小説

 初めて目が覚めたとき、自分が見たのは真っ白な天井だった。
 初めて会った人間は、白衣をまとい、ご丁寧に覆面かと思うくらいにマスクまでして僕の記憶を消し、身体とKey能力を強化したことを告げた。
 なすがままに、僕はそれを受け入れていた。たしかにそれまでの自分がどんな生活をしていたのか、まったく思い出せなかったし、その状況を受け入れる以外の道がまず存在していなかったわけだし。
 骨格強化、筋力強化、思考の高速処理化、体内のエネルギー循環系の一新、再生能力の強化、そして、精神系の拡大によるKey能力の発展。自分の見た目はそのへんの白衣の人間と同じ形をしているのに、どうやらそのつくりがまったく別のものに置き換わっているらしいと知る。
 定期的に出される食事くらいが数少ない楽しみだった時期もあった。もっとも、それはほとんど人間性を保つための行為だったといっても過言ではない。もはや体のほとんどを別のものに置き換えられてしまっていて、しかもそれは外部からの供給を必要としないのだから。ほんの少し残った人間としての部分を生かし続けるために、若干ではあるが栄養をとらなければならない、そんな感じだった。
 実験と称して痛い思いもした。人も殺した。何のためにこんなことをさせられているのか、よくわからなかったがとにかくやっていた。痛覚は身体の危険信号であるから、取り除くと使い物にならなくなる、ということだったらしいがそれにしたって麻酔くらいはかけてほしいようなことをされていた覚えがある。
 同じような境遇の仲間もいたが、あいつらはとりあえず何のためにやっていたかはわかっていたらしい。「帝国の、皇帝のため」といわれても、僕には正直よくわからなかった。そういえばはじめに自分が献体として志願したものの一人なのだといわれていた気もした。正直何を思ってそんなことをしたのか、過去の自分に問いたかったが記憶がもどらないのでは理由すらわからない。
 数度の手術と長い時間の特殊な訓練をさせられ続けた。周りは一人、また一人と耐え切れずに消えていった。逃げ出そうとするものもいたが顔を見なくなったと思ったら殺されたんだと後から聞いた。
 生きていくには、ただひたすら耐えて耐えて耐え続ける意外に無いのだと、そう自分に言い聞かせていた。
 二年間同じような毎日を繰り返し、そして、最後に残った五人。フラムバルト、リオン、レヴィア、カズンズ、そして僕だった。
 僕らは最初で最後の命令を受ける。
 そこで、僕は、僕だけは気づいてしまった。
 今の僕には、ここを抜け出すだけの力があるのだと。
 いや、おそらくは他の四人も気がついてはいたんじゃないだろうか。ただ、その気になる必要を感じていないだけで。実際のところ、彼らは軍人として理想も持っているようだったし、その力を皇帝のために使うこと以外を考えようともしていなかった節がある。

 だから待った。僕の足が、僕の腕が、新しい身体が万全になるのを待ちに待ったのだ。
 突破できるはずだった。
 すべてを振り切って、あそこを飛び出せる、新しい世界へ行けるはずだった。
 ただ、知りたかったのだ、あそこ以外の世界になにがあるのか。
 知識として知らされている以外の何かがあるのではないか、そう思っていた。もしかして、消されてしまったらしい記憶をとりもどすための何かもあるのではないか、と。
 なのに。
 なのになんで、こんなにも体は動かないのか。
 体も、意識も、深い海の底へ沈んでいく。
 薄くなる意識の狭間に、目の前に金色の流れを見た気がした。




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