匠のつぶやき  Vol8


初心に返って



著者の菩提寺、白金台の本願寺と、              
数奇な経路で入手した七代目萬屋藤兵衛の書

 新しい年の初め、人は初心に返り、また新たな気持ちになって身の引き締まる思いで自分を見つめ直すものです。私の場合、初心につながる場所が菩提寺であったことは、誠に幸いなことでした。春秋のお彼岸、お盆、暮れ、今ではお施餓鬼、お十夜にもお参りするようになりました。その度に、かつてお寺の奥様のひと声で、紹介してくださった師匠の門を叩き、この道に入ることになった「あの日」が蘇るのです。
 それは、ちょうど十八年間同居していた祖父の死をキッカケに、自分のルーツに目覚めたころと重複するようです。遺された掛け軸が、無言で私の心に語りかけ、生来の好奇心に火がついたのでした。辿りついた先には、初代船田佐助、後の代々萬屋藤兵衛と名乗る呉服商の存在がありました。
 家康が江戸を全ての面で最良の場所として城を築き、付近を開拓して町を形成したのが天正十八年。商人や職人の移住を歓迎して、願いのままに土地を割り当てたということです。近江商人として道具箱を担いで諸国を行商していた初代佐助は、時を得て呉服太物商芝区第一号の鑑札をとり、江戸の入口、芝二本榎(現在の高輪)広岳院門前に店を構えたのでした。
 幕末から明治に変わる時に多くの御用商人がそうであったように、その歴史は閉じるわけですが、調べていく内に、この菩提寺を通じて、自分がこの特殊な仕事とめぐり会えた不思議さに、人生の遠大なテーマを授かったような思いがするのです。ご先祖様の有り難いご加護と、何よりも菩提寺本願寺のご住職様と奥様の、これまで三十二年間年間の陰ながらのご支援を心から感謝するものです。
 残念ながらご住職様は昨秋、病気と壮絶な闘いもむなしく惜しまれて遷化せんげされました。私たち檀家に、生きていることのすばらしさを身をもって教えてくださいました。ご住職様のご冥福をお祈りして、今年のつぶやき初めとさせていただきます。


戻る