匠のつぶやき Vol.15


表装の醍醐味



表装し直して、見違えるように生まれ変わった掛け軸


 梅雨の晴れ間のある日。風呂敷包みを抱えたご婦人が、わが家のポストを見ながら「あっ、ここだわ」と汗を拭きながら自転車から降りて来ました。ボロボロになった先祖代々の掛け軸を修復するため、電話帳で表装店を調べ、「春光庵」という響きに惹かれて訪れてくださったそうです。さっそく、お軸を拝見すると、軸棒などのいたるところがセロテープでとめられ、ご先祖様のご画像とおっしゃる絹本の本紙は、雨漏りで茶色に変色するなど、それはそれは悲惨な状態でした。
 代々がお盆の時には必ず掛け、菩提寺のご住職様にお経を上げていただいてるそうです。とはいえ、この有様に、何年も前から心を痛め「早く綺麗にしておくれ」とおっしゃっていたのがお母様。そのお母様も今年の2月93歳で亡くなられ、新盆を迎える前に、「何としてもこの約束は果たしたい。兄には任せてはいられない」と、見かねた妹さんが持参したというのが顛末てんまつです。
 これに似た話は何度も経験しております。そのたびに、本紙に描かれたご先祖様があたかも自らのご意思で、私たち修復者の所に尋ねて歩いてこられたような錯覚を覚えるのです。私にすれば、仕事というよりは「ちゃんと元通りにしないといけない」という使命感にとらわれるのです。そしてこれまでのお軸で共通していることは、軸の周りがどんなに痛んでいても、こと肝心のご画像には、不思議なことに傷やシミ、破損もないのです。
 目の当たりにした今回のお軸はすっかり黄変しているものの、修復するには水の力だけで綺麗になる程度の年数で、軸の周りの裂地きれじがまくれ上がってしまう絶妙の糊加減。まさしく、「そろそろ仕立て直してほしいよぅ」というサインなのです。幸運にも腕の確かな職人さんに仕立てられ、それをご先祖様を大切に守っている心優しい方に連れてこられ、生まれ変わる。
 そんな思いを胸の内に込めて「ようこそいらっしゃいました。仕上げれば見違えるほど綺麗になりますよ」と、申し上げる。すると、「初めからわかっているからここに来たのよ」とばかりに、顔を輝かされる。「この仕事をやっていて本当に良かった。仕事みょうりに尽きる」と、心から思える瞬間でした。

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