匠のつぶやき Vol.16


色の秘密


 装芸画の魅力のひとつは、その色彩の鮮やかさにあるのですが、その秘密は和紙で裏打ちされた、それぞれの布の透明感と言ってよいでしょう。さらに最後に全体を裏打ちすることで、ピンと張りつめた画面に濁りのない澄んだ発色が現れてくるのです。なおつ、太陽光にさらされない限り退色も認められません。ただし、私のようにえて人為的に退色した色彩を表現した作品を作ろうと思うと、その輝かしい利点を駆使できず、ひと苦労です。


上・ドーサーを引いた(にじみ止めのこと)和紙を暑いプーアル茶で染めているところ
下・お土産にいただいたプーアル茶

 そこで登場するのが、今人気の中国茶なのです。お土産に頂いた雲南省のプーアール茶を飲みながら、構想を練っていたところ、フッとその濃いお茶の色に心を動かされたのです。今回の三十六歌仙絵巻のような、年代もののころもの色を表現するのには最適で、しゃの実などの木の実より、微妙に濃淡の染めわけが出来たのがそのプーアール茶でした。七百年という歳月を人工的に脚色するのはそんな事かもしれませんが、歌聖と称せられるかきのもとひと麿まろの衣装を異国のお茶で染める作業はとてもワクワクしたものでした。 しかし最も極めつけは、懇意にしている京都の老舗の材料問屋さんに偶然入荷したという、築三百年の旧家を解体するときに出たという“すす”でした。毎日いろりから出る煙がほこりと一緒になって固まった黒いものが、どうぞ使ってくださいと言わんばかりに、袋に詰められていたのです。絵の具では絶対に出せない不思議な色だわ、と飛びついたのは、言うまでもありません。自己満足の世界そのものの私は、嬉々として、土台となるうすぎぬに、その時間を凝縮したような魔法の「時の色」を染めていったのでした。


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