あとは、彼が自分で乗り越えるしかない。
 シスネはクラウドひとりを残し、その場をあとにした。
 そして、カーム方面へと続く道なき道に車を走らせながら、心の中でつぶやいた。
 ザックス。
 これで・・・・・・・・・・よかったのよね・・・・・・・・・・・・・・。




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