小説

「戦闘?」
 若い女性のオペレータの報告に、ラナは問いを返した。
「どうやら先ほどの機体と、それを追っていた四機とは別の新たに現れた物が戦闘をおこなっているようです」
「おやまあ」
 軽く眉をあげ、彼女はおどけたように驚きの表情を見せた。
 脱出機はすでに現地からの撤退は完了していると報告を受けた。ただ、飛行の進路上近くに判別のつかない機体が複数存在し、うかつに加速して近寄れない状況にあるということだ。戦闘用の航空機ではないため、無理も出来ない。
「なんか追撃隊らしいのがでてきたとおもったら、こっち無視してとんでっていつのまにか消えちゃったみたいだしねー。なにがなにやら」
 そういいながら、ラナの表情は微妙に硬い。どういった指示をすべきか考えあぐねている、といったところか。
「ちなみにさ、その戦闘の様子とかデータとかとれたりしてないのかなあ?」
 横からドクと呼ばれていた少年が、別の男性オペレータに問う。
「無理いわないでください。向こうにひっかからないように通信するだけでこっちも手一杯なんですから」
 そういっている間も彼の手はせわしなく動いていた。
「まあ、状況がよめてるだけでもよしとしましょう。で、こっちのに向かってきてる追撃がない、ってのは確かなの?」
 再び問うラナの前に、FHHTが現れる。映し出されているデータは、空間震動を探知したさいの個別の波形パターンをいくつかリストアップしたものだった。
「はい。先ほど撃墜されたとおもわれる四機以外のものはひっかかっていません」
 女性オペレータが言うと、そのリストからいくつかの波形が色づけされる。波形のグラフの横にある固体識別用マーカーを、さらに現れたウインドウに記された地図上のものと照らし合わせると、こちら側の機を示す赤い三角が一つ、帝国軍の青い三角と所属不明機をしめす黄色い三角が画面端付近に一つずつ、それ以外の青い三角のマーカーは存在していない。
「わかった、航路変更。北側を迂回させなさい」
 ラナは赤三角のマーカーを始点として地図上を指でなぞる。北側にある山脈の上を通って、二つのマーカーがいる付近を大きく外れてから南西にもどって海上に出るように指を動かすと、それになぞって赤く細いラインが書き加えられた。
「燃料はぎりぎりかもしれませんが」
「最悪迎えにいけばいいだけの話よ……というか、多分でざるをえないというか」
 後半のほうはほぼつぶやきに近かったが、周囲の人間にはよく聞き取れなかったらしくいくつかの疑問符を交えた視線が彼女に向けられていた。
 それを無視して、指先をその整ったあごの辺りに当て、彼女は黙りこむ。
(しかし、こっちを無視してまで止めようとしたそれは一体なんなのか、か……)

         ●

 四度目の衝突が終わる。
 リザイオが放つ剣撃は二度回避され、二度、黒いDAのもつ複合兵器によって防がれている。砲の代わりになるほか、噴出孔をシフトさせて、さらに周囲に重力場をとどめて打撃武器として転用することも可能らしく、そのおかげで決定的な攻撃を決めることが出来ていない。
 周囲を飛ぶ鬼火は数度、二機が離れたときにリザイオに襲い掛かってきたがやはり《殻》にふさがれてこちらも損傷を与えるにはいたっていない。また、数度の衝突は黒いDAに砲を撃つ暇を与えていないため、実質的にはあちらも打撃武器による接近戦に強制的に持ち込まれている状況になりつつあった。
 飛行中枢になっているのは外套のような黒い装甲部分、ということが判明したまではいいが、攻撃を当てることが出来なければ意味がない。
 そして、ディエラスには一つの焦りがあった。
『熱い……』
 機体内の温度は一定に保つように設定されている。このつぶやきは外部からの熱によるものではなく、ディエラスの体自身が発熱しているためだった。
 飛行し始めたころから違和感はあった。現在は全身の発熱がひどく、特に先ほどからの脈拍がおかしい。イルセナが仕込んだナノマシンが処理を終えきっておらず、体内で微弱ながら内側から殺そうというシステムが動いているということが判明したのもついさっきだ。
 考えてみれば、本来訓練しているはずのKeyの使用に対し、息が上がるはずなどなかったのである。
『投薬してなんとか調整しますが、長時間は持ちません』
 イルセナの声にはあまり抑揚がないが、少々の焦りを帯びているように感じるのは彼女の人となりを思い浮かべているからかもしれないと、そんなことがディエラスの頭を一瞬よぎった。
『わかってる。早くケリを……』
 思考は一瞬で組み替えられる。
 数度の攻撃を終え、次の手を入れる瞬間を狙ってはいるのだが、先ほどの四度目の攻撃の際に一つの違和感を感じていた。一撃を加えた際、それまで至近距離で攻撃を仕掛けたときにまったく鬼火を動かさなかった相手が、そのときに限り一つだけ仕向けてきていた。接近時に相手が鬼火を動かさなかったのは、おそらく至近距離で使用すると自分にも被害がでる可能性があるからなのかもしれないと二度目の攻撃あたりで思い当たったが、それでも相手は慎重を期して一撃だけうちこんできたのである。無論、一瞬であったし、攻撃後すぐに離れたから被害こそなかったものの、それを契機に《あること》を読まれた可能性がある、ということだ。
 それゆえ、彼は次の一撃をどうすべきかを迷っている。
 外装装甲というもっとも狙いやすそうな場所でありながら、用意に手が出せない。射撃武器の一つでもあれば状況はだいぶ変わるのだが、と思ったところで無いのだからどうしようもない。ディエラスは視線を相手に向けたまま深く息を吐いた。
 時間を無作為にすごしたところで進展があるわけではなさそうだ。
 もし相手に読まれたなら、それを逆手に取ることだって出来なくもない。そう心の中で言い聞かせて次の一手を放ちに行く。
 砲撃が来た。が、先ほどよりも放たれる圧力の幅が狭い。難なく機体を横に滑らせるように移動して回避……したところで彼はさらに次の一撃が放たれるのを見た。
 身をのけぞり、上に、空に向かって翼を打つ。急降下で二発目を回避したところでさらに羽を打ち体勢を変えながら三発目を巧みにかわす。相手は撃ち方をかえ、威力を絞って連射してきた。
『ほんとに便利な武器をお持ちで!』
 急加速。相手の足元に回りこむような軌道で移動したと思ったら急上昇をかけ一気に下から切りかかる。ほぼ真下までくると武器の構えを変えない限り射撃を当てることはままならない。攻撃の死角から確実に懐に飛び込み一撃をたたきこむため、リザイオは刃を立てた。
 が、その後剣を振り上げることなくさらに翼を打って機体の軌道を変えた。そして、ちょうど黒いDAの足元付近を、通り過ぎる雨のように鬼火が直下に放たれていたのを視認する。ぎりぎりのところで粒子刀の直撃を回避。
『完全に気づかれたか!』
 相手が攻撃を放ってきたタイミングが、その事実を裏付けた。
 読まれた事実は唯一つ。剣による攻撃を放つ際、《殻》を解除しているということだ。
 《殻》は広い面を作っているため、相手に接触させたところでその敵を押し返しこそすれ、局部にダメージを与える攻撃としては機能しない。決定的なダメージを与えるには、手に持った剣を直接当てる必要性が生じるのだが、接近時に《殻》を展開している状態ではそれが出来ないため、攻撃を当てる瞬間だけそれを解除していたのだ。
 つまるところ、攻撃を仕掛けたタイミングで相殺狙いで反撃されると、回避できない場合防ぐとことが出来ずダメージを受けてしまうことになる。
 先ほどからリザイオはダメージを受けていない。砲撃と鬼火にはさまれながらなお無傷だったのは《殻》のおかげだ。だからこそ、相手も確実にダメージをあたえるタイミングを探っていたと考えるのが妥当だろう。
 空中でさらに数度軌道をかえる。どうやら移動における小回りはこちらのほうが有利らしい。背後に回りこむ動きでさらに接近する。
 黒いDAの振り向きざまに重力の塊でできた鎚が横なぎに飛んでくる。剣でうけ、力を流すように身をひねる。その反動を殺さずに、左腕を振る。裏拳が吸い込まれるように黒い外套装甲を打った。が、ダメージとしては圧倒的に弱い。
 しかし、それを打撃の一手ではなく離脱の一手として打つのなら話は別だ。さらに反動をつけ、リザイオは黒いDAからさらに離れる。
『くうっ……』
 だがここで予想外の事態が起きる。投薬でも体内の侵食はおさえられず、その反動で一瞬であるが全身に激痛が走った。
 その一瞬が、隙をつくる。
 無数の鬼火が飛来する。だがそれに対し『殻』を形成する時間が足りなかった。
『しまっ』
 衝突する十をこえる灼熱の刃。装甲を裂き、突き刺さり、えぐるように全身を切り裂く。腕に、足に、体に傷を残してあるものは駆け抜け、あるものは刺さったままさらにえぐるように表層を切り裂いてから離れる。
『がああっ!』
 機体が大きく揺れた。体の痛みが再度走る。
『翼部被害状況15パーセント。速度低下。これ以上被害が増えると飛行バランスが保てません!』
 イルセナが叫ぶように言う。
 まずい。警告がディエラスの頭をよぎる。
この機体の問題点は、機動性による回避能力の向上と、『殻』による防御を想定しているおかげで、装甲の性能は一般規格のDAのそれとあまりかわらない、むしろそれよりも低い可能性があるということにある。
『フレーム損傷なし、稼動には問題なし。ですが……』
 このまま飛行機関をやられてしまっては元も子もない。相手にやろうとしていたことをやり返されてしまっては話にならない。
『せあっ!』
 だから急がないといけない。稼動効率の落ちた翼を再度羽ばたかせて、機体を転進。再び放たれる重圧の砲弾をかわしながら、リザイオは黒いDAの眼前に迫った。
 刃を立てて横なぎに振るう剣。
 瞬間的に重圧を固めて槌に変えたそれで、刃を受け止める。先ほどはここで終わりだった。
 だから今度は無理やり剣を振り切った。
『あああああああっ!』
 咆声が機体に響く。機体の出せる限界に近い力で、間接をきしませながら振った剣。黒いDAは耐え切れずに複合兵装から片手を離した。片手持ちになったそれははじかれ、黒いDAは前ががら空きになった状態になる。
 そこで、リザイオは振った剣をそのまま切り替えした。だが、そこに刃は無い。構えなおしている余裕も無い。刃の代わりにあるのは、剣先から基部まで一直線に入れられた一本のスリットだけ。
 そのスリットから、わずかな光が漏れていた。
『光刃!』
 叫んだ。
 その言葉を機として、スリットの光は一瞬で強まり、高密度の閃光がそこから噴出する。
 刃というには荒い、灼熱の炎。重金属粒子を赤熱化、高震動状態で噴出するそれは片刃の剣に備えられたもう一つの刃。
 超高熱の閃光が剣に乗って輝く軌跡を描く。
 それは吸い込まれるように黒い外套を捉えた。
 斬。
 逆袈裟の一線が外套を断つ。溶けた装甲と、灼熱の粒子を撒き散らしながら、破片が舞った。
 だが、両者の動きはそこで終わらなかった。
 剣を振り切り、再度羽ばたこうとしたリザイオの腹部に、開いた黒いDAの左手が破損した外套を押しのけて突き出され、押し当てられる。
『え』
 何が起こったのか理解できないほどの一瞬。
 その間において、当てられた手が剣の放つものとはまったく別種の光を発した。
 薄蒼い色を宿したそれは、一瞬のうちに膨れ上がる。
 そして、羽ばたきの動きが生まれる寸前に、爆ぜた。
 轟音。
 それは鮮烈で、苛烈で、辛辣で、純粋な力の炸裂。
 強烈な衝撃がリザイオの全身を走った。熱で正常ではないディエラスの意識は、揺さぶられ、遠のいていく。




トップにもどる