「……へ?」
 ディエラスは間の抜けた声でその挨拶に答えた。
 イルセナはその微笑を崩すことなく、だまってディエラスのほうを向いたままだ。
 ディエラスはリナルドに視線を移す。
「……私は、この機体の主を設定した覚えはないのですが」
 不思議そうにリナルドはイルセナを見る。
「主人というのは、誰のことだい?」
 リナルドは問う。すると、イルセナはリナルドに向き直り、再度口を開いた。
「お名前は存じませんが、そちらの銀色の髪の男性です」
「…………」
 その場の誰もが無言になる。名も知らぬ相手を主と呼ぶ、この機体は一体なんなのだろうか。
「最後の最後で言語中枢がいかれたのか……」
 リナルドは絶望したように肩を落とした。考えられる要因は大体そんなところだったのだろう。
「……くっ……」
 突如、ディエラスは小さな呼気を漏らす。
「くっ……はっ……はははっ!」
 漏れる呼気は次第に連鎖し、いつしかそれは笑い声になっていた。
「あははははは! なんだろう、一体なんなんだ? ふはははははは!」
 あまりの突然さに、リナルドと研究員は固まったようにディエラスを見ている。当のディエラスは腹をかかえて笑い続けていた。
「おもしろい! リナルドさん、さっきこの機体が起動した原因はわからないんですか?」
 不意の質問に、はっとしたかのようにリナルドは先ほど警告音を上げた機械に近寄り、なにやら操作をはじめた。
「だめです、原因はさっぱり……」
「ということは、これは勝手に動き出して、勝手に僕を主人と認めてしまったわけですね?」
「ええ、そうなりますね……」
「おもしろいな。最強の性能を得た兵器。戦えない兵器。予定外の行動をする壊れた兵器。そして少女ときてる……」
 いつのまにか笑ってはいなかったが、その顔は妙にうれしそうだ。
「……決めた」
「え?」
 一息おいて放たれたその言葉に、二人は唖然とする。
「この娘は、僕が引き取らせていただきます」
 一瞬空気が固まった。
「ちょっとまってください、そんな……」
 うろたえる研究員に対し、ディエラスは憮然とした態度で答える。
「廃棄処分になる予定だったのでしょう? だったら別にもらっちゃったって問題はないはずですよね」
「まともな動作をしていないのですよ? 実用以前に何が起こるかわからないものを……」
「そんなことはかまわないですよ。どこかで自爆しようが、突如僕に襲い掛かろうが、それは僕の責任になるだけだから。責任の矛先がここの皆さんに向かなくなる処置は施します」
 笑顔で言うディエラス。そして、リナルドの表情は先ほどよりも若干明るかった。
「そうですね、そういうことなら……」
「ちょっとまってくださいよ、ディエラス特別争爵はサポートドライバとしてその機体を選ぶのですか?」
 研究員の慌てたような質問に、ディエラスは軽く眉を寄せた。
「そうですね、この娘もらえちゃえばサポートドライバ任せられそうですから」
 ディエラスはさらりと答えた。
「し、しかし……」
「何か問題があるなら、責任者に僕が直接交渉します。異論はありますか?」
 その一言で、研究員は口をつぐんだ。
 そして、ディエラスはリナルドに向き直った。
「……廃棄されるのと、僕が使わせてもらうの、どっちがいいですか?」
 じっと、目を見つめる。リナルドはかすかに動いた。
 メガネが一瞬光を返し、その後には、彼の目は笑っていた。
「不安はありますが……使っていただけるのなら私はかまいません。作り手としては、廃棄されるよりはそのほうがいい。よろしくおねがいします」
 その一言を聞いた後、ディエラスはイルセナに振り向いた。一歩踏み込み、その右手をそっとイルセナの頬に寄せる。そして、微笑んだ。
「はじめまして。僕が君の主人になるディエラス・ウォークライスです。僕の声を、僕の姿を、そして僕の名を、しっかりと覚えるように」


第七節


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