「……本当に、仕組んではいなかったのか?」
初老の所長はリナルドに問いただす。
リナルドは目の前の操作卓のディスプレイから目を放さない。
「当然じゃないですか。廃棄にも同意したものにどうしてそんな処置をしなければいけないのですか?」
操作卓の横の大型の四角い機械から、数本のケーブルが部屋の中央に向かって延びている。
部屋の中央では、またイルセナが黒い機械のうえで眠りについていた。ケーブルは、彼女の側頭部にある装飾管に似せて作られた機械に接続されていた。
「あなたならやりかねんよ、副所長」
怪訝な顔をして所長は言う。
「……出て行っていただけますか。いまは修正作業に集中したいので」
振り向きもせず、リナルドは咎めるような口調で言い放つ。
所長は何も言わずに、彼のそばを離れると、部屋の出口へと足を進めた。
軽い駆動音がした後、所長は一度振り返った。
「……がんばってくれたまえ」
それだけ言って、出て行った。
部屋には作業を続けるリナルド一人。
照明はついているが、いくつか消されておりほんの少し薄暗かった。
静かだ。
ただ、各所に設置された機械の駆動音、そして、操作卓を軽く叩く音だけが響いていた。
時折、小さな電子音が鳴る。
小さな雑音しかない、寂しい世界がそこにあった。
ふっと、リナルドは手を止める。席から立ち上がった。
振り向き、イルセナに近寄る。
その手を、イルセナの手と重ねた。
じっと、その顔を見つめる。
リナルドの唇が、かすかに震えた。
眠ったまま、相変わらずイルセナはぴくりとも動かない。
数分がたった。
静謐な時間が続く。
そのまま、そして静かにリナルドは動いた。
その手を離し、そして、口を開いた。
「お前がなぜ、あの人を選んだのかはわからんが……お前が生き抜くために、できる限りのことをしてやろう。それが私の……」
第九節
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