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夢に棲む者
Tidus : meet the promise




 あれから3日?5日?
 まだ1週間とたっていないはずだった。
 目に見えるもの、耳に聞こえるものすべてが知らないことばかり。その日その日をやりすごしていくのがせいいっぱい。今まで感じたことがなかったほどの緊張と不安と孤独の中で、アーロンの心は麻痺しかかっていた。スピラに帰りたい−−−−そんなことしか考えられなくなっていた。
 そんな日の昼下がり、住宅街の広場の一角で彼はそれを見つけた。
「・・・・・・・・・・・・・スフィアプールだ」
 アーロンは思わず、坂道をスタジアムの方へと駆け下っていった。
 彼はブリッツボールの熱心なファンというわけではない。スピラに住む者ならば常識とする程度の興味や知識しかない。生で試合を見たのも、あの旅のおり、どうしても試合をスフィアに撮りたいと言うジェクトにつきあったあれ一回きりだ。
 しかし、ザナルカンドに来て初めて見る、なじみ深いものに彼の心は躍った。
 スタジアムの門は開け放たれていた。そのあたりには、係員の姿だけでなく、チケット売場らしきものもない。
 入ってもいいものだろうか−−−−−アーロンは躊躇したが、なつかしさに押されて彼は階段を上がった。
 そこにはスフィアプールとそれをかこむ座席があるだけだった。プールもスタジアム全体も、ルカのものよりずっと小さかった。
 これがザナルカンドのブリッツボールスタジアムなのか・・・・・・・・・・・?
 ジェクトに聞いていた話と大違いだった。
 ブリッツのルールはスピラと同じだから、プールの大きさも同じ。しかし、さまざまな機械が使われていて、スタジアムの規模も、華やかさも、スピラとは桁違いだとジェクトは言っていたのだが。
 小さなプールには水が半分くらい入っていた。そこでは10才かそこらの子供たちが、泳ぎやパスの練習をしていた。ちらほら見える観客は、その子供たちの親らしかった。
 −−−−もしかして、これは子供用のプールなのか?
 スピラには、スフィアプールはルカにしかない。チームのレギュラー選手ですら、普段の練習は海や池でやっていて、公式プールを練習に使えるのは年に数えるほど。それなのに、ザナルカンドではあんな年端のいかない子供がちゃんとした施設で練習している。
 子供の頃から十分な環境が整えられていれば、ジェクトほどのテクニックの持ち主が生まれてくるのも当然か・・・・・・・・・・・・・・・。
 『シン』のいない世界への憧憬。ザナルカンドの街を初めて見た時の感動を、アーロンはほんの少し思い出した。
 彼は観客席の隅に腰をかけた。そしてぼんやりと子供たちの姿を眺めた。
 そのうち彼の想いはあの日に戻っていった。
 −−−−ユウナは、無事にビサイドに帰っただろうか?
 ルカを襲った大波は、俺だけを避けた。『シン』となっても、壊し、奪うだけの存在になっても、あの中には確かにジェクトの意識が残っている。だったら、あの子にも危害を及ぼすようなことはしないだろう。それに、キマリがそばにいてくれる。俺の代わりに。ジェクトとの約束を果たすため、スピラを離れなければならなかった俺の代わりに。
 そう・・・・・・・・・だった。俺は、そのためにザナルカンドに来た。ジェクトの代わりに、彼の息子のそばにいてやるために。
 探さないと。
 でも、どうやって?
 探し出したとして、何をすればいい?
 何ができるというんだ?
 自分自身のめんどうすら見きれないような奴に?
 俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 思考がからまわりを始める。
 何も考えられなくなる。
 スピラに帰りたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 そしてまたも、行き着くのは、そこ。
「ありがとーございましたー!」
子供の元気な声に、アーロンは我に返った。
 空は夕焼けで赤く染められていた。ブリッツボールの練習は終わったようだった。子供たちは指導者らしき大人に挨拶すると、三々五々帰っていく。
 アーロンは立ち上がった。そろそろ今夜寝る場所を探さないとな・・・・・・・・・・・・。ブラスカと共に旅立って以来、家を持たない暮らしを続けてきて野宿には慣れていたが、それでもスピラとザナルカンドとでは勝手が違う。どこでどう夜を過ごせばいいのか、さっぱりわからなかった。
 彼はスタジアムを出た。どこに行こうか−−−−決められないまま門の近くで立ちつくしていると、後ろで子供の声がした。
「じゃ、ティーダ、また来週な!」
「うん、ばいばーい!」
ティーダ?今、ティーダと言ったか??
 振り向いたアーロンの横を、小柄な少年が駆け抜けていった。
 ティーダという名。明るい金髪。年の頃は9つか10。
 まさか・・・・・・・・・・・・・・・。
 アーロンは少年を追った。そして彼の細い腕をつかんだ。
 少年はびっくりして振り返った。
「ティーダ・・・・・・・・・・・おまえ、ティーダか??」
アーロンを見る目に、恐怖の色が浮かんだ。
「おじさん、誰?いたいよ、はなしてよ!!」
「あ、ああ・・・・・・・・・・悪かった」アーロンはあわてて手を離した。彼はしゃがみこむと、できるかぎりの優しい声で話しかけた。「俺はアーロン。ジェクトの−−−−おまえの父さんの友だちだ」
少年の目から恐怖が消え、代わりに不信と怒りに似たものが現れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・おじさん、ウソつきだ」
「どうしてだ?」
「ジェクトに友だちなんかいるわけないだろ!!」
ティーダはそう叫ぶと、逃げ出した。
 アーロンはそれ以上彼を追えなかった。
 ジェクトは、息子とはうまくいってなかったと言っていた。たったひとりの息子。大事に思っていたはずなのに、どう接すればいいのかわからなくてついつっけんどんになってしまい、息子も反発するような言葉や行動が返してきて、それでよけいに傷つけるようなことをしてしまう−−−−その繰り返しだったと。
 ふたりの間の溝の深さ。それが、少年のさっきの言葉にすべて表されていたような気がした。



×××



 ジェクトの家は住宅街のはずれの、海の上にあった。船を改造した家。住むには少々不便だが、波の音を聞きながら眠れるし、気が向いたらいつでも泳げるし、なんと言っても、みんなうらやましがることがサイコーに気に入っていた、とジェクトはわけのわからないことを自慢していた。
 そこにティーダは、母といっしょに今も住む。
 その家の戸口まで一度は行っておきながら、アーロンはノックひとつせずにひきかえしていた。
 ジェクトの家族に、彼のことを伝えなければとは思う。
 しかし、どうやって?
 あまりにも信じがたい話。笑い飛ばされたり、頭がおかしいと思われたのでは意味がない。かといって、事実として受け入れるのもまた酷な話。このまま、ジェクトは死んだと思わせておく方がいいのではないかとアーロンの心は揺れた。
 それともうひとつ、彼を躊躇させた理由があった。
 誰かが息子のそばにいてやらないと心配だと言っていたジェクト。その彼の代わりにと、アーロンはザナルカンドにやってきた。
 しかしティーダには、まだ母親がいる。あの少年に誰よりも近しい人が。それならば、赤の他人がわざわざでしゃばっていくことはないのではないか?
 幼い少年に見いだしかけていた心の支えが、また見えなくなっていく。
 それでも他にすることもなく、行くところもなく、アーロンは日がな一日ジェクトの家が見える公園や波止場で過ごした。そしてティーダが家の外に出てくるのを待った。家の前でブリッツの練習をするティーダ。母親に見送られて友だちとどこかに遊びに行くティーダ。そんな姿を、遠くから眺めた。叱られでもしたのか、泣きながら飛び出して来たティーダも、一度だけ見た。
 そうするうちに、何度目かの日が暮れた。窓に明かりがともり、もう少年が出かけることのない時間になると、アーロンはため息をついた。
 −−−−俺がここにいる意味はあるんだろうか?
 ザナルカンドまでやってきながらしているのは、ジェクトの息子の姿を見ていることだけ。それでいいとは思わない。しかし、それ以上何をしたらいいのかわからない。
 −−−−ジェクト・・・・・・・・俺は、いったい、どうしたら・・・・・・・・・・・・・。
「ジェクト・・・・・・・・・・・!」
女の声に、アーロンはふっと後ろを向いた。
 街灯の光に照らされて、やつれてやせ細った女が立っていた。真っ白なその頬に、不自然な赤みがさしていた。
「ジェクト・・・・・・・・・ジェクト!!」
彼女はアーロンに駆け寄ると、押し倒さんばかりの勢いで彼に抱きついてきた。がりがりの体のどこにと思うほどの強い力で。
「ジェクト・・・・・・・・・・帰って・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
「ちょ・・・・・・・・ちょっと、待ってくれ!俺は・・・・・・・・・・・・・・・!!」
「ちょっと!何をやってるのよ!!」
別の女が大慌てで走ってきた。そしてアーロンにしがみつく女を彼からひきはがそうとした。
「いやあ!ジェクト・・・・・・・・・・ジェクトぉ!!」
「何を言ってるの!この人はジェクトさんなんかじゃないわよ!よく見なさいよ、全然似てないじゃない!!」
「ジェクト・・・・・・・・・・・・・・」
女の腕の力が少しゆるんだ。彼女は生気のない目でじっとアーロンの顔を見つめた。
 そしてその場にうずくまると、大声で泣き出した。
 追ってきた女は、彼女の背中をそっとさすった。そして申し訳なさそうにアーロンを見上げると、言った。
「ごめんなさいね。この人、だんなさんが行方不明になってからおかしくなっちゃって。あなたをだんなさんと間違えたみたい」
 その女性の顔を見て、彼は自分がとんでもない間違いをしていたことに気づいた。
 彼女は、いつもティーダといっしょにいた女性だった。髪の色や背格好、年齢はジェクトに聞いていた通り。そして、ティーダがずいぶんなついているようだったため、彼女が少年の母親だと思いこんでいたのだ。
 −−−−それならば、こっちの泣いている女の方がジェクトの妻なのか!?
 鳴き声がすすり泣きに変わった。落ち着いてきたと見て取ると、彼女はジェクトの妻に家に帰るよううながした。そして何度もアーロンに頭を下げながら、波止場から立ち去った。
 アーロンはそれを呆然と見送った。
 −−−−彼女が、ジェクトの・・・・・・・・・・・・。
 そして彼は、自分でも気づかぬうちにジェクトの家に足を向けていた。
 夜がすっかりふけた頃、さっきの女性が家の外に出てきた。彼女はアーロンに気づくと、立ち止まった。
「あなた、さっきの・・・・・・・・・・・・・・」
「あの・・・・・・・・・・。話を、聞かせてもらえないかと思って」
「もしかして、あなた?ティーダちゃんが言っていた、ジェクトさんの友だちって」
アーロンはうなづいた。
「ふ〜〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・・」彼女はアーロンを上から下までじっくりと観察した。そして、小さな声でつぶやいた。「あの人も変わった人だったものねえ・・・・・・・・・・」
彼女はアーロンに不審げな目を向けながらも、肩をすくめると、言った。
「いいわ。悪い人じゃなさそうだし。奥さんがあなたをジェクトさんと間違えたってのもね。ああいう人は、カンがするどくなるって言うじゃない。−−−−−こんなところで立ち話もなんだから、こっちにいらっしゃいな」
 彼女はアーロンを近くの公園に連れていった。そこのベンチに腰を落ち着けると、彼女は話し始めた。
「ジェクトさんが行方知れずになってもう3年にもなるのねえ・・・・・・・・・・・」
彼女はジェクト夫婦の古くからの知り合いで、彼が行方不明になってからずっとティーダ母子のめんどうを見ていると言った。
「奥さんはジェクトさんが一番、ジェクトさんしか見えてない、そんな人でね。いなくなった頃の取り乱しようは、ほんと見てられなかったわ。遺体も見つからないまま捜索が打ち切りになった頃から食べも眠りもしなくなって・・・・・・・・・・・・。みんな、小さな子供がいるんだから母親のあなたがしっかりしなきゃって言ったんだけど、それが返ってよくなかったのかしら。あからさまにティーダちゃんを避けるようになって、感情も消えていって、今では−−−−さっきあなたが見た通りよ」
「母親は息子を嫌っていた、と?」
「そういうわけではないと思うわ。むやみに手をあげたりはしなかったし、食べさせたり着せたりって世話はちゃんとしていたもの。関心がなかった、って言うのかしら。それって、よく考えたら、嫌っているのよりたちが悪いかも知れないわね。−−−−−それでもティーダちゃんはお母さんのことが大好きでねえ。さっきも、寝るまでずっとお母さんに今日あったことを話してたのよ。聞こえているかどうかもわからないのに。ブリッツボールの練習も、毎日とても一生懸命にやってるの。いつか自分がお父さん以上の選手になったらお母さんはよくなるって信じてて。本当にそうだとしても、間に合わないだろうけど・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そんなに・・・・・・・・・・・悪いのか」
彼女はかすかに首を振った。
「そんなふうには考えたくないんだけどね。前は、ジェクトさんの試合を撮ったスフィアを見てうれしそうな顔をしたり、ティーダちゃんがお父さんの悪口を言うにの怒ったりってこともあったけど、今は全然。息をしているだけみたいなもの。あの人の声、さっき何ヶ月ぶりかで聞いたわ」
 それまでたんたんとしていた彼女の口調が、急に吐き出すようなものに変わった。
「どうしてあんなに思い詰めちゃったのかしら。夫をそれだけ愛せるってのは素晴らしいことだとも思うわ。でも、この世にはジェクトさんしかいないってわけじゃないに。ジェクトさんをそこまで愛していたのなら、あの人が遺した子供のために生きようと考えてくれてもいいのに。ティーダちゃんについつらくあたってしまうことをジェクトさんが悩んでいたのも知っていたんだから、今からでもそれをあの子に伝えてあげればジェクトさんがどんなに喜ぶかわからないのに。どうしてもっと・・・・・・・・・・・・・・!」
 すすり泣き。
 どうしたらいいのかわからず、アーロンはただ震える彼女の背中を見つめていた。
 『ニョーボじゃ心配なんだよ。あいつ、ガキのことはあんましかまわねえヤツでよ・・・・・・・・・・・・・・』
 いつだったか、君の息子にはまだ母親がいるよと言ってなぐさめるブラスカにジェクトはそう答えていた。それでも母親なんだから子供のめんどうはちゃんと見ているだろうと、アーロンは漠然と思っていた。
 それが、こんなことになっているとは・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・すまない。つらいことを話させてしまった」
「いいのよ。私の方こそごめんなさいね」彼女は涙をぬぐうと微笑んだ。「お医者さんにそろそろ覚悟しておけと言われているのよ。でも、そんなことを小さな子供には言えないでしょ?ティーダちゃんの前では無理してでも明るく振る舞ってたけど、ちょっと気がゆるんだみたい。−−−−−話を聞いてくれてありがとう。少し、気が楽になったわ」
 奥さんの気分がいい時にでもお見舞いに来て。ジェクトさんの話を聞かせてあげて。きっと喜ぶから。彼女はそう言って、自分の家に帰っていった。
 自分がザナルカンドでの友人だったのであればぜひそうしたい、とアーロンは思った。
 しかし、彼にあるのは、スピラでの思い出だけ。
 普通の人にですら、あまり聞かせられない話。
 ましてや、心の病をかかえている人に話せることなど、なにひとつなかった。



×××



 ブリッツボールがてんてんと転がってきた。
 アーロンはそれを拾い上げた。
「おじさん、ありがとー!」
そう言って走ってきたのは、ティーダだった。
 少年は、ボールを拾ったのがアーロンだとわかると、顔をこわばらせて立ち止まった。
「・・・・・・・・・・・・・おじさん、こんなところでなにしてるの」
「何をしているんだろうな・・・・・・・・・・・・・」
アーロンはボールをティーダに投げ返した。
 あれからもアーロンはただ、毎日ジェクトの家近くの波止場に来ては、そこに座っているだけ。
「お母さんの具合はどうだ?」
「なんでそんなこときくのさ。あんたにはかんけいないだろ!」
「あの人に死なれては、俺も困るのでな」
「お母さんが死ぬなんて言うな!!」
ティーダは顔を真っ赤にしてアーロンをにらみつけた。
 言ってはいけないことを言ってしまったと彼は後悔した。
 子供とはいえ、死を理解できないほど幼いわけではない。そして、子供特有のカンで、母親の死期を感じ取ってもいるのだろう。
 不安な心を、不用意な言葉で傷つけてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・悪かった」
彼は、やっと聞き取れるほどの声でそう言うのがせいいっぱいだった。
 寄せては返す波の音。暖かな光。甘い潮風。
 この世界はこんなに穏やかなのに、人の心というものはどうしてこうもうまくいかないものか・・・・・・・・・・・。
 しばらくしてアーロンが顔を上げると、ティーダはまだそこにいた。とっくにどこかに行ってしまったものと思っていたのだが。
 少年は不思議そうに彼の顔を見つめ、言った。
「おじさん、どうしてそんなにぼくのお母さんの心配なんかするの?」
アーロンは答につまった。
 ジェクトが愛した妻だから。その女が、こんなふうに死んだりしたらジェクトが悲しむから。
 それが、正直な答だった。しかし、父を嫌うこの少年にはそれをそのままは言えない。
 彼はさんざん考え込んだのち、ようやく答えた。
「おまえは、お母さんが大好きなんだろう?だから、もっとおまえのそばにいてあげて欲しいんだ」
「・・・・・・・・・・・へんなの」
ティーダはよくわからないといった顔でそう言った。
 −−−−やはり、こんな答ではだめか?これも正直なところだが、これもまた、この子がジェクトの息子だからという前提があっての答で・・・・・・・・・・・。
「ティーダちゃん!ここにいたの!?」
その声に、ふたりは振り向いた。あの女性が、血相を変えて走ってきた。
「すぐ家に帰ってらっしゃい!お母さんが・・・・・・・・・・・!」

×

 真夜中を過ぎても、ジェクトの家には多くの人があわただしく出入りしていた。
 アーロンはそれを遠くから見つめていた。
 そして、祈っていた。
 どうか、死なないでくれ・・・・・・・・・・・・・・・!
 俺は、あなたに話したいことがある。
 やはり、すべては話せない。
 それでも、ジェクトの心だけは伝えたい。
 ジェクトはあなたを愛していたと。息子を愛していたと。
 自分の代わりに、息子を愛してやって欲しいと願っていたと。
 それだけは、どうしても・・・・・・・・・・・・!
 不夜城・ザナルカンドの明かりに負けず輝く星の光の下で、アーロンはただ祈り続けた。
 その星たちも日の光にかき消えようとしていた頃。
 走ってくる足音に、アーロンは顔を上げた。
 ティーダだった。
 少年は彼に気づくと一瞬足を止めた。そしてぷいっと顔を横に向けると、波止場の方へと走り去った。
 ティーダは、泣いていた。
 アーロンは、肩を落とした。
 逝ってしまったのか・・・・・・・・・・・・・・。
 ブラスカの時と同じだった。もう取り返しのつかないところまで来て初めて、自分が何をすべきだったかに気づくという・・・・・・・・・・。
 俺は、なんのためにザナルカンドにやってきたのか・・・・・・・・・・。
 アーロンは無意識のうちに、ティーダのあとを追うように波止場に足を向けた。
 海は朝日を受けて輝いていた。きらめく波の中でティーダはひとりうずくまり、声を押し殺して泣いていた。
 この少年が、哀れだった。
 大好きだった母には愛を返してもらえず、不器用でどうしても素直になれなかった父の愛は、幼さゆえに感じることができず。
 そして、愛されることを知らぬまま、ひとりぼっちになってしまった。
 この少年に、俺は何をしてやれるのか。
 俺は、ジェクトにはなれない。父親そのものになることはできない。
 ジェクトの心だけは伝えたいと思う。しかしこの子は、人の心の複雑さを理解するには、あまりにも幼い。
 だが・・・・・・・・・・・・・・。
 だが、子供はいつか大人になる。
 いずれは、父の心がわかる年になる。
「そうか・・・・・・・・・・・・・・・」
アーロンは初めて、目の前が少し開けたのを感じた。
 ・・・・・・・・・もう、あせるのはやめよう。
 あれもこれもと、よくばるのはやめよう。
 いつか時が来たら、俺はこの子に伝えよう。
 ジェクトはおまえを愛していたと。
 ただ、愛し方がわからなかっただけなのだと。
 他に何もできなくても、それだけは、必ず。
 それは何年先のことかわからないが・・・・・・・・・・。
 アーロンは、遠く朝日に照らされたザナルカンドの摩天楼に目をやった。
 スピラが、いちだんと遠くなった。
 またも、心細くなった。一時忘れていた、不安や孤独が彼の胸に戻ってきた。
 しかし今度は、それに心をかき乱されることはなかった。負の感情に押しつぶされることのない、静かな決意。
 −−−−これが『覚悟』というものなのかも知れないな・・・・・・・・・・・。
 ジェクトの家の近くで何度か見かけたことのある男がティーダを探しに来た。彼が少年の肩を抱き、なぐさめの言葉をかけるのを見届けると、アーロンはザナルカンドの街へと足を向けた。これから少なくとも数年間暮らすことになる街へと。
 ティーダのことはとりあえず他の人たちにまかせて、まずは自分自身のことをゆっくり考えてみるつもりだった。
 どうやって足元をかためるかを。
 どうやってこれからの長い年月を、まったく見知らぬ異郷の地で過ごしていくかを。




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