G4格納庫の中はほぼ真っ暗と言っていい。巡回の兵と機技巧人が持つライト以外の照明がほぼ皆無だ。
ただ、通路脇の管理室だけが純白の照明をともしており、その周囲だけが窓から漏れる光によって若干照らし出されていた。
 中には二人ほどの兵がおり、そのうちの年若い男性が通信機に向かっていた。
「……了解しました」
 会話が終わる。
「どうした?」
 もう一人の上官らしい中年男性の兵が、いまの通信の内容を問う。対し、通信を受けたほうの顔は青ざめていた。
「四宝剣の一人が反逆して、ここのDA目指して強行突破してるらしくて。いまさっき地下駅の兵の配備が終わったから、こっちも第一種戦闘態勢で待機、迎撃せよって……」
「……冗談だろ」
「どうすんですか、演習でも歩兵一個師団で歯がたたない相手ですよ!」
「と、とにかく放送して巡回兵を集めないと……」
 と、そこまで言って、その行動に移ることはなかった。
 突如の爆音が暗闇を裂く。管理室の脇を、一筋の閃光が斜めに床を打ち抜いて天井まで抜けていった。
「うわっ!」
 腕を掲げて顔を覆う。衝撃で窓にひびが入る。
「な、なんだ!」
 その問いに対する答えはない。
 光の筋は一瞬で消えうせた。ふたたび闇が戻る。
慌てたように、中年兵が机にあったライトを手にとって管理室を飛び出し、光の出たあたりに駆け寄っていった。
 円形の照明が限定した範囲を映し出す。
 そこには、見事に直径五メートルほどの大穴が開いていた。ふちの辺りの金属が赤熱化してくすぶっている。どうやら先ほどの閃光がもっていた高熱で焼き貫かれたらしい。高出力の粒子ビームによる貫通口の感じがもっともそれに近い。穴の中心からは薄ぼんやりとした光が見て取れる。
「ち、地下からぶちぬかれてる……」
 言って、一歩あとずさる。
 すると、その穴から突如二つの影が飛び出してきた。
「うわぁっ」
 驚いた兵は慌ててあとずさるが、その拍子に足を滑らせてしりもちをついた。ライトが手からはなれ、転がる。
 そのまま這うようにライトまで近づこうとする。ライトに手を伸ばしたところで、別の誰かがそのライトを拾い上げた。
「はい」
 そのままライトが差し出される。
「あ、どうも」
 言って、立ち上がろうとした姿勢で差し出されたライトを受け取って、気づく。
「え……」
 受け取ったライトを、差し出された手のほうへ向ける。
 円形の光は、一人の美しく中性的な男の顔を映し出した。銀髪がわずかに揺れている。それは何度か話に聞き、演習で一度見かけた……。
「うわあっ!」
 今度は受け取ったライトを手放すことなく、ふたたびしりもちをついた。
「あ、えーと、こういうときなんて言えばいいのかな?」
 前かがみにへたり込んだ兵を見ていた男は顔をその背後に向ける。
「とりあえず脅してみては?」
 背後から、少女の声が響いた。
「そっか」
 そういうと、男はふたたび中年兵の顔を覗き込んだ。満面の笑顔で、目の前に拳を掲げる。
「殺されたくなかったら、言うこときいてください」
 驚きのあまり少々正常な思考が飛んでしまっていた中年兵は、ただがくがくと首を縦に振った。
         ●
 管理室からの操作により、一気に格納庫全体の照明がともる。
 その、とてつもない広さがあらわになった。
床から天井までの高さはざっと三十メートルを越える。奥行きは五百メートルほどだろうか。
 百台以上に及ぶ戦闘用の長大な砲を携えたホバー車両が、リフトを用いて縦に五台ずつ、横は奥に続く限り、両側面に並べられている。
 管理室脇にあった二人用の軽車両を強奪し、ディエラスとイルセナは格納庫の奥へと急ぐ。
 地下駅に着いた直後、襲撃してきた兵は一分足らずで戦闘不能にした。その後はイルセナが少々特殊な芸当を見せてディエラスを驚かせることとなった。
「まさか腕から粒子ビーム撃ちだすとは思わなかった……」
「兵器データを元に、装甲の組成を組み替えて武器にできるんです。破壊兵器としての機能をありったけ詰め込んだって言うの、あながち間違いじゃないんですよ?」
 笑顔で言ってのけるあたり、ちょっとした自慢だったりするのだろうかとディエラスは思う。
「携帯できる大抵の武器は作れます。地下通路のときの爆弾もこれで作りました」
「つくったって、それじゃ装甲の総量が減るとかそういうことは?」
「減りますけど、エネルギーの補充さえ行われていれば、生体金属って細胞みたいなものですから、増殖して大体すぐに元に戻ります」
「ずいぶん都合のいい話だなぁ。というか、火薬になるとか粒子加速器がつくれるとかわけわかんないや……」
「その辺はいいじゃないですか。それにこの金属のおかげで私の肌はいつもぴちぴちですよ?」
 心底うれしそうに言うイルセナ。ディエラスは苦笑する。
 このフロアの兵には手を出さないように言ってきている。まさか素直に従うとは思わなかったが、去り際に「退役しちゃおうかな……」というつぶやきが聞こえてきたあたり、地下駅の部隊と違って本気で命は惜しかったらしい。三体ほどいた機技巧人兵はそれでも襲いかかろうとしてきたが、イルセナが押さえ込んでプログラムを書き換えてしまった。いささか都合のいい機能を持ちすぎだと、ディエラスはさきほどから少々あきれていた。
 と、ディエラスは唐突に車を止める。
 それまでホバー車両が並べられていたが、その位置を境に置かれているのはまったく別のものになっていた。直線だった格納庫はそこから円形の広場に変化する。
 地上の視点では、それがなんなのかよく分からない。ただ見えているのは、四対の足らしい形をした巨大な金属の塊だった。
 見上げる。視点を上に向けるにつれて、その全貌が明らかになる。
 そこには、二十メートルを越えるほどの高さの巨大な四体の騎士が、円の中心に向き合うように立っていた。それこそが、人型兵器「DA」である。
 それはそれぞれが金、白、赤、そして蒼の鎧を着込んでいるかのような形状だった。グレー配色のフレームが腕や腰の辺りに見えている。みたところ基本となるフレームが全て同一の規格のようだが、鎧のような装甲はそれぞれがまったく違った形状をしていた。装甲には光沢があり、天井や壁面からの強烈な照明光を返していた。
 二人は軽車両から飛び降りると、蒼い鎧の機体の元に駆け寄っていく。
 他の三機とくらべ比較的細身のシルエットをした機体は、頭部の額の辺りと胸の上に薄紫色の水晶体をたたえていた。背後のあたりは照明が当たらず少し暗くなっているが、よくみれば鋭角的な二対の翼のようなものが見える。
 細面な顔面部は白く飾り気がない。そして、二つの目にあたるであろう部分は暗く、死んだような闇をたたえていた。
 機体の各部は拘束されたように大型の機械で固定されている。肩、腰、腕、足などにまとわりつくような形をしたそれには、その機体名を現す文字がペイントされていた。
リザイオ。
 細かな型番もなく、ただその名だけが記されている。
 その意味は、古代言語における「戦神」。
 戦場を駆け抜け、数多の敵をなぎ払う修羅。
 戦うことを義務付けられた神の剣に、いま命がともろうとしている。
 それが導く先は、平穏か、混沌か……。
      第一話  胎動    終
                第二話につづく





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