匠のつぶやき  Vol.30


制作秘話
佐竹本三十六歌仙 装芸画絵巻 「伊勢」

佐竹本三十六歌仙 装芸画絵巻 「伊勢」

 絵巻切断事件として知られる1919年(大正8年)の売り立てで、「斎宮女御」「小野小町」に次いで、人気の高かった「伊勢」。貫之と併称された古今時代の大女流歌人です。

 大正8年の競売・抽籤時に1万5千円と評価され、その16年後の昭和10年には8万3千9百円に値上がりしたのです。

 当時、紡績工場で働く女工さんの給料が、一日わずか七十五銭足らずの時代のことでした。

 しかし、この三十六人中、たった五人の姫なのに、見た目には妙に渋い衣裳を纏っているではありませんか。調べて見ると、作者の意図が私なりに見えるのです。

 平安時代に生き、才智の輝きのある表現を持ち,代表女流の地位を築いただけあって、その華麗なる人生の経緯は、醍醐天皇の弟に当たる、中務卿敦慶親王の愛を受け、なんと、女流歌人「中務」を産むのです。

 つまり、「中務」の母親であることが判ってしまうと、渋さの事情が読めたのでした。

 そして結果的には、私もギョッとするほど地味な、「黒味香」のような色の衣裳を着せたのでした。

 余談ですが、そんな私の「平成の伊勢」さんは、海を渡って、スペイン・レイノサ市へと一人旅しました。

 6月の1日から10日まで、欧州美術クラブ主催の展覧会場に展示されます。

 この大人しい姫が、情熱の国で、どれほどの魅力を発揮してくれることでしょうか。生みの親はいつの世にあっても気をもみます。


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