路上の照明の下まで、彼は歩み寄ってきた。漆黒の軍服に身を包んだその姿があらわになる。距離にして十メートル。
 そのゆったりとしたあゆみとともに、手に握られた長いものが動いた。
 すっという摩擦音。抜き放たれた、反りのある片刃の長刀が、強烈な光を返した。
「……何をしている? ディエラス」
重い声が響く。
「夜のお散歩、には見えないんだろうね」
「……いつも貴様のそういう態度が気に食わなかったんだ!」
 吐き出された怒気とともに、歩みは瞬時に疾走へと変化。抜刀された刃が下段から袈裟懸けに振り上げられる。
 対し、ディエラスは前に出る。助走をほぼせずに、そのまま高々と宙にとんだ。斬撃をすんでのところでかわし、そのままレオンの頭の上を越える。
 空中で身をひねり、そのままレオンとカズンズに正対するように着地した。
 そこで、ディエラスは破壊を目にする。
 袈裟懸けに斬られたその空間は斬波となって、そのまま数メートルほど延長線上にある物体全てを切断していた。
「容赦ないね……」
「ホントだな……」
 同意はレオンの向こう側から聞こえた。斬波をかわしたカズンズがしゃがみこむように体勢を立て直していた。横っ飛びに飛んだらしい。
「この程度かわせないほど、貴様の体はなまっているわけではあるまい? カズンズ」
 ゆったりとした動作で、振り返るリオン。
 その目は、圧倒的なまでの気迫に満ちている。
「ということは、いまのは僕もかわせて当然?」
 口の端をあげながら、ディエラスは言う。
「……つくづく貴様は嫌なやつだ」
 苦々しいといった表情をするレオン。
「ちなみに、一つ教えといてやるよ。信号会話してたやつらの計画の対応は、のこりの四宝剣があたってるぜ」
 立ち上がりながら言うカズンズの一言に、今度はディエラスが苦々しい表情になる。
「まいったな、それじゃかく乱できないや……」
 あからさまに失望感をみせた。
 先ほどの信号会話の内容は、軍に対する反抗組織の襲撃計画の打ち合わせだったのだ。
「混乱に乗じて逃げ出すとは……貴様一体何を考えているのだ?」
 刀を構えなおすレオン。
「……こんなところに閉じ込められて、兵器になるのはまっぴらごめんだ、って言えば気がすむかい?」
 対し、ディエラスはナイフを強く握りこんだ。刀身が淡く青白い光を放ち始める。
「どうりで。反抗的な態度ばかりとると思ったらそういうことだったか」
「レヴィアやフラムバルトさんには悪いけどね。僕の道は、僕が決めさせてもらう」
「悪いと思う相手はあいつ等だけではあるまい」
「君は謝ったって許してくれるようなタチじゃないでしょ?」
「貴様の足元にいる、死んでいった無数の同胞たちのことだ!」
 高速で踏み込み、放たれる横薙ぎの剣。
「死人の過去など見ていたら、僕の信念はつらぬけない!」
 握りこんだナイフを、上段から振り下ろす。
 いまや、そのナイフは強い光を放ち始めていた。
 衝突。
 レオンの刀から放たれる衝撃が、ディエラスの振るった輝く刃にあたる寸前で、はぜた。
 行き所をなくした衝撃波は、足元をえぐり、周囲一体を吹き飛ばしながら、建造物の壁にひびを入れる。
 土煙が上がる。
 が、それはディエラスの周囲を円形に避けるように流れていった。
 ナイフの刃の先から、薄ぼんやりとした蒼の半透明な円形の壁のようなものが現れていた。レオンの刀は、それに触れる形でディエラスの刃から数センチほど離れた位置で止まっている。
「くっ」
 リオンはちいさく舌打つ。
「さすがは『聖護の蒼(ディフェンスドブルー』。この程度の一撃ではやぶれんか」
「伊達に四宝剣になったわけじゃない」
 言いながら、ディエラスのその表情は険しい。
「……だが、二人同時なら防ぎきれるか?」
 聞こえたのは左方からだった。この一撃の間に回りこんだカズンズが、右腕のトンファーをつきこんでくる。
 慌てた様子もなく、ディエラスは空いた左腕をカズンズのほうへ掲げる。と同時に、もう一枚薄く半透明な壁が現れ、一撃はそこで防がれれる。
「づあっ!」
 ディエラスの無理やり押し返す動きをもって、同時に壁が跳ねるように動いた。相対する二人が数メートル跳ね飛ばされる。
二人が体勢を立て直すと同時、ディエラスは軽く右腕を振るった。ナイフにまとわりつく光がその動きに応じて伸び、長剣を成す。
(とはいえ、やっぱり分が悪い。どうやってきりぬけよう……)
 思考。
 そのとき、突如かなりの遠方からどんっという爆音が響いてきた。
「向こうもはじまったらしいな」
冷静に、レオンは言う。恐らくは、他の四宝剣が戦闘に入ったことを指しているのだろう。
 だが、それにかまわずディエラスは構えなおした。隠れ蓑に期待できない以上、自力で切り抜ける以外の方法が存在しない。ここまできた以上もどる気などなかった。
 向こうも本気できている。たとえここからの脱出であれ、それが帝国に対する反逆行為であるなら、殺すこともいとわないのだ。
 つまるところ、生か死か。
「こちらも早急におわらせよう。長期戦など、面倒なだけだ」
 言い捨て、レオンはふたたび長刀を構えた。応じるように、カズンズも動く。
「そうだね。そして僕は、ここから脱出する」
「戯言を……!」
 三人同時に動いた。
 レオンとディエラスはお互い交差するような軌道で斬撃を放とうとする。
 その時だった。
 二人が駆け寄ろうとした、その中心となる位置の地面が、轟音とともに爆発した。
「なっ」
 慌てて制動をかける。飛び散る瓦礫のせいで、動きが抑制されてしまう。
 めくれ上がるような動きで瓦礫は飛んできていた。
(これは地下から……)
 地上からの地面に対する爆破ではこうも瓦礫は飛ばない。ということは、地下から押し上げるような形で爆破が行われた、ということだ。
 背後にとび、ふたたび距離をとる。この土煙の間から動きが見えないところをみると、相手側も同様の対処をしたらしい。
土煙があがる。その量はいままでの比ではなく、煙幕状態に近い。
 視界と確実な足場の確保ができない状態で、むやみに敵に突っ込むようなことはしない。戦闘の基本ともいえる。
 少しずつ、煙が薄れ始める。
 と、完全にはれきるその前に。
 何者かが、爆破の中心からディエラスに向けて飛び込んできた。
「くっ」
 慌てて構えなおすが、このタイミングでは相手の攻撃に完全な対応ができない。
 さきほどの爆発で一瞬ひるんだだけで、すぐさまつっこんできたとでもいうのだろうか。
 横なぎに切りかかる。しかし、飛び込んできた金色の影はそのまま懐にもぐりこむように突っ込んできた。
(しまった!)
 このままでは確実にやられる。そう思った。
 しかし、影はそこで急制動をかけた。ぶつかってきたのは、攻撃には程遠い柔らかな重みだ。
「んなっ……」
 思えば、ここまで近接した状態であの長刀を振るうのは難しい。
(というか、レオンはこんなにちいさかったっけ……)
 そう、飛び込んできた影は、ちょうどディエラスの鼻の位置くらいの背丈で、思いのほかその体は細い。それはまるで、今朝の……
「お迎えに上がりました、マスター」
「イ、イルセナ?」
 静かな声とともに飛び込んできた影が顔を上げる。エメラルドグリーンの二つの瞳がこちらを見ていた。
 と、急に左手を握られる。
「こちらです」
 イルセナはディエラスをひっぱり、そのまま再度爆発の中心部へ飛び込んだ。
「ええっ?」
 なすがままに引かれると、
 そのまま足を踏みはずした。
 中心部はしっかりと空洞になっていたのだ。
「うわっ」
 落下。ただ、今回は事前の準備がないので、空中でバランスが取れていない。相変わらず手を引かれたままだ。
「な、ま、まて!」
 少し離れた位置で、遠ざかるようにあわてた声が聞こえた。どうやら二人も飛び込んでくるようだ。
 落下は数秒。深さにして十メートルないくらいで着地。といっても、着地したのはイルセナで、ディエラスは手を引かれたまま、抱きかかえられた。
 降り立ったのは地下通路だ。兵舎から近隣の施設へ移動するために設けられたものである。地上に出て行けばいい、と言えなくもないが、兵舎の前は広めの車道になっており、こちらを利用したほうが早い場合も多い。
 ディエラスを抱きかかえたまま、イルセナは跳躍。着地点から距離をとる。
 上から二人が降りてきた。と同時に、ディエラスも足を地に付ける。
「今朝の機械人形か!」
 レオンが吠えるように叫んだ。
「確かによくできてんな」
 カズンズはじっとこちらを見て、感心したようにつぶやいた。
「どうして……」
 ディエラスの問いに、イルセナは正対する二人から目を離さずに言う。
「主人の危機を救うのも、従者のつとめです」
 照明がちらつく。先ほどの爆破でいくらか電気系統がいかれているらしい。白い壁が、ちかちかと少量の光を返す。
「危機を救うにしては、考え方が甘いな」
 ふたたび場所が狭くなった。そこそこの広さがあるとはいえ、壁に阻まれて下手に避けられない分、危険が増している。まして……、
「こんな場所で、私の斬撃がかわせると思うか?」
 レオンの能力。斬波の射撃は、こういった閉所ほど絶大な効果を発揮する。
「先ほどのようにはいかんぞ。その壁突破させてもらう」
 レオンが下段に長刀を構えた。
「させるか!」
 攻撃が来る前に、切りかかろうとする。しかし、
「な、足が……」
 動かない。足先が床に張り付いたように動かなかった。みると、ブーツの周りが氷化している。いまになってその冷たさがきた。
 レオンの後ろで、カズンズがしゃがみこんで床に両手をついている。
「にがさねえぜ」
 にやり、と不敵に笑った。
 ブーツを覆うように、巨大な氷が張る。イルセナも同様に、足元を固められていた。
「ぐうっ」
 うなりながら、右腕をふるって剣先を相手のほうに向ける。ふたたび半透明な傘が現れた。隣接するイルセナも防げるように、先ほどよりも大きめだ。
「ムダだ。壊れた人形なんぞ選んでしまった己を呪うがいい!」
 レオンの刀の周囲の空間が揺らめいている。
恐らくは先ほどのようなえぐり切るものではなく、より鋭利な切断を放つつもりだ、とディエラスは感覚的に察した。
KEYの力はイメージに乗る。そのイメージが鮮明で精密であるほど、効果はそれに準じたものになっていくのだ。空間の素子を重力子に変え、一方向に集約して叩きつける彼の能力は、少々の溜め込みの間にイメージを練りこんでいるはずだ。
(今度は本当に耐え切れないかもしれない……)
 ディエラスの首筋を冷や汗が伝う。
 イルセナは相手を凝視したまま、動く気配がない。
 レオンが動く。
「ぜあああああああ!」
 覇気を放ち、彼はその刀を袈裟に振り上げる。


第十一節



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