小説
第二話 飛翔
蒼い鎧の機体は、静寂を守ってたたずんでいた。
機体固定用の大型機械に添えつけられたリフトを使って上る。機体の胸元に降り立つと、開かれたハッチから内部に乗り込んだ。かつん、と硬質な音が響いては消える。
暗い。ディエラスは滑り込むと空洞の中心に向けて手をかざした。ただそれだけの動作で、ぼんやりとした照明が空洞にともる。それが、搭乗者の認証の合図だった。
「入って。奥にシートがあるから、そこに」
ディエラスが促すと、傍らにいたイルセナは滑り込むように空洞の中に入る。
中は思いのほか広い。少なくとも、両腕を広げても何にも触れない程度の幅はあるだろう。頭上から、天井までも高い。かるく飛び跳ねられるくらいの余裕がありそうだ。機体の大きさと比較しても、少々広すぎるのではないかと思えるくらい余裕のあるコクピットには、入ってすぐのところに人一人が立てる程度の大きさの小さな円が描かれており、その奥に黒い大きな機械がすえつけられたシートがある。一面は黒で統一されているものの、床だけは白という妙にちぐはぐな配色だ。
「兵器庫に侵入されたのか」
薄闇のなか目の前にぼんやりと光るカード型通信端末と正対し、フラムバルトはつぶやくようにいった。
その足元に数人の、軍服姿ではない人間が服している。小刻みに指先が動いているところをみると死んでいるわけではないらしいが、その目は虚ろだった。
「先ほど連絡がありました。G4格納庫地下に配備した部隊は壊滅。ディエラス特尉とサポートと思われる機体はDAのほうへ向かったと……」
「了解した。こちらからも防衛に入る。念のため航空部隊に出動準備をさせておけ」
そこまで言い放つと彼は通信を切った。端末をジャケットのポケットへ放り込む。
「カイザル」
首だけで振り返ると同時に声をかける。背後にたたずんでいたのは、人型の機械だ。全長2メートル強はあるだろうか。全体的に曲線部分が少なく、角ばったパーツが多いためかなり巨大な印象を受ける。ところどころ小さなハッチがあるのが見て取れる。
突如、フラムバルトは駆け出す。その先にあるのはビルの壁面だ。
眼前まで来て、彼は壁面に向けて飛んだ。ところどころにあるガラス戸やベランダの凹凸を利用し、つま先を駆けては飛び跳ねて行く。まるで重力の影響など無いかのような華麗さで、彼はビル郡を駆け上り、とあるビルの屋上に飛び乗った。
屈した足を伸ばして立ち上がると同時に振り返ると、背部と脚部についたスラスターを用いて飛行してきたカイザルが、着地姿勢をとっていた。
「リザイオの発進を妨害する。近隣の回線をすべてつかってG4格納庫の隔壁をのこらず閉鎖しろ」
「心得ました」
顔の辺りにあるらしい発声素子から低い電子音声が響くと同時。機体各部のハッチが一斉に開き、中から接続端子らしき機械と、蛇腹状のチューブが飛び出してきた。十数本に亘るそれらはうねるような動きを持って周囲に散開。屋上の地面を、壁面伝い、その建物の内部に進入。配電管理のボックスなどへとそれぞれ近づいてゆく。
その間に、フラムバルトはその右手を振り上げるように前に上げた。手に握られているのは、巨大な機械の剣。ところどころ金属の光沢を見せる長い柄は途中で折れ曲がり、刃に近い位置にトリガーがすえつけられている。二メートルをゆうに超える刃、そのみねを覆うように機械的な基部がある。そこから数本のプラグを引き抜く。
「『目』を借りるぞ」
そういうと、彼はカイザルの即頭部に手を伸ばし、そこにある小さなハッチをあけ、なかにプラグを接続した。そして彼は大剣の柄を静かに握り、目を瞑る。
その状態で、彼はその切っ先をある方向に向ける。
●
イルセナはシートに腰掛けると、機械から数本のプラグを引き出し、側頭部の装飾管型のユニットに接続した。あらかじめ予定されていたかのような無駄のない動作だ。
ディエラスは床に描かれた円の中心に、イルセナに背を向けるように立った。
「準備はいいね」
顔だけ後ろに向けてディエラスは問う。イルセナは軽くうなづくと静かに目を閉じた。それを確認すると、彼は円の中で軽く足を広げて、全身の力を抜く。うつむくように首を軽く下へ向け、目を瞑る。
「我は汝の魂にして意思。起源を共にする我が体に我は目覚めを命ず」
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柄を握る手が一瞬青白く発行したかと思うと、柄の周囲にわずかなスパークが走った。
それに反応するかのように、みねの機械の一部がスライドするように動き、中から一本のレールが突き出す。みねと並行するように突き出したそれは、みねとの間に何かを挟みこめるかのような形状を成していた。
●
「その手は我の指を演じ、その足は我が代わりに偽りなき地を踏む。その目は我に真実を映す魔眼となる也。汝は我にあらずして我なり……アクセス」
一式の呪文めいた起動コードを一気に吐き出す。それはある種の契約だ。この言葉を発端として、ディエラスの全ての感覚は機体と結合することとなる。
足元の円の中心にひとつの薄き緑色の光がともる。と同時に前方にあるハッチが閉じてロックされ、照明が消える。
足元にある光は、一瞬強く光を放ったかと思うと、分裂した。床をつたい壁一面を、血管のように枝分かれしながら走り抜け、そしてちょうどディエラスの頭上のあたりで収束した。しぼむように消えていく。
と、足元の白い床全面がぼんやりとした発光を始める。
さらに、コクピット全体を包むように機械の駆動音が響き始めた。何かが低くうなるような、おーん……という低音が響き続ける。
変化は唐突だった。ディエラスの足元、そしてすぐそばの壁面に穴が開き、そこから複数の金属製のチューブが飛び出す。それが彼の足、腕に絡みつき、先端が吸着するように張り付くと、チューブの各部から金属光沢を持った液体が滲み出して、あっという間に彼の体を包み込んでしまった。四肢をすっぽりと取り込むと侵食は腰から胸部に達し、そのまま首までを包み込んでしまう。さらに天井に穴があき、するするとヘッドギアが下りてくる。目元から耳までを覆う形のそれは、頭を固定するように包むと、さらにそれからも液体状の金属が流れ始め、仕舞いには十秒としないうちに、ディエラスを中核とする金属の塊が現れていた。
『聞こえるかい?』
コクピット内部に音源となるスピーカーはない。それは、イルセナの頭に直接再生されることとなる。
「大丈夫です」
それに対し、イルセナは声を発する。
『OK。そっちの接続は?』
発声が届いている。集音はされているらしい。
「現在各システムのチェック中です……完了しました」
『自分がするべきことはわかってるね?』
「無論です」
短い返答には、余分なものを含まない潔さが感じられた。
『細かな確認なんかしてる暇はないね』
ホールに警報が響く。ずず、という低い音とともに拘束機械が稼働をはじめ、そのロックが解除されていく。
今まで暗かったその目に、突如青白い光がともる。
と、まだ外れきっていない拘束具を引きちぎるように、その右腕が振り上げられた。と同時に、左足も一歩踏み出す。連なる破砕音。伸びては切れていく複数のコード。落ちていく機械部品が、床ではねはじけていく。
体にまとわりつく拘束具をすべて叩き落して、その機体は台座から降り立った。
同時。先ほど車両で走りこんできた方向から、別の警報が鳴り響く。連なる重い稼働音がしたかとおもうと、今来た道をなぞるように遠くのほうからいっせいに隔壁がおりてきていた。
『外部からの強制アクセスによって隔壁が下ろされたようです。天井の射出口のロック機構へのアクセス権も奪われました』
耳元にイルセナの声が響く。
「……ぶちぬけってか畜生」
『いきなりその発想にたどりつくんですか……』
言っている間、重苦しい金属音を響かせながら拘束具のすぐそばにある壁面に近づく。そこには壁に急遽すえつけられたような縦長の金属製のボックスがある。ボックスの上に左手をそえる。視界に移るのは、蒼い手甲に覆われた灰色の腕。
そして、もう片方の手を指先から勢いよくボックスの側面に叩き込んだ。手刀は親指の付け根の辺りまで食い込んでいる。そのまま側面の金属板を掴み、引きちぎるようにはずした。スライド式の戸のようになっていたようだが、おかまいなしに引きはずしたため基部がはじけ飛んだり、板がひしゃげたりしてきれいには外れなかった。
ぽっかりと明いた穴。そこに右手を差込み、中のものを半ば強制的に引き出した。連続する金属音を響かせながら、さらに鉄板をひしゃげさせつつ出てきたのは、一本の反りのない長剣だった。
高密素材でできた黒い刃は光を吸っているかのように光沢がなく、片刃だ。刃のないほうには柄の接続された機械的な基部から切先までの長いスリットがある。
リザイオはそれを携えると、振り返る。
隔壁により密室のようになった円形の広場。それを囲むようにたたずむ3体の巨大な騎士。機体は広場の中心に歩みを進めつつ、その剣を両手で構える。繰り出されるのは、突きの一閃。狙うは、リザイオに正対する赤く細身の騎士の胸元。
身を沈め轟音を伴う踏み込みは一瞬。つきこまれる刃。そのまま赤い鎧に吸い込まれ、
「……ぁぁぁぁあああああっ!」
別の破砕音をともない、天井にある射出口のシャッターをつらぬいて現れた、刃よりもはるかに小さなそれに、上からの一撃をくらって軌道が変わり、切っ先は床をえぐった。
たたらをふみ後退。視線は今の一撃の主をとらえる。
それは天から降ってきた赤い弾丸。その周囲には陽炎がみてとれる。
「レヴィア……」
「私たちの機体まで狙うってことは、やっぱり本気なんだね」
足元から巨人の顔を彼女は見上げていた。
「そこまでしてここを離れるメリットが、あなたにあるというの?」
叫ぶように彼女は問う。
「……やってみなくちゃわからないさ」
「ディル君そんなに子供っぽかったっけ……」
そういうと、彼女は振り下ろされた剣の切っ先を機体の胸に向ける。
「ディル君を外に出すわけには行かない。まだ時期じゃないのはあなたにだってわかるでしょう?」
「いちいち自分の行動に関して世界のことまで考えたくないよ」
「私たちは『普通の人間』としては生きられないってあなたにもわかってるんでしょ!」
レヴィアは声を荒げて叫ぶ。
「思い出も消えて、あるのは戦闘技術と知識、そして膨大な力。こんな私たちがどうやって外で生きていくって言うのよ!」
「……それを、確かめにいくんだよ」
剣を引く。と同時に、背後の二対の翼が展開した。
下部の二本は機体に対し水平に、上部の日本は背から切り立つように。そしてそれぞれがぼんやりと輝き始め、周囲の空間が屈折して見える。
「させないって!」
絶叫とともにレヴィアは剣を振り上げ飛び上がる。瞬間的に十数メートルの高さを飛び上がり、切っ先を機体につきこもうとしたところで、その体は派手に後方へと弾き飛ばされた。崩れた体制を空中で立て直しながら着地すると同時、周囲に響く高い振動音を携えて機体が宙に浮いていた。
「防壁(シェル)を……」
「さよなら」
切り立った二本の翼が、地を打つように振り下ろされる。
大気の爆発。
耳朶をつらぬく轟音を鳴らし、機体は天井の分厚いシャッターへとぶつかっていく。
「……フラムバルト!」
目を見開き、トリガーを引く。
狙った先は、G4格納庫方面上空。
彼が両手で構える巨剣、その柄が一瞬青白いスパークを発した。レールの隙間を、基部から現れた握りこぶしほどの弾丸が駆け抜け、空気の壁をつきやぶって打ち出されていった。
ほぼ十数キロにわたるであろう距離をそれは一瞬で駆け抜けていく。初速の時点で音速を軽く超え赤熱化しながら飛翔し。
大漁の瓦礫をともなって建物の天井をぶち抜き飛び出てきたリザイオの左側面に直撃した。
機体装甲に触れこそしなかったが、眼前での炸裂は強烈な衝撃をともなう。リザイオはバランスを崩し格納庫横の路面に着地。破砕音を伴いつつ踏みとどまる。
翼はいまだ展開されたまま。だが、
「浮かない?」
足は接地したまま。
『加重圧拘束弾(グラヴィティホールドバレット)です。左腕と左翼を取り込まれて推力が安定しません』
イルセナの声を聞いて、左腕の動きが鈍いことに気がつく。
「まずい」
言った直後に二発目がきた。一撃目の衝撃で強制的に砲撃に対し正面を向いてきたリザイオの右側に的確に着弾。
「精密機械かこの砲撃!」
機体が二点からの重圧に耐え切れずにひざをつく。めくれ上がる地面。重圧に揺さぶられた装甲がきしむ。
「動きは止めた、いそげレヴィア!」
すばやく取り出したカード型通信端末に声を放つ。
『今のった!』
返事がくるが、フラムバルドは視線を離さない。
「くそっ……」
「うおああ!」
巨人の顔面より咆声が放たれると同時、両腕が強制的に振り上げられる。その動きをもって両の腕の肘付近を中心に形作られていた空間の歪みがはじけるように掻き消えた。
「あああ!」
さらに叫びはつづく。それに伴い、機体周囲の空間が先ほどの重力場とは違った歪み方をみせた。機体を中心として、薄蒼く光る《殻》のようなものが少しずつ色を得ながらあらわれ、それが徐々に肥大化していく。それは周囲の建造物を押しつぶし、地をえぐった。
腕が腰溜めに構えなおされ、ふたたび上部翼が跳ね上げられると同時、光る《殻》は一気に半径400メートルほど膨れ上がって周囲の大気を爆発させた。建築物はただ膨大な量の瓦礫をまきちらす。
更なる動き。跳ね上げられた翼は地を叩くように振り下ろされる。翼に飲み込まれた大気は再度爆発。突風となって散った瓦礫を舞い上げる。土煙の尾を引いて飛び上がった蒼の巨人はそのまま暗い空へと駆けていった。
機体はあっという間に視認できなくなるほど遠のいてしまった。その様子を見ながら、
「なぜ落ちん……まさか抗体を手に入れたのか」
声が漏れる。その視線の先、土煙の中からさらに天に向かって瓦礫が吹き上げられるのが見えた。地の底から這い出すように紅い巨人がその姿を晒す。
『ディル君は?』
叫ぶような声の通信が入る。
「逃げられた」
『クラバス、反応追って! どっち!』
「追うなレヴィア! お前では捕らえられん!」
通信機の向こう側で息を呑んでいるのがわかる。
『いまならまだ』
「だめだ。この地から離れると取り返しのつかないことになる」
『どういうこと?』
「詳しい説明は後回しだ。それに君は、フライトユニットの調整はまだ済んでいなかっただろう。いまから『鳥』を飛ばす。君はそのままそこで指示を待て」
抗議の声がさらにはかれそうな空気を察してフラムバルドは通信を切り替えた。先ほど待機させていた部隊への出撃を要請する旨を伝えすぐに通信を切る。
視線の先、ただ空を仰ぎたたずむ赤い騎士が見える。その周囲は、先ほどの破壊で発生した火災により朱に染められていた。
黒煙と朱に染まる遠方の空を見つめていた彼は、やがて思い出したかのよう視線を下ろし、一歩の跳躍でビルの端を越えた。空気を裂く轟音を聞きながら落下し、数秒の時間を持って着地。派手な破砕音とともにひび割れた道からさらに跳躍。先ほど敵が伏した場所を目指す。
数歩の跳躍で数メートルの距離をはねていく。次に見える角を曲がれば目的の場所だ。一歩で曲がり角の中心に立つ。
「?」
様子がおかしい。先ほどはなった電撃の際のイオン臭が感じられない。
戦闘を行った広場に踏み込んだ。
「……こっちまで逃したか」
先ほどまで倒れこんでいたはずの人影が、そこには一つもなかった。
第二節
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