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1年後にふりかえってみて。そうか。あれから1年が過ぎようとしているのか。 この間に、いろいろなことがありました。一番大きいのは、やはり、母親の死です。 書き出しの新宿の描写に出てきたJR東京総合病院は、母の最期を看取った場所になってしまいました。でも、この旅に出ていた頃は、とても元気で、仕事もやっていたのです。だから、安心して旅に出たというのはあります。 今になって思うと、あの頃の自分は、自分のことで精一杯でした。こうやって振り返る間もなく、仕事(アルバイト)や大学にとりつかれていました。病気もしましたし。 でも、この旅によって、少し、そういったものから解放された気がしました。北海道に来て、 「あ、やっぱり自分は追いつめられていたのか。」と気が付いたのです。 自分では全然追いつめられたなんて思っていませんでした。だって、自分のやりたいことをやってきていたわけですから、追いつめられると言う方がおかしいというのがそれまでの考えでしたから。 じゃあ何に追われていたのかと具体的に問われるならば、何だろう。あのころ、よく人間関係で悩まされていたような気がします。 それも、一回そこから離れて、外から視線を当てることによって、何とか解決できたと思います。 旅は私にとって心の清涼剤であります。旅に行く毎に、自分が変われるような気がするのです。 何がそうさせるのか、観光学的に見れば、あるいは心理学的に見れば、答えはとっくに出ているものなのでしょうけど。それはそれとして頭の隅に置いといて、私は自分なりの答えを出してみたい。そのあたり、かなり自分はエモーショナルな人間だと我ながらに思うのです。 北海道では、いろいろなことを考えました。いい空気をすいながら、心が透き通るような景色を見ながら、風の音を聞きながら。 そしてそれからまた、変わった自分がいます。正月に、久しぶりに会った親戚からは 「(性格などが)180゜変わった」とまで言われてしまいました。 確かに、私は中学のころまではすごく暗い人間と思われてましたからね。また、自分がそういう風に見られているという自覚もあったし。喋ることが苦手だったし。 高校に入って、それらが払拭されて、予備校で自分のスタンスを確立して、大学でまた大きく変わりました。 いろいろな人間と会うこと、そして話し合うことによって、お互いの存在を認め会い、そして、彼らとともにいろいろな経験をすることによって、また自己の成長をはかることができる。 うーん、これに気付くまでに何年という時間を費やしてきたでしょう。これに気付くことによって、大人になったという自覚が表われた気がします。 でも、どこかで、少年のままの心を持ち続けていたいという気もあります。また、それも大事なことだと思います。 自分が自分らしくあるためには、どうしても必要なものです。そして、これがなければ、旅に出ることの意味が無くなってしまいます。 いろいろと、抽象的なことを書いてしまいましたが、私が旅に出るときに思っていること、考えていることは、いつもこんなことばかりです。あとは女の子のこととか、考えたりするんですけど。イメージばかりで、現実が無いに等しいのが寂しいところですね。 正直言って彼女欲しいです。毎日、朝と晩においしいご飯をつくってくれる彼女が。 あ、とりとめがなくなってしまう。それでは、こんなところで、ツモりたいと思います。 1995.9.15 (竜ケ崎)自室にて
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