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…………呼んでる…………
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 一つなぎの巨大軍事施設「ファマルダ」。帝国首都に隣接する形で建造されたそれは基地というよりは要塞都市といったほうが正しい。
 兵器庫や宿舎のほか、研究機関や演習場はもちろんのこと特殊兵育成施設も数多く存在する。
 それぞれのセクションでは独自のテーマを持って育成、研究開発が行われている。
 ディエラスが降りたホームはそんなセクションの一つ、主に機械でできた人工動物や「機技巧人」と呼ばれる人造人間型の兵器開発を担当する研究施設の地下だった。
 軽快な音とともに背後の扉が閉まる。列車はそのまま加速を始めた。風が起こり、髪があおられる。
 見回しても、辺りに人は……
「……ディールくーん!」
「ぐぇっ」
 背後からチョークスリーパーをかまされるディエラス。気配を感じさせずに突如入れられたそれは油断していたディエラスを容赦なく一瞬でレッドゾーンまでもっていく。
「ぎ、ギブ……」
 首に回された細い腕にかるくタップをかけると、すぐさま開放された。軽く咳き込む。
「大丈夫? まさかそんなにあっさり入るとはおもわなかったよ」
 軽く背に手をあて、覗き込んできたのは若干くせのある赤髪をセミロングにした若い女性だった。その茶色の瞳は、瞳孔が縦の楕円を描いており、側頭部から頭のてっぺんへ向かう間に正三角形にちかい形をした大きな耳が突き出している。
「君はほんとにいつも容赦ないね……」
「なにいってんの。ディル君がふにゃふにゃしすぎてるのよ」
 堂々と正面に立たれて腰に手を当て、ふくらみのある胸を張られるとさすがに言い返せない。
「……よく言われるよ。今朝も言われたし」
 ディエラスは苦笑する。対して女はにかっと笑って見せた。彼女の背後でふらふらと赤く細長い尾が揺れている。
「ま、君のそういうとこが好きなんだけどねーアタシは!」
 そのまま両手を広げて、ディエラスに抱きつこうと近づこうとしたところで、その動きが止まった。それは後ろにいる人影から引き止められているかららしい。
「にゃっ」
「そういうラブコメは終わってからにしろ」
 彼女の頭より少し高い位置から低めの男の声が響く。たてがみの様に広がった金に近い茶の長髪が印象的な若い男だ。目つきは刃物を突きつけられているような鋭さを持っている。
「いくら現地集合で時間を適当に指定したからって、遅すぎやしないか? ディエラス」
 男はぐっとディエラスを睨みつける。その黒い瞳の中、円形の瞳孔に吸い込まれそうなつよい力がある。
「そんなに遅かった? 待たせてたようなら謝らないとね」
「いや、そんなに気にする必要はないさ」
 相対する男の背後から、それよりかなり背の低い男が現れた。3人よりいくらか年若そうだ。すこしウエーブがかった短い黒髪に白い肌。さらに三人と同様の黒い軍服。軍服越しにみる体は、およそ鍛えられているようには見えない。全体的な雰囲気から一見まるで子供のように見える。
「レヴィアも僕もついたのはちょうど十分前。一時間前から来てるレオンが早すぎただけのことだね」
「フラムバルト、余計なことをいうんじゃない」
 レオンと呼ばれた男が振り向き咎める。対するフラムバルトはにこにこと笑っている。
「まあ細かいことはどうでもいいじゃない。それに一応予定時間通りだ。そろったことだしそろそろ行こう」
 フラムバルトは3人を促して背後にある扉へと足を向けた。レオンは仕方なさそうに掴んでいたレヴィアの襟首を離し後に続く。ディエラスも足を向けようとしたところに、開放されたレヴィアが抱きついた。
「ん〜ラヴ〜♪」
「ら……ラヴ〜……」
うれしそうに言うレヴィアにつられて、軽く眉をハの字にしながらディエラスは答えた。
「おいていくぞ」
 振り向かずにレオンがいう。ディエラスが足を動かそうとするが、レヴィアは離れようとしなかった。
「れ、レヴィア、そろそろ……」
「いやー」
「…………」
 ディエラスは軽くため息をつき、
「じゃあせめて後ろに回ってくれる?」
「は〜い」
 首に腕を回したまま、レヴィアはのそのそとディエラスの背後に回った。そのままレヴィアを引きずるようにして歩き出す。
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 エレベーターを用いて、建物のさらに下層へ。地下へいくほど重要度の高い研究設備や資料庫が存在するが、その理由は単純。地殻という名の防護壁による外部攻撃に対する防御を得ることと、進入経路の断絶にある。
 エレベーターの中、いま5回目のセキュリティチェックを越えた。各自の体に仕組まれたナノマシンによる信号により、階級や個人情報などが一瞬でチェックされる。
 各施設はおろか、この基地全体が散布されたナノマシンにより管理されている。空気清浄、滅菌から清掃、各人の体調管理、いまのようなセキュリティチェックにいたるまで、幅広い利用がなされている。なお、実際マシン自体の大きさはマイクロサイズなのだが、部品の大きさがナノ単位になっているものがあるため、この呼称になっている。
 ちなみに、このセキュリティチェックを越えられない場合、即座にエレベーターが停止しそれ以降の階層にはいけないようになっている。無論、非常階段も存在するが、これもチェックを越えられない場合、階段にいたる扉は開かない。
 また、有事の際、機械による認識ができずに脱出不可能な状況に陥ったときのために、手動で使用できる小型シェルターも設置されていることを付け足しておこう。
 地下二十五階でエレベーターは停止した。
 開かれた扉の先に待つのは、数人の白衣男たちだった。その下には黒い服が見えている。ディエラスたちとは違い、ポケットの数は少ないデザインではあるが、規格の似た軍服である。
 メガネをかけた、色素の薄い金髪の初老の男が一歩まえに出てきた。恐らくは責任者、所長といったところだろうか。
「お待ちしておりました」
 右腕を胸の前に水平に挙げた。背後の男たちもそれに合わせる。ザフュセル軍の敬礼である。
 答えるように、ディエラス達も同様の動作をする。
「わざわざこんな時間にすまないね」
 先頭に立つフラムバルトが微笑みかける。
「いえ、こちらこそ四宝剣の皆様をこのようなところへ……」
「いや、そのことについてはいいよ。時間も詰まってるいし、早々にはじめてくれ」
 初老の男は一瞬困ったような顔をしたが、すぐさま表情を改める。
「わかりました。それではこちらで用意した各機体の説明をしながら部屋を回ります。資料を用意しましたのでFHHD(フリー・ハンド・ヘッドアップ・ディスプレイ)を開いてチャンネルを7に合わせてください」
 いわれて、四人はジャケットの手首あたりに添えつけられた小さなディスプレイを備えた操作板を指先で軽くなぞる。直後、それぞれの胸の前あたりに小さな光の粒子がどこからともなく集まり始め、十センチ四方の青白い光を放つ正方形を形成。光の落ち着きとともにそこに半透明な画像が映し出される。空気中に散布された発光素子を持つナノマシンをもちいたディスプレイだ。
 ディスプレイから視線をまえに戻すと初老の男の前にもそれは現れていた。すでに向こうはこちらに向き直っている。
「各部屋毎に情報が更新されます。それでは獣型の機体から……」
 初老の男の後ろに立つ男たちは、それを合図に散開した。各研究室に戻って説明の準備でもするのだろうか、とディエラスは察する。
 去り行く男たちの後姿に、ディエラスは嫌な気分を感じた。
(やっぱり、恐れられてるな……)
 エレベーターから降りた時点で、そんな感じの視線は気取っていた。
 もっとも、彼らにとってはもう日常的なことではあるのだが。彼らはこの軍の中でも「そういう存在」である。
「では、こちらに……」
 初老の男に促され、奥へと続く廊下を歩き出す。白色のライトで鮮明に照らされた廊下は、壁の汚れ一つ見当たらない。
 かつ、かつと複数の靴音が響く。



第三節


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