匠のつぶやき Vol.14


佐竹本三十六歌仙 装芸画絵巻の誕生 その3

 私にとりましては、海外旅行に限らず、旅に出る時の最大の問題は、トランクを如何に軽くするか、ということです。旅慣れた方は心憎いほどスマートに、小さめなトランクひとつで涼しい顔で成田空港を闊歩しています。着物を持って行く事が多いので、帯などを合わせますとそれだけでかなりの重量になってしまうのです。帰国の際には、お土産も加わって、毎回冷や汗ものです。


コンパクトになった三十六歌仙装芸画絵巻10本
 つまり、何を申し上げたいのか、と言いますと、表装の技術を考え出された先人の知恵の素晴らしさです。歌仙一人ずつを一本の巻き物に仕立てましたので、十人で十本の巻子本。これを風呂敷に包みますと、ティッシュの箱を二つくるんだくらいの大きさにしかならないのです。その上、何と小指一本で持ち上げられる程の軽さです。展示する作品は他にも額や屏風がありましたが、正直メインの作品がこれだけでは、と不安になるのも致し方ありません。
 ところが、いざ飾ってみると不思議な空間が生まれました。本来絵巻物は、台の上に置いて展示するものですが、今回は敢えて見易いように、壁面の目の高さに、押ピンを工夫して、一列に並べてみたのです。展示する前の不安はどこへやら。連なる三十六歌仙装芸画絵巻は、充分に平安朝の世界へと誘ってくれました。搬出作業も屏風や額とは比べものにならないくらい、あっという間に元の風呂敷に収まってしまいました。確かにその時実感しました。この絵巻物でしたら、その気になれば世界中何処へでも簡単に持って行って、日本の文化を紹介する個展が開けるのではないかしら、と。
 出来れば、この三月に東京・新宿の京王プラザホテルで装芸画絵画展を開かせて頂いた時のように、安藤家御家流の皆様に添え席のご協力賜り、地歌・生田流箏曲演奏家の奥田雅楽之一氏とヴァイオリニストの阿部真也氏に「春の海」を演奏していただくという、コラボレーションが再現できたら…。
 こんな夢を見させて頂いて、ひとまずこの佐竹本シリーズを終えることにいたします。

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