匠のつぶやき  Vol.2


「和紙の魅力」と作風が一変する裏打ち



 前回は初めて紙漉きの工程を見て感動した事に触れましたが、さらにその驚きは続くのです。
 人間にも生まれながらの性格があるように、木の繊維を剥がして、叩いて、冷たい水に晒して作られる和紙にも、それぞれの原木(雁皮、三椏(みつまた)、楮(こうぞ)など)の性格がしっかりと備わっているのです。さらに「寒漉」という言葉があるように、真冬の寒中に漉かれる和紙は特に質が高いと言われます。



裏打ちの技術を披露する筆者(フランス・ラムフィエ市美術館
における日仏代表作品展の会場オープニングで)

 あれ?これも、人間と同じでしょうか?この微妙な違いに気付かされたのは、「裏打ち」という技術を教わってしばらくしてからです。
 もちろん、書画に使う和紙にも、墨の滲む紙、弾く紙、染紙など、様々な特性を持った紙がたくさんあり、作家はその中から格別のこだわりを持って自分の作風に合った和紙を選び、日夜研鑽を重ねます。
 ところが、どんなに和紙や墨にこだわって珠玉の一枚を完成させても、裏打ちの和紙一枚で、天国と地獄の差があるくらいに、作品の風合や品格が変わってしまう事をご存知の方は少なくないはずです。
 奈良の正倉院展で展示されている古文書などが、千年以上の歳月を経て、なお見事に保存されている陰には、日本の質の高い和紙と裏打ちの技術が、大きく貢献してると思います。どんなに傷んだ墨跡も、霧を吹いて湿らせて、適度な濃度の糊を引いた和紙で裏打ちし、柔らかい刷毛で撫でて表に返すと、まるで昨日書かれたもののように墨痕鮮やかに蘇ります。この変化を目の前にして感動しない人はいないでしょう。その後、仮張りで乾かした本紙を剥がす時に、和紙のしなやかな強靭さに再び驚くのです。


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