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夏色の風景

       

 毎年夏になると僕は旅に出かける。どうしても旅に出たくなるのだ。そして、どこ へ行っても、どんな旅であっても、いつも心の中に新しい風が吹き込まれていた。  昨年の旅は失恋した心を慰める旅、その前の旅は受験から一時的に解放されたいと 思う一心からの旅、その前は自分が旅立つための旅、その前は…。そう、僕の旅はい つも何かを背負って始まっていた。そして、帰ってくると、その重い荷物は全くどこ かへ消えてしまっている。  だから僕は旅に出たくなる。あまり忙しくない、ゆっくりとした旅に…。  去年の8月X日、夜9時頃、上野駅。僕は旅立とうとしていた。あまり大きくない バックを一つ抱えて…。  「今ごろ、彼女は何をしてるんだろう。」  ふと、そう考えていた。一週間前、彼女といつもの公園で会って、そこで別れを告 げられた。…そんな予感はどこかでしていた。自分があまりに情けなかった…。  あの瞬間、黙って頷いてしまったのは何故なんだろう。なぜ、彼女を引き留められ なかったのだろう。  その時、初めて彼女の涙を見た。何度も「ごめんね。」と言って、しゃがみこんで しまったあの時の彼女の姿を見ると、僕は何もすることができなかった。  夏の日にはあまりにも似合わない光景だった…。  向こうの方から僕の乗ろうとしている列車が入ってきた。眩しいヘッドライトの光 に思わず僕は目を潤ませていた。  夏休みなので、いつもよりホームに多くの乗客が待機していた。向こう側のホーム には「八甲田」に乗る乗客がいた。ほとんどがバイクを持つ若者だった。きっと青森 から船で北海道に渡り、ツーリングを楽しむのだろう。  青空の下、広い大地を駆け抜ける爽快感。後ろに彼女を乗せて…。昔、そんなこと に思いをめぐらしたこともあった。二人で北海道を旅することも、今となっては遠い 夢物語となってしまった…。  …もういいじゃないか。なんのために旅に出るんだ?彼女を忘れるためじゃない か。帰ってきたらそれはもう遠い思い出になるんだ。  扉が開いた。僕は「津軽」に乗り込んだ。


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 簡易リクライニングシートに身を委ね、いつの間にか深い眠りに落ちていた。目を 覚ますと既に福島を通過し、板谷峠にさしかかっていた。  山形新幹線ができたことにより、ここの名物であった、列車のスイッチバックの光 景が見れなくなってしまった。列車の旅が好きな人にとっては一つの悲しい出来事 だった。時代の進歩とともに消えゆく者は、やがて人々の記憶からも消えてゆく。 「寂しいよな…」  真暗闇の車窓を見ながら、僕はふっと呟いていた。  まだ夜が明け切らないうちに、山形駅に着いた。僕は眠気眼でホームの階段を上 がって行った。山形新幹線開業で、この駅も真新しくなっていた。しかし、この駅に 着いた時点では、何の店もやっていなく、人影もほとんどなかった。  僕は、そこから普通列車で、福島方向へ少し上って見ることにした。その頃にはも う夜が明けきっていて、早くも真夏の暑さが肌で感じられてきた。  3両編成の真新しい銀の車体は、やはり新幹線ができたことによって作られたもの だった。しばらく僕は途中の無人駅で降り、ホームから通過する新幹線をカメラに収 めていた。鉄道の走っているその風景だけが異世界に見えた。  それから再び山形に戻った。途中で、かみのやま温泉に立ち寄り、外湯につかっ た。昔ながらの情緒漂う温泉街だったが、暑さでせっかく外湯で流した汗のうえから また汗が流れてきていた。僕は暑さをしのぐ形で再び列車に乗り込んだ。  窓の外には、青い空にくっきりとした緑の山々の色のコンスタントが鮮やかに映っ ていた。  車内には、時々高校生が乗り込んできた。多分、弓道部の練習なのだろう。大きな 弓を持っていた。彼女たちの笑顔を見ていると、つい、こっちも微笑ましくなってし まう。僕にもあんな頃があった…、と言っても、まだ高校を卒業して1年も経ってい ないというのに、なぜかもう遠い昔のような気がしてくる。  僕の通ってた高校は駅から20分くらい歩く。途中に長い坂道があって、そこを上 り下りしていくのが常だった。紺色のブレザーを着た高校生がぞろぞろとその坂を、 語り合いながら、笑いながら、その長い長い坂道を上っていく風景が頭のなかをよぎ る。  その風景の中に、彼女もいた。それからもう一人…。 〜昼休みが終わり、五時間目の授業が始まる。  午後の優しい陽射しは、教室中にアンニュイな空気を運んでくる。  先生がせっせと板書するチョークの音だけが耳に残る。  一番窓側の真ん中の辺りにいた彼女を、僕は後ろからいつの間にか視線で追ってい た。  彼女はぼんやり外を眺めている。その視線の向こうには、大きなケヤキの木が一本 立っている。  何を思っているんだろうと考えながら、ふと教室を見渡すと、彼女に送る視線がも う一つあるのに気がついた。 「ああ、噂は本当だったんだ…」  彼女に視線を送っていた彼こそ、僕の失恋を決定づけた張本人であった。〜


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 それから僕は仙山線の快速列車を利用して、仙台へ向かった。途中には山寺、作並 温泉といった有名な観光地があるが、降りてゆく人の行列を見て、行く気が失せてし まった。また、目的地の仙台も例外ではなく、丁度、日にちが七夕祭と重なり、駅構 内にある大きな飾りが観光客を迎えていた。  仙台の駅ビルから一歩外に出ると、ムッとするような暑さが襲ってきた。僕は足早 に予約してあった宿に向かった。  「中央通り」と言う、道が完全にアーケイドで覆われている通りに沿って、僕の泊 まる宿があった。近くにはゲームセンターが何軒かあり、その頃流行っていた『UFO キャッチャー』に人が集まっていた。 〜「あれ、欲しいな〜」  「ン?どれ?」  「あの、お馬さんの。」  「ラッシュアワーね。んー、いい馬だったなあ。」  「強かったんだ。」  「ああ。あの馬はねえ…」〜  いつだったか、放課後に繁華街にあるゲームセンターで同じものを彼女とやったっ け。結局、あの時ラッシュアワーは2000円かけても取れなかった。  その後、あいつと彼女がそのゲーセンで同じゲームをやっているのを見かけた。あ いつに何かとってもらって、嬉しそうにしている彼女の笑顔が目に焼き付いた。  彼女とぎくしゃくしだしたのはその頃だった…。  そんなことを思いだしながらそのゲーセン街を通り過ぎると、「ジャンジャン横 丁」という狭い路地があって、雰囲気のある飲食店が軒と並べていた。お腹も減って いたので僕はその中の1軒に入り、軽い夕食をとった。そして、店の人に宿の場所を 教えてもらった。  予約してあった宿は、その通りの目と鼻の先にあり、すぐに見つかった。僕は宿に 入り、チェックインを済ませ、部屋に入ると、すぐにシャワーを浴びた。  その夜、僕は手紙を書いた。内容はありきたりの季節の便りにしたつもりだった。 宛名が問題だった。もちろん、彼女に宛てた最後の手紙にするつもりだった。最後の 最後、眠りにつくまで彼女の名前が書けなかった。 「意気地無し…」 自分でそうつぶやいていた。  結局、その手紙は、投函されることはなかった。  翌日の朝、僕は、チェックアウトを済ませ、宿を出た。その隣のビルの2階にある 喫茶店に入り、窓際の空いてる席にすわると、近くにいたウエイトレスに、ベーコン エッグサンドとコーヒーを注文した。  ちょうどその日は、七夕祭りの初日で、この通りにも、大きな飾り付けがしてあっ た。僕も、朝食を終えたら、この飾り付けを見て、帰るつもりでいた。  ウエイトレスが注文したものを持ってきた。その時はっとしたのは、そのウエイト レスの顔が、ちょっと彼女に似ていたからだ。やっぱり、どこかで忘れられないでい る。このまま帰るのもなんだな…。  そう思いながら、手元にあった仙台の街の観光マップを何気なく眺めた。 「あ、そういえば、ここに行くのを忘れてた。」  いつか、現代文の先生が仙台を訪れたときに、気に入ったと言っていた所があっ た。それは、『定禅寺通り』という並木道だった。僕も、仙台に行くことでもあれば 行って見ようと思っていたのをすっかり忘れていたのだ。


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 朝食を食べ終え、さっきのウエイトレスにお金を支払って、その店を出た。そし て、地図を頼りに、その通りの方向へ歩いていった。  大きな道に出れば、すぐに分かりそうな通りだったが、細い道を入ってしまったの で、迷いそうになった。途中に、『河合塾文理』という予備校があって、その入り口 の所に、同世代の若者が群がっていた。そこで、一人で煙草をふかしていた男に道を たずねた。 「『定禅寺通り』っていう通りに出たいんだけど…。」 「あ、この道をまっすぐ行けばぶち当たるよ。」 「ありがとう。」  お礼を行って、その場を立ち去ろうとした後ろで道を聞いた彼がつぶやいた。 「さっきも同じ事を女の子に聞かれたな。どうしたんだろ今日は。魔女宅のグッズで も売ってんのかなー。」  とにかく僕は、彼のおかげで、その通りに出ることができた。  深緑の並木の中を歩いていると、いやでもあの頃のことを思い出してしまう。ここ に来たのは失敗だったかな。そう思って帰ろうとすると、 「待って!」  という声がした。どこかで聞いた声だった。向こうのほうから走ってくる影が見え た。その影が近づくに連れ、顔が紅潮していくのが自分でも分かった。 「まさか…。」  そのまさかだった。間違いなく、走ってきたのは、彼女だった。 「どうして…、どうしてここにいるの!?」 「こっちが聞きたいよ。どうしたのさ。」  とにかく、近くの喫茶店に入ることにした。窓際の席をとり、ウエイターにブレン ドを2つ注文した。 「まず、あなたに謝らなければいけないわ。」  彼女が、こう切り出してきた。僕は、訳の分からないまま、彼女の話を聞くことに なった。 「彼…はね、私のことを本当に好きじゃなかったの。私もあのときは、いつまでも彼 の傍にいたいと思っていたわ。あなたより彼のほうが好きだったのよ。でも、彼は、 そうじゃなかったの。彼は、私を遊びの対象としか見ていなかったのよ。そんな彼の 気持ちを知った途端に私、冷めちゃったの…」  コーヒーが来た。砂糖を入れ、かき回す。そんな彼女の仕草が妙に大人っぽく見え た。前に会ったとき着けていた指輪も、その時には着けていなかった。 「それで、結局彼とは別れたの。そしたら、不意にあなたの顔が浮かんできたのよ。  …そう、確かにあの日まであなたの優しさが煩わしかった。でも、あなたと別れた と感じた瞬間、心の中に穴が開いてしまったの。その時に気付いたのよ。何か私はと ても大切なものをなくしてしまったって…。そして、本当に好きなのは彼じゃないっ て…。都合のいい女だって思うでしょ。ごめんなさい。あんなこと言って…。」  彼女の瞳から涙があふれてきた。僕はハンカチを渡した。 「ありがとう。」 「でも、なぜ、ここに来ていたの?」 「いつか、現代文の先生が言ってたじゃない。この通りの欅のこと。それで、いつか 来てみたいとは思っていたのよ。だって、東京にいたって、あなたのことしか考えら れなかったのよ。それで、あなたを忘れるために旅行に出ようと思ったの。でも、逆 効果だったみたい。」 「それじゃ、僕と同じだ。君のことを忘れようと思っていたのに、かえって、君への 思いが強くなってしまったみたいでさ。」  それから、二人で、同時に吹き出してしまった。 「おかしいよね。忘れようと思っている人と、お互いにこうやって、向かい合って話 してるんだからさ。」 「ねえ、今でも私のこと忘れようと思ってる?」 「どうかな。君が、今でも僕のことを忘れようと思っているんだったら、僕もそう 思っているだろうね。」  僕はいたずらっぽく笑ってみせた。彼女は一瞬、きょとんとしていたが、僕が笑っ ているのを見て、 「もうっ!」 っとすねてみせ、それからまた吹き出すようにして笑った。彼女の笑顔を僕はここで 久しぶりに見た気がした。 「それで、君はこれからどうする?」 「何も決めてないのよ。ねえ、今日から七夕祭りだったのね。私、何も知らないで来 たから、すごい人ごみで、驚いちゃった。」 「そう。僕は七夕を見て、今日中に『スーパーひたち』で帰るつもりだけど…。」 「それじゃ私もそうする。新幹線で帰らないところがあなたらしいわね。」 「そうかな…。」  僕は照れて頭を掻いていた。 「いつも言っていたじゃない『旅はゆっくり楽しんだほうがいい。だから新幹線は使 わないんだ』って。」 「そんなこと君に言ったことあったかなあ。」 「何度も聞かされた言葉よ。」  それから僕らは、お昼過ぎまで七夕祭りを見物して、「萩の月」と「笹かま」を 買って、『スーパーひたち』で帰路についた。  隣の席で、いつの間にか僕の肩にもたれかかって眠りについてしまった彼女の顔 が、とてもいとおしく見えた。  窓の外は、田園風景から夕暮れの都会の風景へと変わっていた。 the end


「夏色の風景」

 1993年ごろ書いていた作品で、大学のサークル会誌に掲載する予定でしたが、結局は当時の会誌のコンセプトとかけ離れていると判断され、没になった作品です。
 文脈上、おかしくなっている部分が多々あったので修正を加えていますが、まだまだ、書き直したい部分がありますね。ううん、このまま出しちゃって良かったのか?  まあ、私の思い出の作品ということで、ご容赦を(^^;。

(C)1998-2001 North&South