「で、予定を大幅に変えて、もらっちゃったってワケか」
食堂、賑わいを見せるこの場所の片隅で、ディエラスとカズンズは向かい合いながら食事を取っていた。ディエラスは麺類とサラダ、カズンズはスープをすすりながらパンをかじっている。分量としてはカズンズの方がはるかに多い。
現在かなりの人数がこの場所を利用しているが、彼らの周りにだけ人はほとんどいなかった。
「あの娘だけはプログラムがぜんぜん違うから、それ用に修正したりするとかでまだもらえてはいないんだけどね」
「もらうとかいうと人買いみたいだぞ、お前」
「それ似たようなことレヴィアにも言われたよ……」
ディエラスが決めた直後に一度各自が選んだ機体の顔合わせのようなものを行ったのだが、レヴィアが真っ先にディエラスに言ったのは、
「……大丈夫? というかそういう趣味だったの?」
だった。三人そろって物凄い怪訝な顔をしていたのをされたが、ディエラスは苦笑しながらもそれを受け流した。
機体自体はその後また研究室に戻され、先ほどディエラスが言ったように現在調整中で彼の元にはない。
他の3人は全員が機体を持ち帰っている。レヴィアは鳥型で完全サポート重視。フラムバルトは大型で重装甲な兵器然とした人型タイプ。彼は自分の趣味に合わせて選んだと言っていた。
レオンは予測どおりティン型だった。どうやらイルセナとは同様のコンセプトで、性能を落とし量産性を向上させたものを同時に開発していたということらしい。
「みんな結構好き勝手選んでたよ」
「お前は好き勝手しすぎだと思うんだが?」
「いいでしょ別に。もったいないじゃない廃棄なんて」
ちょっとむっとしたような表情をしてサラダを口に運ぶ。さくさくと音を立てながら租借していると、あいているディエラスの一つ向こう側の席に二人の男達が席に着いた。
向かいに座るカズンズは黙々とパンをかんでいた。彼の前には数種のパンが並んでいるが、なかでも一番噛み応えのあるやつのようだった。
二人とも黙々と食べているように見えるが、今座った一組に対し、少々の注意を払っている。
理由はたいしたことではない。彼ら二人の顔を知っている人間は、彼らに近づくことを好まないからだ。
隣の二人の階級章は争尉のものであるが、それが果たして本物であるのか、すこし疑ってみる。
軽い談笑をしながら食事を取る二人に対し、目を向けず意識を向ける。
「もったいないとか言う次元の問題じゃねえとおもうがなあ……」
とりあえず会話を続ける。
「いいよいいよそうやって変態扱いしてくれればさ……」
「ところで、午後の演習の準備は大丈夫なのか?」
カズンズは無難な内容に話を変える。
「ん? ああ、そういえばまだだ……」
ここで、彼らはある変化に気がついた。
隣の二人の方向から聞こえてくる「音」に、それはあった。
会話は普通に行われている。皿に手持ちのスプーンをぶつける音をたてながら。
そう、この若干高い金属音。普通に食事を取っているようにしか聞こえないのだが。
(信号会話……しかも暗号化までされてるな)
何気ない動作の中に、特定の意味合いを含んだ音の順番などを組み合わせて行われる特殊なやり取りだ。無声会話などと違い、お互いが共通の規格を持っている場合にしか使えないより難度の高い高等技術である。
本来なら暗殺者の間や諜報部の人間などがあつかうもので、一般的な争尉レベルの兵士が覚えているようなスキルではないことは確かだ。
おそらく周りの人間なら、そんなことには気がつかないだろう。だが、この二人の場合は少々勝手がちがうのだった。
ディエラスとカズンズは悟られないように食事のペースを落とした。
かちゃ、かちゃかちゃ、という音が、かなり自然に聞こえてきている。
すでにディエラスが麺類を食し終えていたことが幸いして、カズンズと二人して同様の音を発することがないのは好都合だった。
こちらは彼らと同様の規格がないため、暗号化されたそれを理解するのは多少の時間がかかる。恐らくは二人の会話の内容に解読キーが含まれていると踏んで、その両方を聞き分けていた。
「ちゃんと自分が使う分チェックしとけよ」
耳を傾けてこそいるものの、不自然に会話を途切れさせないようにする。
「毎回毎回ご忠告ありがとうございますね……」
「当たり前だ。初日で暴発させて教官の頬に跡残したのはどこのどいつだよ」
「いいんだよ、あの人顔そんなによくないんだから。ちょっとくらいかっこよくなったんじゃない?」
そんな会話を続けること数分。ディエラスたちが食べ終わる頃には、隣の二人も食事を終えて席を立っていた。連絡は食事中にすむものであったろうから、終わってしまえばここに用はないのだろう。
「……なあ、どうだった?」
二人の姿が食堂から消えるのを確認して、小声でカズンズが聞いてくる。
「そっちは解読できた?」
ディエラスが問い返す。
「ダメだった。俺はこういうの苦手なんだってば」
軽く顔を伏せるカズンズ。
「……ごめん、こっちもちょっとムリだった」
一瞬の間をおいて、ディエラスは答える。
「そうか……とりあえず諜報に回しとくか?」
「音の記録とり損ねたからねえ……。一応二人の容姿つたえてチェックだけでもさせとこう」
しかし、いまから捜索をかけて見つけられるのかはわからないとディエラスはおもう。ただ、こういった連絡方法をとった以上、同じ格好で、周りから怪しまれないように引き続き歩き回らなければならないものがどちらか一方にいる、という可能性は十分に考えられた。そうでなければ、もっと影の部分で連絡をとりあえばいいわけだから。
「そうだな、演習始まる前に俺が言っとくわ。お前は最終調整あるんだろ?」
「うん、今日でたぶん終わる。式典は来週だし……っと、そろそろ行かないと」
席を立ち、皿に手を添える。
「ああ、それも出しといてやるよ」
「ん、ありがと。じゃあ先行くね」
カズンズの好意に甘え、ディエラスは皿から手を離して、そのまま食堂の出口へと向かおうとした。
「んあ、ちょっとまて」
と、カズンズに引き止められる。
「なに?」
振り返ると、皿を重ねながらカズンズが立ち上がろうとしていた。
「お前がその、イルセナだっけ? それを選んだ決定打って、一体なんだったんだ? なんかなけりゃ、そんな物騒なもん選らばねえよな」
「そうだね……しいて言うなら、僕に似ていたから、かな」
それだけ言うと、カズンズの表情を見ずに彼はふたたび出口に足を向ける。
食堂を出るまでの間、常にどこからかの視線が付きまとっているのは毎度のことなので慣れてしまったが、相変わらず肩身が狭い気がしてならない。仲間だ、という意識を持ってもらえないのかと思うと、ほんの少し悲しくはあるが諦めなければいけないのだろう、といままで言い聞かせてきていた。
(異端、か……)
食堂を出て、その足取りを兵器格納庫に向ける。といっても、地下列車で十分ほどの移動を行う必要があるので、向かうのはエレベーターだが。
人がいないエレベーターに乗り込む。地下駅行きを指定すると、小さな揺れとともにエレベータは動き出した。ため息を一つつく。
「……夕の六刻、警備の薄いB棟の情報センターからG棟へ向けて、か……」
かすむような声でつぶやいた。
「……潮時かな」
つむがれた言葉はエレベーターの駆動音にのり、震動とともに流れて消えてゆく。
第八節
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