小説

 ダメだ、ここでこのまま流されてはいけない。
 そう思う意識で何とかつなぎとめようとする。
 視界は先ほどの閃光で完全にやられている。今目の前に広がるのはただただ白い世界だった。
 広ささえ捉えられない。否、ここは本当に空なのか。
 ぼんやりとした意識で探す。何を探す?
 相手だ。倒すべき相手。
 逃げ切ることが出来ないのであれば、倒さなければと決めた相手だ。
 倒さなければならない。勝たなければならない。それが……
 それが、生き残るための唯一の道ならば。
――なら、その……は……にまわっても……だよな?
 すぐそばで、しかし永劫の彼方からでもあったような気もする。
 ただ一言、呟きが聞こえた気がした。

『ディエラスさん! ディエラスさん大丈夫ですか!』
 イルセナの叫ぶような声とともに視界が戻る。
 相対的に見てかなりの距離を吹っ飛ばされていたが、なんとか保って飛行していた。
『……大丈夫だ。被害は?』
 その声は、先ほどよりか細い。だが、口調はしっかりしていることを確認して、イルセナは答える。
『今の一撃で全身の駆動系に多大な負荷がかかっています。回路の0350番から0404番まで沈黙。とくに腹部周辺の被害がひどいですが、血精炉は影響を受けていません。なんとか稼動できる範囲だと思ってください』
 たった一撃でか。帝国の技術の粋を集めて作られた機体がたった一撃でここまでの被害を受けたというのか。
『なんだったんださっきのは……』
『熱反応なし。重力子の反応も見られません』
 そんなもの現存の兵器には存在しない。ただのフラッシュがあれほどの威力を持つなど。
 だが、思い当たる節は、無いわけではない。
『KEYならあるいは、か』
 空間を捻じ曲げて別のものを組成する能力であれば、先ほどのようなものを作り上げたとしてもなんら不思議は無い。だが、
『こちらの機体と同じような機構をもっている……馬鹿な!』
 だが。
 だがそれならそれでかまわない。
 帝国軍の最新鋭兵器のさらに上を行くようなものを作る相手がいようが、もはやそんなことはどうでもいいのだ。
 この圧倒的な力を持つ相手を叩き潰す。生き残るために。ただそれだけのことなのだ。
『…………』
 息を止める。意識をつむぐ。敵を視る。
 敵はこちらを見ている。黒い外套は確かに破損している。が、飛行状態はいまだ保たれたままだ。再度構えなおされた杖のようなそれ。周囲に漂う鬼火。完全に仕切りなおしということだ。こちらはこれほど被害が大きいというのに。
 だから意識を切り替える。被害を無視し、徹底的に敵を倒すことを考えよう。
 呼吸を整える。
 再度、杖の周囲の空間が揺らぎ始めた。
 だから飛ぶ。敵からさらに距離を置くように。
 砲撃がくる。
 そこでリザイオは急降下をかける。
 回避。
 さらにリザイオは左腕を振り上げる。
 体のひねりを加えて振るわれる左手の中は、薄蒼く光っていた。それは『殻』と同質の、だがなにかが違う光。
『俺の邪魔を……』
 その手が相手に向けられる。視線の先は、杖を振り下ろし再度飛行する体制を整えていた黒いDA。
 想え、願え、念じろ。
 倒すことを、撃墜(たお)すことを、殲滅(たお)すことを!
『するなああああああああああっ!』
 手の中の光は一瞬で膨張し、爆ぜた。
 それは先ほど黒いDAが見せたものに近い。
 大気を激震させ、膨れ上がった光は一直線に空間を駆け抜ける。リザイオのこぶし大の直径の光の矢だった。
 光が消える。
 大気の震えを残したまま。
 閃光に焼かれた視線で再び見る。
 黒いDAは健在だった。
 だが今の一撃で、外套の左下の部分が貫かれている。その身をひねりつつ、金属の破片を撒き散らしながら、それでもそれは飛ぼうとしていた。
 それを見て、さらに距離をとるように飛ぶ。
 降下をかけながら、ついには雲を突き抜けた。
 眼下に広がるのはどこまでも広い、空とは違う漆黒。海へ出たのだ。
 後ろは見ない。だがついてきているのは容易にわかる。
 ふと、こめかみに小さな疼きを感じた。
 ただ一瞬であった。熱で意識がおかしい。
 だが、その疼きは、一瞬の直感につながった。
 機体をひねる。方向を変える。
 直後、今までいた位置を無数の刃が通り過ぎる。
 そのまま向き直る。
 向こうも杖をこちらに向けている。空間の揺らぎが視えた。
 (今度こそ!)
 狙うは敵の中心。確実にしとめるため、DA本体を狙う。
 右手に構えた剣を振るう。
 その刀身は先ほどの金属粒子とは違った光を放っている。そう、それはディエラスがリオンとの戦いで見せたものと同質のものだ。
 《殻》を圧縮し、剣の延長として刃となす。
 先ほどは短剣を長剣に変えた程度の延長であったが、今回は比が違う。
 振るう先でその光は爆発的に膨れ上がり、数百メートルの距離を薙ぐ巨大な光刃と化した。
『うぉぉぉぉぉぉおおおおおおああああああああああああ!』
 それは悲痛なまでの叫び。だが確固たる殺戮の意思。
 体が熱い。意識が遠い。ただその身をつむぐのは、相手に対する殺意のみ。
 大気が焼ける。光爆が空を照らした。そして刃は、漆黒を捕らえた。
 勝利を、確信した。
 だがそれも一瞬。
 薙いだ刃が進まない。おかしい、と思う意識は再度黒いDAを見る。
 それは薄紫色の輝き。
 薄紫色の、《殻》。
『な』
 それ以上の言葉は続かなかった。
 刃に向けた左手は《殻》を生じて刃をとめ、そして右手に構えられた杖は的確にこちらを捉えている。
 それを視認した直後。
 圧力が、来た。
 避けられない。それは機体全身を打ち。
 激しい震動と痛みをディエラスに伝え、そして意識がとんだ。

 爆発。百メートルに及ぶ巨大な水柱が、轟音とともに吹き上がる。
 そして、一瞬のスコール。だがそれも止む。
 澄み渡った暗い空の下。海は何も無かったかのようにそれを飲み込み、そして再び静かに波を立て始めた。




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