HOKKAIDO94
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ついに再び北海道へ…


 いつか見た風景は、そのまま残っているのだろうか。幾つかのトンネルを抜け、2度目になる青函トンネル通過を終えると、そこはとっぷりと日がくれた北海道の景色。
 そして、きらびやかに光る街の中に、吸い込まれるように入って行くと、終点函館駅。
 列車から一歩ホームに足を踏み入れた瞬間、私は2度目の北海道に来たことを実感した。
本州にいたときとは違う気温の差、湿度の差、全て初めて北海道に来たときと一緒だったのが何よりも嬉しかった。
改札口を抜けて、コインロッカーにいらない荷物を預け、私は市電の乗り場へ向かった。

 十字街から坂道を上ってロープウェイの駅へ、異国情緒漂うこの周辺は修学旅行の時に散策して、とてもよかったのを思いだした。
 人通りも大変少なく、もうすっかり日は暮れていたので怖いくらいだった。
 しかし、ロープウェイの駅からは団体観光客と一緒になって、大変騒がしかった。
そして、函館山の頂上に着く。まったく修学旅行で来たときと変わっていない。このときも修学旅行生が来ていたので懐かしくなった。
 夜景は…、函館の夜景は、私のような旅人の期待を裏切らなかった。
 少し明かりの数が増えたのだろう、その函館の街を見ながら私はいろいろと考えていた。寒くなれば展望台の建物の中へ入ってお土産を物色し、暖まったらまた外へ出て夜景を見ていた。
 そして、再びロープウェイに乗り、函館山を後にして、坂道を下り、函館の港へ向かった。

 汐の香りを漂わせる、静かな赤レンガの建物の続く通りを一人歩いていると、いつか同じように歩いた横浜を思いだしてしまう。とにかく、私はこういう雰囲気が好きだ。これで彼女でも連れて歩いていれば文句は何もないのだが…。
 そして市街に入り、遅い夕食をとり、再び函館駅の中へ入ってゆく。

北海道内列車のトップバッターはこの「ミッドナイト」である。この列車には「カーペット車」というのがあり、寝台ではないが毛布が用意されていて、高い寝台料金を払わなくてもゆっくりと横になって寝ていかれる。
車内に入って、一瞬戸惑うのは、どこに寝ようかということ。とりあえず、3つのスペースの中で一番よさそうな一番奥のスペースは女性専用になっていて、真ん中のスペースには人がいたので、入り口の方のスペースの壁際を陣取った。
お客は、家族連れやサラリーマンや、いろいろな人がいた。とにかく前日が寝不足気味だった私は、早速毛布をしいて、熟睡体制に入った。

曇天の中の横断

 「ミッドナイト」の車内は、暖房が「熱帯のようだぁー」状態に効いていて、非常に快適に眠ることができた。
 最初に目が覚めたときはもう外はほんの少し明るくなっていた。いつもよりは寝覚めがよかった。南千歳駅のものすごい明るさで完全に目が覚めた私は、身支度をして札幌までの車窓を眺めていた。天気は、あまり良くなかった。
 6:30、札幌に到着。高架駅になってまだ間もない駅は、去年の金沢駅を思い起こさせた。少しゆっくりと列車から降り、タラップを降りて、改札を抜ける。まだ通勤にも早い時間帯、地下街も営業していない。
 札幌に着いたら牛乳とパンでも買おうと思っていたのだが、駅構内に数多くある飲食店やキヲスクを覗いても、それが見つからなかった。
 「どおしよう…」
 そんなにお腹も空いていなかった私は、適当にお菓子でも買い込んで、次の列車の中で食べようということにした。
 7:20発の「おおぞら4号」を待つ客の列は、自分がそのホームに上ったときにすでにできていた。それよりも、函館方面へ向かう特急を待つ列の方が長かっ た。この時間帯では観光客よりもビジネスマンの姿の方が目立っていた。
 「おおぞら4号」が、大きなディーゼル音を響かせて、入線してきた。
 曇天の中、私の北海道、第1日目が始まった。
 新千歳空港を横目に、私はその時、まだ北海道にいるという実感が沸いていなかった。
 窓の外には厚い雲に覆われた町の景色が横たわっていた。


 太平洋の荒波も荒野も牧場も、すべて灰色のベールに囲まれてしまっていた。修学旅行の時に見たあの青い空はいつ帰ってくるのだろう。
 釧路に着いたのはお昼だった。しかし外は暗く雲におおわれていた。おまけに小雨混じり…。
 あの地震報道でしっかり有名になってしまった幣舞橋も、観光名所のフィッシャーマンズパーク「MOO」も、曇天の中見てきた。町を通る人の数も少なく、時々地元の高校生ら歩いているくらいだった。
 とにかくこの天気は恨んでも恨みきれないほどに、僕の心の中を暗くしていた。
 「とにかく今日は諦めよう、早くホテルに着いて寝たい。」
 釧路市内の電気屋で買った安いラジオを持って、やはり1両編成で混雑していた花咲線に乗り込んだ。
 その中で僕は日本シリーズで巨人が優勝した瞬間を聞いた。
 地震災害の爪跡は深く、厚床〜根室間はこの時点でまだ不通だった。
 列車代行のバスに揺られて真っ暗闇の中、18:30、やっとの思いで根室に到着した。
 真っ暗闇だったせいでもあるが、ホテルの位置が分からずに、近くのコンビニから連絡した。フロントの人が話してくれたところは一回通ったのだが…、よく見ると、看板が地震のために壊れてしまい、ホテルに見えなかったのであった。
 「遠いところご苦労様でした。観光でいらしたんでしょ。」
 何よりもフロントの方のこの一言がこの日一日の救いになった。
 部屋は至って普通のシングルルームだった。一度部屋に荷物をおいて、ホテル内の喫茶店でちょっと高めのスパゲティを食べて、その日の夕食にし、部屋に戻って二日分の垢を流し、泥のような眠りについたのであった。


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