匠のつぶやき  Vol.7


時が育てる色 その2




散逸した佐竹本三十六歌仙絵巻を装芸画の技法
によって復元した筆者の最近作「小大君」

 人も美術品も、時という歳月が育てる風俗に心から感動させられますが、その裏には数えきれないドラマと労苦があります。
 今回は前月に続くその続編。人間も「九死に一生を得た」という信じ難い体験談は、洋の東西を問わず、胸に染みるものがありますが、美術品も全く同じです。戦火を含む火災、地震、水害は致し方ありませんが、平穏な時代でも一番恐ろしいのは人災だと言われています。盗難は勿論ですが、代々伝わる秘蔵の美術品を、こっそり持ちしては二束三文売ってしまう放蕩ほうとう息子の話は、よく耳にします。これとて美術品の価値のわかる人の手に渡り大事にされれば、存在そのものは消滅していないという点では憎めないのかもしれません。
 残念なのは外見がボロボロになってしまう掛け軸や屏風の場合。大切にしていた故人に口無し。「飾る場所もないし、汚らしいから捨ててしまえ」と、いうことに。反対に親族で醜い争いになってしまうのも困りますが・・・。
 こんな事もありました。何百年もの歳月にさらされて、墨の部分が綿のようになり、剥落はくらく寸前となった書の額を、まさに焚き火にくべようとしていた隣人。垣根越しに、「燃やすくらいなら俺にくれ」と、貰い受けてきた御仁。
 手に取ってしげしげと見ると、妙に豪快な筆遣い。「気に入ったから」と仕立て直しを依頼され、調べてみたら何と国宝級。言わずもがな。
 以来、生まれ変わったその額は家宝となって大事に飾られています。「開運!なんでも鑑定団」なるテレビ番組の出来る、ずっと以前の話です。美術品にまつわる数奇な運命に立ち会ったこと数知れず。作家の作品に込める魂の何と強いことでしょうか。


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