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夢を喚ぶ者
Auron's story : age 27




 祭りのあとのけだるい静けさ。
 ブリッツボールのシーズンは終わった。
 スピラ中からルカに集まった人々は、秋風と共に日常へと戻っていった。
 ようやく酒をゆっくりと楽しめる雰囲気になったパブで、アーロンはひとりグラスを傾けながら、ドアが開くたびにそちらの方に目をやった。
 そして何度目かに振り返った時、彼はツノの折れているロンゾの青年の姿を見つけた。
「キマリ、こっちだ」
アーロンは彼に向かって手を上げた。
「こんなところまで呼び出してすまなかった」
「かまわない。ユウナがブリッツボールの今シーズン最終トーナメントを見たがっていた。ワッカとチャップが初めて一緒に出た試合だった。アーロンに呼び出されなくてもルカに来ていた」
「ビサイド・オーラカはあいかわらず弱いな。今シーズンも最下位か」
「ユウナは試合を楽しんだ。キマリも久しぶりに楽しかった。それでいい」
「−−−−−−ユウナは、元気か?」
「とても元気だ。だいぶ背が伸びた。少し娘らしくもなってきた」
しばしの沈黙。
 アーロンが何かをうながすように視線をキマリに向けると、キマリは首を振った。
「今日は、スフィアは持ってきていない。ユウナもルカにいる。スフィアではなく、本人に会えばいい」
「やめておく。俺の顔を見て泣き出されでもしたら困る。俺は、子供のなだめ方など知らないからな」
彼の顔には、醜い傷跡が残る。ユウナレスカにつぶされた、右目。
「心配することはない。ユウナは優しい娘だ。驚きはしても、恐れはしない。きっといたわってくれる」
そうだろう、とアーロンは思った。ブラスカと共に旅立つ前の、今よりもっと幼いユウナしか彼は知らなかったが、あの頃から彼女は人の気持ちを思いやることを知る、大人びたところのある娘だった。
「ユウナもアーロンに会いたがっている。父のガードをしてくれた人のことを、ずっと気にかけている」
キマリは、たいていのロンゾと同じく、嘘や隠し事の苦手な性格だ。何ヶ月かに1度、こうして俺に会っていることをユウナに黙っているのはさぞつらかろう。
 しかし、今の俺はユウナには会えない。
 死人となってしまった自分をまだ受け入れられずにいるのでは。
 理に反し、死人となってまでスピラに留まった自分が何をすべきかを見いだせずにいるのでは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまない」
「あやまるな、アーロン。アーロンにはアーロンの考えがある。キマリはアーロンに感謝している。アーロンはキマリに失ったツノの代わりを与えてくれた。キマリはロンゾの誇りを取り戻した。もう逃げはしない」
アーロンは目を細めた。
 ユウナを託した頃のキマリは、ロンゾにしては小柄な、どこかおどおどしたところのある少年だった。しかし今では、精悍な容貌のりっぱなロンゾ族だ。ユウナの存在が、自分には守るべきものがあるという自信が、彼をそう変えた。内面からにじみ出る生者の成長−−−−−それがアーロンにはまぶしかった。
 しかし俺は・・・・・・・・・・・・・・・。
 死人となってなお、外見だけは年をとる。まるであの頃の自分を振り払おうとするかのように。迷いと怒りで、何も見えなくなっていた俺。
 だが、みてくればかり老成したところで、心の未熟さは少しも変わらない。変わったことがあるとすれば、怒りだけでは何もできないと知ったことだけだ。
 俺は今も迷い続けている。ブラスカ様との、そして、ジェクトとの約束を守るために何をすべきなのか。
 スピラを変えるために、俺はどうすべきなのか。
 その答を探してスピラ中を旅して、もうかれこれ−−−−−−。 
「・・・・・・・・・・・・ブラスカ様のナギ節が始まってもうすぐ2年か」
「あと2ヶ月で2年だ」
「長いな」
「とても、長い。これが永遠のナギ節ではないかと言う人もいる」
これまでのナギ節は、どんなに長くても1年と少し、短いものはわずか数ヶ月で終わった。それが1年を過ぎ、1年半を過ぎ、人々は『シン』のいない世界をあたりまえのように感じ始めている。
 ブラスカ様は、自分がもたらすナギ節が永遠のものになるのを願って死のみが待つ戦いに赴いた。その願いが叶えられたのであれば、いまさら死人がでしゃばることはない。ユウナは生者たちにかこまれて、おだやかに暮らしていくだろう。
 そして、ジェクトとの約束は−−−−−−。
 ザナルカンド。
 ジェクトがその記憶をスフィアに投影して見せてくれた、美しい街。
 その鮮明とは言い難い映像を見た時俺は、ジェクトに向かって嫌悪の言葉を吐いてしまった。それを聞いてあの怒りっぽい男が、黙ったまま悲しそうに俺を見返し、スフィアを叩き割った。後悔の念。今の俺は知っている。あれは、羨望の裏返しだったのだと。
 ザナルカンド。たとえ彼との約束がなかったとしても、行ってみたいと、この目で見てみたいと思っている。
 その道は、未だに見つからない。
 『無限の可能性』。ジェクトは俺の言葉をそのまま返して、なんとかしてみろと言った。だがそれは、若さと無知ゆえの、何の役にもたたない青臭いセリフにすぎなかったのか−−−−−−?
「アーロン」
「なんだ?」
「今度はスフィアを持ってくる。次は、いつ会う」
「そうだな・・・・・・・・・・・3ヶ月後。次はいつものようにキーリカに行く」
「わかった。今日のところは、話を聞かせよう」
キマリは、ユウナの近況を話し始めた。
 あの小さな村で、あの子は静かに暮らしている。最初は大召喚士の娘として上を下にも置かない扱いをされていたとのことだが、今ではすっかりあの土地になじみ、村の子供たちと同じようにころげまわって遊んでいる。幼くして母を、続いて父をも亡くした悲しみが消えることはないようだが、それを癒してくれる同じような境遇の『兄』や『姉』もでき、夜中に突然泣き出すようなことはほとんどなくなったという。
 こうしてユウナの話を聞いていると、アーロンは心がやすらぐのを感じた。
 あの時。激しい怒りに身をまかせ、無謀な行動に走ったために自分自身でブラスカ様との約束を果たすことはできなかったが、キマリがこうして代わりに果たしてくれた。それがせめてもの−−−−−−。
 突然、パブの中が騒々しくなった。
 ふたりは振り返った。
 客たちはみな、凍りついたように店内のスフィアを見つめていた。ついさきほどまでルカの沖合の海を映し、静かな波の音を流し続けていたスフィアを。
 今そこには、巨大な影が映っていた。
「『シン』!!」
誰かが叫んだ。
 それが合図だったかのように、客たちは一斉に出口に殺到した。
 そして誰もいなくなると、アーロンとキマリも外に出た。
 街の雰囲気は一変していた。
 悲鳴をあげながら逃げまどう男、泣き叫ぶ子供、真っ青になって座り込む女−−−−−街中が恐慌状態だった。
「アーロン!こっちだ!!」
キマリはユウナを待たせている宿の方を指して言った。しかしアーロンは、それとは反対の方向−−−港の方へと走り出した。
「アーロン!どこへ行く!!」
 アーロンは立ち止まった。そして、言った。
「キマリ!ユウナを守ってくれ!!俺の代わりに−−−−−−−−頼む!」
キマリは一瞬逡巡した。しかし彼を止めるのは不可能だと悟ると、黙ってうなづいた。



×××



 アーロンは走った。逃げまどう人々に何度も突き飛ばされながらも港へ、海の方へと走った。
 やがて、回りには誰もいなくなった。混乱のあとの残る波止場に出ると、一気に視界が開けた。
 そして、不思議なほどに青い海の中に、それの姿を見た。
 『シン』。
 ナギ節の終わりを告げる、醜悪な影。
 その回りで海の濃い青がふくれあがり、薄くなり、空を覆いつくさんばかりに広がっていった。
 海の青が空の青と交わりひとつに溶けると、それは一気に白く砕け散った。
 砕けた海は、それ自身に意思があるかのように姿を変え、荒れ狂った。そして逃げ遅れた船を次々にかみ砕きながら、ルカの街に襲いかかった。
 −−−−−流される!
 海が港に置かれていた木箱を飲み込みだした時、アーロンはとっさに身構え、目を閉じた。耳をつんざく轟音が押し寄せた。
 しかし、それだけだった。
 アーロンはおそるおそる目を開けた。
 海が彼だけをよけて渦を巻いていた。彼の回りで、ばらばらになった船や建物の破片、そして人の体が空へと吸い上げられていた。何が起こったのか、彼は理解できなかった。ただ呆然と、その光景を見ているしかなかった。
 ふいに彼の体が宙に浮いた。そして泡に包まれて、激しい渦の中をゆっくりとただよい始めた。
 ゆっくりと。
 『シン』の方に。
 おぞましい顔が目前にせまる。その体表で、コケラたちがうごめくのがはっきりと見える。それはあの日、ブラスカと共にナギ平原で見たのと同じ姿だった。
 そして、あれとは違う姿だった。
 どこが違う、と言葉で表すことはできなかった。
 ただ、そう感じるだけだった。
 ジェクト。
 やはり−−−−−−おまえか。
 俺たち3人は、スピラを取り巻く死の螺旋を断ち切ることができるのであればと命を投げ出し、戦った。しかし結局、ブラスカ様は無為に異界へと去り、おまえは死の螺旋そのものになってしまった。
 そして俺は。
 まがりなりにも人の姿をとどめているこの俺は。
 どうすればいいのかわからない。何ができるかわからない。なにごとかを為す自信もない。
 だけど、せめて−−−−−−−−。
「ジェクト!俺を連れて行け!おまえの『ザナルカンド』へ!!俺は、おまえとの約束を必ず果たすと誓った!そのために死してなお、ここにいる!せめて、それだけでも−−−−−−−−!!」
 あの日ジェクトが見せてくれたザナルカンドの光景。にじんで、ぼやけた映像が鮮明に、きらびやかに変わっていく。
 立ち並ぶ大きな建物。消えることのない明かり。街中をうるおす水の流れ。
 『シン』がいなくなれば、スピラにもそんな街ができるのだろうか?
 おだやかな空気。行き交う多くの人々。笑いながら走っていく子供たち。
 人が、人らしく生きる街。
 それは、アーロン自身が見る夢の光景なのかも知れなかった。




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