南  極          1月2日〜1月15日      世界の底

アメリカとヨーロッパを合わせたより大きい、 カルフォルニヤより太陽がまぶしい
冷蔵庫の冷凍庫より冷たい、  アラビアより乾燥していて、  スイスの山地より高い
サハラ砂漠より空っぽな、 地球の底にある不思議な美しい大陸それは 南極大陸。

年末、東京の旅行社の本社で南極へ行く希望者へ説明会があり、参考に成りました。

成田を出てデトロイトへ更にマイアミへ夕方着きそこで、ホテルに。

翌日、マイアミ海浜を散歩し車でマイアミ市街、旧市街、 マーケット街, 港湾施設 要人が来るホテル等見て歩く。      夕方、チャーター便で(アメリカン・トランス・エアー航空)ブエノスアイレス、空港
さらにウッシュワイヤー空港 寒々とした地方空港(アルゼンチン最南端)  昨夜機中泊。  昼に着く。
(自宅を出て、マイヤミに一泊したり、時差12時間あったりしたが。乗船まで65時間を要した)

いよいよ、待望の白い大陸の魅力をたっぷり味わう為。港に接岸している。マルコポーロ二世号に乗船
マルコポーロ二世号は大型砕氷船で、約2万トン定員800人を南極の場合(400人)特に今回200人安全のため全長180m、8階建て。乗組員360人 日本人専用インタホン説明者付き、今回200人中日本人はガイドさんを入れて、9人でした。       当然の事ですが、
日本国は南極環境保護。動物、植物ほかに関する南極条約議定書を交わしている。
野生生物の保護,原生状態のままに残しましょう。最後の「聖城」といわれています。 
 私達が訪れる南極の短い夏の季節, 11月から2月が比較的穏やかな日が続く時期。 氷が溶け、花が咲き、ペンギン達は卵をかえし
子育てをする大切な時期です。
マルコポーロ号に乗船すると。船内カード(パスポート)受け取る 赤いパルカ(上陸した時鮮明に分かるように)マント。が配られる。 
 各自スラックス、厚手のウールせーター、帽子スカーフ。ゴム長靴。厚手のウール靴下、手袋。サングラス、日焼け止め、双眼鏡、ナップザック、カメラ。ほか用意します。
船室は比較的ゆったりしていて勿論、シャワートイレ付きです。 船内にはレストランが二つラウンジ四つ
カジノやショウーといったエンターテイメントと豪華設備が有りました。  艦内、日本語の放送がある。
全員乗船してしばらくして、早速避難訓練が行われました、救命胴衣をつけ、救命ボートへ。さすが
マルコポーロ号は午後6時いよいよ南極へ向けウッシュワイヤー港を出航しました。
先ず最初に険しい荒波のドレーク海峡を超え、南極半島のホープベイへ向け夜の海へ期待しながら。
最初の夕食、9人お互い紹介し合い。談笑し楽しくガイドさんを中心に船旅を過ごしましょう。

、船内、朝食、昼食バイキング(後部レストラン)  夕食メインデッキ(レストラン)ここは毎晩ボーイが
専属について、内容も毎晩変わる。 二日目の夜。船長主催に依るフォーマルパーティーが催され
我々も着飾って出席し、しばし談笑楽しみました。
ドレーク海峡の荒波を36時間かけ通過し、ホープベイへ早速大きな流氷、小さな流氷、ペンギンが
沢山、流氷に乗って、歓迎してくれる。おもわず歓声を上げる。
しかしホ^プベイ天候悪く海が荒れている為、上陸出来ず。断念、次の目的地ヤンキーハーバーへ向う。  途中、陸から50mぐらい離れた所を航行している。その陸とは氷壁で高さ30mぐらい、か勿論見渡す限り雪と氷で覆われている。 その氷壁をバックに存分に写真を楽しんだり、ひっきりなしに流れてくる流氷、をみたり。 コーヒーを飲みたければ、いつでも自由に飲めるしマイペースで楽しむ。 寒い。

翌日天候も治まる、いよいよ上陸、五班に分けて各自、色分けされた大きな名札を首から下げ、パルカを着て長靴を履いて、下船の順番を待つ、順番が来ると乗船の時、最初に受け取った、クルーズカードを

1人づつ見せ確認して、船腹からタラップを10段ぐらい降りる。ソデアック・ボ^ト(渓流の激流を数人乗って
冒険し乗り切るボートです)それに約14人乗るボートのふちに各自腰掛け紐につかまる。一艘に1人
船員が乗って、エンジンをかけ、舵を取り目的地へ向う。十数層で行き来する。途中流氷の近くを過ぎて乗船時間約15分前後。 目的地、ヤンキーハーバーにつく、先ず、長靴をていねいに洗う、バイキンを陸に持ちかまない為である。  グレニッジ島のリビングストン島に面した所にあり、輪のような形をした小石の海岸です、ここにはゼンツウーペンギンの営巣地で何万羽と群れをなし、子育てをしています.
人間が近ずいてもぜんぜん平気、逆にヨチヨチ近くに歩いてきます。 すでに雛がかえって口ばしで餌さを上げてる親もあれば、小石を口ばに加え巣を作っている親もいたり、自分の巣とは役30センチm位のまるい輪を積み上げて作る。ずるいペンギンは隣の小石を自分の巣へくわえて来るのも居ました。
子供は親の股の間に首を出したりひ込めたり、 見てて全然飽きない。 その他アザラシが海浜で寝て
いました,また鯨の骨があったり。名前の由来はアメリカ人がアザラシ猟をして鯨も取り食べたりしたので
この地のヤンキーハーバーと銘々したそうです。  帰りボートに乗るとき又長靴を海水で綺麗に洗う
ペンギンの糞をもち込まない為です。乗船, クルーズカードを提示確認。 暖かいコーヒーが待っている。
夕食は中華料理。食後 白夜、氷壁、重い空気 遠くの雪山、猛烈な風。瞬時に景色が変化する凄い。

次の目的地ポートロックロイ向う、朝6時、巨大な流氷30階建てビルのしかも横幅の有るのがゆっくりと
それと中、小にはペンギンが乗ってる 。ひっきりなしに来る。暗く重い雲、南極独特である。
暫くすると、表情かえ大自然を遺憾なく発揮する、晴れやかな青と白、のコントラストが素晴らしい。
二回目の上陸地ポートロックロイ前回同様にソデアックボートで上陸 命名は1907年フランス探検家に
よってなずけられた、そうです。此処には  ゼンツーペンギン がまたまた何万とゆう数驚嘆する、
ここも、鯨の骨とアザラシの群れ、それとペンギンの子供を狙う盗賊カモメが飛来していた。
南極の氷は角度を変えて見ると青いいろをしている。またまた今度は平らな大きな高くない流氷ゆっくり
この辺の海面、鏡のように平ら、かすかに霧がかかっている、氷山をバックに写真を撮る。
今にも崩れそうな、延々と続く陸の氷壁。今度は巨大な高さのある流氷が迫ってくるスリル満点。
ルメール海峡へ、気温グーンと下がる、近くの山々が海面にくっきり映し出される。凄い。重い雲。動かぬ、海面。なんとも神秘な感じがする。あまりの寒さに船内に入る。 早めの夕食を済ませる、

パラダイスハーバーに向う、(白夜で夜10時過ぎまで明るい。)午後7時ボートに乗り、 チリ の基地
パラダイスハーバーに上陸。 木造平屋 結構大きな建物が数棟建っている。 チリ人 がワッペンを
売っていた。購入、  相変わらずペンギンの大群ずっと見渡す限りペンギン、ここにはゼンツーペンギン
と一部ヒゲペンギンが居るそうです。 チリの旗とキリスト様の像が囲って有りました。 帰船。

ハーフムーン島へ向う。 ボートで上陸。ここには、アゴヒゲペンギンが営巣していました、相変わらず
何万山の向こうまで良く子供を間違えないもんだと感心します。  帰船。
(ここの盗賊カモメは遅くやってくるアデリーペンギンに依存し、死にかけた雛や卵を食べるそうです。)
夕食を済ませた後、気楽にゲームを楽しんだり、買い物をしたり。コーヒーを飲み休み、おしゃべりをしている時、はるか遠くでクジラが塩を吹き上げながら、数頭居るのが確認できた。

南極クルーズ、マルコポーロ号は夜も昼も絶え間なく(上陸する時以外)次の目的地へ前進し続けている
我々はホテルであり、食堂であり、遊技場であったり、大切な交通機関でも有る。 夜間大きな流氷が
静かに左右を通過して行く、海面に出ているのは一割、海面下に広がり残り九割、と思うとゾーとする。
巨大な流氷はおもに半島の氷棚が温暖化で大きく割れて、長い月日をかけ、少しずつ流れてくる。

デセプション島。 ブランズフュールド海峡に有る、活火山の島デセプション島は大きな海底火山の頂上
部に海水が流れ込んだ為、水面上の部分は、丁度馬蹄形の形になっていて、浅瀬になり吹き出る温泉
と海水とが、程よい温度となり南極で温泉にはいり楽しめる。  予定で水着も持って来ていた。
ところが。 当日猛烈な悪天候、強風、荒波曇天横殴りの大粒の雨時々雹が、完全武装で甲板へ出て見る、 手すりにやっと捉まって、写真だけ南極の キバ をむき出したところを撮りました。温泉は断念。
さすがの二万トンの大型砕氷船でも、揺れがひどく、食欲がわかない、 すこし横のなる。

船内、デイリープログラム、毎日入ってくる、室内テレビの映画、 アンバサダーラウンジ。講演とか
船内サービスの案内、エアロビクス。卓球、美容室、ブヂェック、バー、デスコ。土産や、スポーツクラブ。

南極半島めぐりを終えて、荒れる ドレーク海峡 へ(1577年英国人フランシス・ドレークがケープホーン
の西風の暴風の水路を乗り越えた。 以来ドレイク海峡と命名した) 
帰りは大荒れとなり、ドレーク海峡をなんと40時間かかり、通過する。ようやくアルゼンチン。ホーン岬が見えてきた。ウッシュアイアの港へ無事接岸する。  厳しい環境に囲まれたアルゼンチン最南端の街。

早速、オプションでウシュアイの観光に出かける、(ビーグル海峡探検ツアー) 双胴船にのってビーグル海峡を探検。  先ずウシュアイア港を出航しビーグル海峡沖の灯台へ海は多少荒れているが双胴船の為、安定している。途中の数多くの岩の上に無数の、ゾウアザラシ、カモメ、鵜の鳥ひしめきあっているのを見ながら、目的地ラバタヤ国立公園へ接岸上陸。綺麗な花が咲き乱れて歓迎してくれた。 ここは
約一万年前まで氷河が堆積していた、オゾン層の破壊で今は草木が生い茂っている。湖へ出る
ウサギ。が 樹木の根元をビーバーのかじった生々しい後が残っていた。さらに海岸に出て、売店で
絵はがきを買い、バスに乗りウシュアイアの街へ戻る。街を散歩記念品購入、写真を撮る。再び
マルコポーロ号に乗船、 フオーマルな服装で夕食を語らい楽しむ。
ビーグル海峡を越えて。プンタアレーナス港へ下船。    (プンタアレーナス。 マゼラン海峡を隔てて、地の果てフェゴ島に面している。パタゴニアの奥深くに位置するチリ南端の都市。)
 大型砕氷船、 マルコポーロ号 実に9泊10日 お世話に成りました。

チャーター便でプンタアレーナスからマイアミへ更にニューヨーク一泊、
翌日市内車で見学。翌日成田へ。 
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