匠のつぶやき  Vol.6


時が育てる色




装芸画の発案者で師匠でもある小渕陽童氏(右)と自作品を前にした筆者
(10月9日まで作品展が催された焼津市内のギャラリー土泥棒で)

 骨董の世界では「育つ」という言葉があります。そこにロマンを感じることが、病高じる元ともなってしまう訳です。
 私などは人間も同じ。時を経て、酸いも甘いも超越した、心の現われである表情の深いしわに何とも言えない魅力を感じますが、美術品はとくに「時代がついている」ものが好きです。
 この仕事に入って驚いたことのひとつはボロボロに破れた掛け軸や屏風が、仕立て直しの技術によって、みごとに生まれ変わる事です。今でこそリサイクルが当たり前のように行われるようになりましたが、私の入門当時の世相は、まだまだ使い捨て放題の時代でした。
 そんな時でも、私達は黙々と工房に籠って古い掛け軸をよみがえらせる事に夢中でした。総裏、中裏、肌裏と、順番に、息を止めて慎重に剥がして行きますと、終いには何百年も前に描かれた墨跡や絵画に到達するのです。その時、目にするのは、まさに時が育てた和紙の色です。どんな絵の具でも出せない色です。更にはそれら古びた本紙の生まれたての白さを想像します。どんな部屋で、どんな灯りのもとで描かれたのだろうか、と。そしてよくぞ天災にも遭わず、この平成の御世まで生きてきた事よ、といとおしくなるのです。
 まさにそれとても、素晴らしい人生の大先輩に出会った時も同じで「時の経過」がつけたその人だけの色を感じた時は、一級の美術品の持つ風格と、だぶってくるのです。そんな古美術にまつわる逸話は、次回につなげることにいたします。


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