小説

『A班ひろってうまく巻いた! いったいなんなんだやつらは!』
 通信の先から叫びが聞こえる。
 照明を抑えたくらい部屋の中、複数のモニターがその灯をともし周囲の人間をうすぼんやりと照らしている。
「とにかく落ち着きなさい。帰投ルートに乗るまで気を抜かないで」
『了解了解ィ!』
 モニターの前に立った長い黒髪の背の高い女が注意を促す。通信の先の金髪を逆立てた体格のいい男が余裕をもった声で答えた。
「それにしてもなんなのかしらあいつら。みたところ身体強化型の特殊兵とも違うみたいだし……」
『俺が戦ったやつは人間じゃなかったな。見た目よくできてたがたぶん機技巧人だ』
「おそらく身体のほかにKey能力を強化してるんじゃないかな? 強化人間と機技巧人の混成部隊といったところかねぇ」
 答えたのは黒髪の女の隣に設置された椅子に座った、白衣を着た背の低い少年だ。
「ドク、気になる?」
「気になるねぇ。どっちも気になるけど分野としては機技巧人のほうがすげーきになるねぇ」
 そういって、彼はうれしそうに口元を緩ませた。
「技術者としていろいろ思うところがあるのはわかるけど、もうちょっと口元は引き締めときなさい」
「そうだったね。申し訳ない」
 とがめる女の声に、彼は肩をすくめた。先の戦闘で二班ほど壊滅している。彼女は沈痛な面持ちで再びモニターを見つめた。
 今回の作戦目的は、混乱に乗じて外部からネットワークを用いてアクセスし、中枢データに触れることであった。場内のかく乱さえできればよかったので、まさかこういった事態になるとは場の誰もが予測していなかった。
「報告しづらいわね。私たちの独断も同然だったわけだし」
「その辺に関しては、私も口添えするさ。彼のあの顔は毎度見るたびにいろいろと決意が固まるものだ」
『……とりあえず今はこっちの心配をよろしく頼む。離脱機は?』
 モニターの男の声に対し、彼女は微笑み返す。
「大急ぎでエンジンふかさせといたわ。そのままかっ飛ばしていきなさい」
「ラナ様」
 彼女の言葉が終わるのを待ったかのようなタイミングで、モニターのひとつの前に座るオペレータらしき青年が声を上げた。
「何?」
「ファマルダから一機、西へ飛び立った機体があるようです。離脱機が捉えた空間振動の規模からするとDAかとおもわれるのですが……」
 それを聞いたドクが腕を組み、怪訝そうな顔をする。
「おかしいね、帝国軍がDAをいまだに所持しているという話は聞いていないよ」
「しかも一機、迎撃にしちゃ少ないし、いくらなんでも反応が早すぎる……動向は追えそう?」
 ラナと呼ばれた女の問いに、オペレータは再びモニターに向かい、手元のパッドを操作する。
「ちょっと厳しいですね。方向を変える様子はないので離脱機に干渉するわけではなさそうですが、しかしこのまま行くとこちらに向かってくることもあるかもしれません」
「OK、震動のパターンを記憶しておきなさい。離脱機に害がないのなら今は放っておいてかまわないわ」

         ●

 呼吸が荒れている気がした。実際は呼吸という動作をしているわけではないが、普段の身体状況のイメージが固着しているのだと彼は思う。無理して早急に力を出来る限りの大きさまで引き出した反動が着ている。
 気構え無しにKEYを使うのはいまだになれていない。誰でも使えるはずの物ながら、普段意識して使うことの無い部位を使用するのはやはり少々の無茶があると彼は思う。
 たとえそこを他人より強化されていても、だ。
『後方に追撃部隊の接近を確認。数4』
「問題ない。このまま西に飛ぶ。隠密迷彩を起動して」
『了解』
 淡白な返事を受け止め、ディエラスは少々落ち着きを取り戻しつつあった。
『今後はどうする気なのですか?』
 問いに対し、少々の間をおいて彼は答えた。
「あー……考えてない」
『……いまなんと?』
 直接見ることこそ出来ないものの、少女の唖然とする顔が目に浮かぶ。
「細かい計画は考えてないんだ」
 返事がこない。絶句しているのだと彼は判断した。
「外に友人知人がいるわけでもないしなあ。とりあえずいくらか金は持ち出してあるから生活する分にはしばらく問題ないと思うんだけど……」
『いくらなんでも呑気すぎませんか?』
 言われて唸った。彼なりにも多少は想像していたが、いざ実行に移すとなるととっさにはどうしようもない。今回もほぼ行き当たりばったりな感がある。己の計画性のなさにあきれるのはいつものことだ。
「……とりあえず二択かな。人里からはなれてどこかにこもるか、他国の町にまぎれこむか。どのみちこの国からはなれて、機体も捨てたほうがいい事は確かだね」
『そうですね。でしたらルフィエスタに向かうのは? あそこなら通貨も通じるはずです』
 ルフィエスタ。ファマルダの西方の大陸はずれにある海洋都市を中心とした交易盛んな国であり、現在は帝国管轄ぎりぎりで外側にある中立国家だ。
 中立というのは正確ではない。一応帝国と対極に位置する連合には所属している国だが、あまり活発ではないというのが正しいだろう。それゆえか、進行の停滞している帝国側もどう手を出すべきか考えあぐねているのが現状だ。
 もともと地続きであったためか、帝国がこうなる前からある程度の交流もあり、また交易大国でもあるため通貨がいまだ共通部分を残している。
「悪くないね。進路修正お願いできる?」
 言うと、眼前、実際は脳に直接送り込まれている映像の地図に目的の場所への経路が表示された。
機体に乗っている間は、その神経がほぼ直接接続されたような状態になっている。一般には直接操作系(ダイレクトインターフェース)などと呼ばれているが、実現された事例は少ないらしい。用は神経からの信号を直接動作系に影響させる方式であり、現在見えている画像はその逆、外部からの信号を直接脳に送って画像として認識させているといった仕組みだ。
自身が向かっている方向が画面の中心に矢印で現されている。現在新たに現れたラインに沿うように方向を調節。
と、今その地図上に新たな矢印が生まれた。
『新たな熱源接近』
「追っ手?」
『いえ……識別信号なし、所属不明です。ですが』
 進行方向の変更を続ける。それに付随するかのように、もうひとつの矢印も向きを変えた。
『こちらに向かってきているのは確かなようです』

         ●

『機体反応喪失。隠密迷彩を起動した模様』
「行動予測は?」
『三十分以内なら可能です。各機速度をさらに20上げれば追いつけます』
「ジェスタ1了解」
 通る女性の音声に対し、くぐもった声を返しながらスロットルを上げる。
「しかし、追いつくにしたってどうしかけるべきなんだ?」
『とりあえず加重圧弾で拘束する以外の手はなさそうですが』
 無線から流れてくる、先ほどとは別の男の音声はどことなく投げやりだ。
『すぐに墜落するからアンカーで回収しろって話はどこいったんでしょうか……』
「……二手に分かれる。ジェスタ3とジェスタ4は左方へ、2はついて来い」
『了解』
 レバーを右に傾ける。目の前のモニターの中が変化を見せた。
 と同時、
「新手の反応?」
 前方のモニターの一部に写された簡略マップの一部に新たなアイコンが表示された。
『ジェスタ3、目視で機影を確認……こいつは』
「どうした?」
『リザイオじゃない。黒い……うわあ!』
 何かが衝突するような金属音が聞こえた後、通信が途絶えた。
『何があったジェスタ4!』
『正体不明の敵から襲われている! どこから攻撃が……』
 再び回線が途切れ、ざらつく耳障りな音に変わった。
『ジェスタ3、ジェスタ4ともに反応消失。撃墜された模様です』
『生存は?』
『コクピットを直接撃ち抜かれたようです。生存確立は……』
「ほぼ0か」
 司令部からの声をさえぎって、彼は言った。
『襲撃機体の所属とデータはわかるか?』
『所属不明。相手のデータも不足していて照合できません』
 通信の向こうでのやり取りが流れてくる。
 彼はアイコンに再び目を移す。確実に自分たちのアイコンに近づいてきている。アイコンの動きがこちらのものよりも明らかに早いのだ。先ほど画面端に現れたそれはすでに自機と画面端とを結ぶ直線上の二分の一の位置まで来ている。実際の速度にしても明らかにこちらが乗っている機体には出せない速度が出ているはずだ。
「なんだこいつは……」

         ●

『追撃機転進。撤退するようです』
 いくらなんでもあっさりしすぎている。口には出さないが二人とも感じていることだった。飛び出してから三十分も経っていないのだ、燃料や機体トラブルなどの要因は考えられない。なにか別の理由があるだろう。先ほどの追撃機二機反応消失と何か関係があるのではないか、そう思わざるをえなかった。
『所属不明機も転進。追撃機を追うようです』
「……味方を呼んだ覚えはないんだけどなあ」
『いるんですか?』
 気を抜いた声でディエラスが答えると、イルセナは不思議そうに問いを返した。
「いや、いないからさ」
 苦笑しながら彼は答える。味方だったであろう者達をつい先ほど敵にまわしたばかりだ。
『完全に振り切るならいまのうちですよ』
「それが、もう安全圏ぎりぎりの最高速度なんだわ」
 追撃機とて使用されている飛行形式はこの機体と同種のものである。ましてこの機体と違い、より早く飛ぶことのみを目的として作られるそれらはいまこちらが出している速度よりもさらに上の速度を安定させて飛んでいたことだろう。いくら隠密迷彩を起動して発見を遅らせていたとはいえ、追いつかれれば発見される可能性も高かった。
 出力系のプログラムをいじればより高速にもなろうが、最悪フライトユニットを破壊しかねないので無理も出来ない。
『そのようですね。向こうが針路変更しなければ問題もないのですが……』
 言葉が途切れるのは、地図上のマーカーの動きが変わるのと同時だった。
「……さらにマーカー減ってない?」
『のんきに言ってる場合ですか、こっち来てますよ』
 追撃機は姿を消し、所属不明機がこちらに針路を変えていた。追撃機の針路上にマーカーが乗っていることから、おそらくは撃墜したものと考えられる。
「しかし一瞬だな。時間考えると遭遇とほぼ同時、戦闘なしか……何使ったんだ一体」
『武装以外にもなにか特殊な技術を使っているとしか思えません。明らかに隠密迷彩無視してこっちむかってきてるんですよ?』
「マジか……」
 たしかに、こちらが向きを変えるとそれに沿うように相手も動きを変えている。
「……空間振動でも読まれてるのか? でもそれなら航空母艦クラスになるはず」
『敵国で設備の小型化が成功したとのうわさが数年前にありましたね。それが事実なら、期待の規模によっては搭載しているという可能性も』
 しかし、もしその推測が当たっているのであれば、いま追ってきている機体は間違いなく敵国のものであるということになる。
「所属を明かさないのは相手を油断させるため、か」
『おおよそ確定と考えていいものと思われます。ただ、熱源の規模は帝国軍のものと質が似ているのが気になりますが……』
 ディエラスは身を引き締める。相対速度を考えてもこのまま戦闘に入ることはほぼ確定だ。
「ブラスターカノンの一丁でも一緒に持ってくればよかったな」
『この機体って内臓火器ないんですね』
「使用目的が砲撃戦や白兵戦じゃないから、火器の使用は考えられてないんだ。ついでに言うと」
 手元にあるのは一振りの剣のみ。
「これすら飾りみたいなもんだしな」
『?』
 ディエラスのつぶやきに、イルセナが疑問符をかえす。声にこそ出していないが小さな吐息が聞こえた気がした。
「それについては後で教える。サポート頼んだ!」
 眼前の地図を消す。


 速度を落としながら機体を後方に振り返らせる。
 足元を雲が高速に流れていく。その向こう、大地にひろがった暗闇。遠くに光の粒が見える。
 眼前に広がるは空。そしてひとつの月がみえる。
 いや、二つか。その裏に隠れるように白い月の半分ほどの大きさの小さな赤い月が顔を覗かせていた。
 照らされた空に数多くの星が瞬く中、漆黒の鳥が眼下から飛び出し、月に重なる。
 否。酸素の薄いこんな上空をいかなる鳥が飛んでいようか。
 それは高速でこちらに接近。すでにその翼は月を二分している。
『あれは……』
 鳥の周囲にいくつかの小さな瞬きが見えた。
 鬼火のように揺らめく小さなうす緑色をした光がある。
 鳥を取り囲むような動きでその周囲を揺らめいていた光は、突如鳥から離れるように動きを変えた。
 向かう先は、リザイオ。
 一瞬で鬼火が距離を詰めてくる。
 高速で飛行しているはずのリザイオの周囲は、瞬く間に複数の同速度でとびかう鬼火に取り囲まれていた。
『なんだこいつら』
 発声素子は起動していない。イルセナに向けた内部通信でつぶやいた。
 包囲から抜け出すように機体を傾ける。
 その動きに対し、ひとつの鬼火が反応した。
 一瞬。機体の横を駆け抜ける鬼火。それに追従して、表面装甲が軋みをあげた。
『!』
 ディエラスはとっさに意識を切り替える。望むのは方向の変更ではなく、自分の周囲に《殻》を作り出すこと。
 一瞬で青くほのかな光の、見た目には視認しにくい《殻》が機体を包むと同時、無数の鬼火は飛び交い、その《殻》に身をぶつけていた。
 いくつかはじき返した中、そのうちのひとつが《殻》に突き刺さるようにして動きを止める。
 そこにあるのは小さな光の刃だった。
『粒子刀型のRCTAか!』
 Remote Controld Tactical Arms、遠隔操作式戦術兵器。
 大戦時、操縦者の安全性確保のためにいくらかの遠隔操作兵器が作成されていた。その大半は、一機ないし二機程度の火器搭載小型無線機をとばして、射撃させるといった程度のものだった。また、こういった高熱の粒子刀や高密素材のブレードを搭載し、遠隔操作でぶつけて敵を刺すといった目的でつくられたものもあったが、その性質上量産にむかず、また一人の操者に対し操作できるのは多くて3機程度という、パイロット方面に高度な技術が必要になってくるため、結局は試作段階でほとんどの計画がついえたような兵器である。
 それが今、目の前にある。しかも、過去では無理といわれた複数同時使用の上限をはるかに超える数が自分に向かって襲い掛かってきている。目視だけで8個は硬いが、先ほどの衝突の感じでは、視覚の届かない部分にも複数いることだろう。
『死角をついた全方位攻撃か……』
帝国軍の精鋭であろうと、一瞬で撃墜されるのも無理はない。
 連続する衝突。しかし、それもしばらくたつと止んだ。
 なにかを探るかのように周囲を囲む配置にもどったのち、ブレードが消える。そしてすべてが軌道を変えた。ある一点に集約するように、リザイオの後方へと。
 その先には、すでにその全貌が見て取れるほどにまで接近した黒い鳥がいた。
 機首が跳ね上がる。機体は減速し、リザイオとほぼ等速な程度まで速度を落とした。一定の距離を保ち、それは腹を見せるようにその身を持ち上げる。
 広げられた翼は折りたたまれ、機体全体を覆うローブのように変形。中心部にある縦長な大型ブースターのようなものが取り外され、それは槍のように構えられる。
 細長い頭頂部から足元へのシルエットは折りたたまれた傘のようにも見える。ローブのようにたたまれた翼の隙間から、細身のフレームが見えている。
そう、それは一瞬で人型へと変貌した。
『DA……』
 両者ともに飛行状態を保ったまま正対する。
 この夜空に溶け込むような漆黒の巨体に、ところどころに入った赤いラインが鮮烈に目に焼きつく。
 黒いDAは構えたブースターの基部をリザイオへ向けた。長い柄の先に、中核部に大きな赤い球体を収めた基部があり、放射状に広がる噴出孔が見て取れる。いくつかの噴出孔がパーツ分けされているところを見るとそれ自体が可動するらしい。全体的に見て槍というよりは、杖に近い形状だ。その球体がつよい光を発する。その周囲の空間が揺らぎ始めた。
『!』
 リザイオは機体を急旋回。方向をかえ移動したその足先を、衝撃が掠めていく。
 まるで一直線に切り取ったかのように、空間のゆがみが直線的に走っていた。後方にあった雲の海が一瞬で吹き飛ぶ。
『極度の重力子変移を感知。プレッシャーカノンです。おそらく重力操作機をもちいた複合兵器であるとおもわれます』
『解説ありがとう!』
 言って、機体の姿勢を立て直す。
 いまだ発射後の余韻らしき陽炎を強制的に杖を振ってはらい、リザイオを追従するように黒いDAは加速する。
 《殻》のおかげでダメージこそないものの、先ほどの攻撃を直接食らえば飛行バランスを崩しかねない。
『特殊兵器のオンパレードかあ。こっちにどうしろって言うんだ』
『速度は向こうが上です。振り切るのはほぼ不可能かと』
 頭の中に響くイルセナの声を聞きながら思考をめぐらす。
『このまま防御に徹して逃げ続ければ向こうは燃料切れになるって可能性は?』
『見たところ重力操作機は最低でも3機搭載されてるものと思われます。あのサイズでの一般的なジェネレータで運用できる数ではありません』
 見た目だけでここまで判断できているイルセナに対し、サポートドライバの存在の心強さを認識する。たしかに必要な計画であったのかもしれない、と。だが、それを口にだしている余裕はなかった。先ほど述べられた状態に関して思い当たる節は一つ。
『血精炉も積んでる可能性が高いってことか……っと!』
 再度来た圧力の砲を、機体をバンクさせてかわす。
 そしてまた、黒いDAの周囲に鬼火が現れたのを確認。
『なら、撃墜以外に道はないわけか』
 そうつぶやくと、片手に携えた剣を構え、方向転換。機体の速度を落とし、剣を相手のほうに向け、そちらへ急加速をかける。飛行状態を保っていた黒いDAはリザイオに急接近。向けられた刃がその装甲に触れる直前に、黒い機体は身をそらした。が、とっさの回避ではかわしきれなかったらしく、すれ違いざまに外套部分の表層を軽く削った。
 黒いDAがバランスを崩した間に、リザイオは急制動をかける。お互いに体制を立て直すのに一刻を要した。
『イルセナ、飛行の中枢になっている重力操作機を探ってくれ!』
『どうするつもりですか?』
『翼を折れば鳥はとべない、そういうことだ!』
 剣を構え、再度攻撃を仕掛ける。四枚の細く鋭角な翼が空を打つ。




トップにもどる