……かに見えた。
 彼は動かない。いや、動けてはいるが、その動きがひどく緩慢だ。
 いつの間にかレオンとカズンズの周囲に、白いもやのようなものがまとわりつき、それが彼らの動きを封じているようだった。
「な、なんだこれは!」
「ちょっとした罠に誘い込ませていただきました」
 振り向くと、イルセナはその右腕を相手のほうに掲げている。その指先が、ゆったりとした動作でゆらゆらと動いていた。
「君は一体何を……」
「空気中に散布されたナノマシンも、あれだけ集約すれば枷にくらいなりますよね。いくら強化されているとはいえ、重みのある粘性には弱いでしょうし」
 驚いたようなディエラスの問いに対し、イルセナは淡々と答えた。言っている間に、もやはどんどん大きくなっていく。腕や足はおろか、周囲の空間にさえ充満しはじめていた。
「操ってるってのか!」
 カズンズの驚愕したような声を聞いてか、イルセナは軽く眉を上げた。
「ここのナノマシンの統制は、結局のところ微弱な電気信号、つまりは電波で行われています。それに介入するのくらい、私にとってはたいしたことではありません」
 微笑んだ。
「ここまで来る間に、ありったけの量を呼び寄せておきましたので。時間稼ぎには充分でしょう? 考え方が甘いのはそちらの方です」
 言うと、イルセナは足を蹴り上げる動きを持って氷を粉砕した。
 ディエラスも青白い光の刃を足元の氷に突き刺し、割る。
 もやはレオンたちの周囲に限定して展開されているらしく、ある一定位置からこちら側にはまったく存在していない。
「行きましょう」
 そういうと、彼女はふたたびディエラスの左手をとる。二人を背後に、あゆみを進め始めた。
軽く引かれるようにディエラスは後に続く。
「ああ、ちなみに一つ」
 そういうと、イルセナは立ち止まり振り返る。
「……粉塵爆弾の原理ってご存知ですか?」
 言って小さく微笑むと、しっかりと手をとり駆け出した。
「なっ」
 レオンの声が聞こえたが、ディエラスは振り向かずに引かれるまま地下通路の曲がり角まで駆け抜ける。
 そのまま隣の建物の扉に駆け込むと、イルセナはゲート脇の小さな戸を開け、中の操作板をいじった。
 ぷしゅっと言う音とともに扉の上からシャッター、そしてさらに隔壁がおり、ロックされる。
 そこでディエラスは思い出す。
 先ほど地下から開けられた穴は、天井を打ち抜いて作られたものだった。当然、その際に照明等のための配線が切れて中がむきだしになっているわけで……。
 そこまで思考したとき、隔壁の向こう側からどんっという体に響く強烈な音がした。隔壁と足元ががくがくと揺れている。
「密閉空間で可燃性の極小の粒子が充満している際に着火すると、粒子同士が連鎖的に発火して爆発になります。いまの場合はナノマシンですが、放電を受けてショートしてしまえば同じような現象が起きると、そういうわけですね。あそこまで密集させることもないでしょうから、こういうことの対策がなされていないというナノマシン製造における盲点をつかせてもらいました」
 冷静に説明しながら、彼女は相変わらず引っ張る手を緩めない。
「皆さんはあの程度の爆発ならおそらく軽い怪我程度で済んでしまうでしょうが、いまので崩落が起きて道をふさぐように仕掛けておきました。また、引き続き残ったナノマシンがまとわりつくように先ほどこの近辺の設定自体を書き換えましたので、おそらくすぐに追いつかれることはないはずです」
 たしかに、先ほどから連鎖するように爆音が続いている。ナノマシンの連鎖爆破が起爆剤になるように他の爆弾もセットしておいた、ということらしい。
「……君は一人でテロができるね」
 率直な感想を言うと、イルセナは無表情に答えた。
「もともとそういう仕様ですので」


第十二節



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