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沙雨庵之主の憂鬱私が「沙雨庵之主」というペンネームでメモ帳に殴り書きのように思いついたことを書き始めたのは、サラリーマンを辞め、自分を見失って旅に出て、辻仁成さんの本を読みながら、もう一度自分を模索していた。そんな時期でした。「自分をどこかに閉じこめてしまいたい」 自分の二十数年の人生の中で、何度もそういう逃げ場を求めていました。しかし、様々な人たちのおかげで、何とかそこから抜け出すことができていたのです。それは母親であり、中学、高校の先生であり、そして、友人たちであったと思います。 ただ、そういう逃げ場を求めるわけではなく、自分の中に、自分のもう一つの住まいを作っておくのは、決して悪いことではないと思います。何か壁にぶち当たったとき、悩み事が起こったとき、心の中のすみかに帰って、その中にいる自分と対話をする。そのことによって出てくる答えは、もしかすると間違っているかもしれない、けど、自分にとって、決してマイナスにはならないと思います。 この「沙雨庵」という場所は、自分の弱さ、強がり、両方が存在している場所です。そして、必ず自分の信じる「道」が存在して、悩み、迷い事があったときには、ここに帰ることにしています。 1997年は、ここに帰ることが多い年でした。そして、何度も自分と対話してきました。ここには、アルバイトに行く前のほんの数十分、夜の駅のホームで、あるいはアルバイト帰りの夜明けの電車の中で、沙雨庵に戻って、自分と対話した記録を残しました。 |
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青空とトランペット久しぶりに、青空を見た気がした。 何年かぶりに、富士山に雪がかぶっているのを見た。きっと今日は良い日になるに違いない。僕はそう思った。 ※※※ 居間の本棚の中に、ふと気になるタイトルの本があったので、取り出してみた。もうほこりをかぶって、何年も置き去りにされていたものらしかった。 その冊子は、私が遠い昔在籍していた地元のブラスバンドの記念誌らしかった。ただ、私はそれがこの家の片隅にずっと置いてあったのを知らずにいた。 実は、私にとってこのバンドはあまり触れたくない過去だった。 ※※※ 格好良く吹いてみたいという欲望に駆られて中学入学とほとんど同時に始めたトランペット。初めてそれを手にして、音を出そうとしたときに、すでに挫折していたのかもしれない。 「思ったように、音を出せない。」 それは、夢と現実というものに、初めて出会った瞬間だった。でも、私はトランペットと格闘することにした。トランペットを吹けるようになりたかった。格好良く…。そしてその格闘のなかで出会ったのがそのバンドだった。 毎週日曜日の午後に、学校の音楽教室を借りて行なっていた練習。はじめは腹式呼吸の練習からだった。それからマウスピースでどれだけ音が続けて出るか。そして、音を出す練習。低い音をどれだけ長くだせるか。とにかく必死になって頑張っていた。初心者は、合奏の仲間にまだ入ることができないので、教室前の廊下で、練習するのが日常だった。私は早く合奏の仲間に入りたかった。 それから数カ月後…、私はそこに行かなくなっていた。トランペットが嫌になったわけではなかった。そのころ私は、自分の人生における「第2次登校拒否症候群」にかかっていたのだった。 一人でいることが好きな私は、人間関係にすごく気を回していて、精神的に疲れることが多かった。簡単に言ってしまえば、群がるのは昔から好きじゃなかったのだ。 自分が何故そこにいなければいけないのか…、そう考えると、自分の置かれている状況がすべて嫌になっていた。そして、そこで行動している自分に、一番嫌気が差していた。「偽りの自分」がいた。だからそれに反抗していた。違う。そんなの自分じゃない。本当の自分じゃないって…。 ※※※ 本当の自分が見えてきたのは、高校を出て、大学に入って、一人暮らしをするようになって、いろいろな人と対話するようになって…、それからだと思う。自分にとっては、それは、つい最近のことだ。 考えてみれば、自分の人生は、何もかもが中途半端で終わっている。 トランペット、水泳、鉄道模型、大学受験、就職、人間関係…。 どれをとっても、中途半端だ。納得のいかないまま、終わってしまったものばかりだ。 そう思ったとき、自分の中で、再びドロップ・アウトが始まった。 社会からのドロップアウト…。それは自分の中で何かが変わろうとしている前兆だった。 ※※※ 別に、諦めていたわけではなかったのだ。 自分で蒔いた種を育てる力が不足していただけだった。努力すれば必ずできる。そう信じているものばかりだ。 トランペットを初めて手にし、出せた音がドでもなく、ソでもなかった。それは自分にとって、かなりのコンプレックスだった。 でも今はそんなの関係ない。 マウスピースの音が出せる。ドの音もソの音もちゃんと出る。練習していることはちゃんと成果としてあがっていたのだ。 大学を卒業し、アパートで荷物をまとめているとき、どこからともなく、トランペットが出てきた。私は久しぶりにそれを吹いてみた。 乾いたソの音が軽く出た。 私はそのとき思った。何だ。吹けるじゃないか。 記念誌を読み返しながら、私はそんなことを考えていた。 ふと、名簿の欄に、自分の名前を見つけたときに、少し気恥ずかしくなった。その記念誌が作られたのは、私がトランペットと別離してからかなり経ってからだったのだ。つまり、メンバーとして私はすでに存在しないはずだった。 それから、私はまたトランペットを吹いてみようという気持ちになった。 母が蒔いてくれた種を再び育ててみよう。そんな気になったのだ。 |
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本当の自分本当の自分がどこにいるのか分からなくなって、私は突然旅に出た。行くあてもなく、たださまよいながら列車に揺られ、車窓の外の景色に答えを求めていた。結局、そのときに見つけた答えは、過去との自分との訣別だった。 旅に出れば、自分が変われるという自分なりの答えを出して、帰ってきて、いざ自分を振り返って、やはり何も変われない自分に気がついて、愕然とした。実は、そのとき変わっていないと思っていたのは、気付かなかっただけで、自然に意識改革はできていたんだと気付いたのはつい最近のことだ。 会社に入って、自分がこの会社で何ができるかを考える前に、与えられる仕事を時間内でこなしていかなければいけない。それだけで人生の半分が終わってしまいそうな気がした。 「自分のために仕事をしろ」と当時の上司によく言われたが、それまでの仕事をこなしてきて、本当にそれが自分のためになる仕事なのか。自分が目指している仕事なのか、と自分に問いかけたとき、NOという答えが出た。私はここにいてはいけないという気持ちになった。 結局、本当の自分なんて存在しない。私は嘘の固まりだなんてひねくれたりもした。 今は、本当の自分になりきっているかと問われるならば、YESとはっきり言うことができる。嘘をつかなくてもいい。自分を欺かなくてもいい。自分に正直に生きよう。そう決めた自分が今、ここにいる。 |
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嘘私はときどき嘘をつく。別にだからどうこうということではないのだが、どうして嘘をつかなくてはいけないかという理由を考えると、自分を守るためにつく嘘がほとんどであることに気付く。 すぐにばれてしまうような嘘もつく。それを問いつめられると笑ってごまかす。言い訳をする。 そんな自分が嫌になる。ダメな人間だと思う。素直じゃないのだ。自分に与えられた仕事がこなせない、だから怒られる。怒られるのが嫌だからごまかす方法を考える。嘘をつく。言い訳をする。 できないことはできないと、はっきり言えばいいのだ。それが言えないでYes-Manになっているところに自分の弱さがある。 そんな自分が嫌だから、必死になって頑張る。経験を積む。仕事ができるようになる。 嘘や言い訳を言っているうちは、自分は未熟なのだ。 男は黙って仕事をバリバリこなすのが一番格好いいと思う。自分で自分のことが格好いいと思えることができたその日から、自分はまた、変われると思う。 その時の僕には、言い訳も嘘も必要はない。 |
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過去過ぎ去ってしまったことを追い続けることに意味はないし、価値もない。でも人は過去を見たくなる。それはPositiveとNegativeの関係のように、簡単に分けられるものではなく、今の自分に足りないことを過去を見ることによって補おうとする、そんな作用があるのだろうと考える。 私は時々大学時代の友人を訪ねたりする。それは決してNegativeな考えがあってあの頃から変わったのか、確認するためなのだ。結局、一般論から言ってしまえば、それはNegativeな行動であって、現実からの逃避そのものだということになるのだろう。しかし、卒業してから何度か来ているうちに、自分のことを見つめ直す時間ができたし、少なくとも3年間も住んでいた土地に愛着を抱かずにはいられなかった。 こうやって、自分を語っている自分がいることが私にとって一つの生き甲斐というか、落ちつく場所というか…、上手く言葉にできないが、私にとって過去は、心におけるhomeなのだ。それを否定することは、自己の存在を否定することに等しい。 過去を慈しむ心があればこそ、未来のビジョンを見ることができる。私はそう考えている。 |
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孤独という名の空間少なくとも、自分は外にいるのに、自分のことしか見えていない。自分中心に視界が開けている空間がある。人と接することもない、またそれを自分から求めることもない。外にいながらにして自分のことしか考えなくていい空間、私はそれを孤独と呼ぶ。 人は皆寂しがり屋で、いつも誰かと接しようとする。コミュニケーションと皆言う。私はもちろん、そう言った空間は必要だと思うし、その空間にいることも好きなのだ。 しかし、どちらかと言えば孤独でいるときの方が、自分は落ちつける。確かに、他の人は皆、誰かと話していたり、また、それを求めていたりする空間に自分は存在するのだが、いつの間にか、それをしないで一人でいることが平気になってしまい、孤独が好きになってしまったのだ。 結局、自分という人間は一人しかいないわけで、他人がどう思っていようと、私は私のやり方で生きていくのだと、これくらいのことが言えなければ、今の世の中、個性が埋没して、自分が自分でなくなってしまう。 孤独が好きであるという人種はかなり少ないかもしれない。だからといって、友達や恋人がいらないというわけではない。 友達と話すことも好きだし、みんなで騒ぎ合うのも好きだ。ただ、それよりも、孤独であるときの方が自分らしい、そう思えるのだ。 |
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自由の意味よく、昔働いていた会社の上司はこんなことを話していました。 「君たち(=我々の世代の人間)は、ひねくれた民主主義を教育されてきているから…。」 要するに上司が何を言いたいかって言うと、今の人たちは、権利ばかり主張して、義務を怠っているってことです。それは、学校の教育のせいばかりではないと私は思います。私は、ちゃんと学校で道徳を教わってきました。しかし、それは、義務教育までです。その後は、受験受験…、大学に入れば単位単位…、道徳とか、常識とか、ルールとか、それは、経験によって、人それぞれ身につけていくものじゃないんでしょうか。自分の教わってきたこと、経験によって身に付けてきたこと、ぼくは決してすべて間違っているとは思えません。それじゃ、何が悪いんでしょう?ここに、変えていかなければいけないものがあるように思えるのは、僕だけでしょうか? 中学時代、自由の意味は2つあると、教えてくれた先生がいました。 日本では「自由」という言葉しかありません。でも、英語は自由という意味の単語が2つあります。一つは「Free(Freedom)」もう一つは「Liberal(Liberty)」。辞書にはFreedomは「束縛されない自由」、そしてLibertyは「束縛から解放された自由」を表わすとあります。中学時代、我が恩師がそのときにどういったことでそれを教えてくれたのか、よく覚えていないのですが、最後に突き当たるところは、権利と義務の問題だったことは間違いありません。 そして、僕は大学に入るに当たって、こんな単語を覚えました。 「Individual」=個人主義、「Indivividualist」=個人主義者。 個人主義って、何でしょう。自分で言葉にするのはすごく難しかったのですが、最近読んだ本が教えてくれました。 個人主義とよく混同される言葉に利己主義があります。利己主義とは要するに自己中心的人間の行動のことですが、個人主義は相手の考えを尊重した上で、自分も好きなことをして、個を主張する立場をとる人間の行動なのです。両者の考えは全く違います。 自由を主張するとき、利己主義者は 「Free」を叫ぶのでしょう。そして、個人主義者は「 Liberal」と叫ぶのだとあのとき、先生は教えてくれたのだと思います。 日本の社会には、利己主義者が多すぎます。特に、政治家に…。
1997.07.25
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