匠のつぶやき  Vol.29


佐竹本三十六歌仙装芸画絵巻 (制作秘話)
十人十色ならぬ二十人二十色



 三十六歌仙の内、一位以下四位までの、官位の高い黒の装束の歌仙が20人も居るのです。

 僧侶の袈裟や、美しい色柄物を集めるのは至難の業ですが、二十人分の黒い布を集めるのも、なかなか。

 苦肉の策で各方面に依頼して、小さな切れ端でもいいから、と分けて頂きました。

 素材の確保がまず一番、という装芸画の宿命を実感したものです。

 「王朝の彩飾・・・古代の色」によると、橡つるばみ(「くぬぎ」どんぐりの実)、黒橡くろつるばみ(漆黒)、墨染すみぞめ、鈍色にびいろ。




佐竹本三十六歌仙 装芸画絵巻より
凡河内躬恒おうしこうちのみつね
 青鈍色あおにびいろ、ぬば玉(桧扇の実)、鉄漿(おはぐろ)と、黒だけでもこんなに種類が有るのでした。

 絵巻筆頭の人磨の次に、最初に黒の装束で登場するのが、「凡河内躬恒おうしこうちのみつね」です。

 布集めの段階で頓挫して、憂鬱だったはずが、いざ制作が始まると、どんどん捗りました。

 黒と白のモノトーンの中に、袴の裾や袖裏にちらりと紅絹のアクセントが入るものもあり、俄然楽しくなり一気に仕上がって行きました。

 余談ですが、最近我が家のリビングに登場した漆黒の電子ピアノ。

 蓋を開けると鍵盤の奥に、躬恒たち歌仙を彷彿とさせるような真っ赤なフエルトが、一ミリほどの心憎い細さで、キリリと施されていたのです。

 どのピアノにも、昔から有った筈なのですが、今頃気付いて感激しているのは私だけ?

 さて、最後に躬恒の和歌を。

いづくとも 春のひかりはわかなくに まだみ吉野の山は雪ふる


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