小説

「いよいよ今日ですね、6人目」
 鏡の向こう、私の背後に立つ少女がうれしそうに語りかけてきている。私の銀髪を結う手の動きは慣れたものだ。生まれつきのこの髪は、幼少のころ色々言われたこともあったが光をうけるときらきらと光るところが自分でも気に入っている。
「そうね。予兆が確認できてよかった」
 私は答える。
 なんにせよ、喜ばしいことだ。
 この地にたどり着いてからもう半年がたつ。当初3人だった私達「箱舟の守り手」もついに倍の数になるのだ。今まで敵の本格的な侵略がなかったとはいえ、少人数で対応するのはなかなか酷な時期もあった。これで少しは私の負担も減るだろうか。
「目覚めたときの説明だれがするか知ってますか?」
「ん? だれだったかしら。まあ順当にいけば副司令だと思うけどね。ほら、司令だと何かと問題あるでしょ」
「ああ、リフィオさんのときでしたっけ。完全に理解してもらうのに四日もかかっちゃったの」
 鏡の向こうで、少女は苦笑した。
「そうそう。司令はただでさえ余計なことばっかいうのに彼の性格がああだったから収集つかなくて大変だったね」
 前回五人目が目覚めたときのことを思い出していた。
 あそこに眠るものの大半は、自分がなぜこんなところにいるのかをさっぱり知らないものばかりだ。そんな状態でよくこの計画を実行に移したと当初はあきれたものだったが、状況を考えれば仕方なかったのかもしれない。
 なるべく自然な状態で彼らを目覚めさせなければならぬため、記憶に処置を施すこともできないという理由からここまでにいたる経緯を口頭で目覚めたものに説明しなければならないのだが、うちの司令官はどうもそういった類の仕事が苦手だ。
 面倒なことではあるが、それでも彼らを納得させ味方につけなければならない。私達にはそれしか道が用意されていないのだから。
「……今日起きる彼、実は」
「ん?」
「私の……幼馴染なんですよ」
「え?」
 髪を結い終えた彼女が口にした言葉は、にわかに信じがたいものだった。
 今眠る彼らは「選ばれた」存在である。まさかそんな身近なレベルで「選ばれて」いる、などということがあるのだろうか?
「あまり詳しいことは話せないんですけどねー」
 何かあったのだろうことは、彼女の台詞がなくても容易に想像はできた。でもそれを追求することはしない。する気はない。
「そう……まあ、うれしい再会になるといいわね」
振り返り微笑みを返す。彼女の目は少し潤んでいるように見えた。
「でも不安もあるんですよ。私のほうが一年もはやく目覚めてしまったし、色々と差ができてしまったから……」
 すこしうつむいた彼女。私は立ち上がりその髪をなでた。
「きっと大丈夫。どんなに変わってしまっても、親しい人間を見分けることはできるものよ」
「受け入れてくれるかな?」
「人はね、誰かに必要とされているから、また誰かを必要とするから、この世界にとどまっていられるんだ。あなたがここにいるのも、私があなたを必要としていたからだし、きっと彼も、そのうち必要とされていくようになる。でも、今はまだなかなかそのことに気づけないと思う。そんなときに頼れるのは、きっとあなただけだとおもうよ」
 我ながら、小難しいことを言っているなと思った。だが、彼女はそれを真摯に受け止めているようだ。
「そういうものでしょうか」
「そういうもんじゃない?」
 二人同時に小さく吹き出した。
「さっすがアロアさん。台詞に年季がありますなあ」
「なによう、まだまだ若いわよ私は」
 茶化す台詞に返すはむくれ顔。彼女はまた小さく笑った。
「今回はこんな感じで。お気に召しました?」
 鏡に映った私の後姿を見て彼女は言う。
「……うん、相変わらずいい手際だったわ」
 首だけで振り返り、鏡を見つめなおす。肩下よりある私の髪は綺麗に結い上げられてお団子のように頭の後ろでまとまっていた。
 身支度は整った。それでは部屋を出ることにしよう。
「いきましょ」
 一言で促すと、彼女も立ち上がる。
 すぐそばに置いたハンドバッグを手に取ると、玄関へ足を向けた。
 と、靴よりも早く私の歩みを止めたのは、
 部屋はおろか周囲を貫いて駆け抜ける大きな大きな警報だった。




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