匠のつぶやき Vol.9


ひなものがたり





代々伝わるおひな様に加わった装芸画のおひな様の前で (ご依頼主のご婦人)

 子供の頃は、生まれ育ったのが多摩川の近くだったので、二人の兄に連れられてボート遊びや野球の球ひろい、チャンバラごっこの切られ役みたいな事ばかり。およそ女の子らしい遊びは、あまり記憶にありませんが、年に一度のひな祭りだけは主役の座に坐り、お祝いして頂きました。祖母の手作りのお料理が懐かしく思い出されます。
 私のおひな様は、私が生まれるとすぐに祖父が買ってきたという、ささやかなガラスケースに入った五段飾りの木目込人形でした。思えば、私が初めて裂地(きれじ)を意識したのは、その人形や、ケースの下に敷いてあった、丸に剣片喰(けんかたばみ)の家紋が刺しゅうされた古風な袱紗(ふくさ)だったように思います。まさか大きくなって、表装を教えてくださる先生に出会い、更に「装芸画」のおひな様を作るようになるとは夢にも思いませんでした。
 女の子のいる家は、立春が過ぎるとさっそくおひな様を飾り、お祝いがすむと、お嫁にいけなくなると困るからと、急いで片付けたものです。残念ながら、その甲斐も無く、我が家では、ある年を堺に、それが迷信に過ぎない事に気がつかされてしまうのです。
 ひな祭りは奈良時代に中国から伝わった「三月三日に身の汚れを人形に移して川に流す」という厄払いの行事が起源とされています。近年少女がねらわれる物騒な事件も多発し、今も昔も娘の無事と幸せを祈る親心は変わる事はありません。ただ、その心は同じでも、近頃の住宅事情では飾る場所も難しく、また娘と一緒に箱から一つ一つ出してあげる時間の余裕もなくなってきました。
 ある年、一人のご婦人から思いがけない注文を受けました。初孫へのプレゼントに、お嫁さんが楽なように、簡単に飾ったりしまったりできて、なおかつ、ひけをとらないような豪華な衣装で、どこにも無いようなもの、できないかしら、と。
 こうして生まれたのが「装芸画」のおひな様の掛軸でした。
<編集部から>
船田春光展(3月11日〜20日、東京・新宿の京王プラザホテル・ロビーギャラリー)
テーマは佐竹本三十六歌仙の装芸画絵巻。


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