■ 2000年12月7日・・・writer:マイアス

目の前が、本当に真っ暗なくらい、辛い気分だった。 
大学の講義をサボって気晴らしにでも街に出て来たはいいものの、何をする訳でもなく、オレは只々歩いていた。
左手で頬をさする。まだ少し腫れてるみたいだ。




―― バチン!!

智子の平手打ちは予想以上の衝撃だった。「自分で殴ってくれ」と言っておきながら、いざそれをくらうと、やはり嫌な気分だ。 

 「何で、あんな事言ったんだろう?」 

さっきよりは冷静さを取り戻してはいるのに、未だに自分の言った事が理解できない。
もっとマシな言い方や対処があっただろうに。それを何でオレは・・・。 

 「ふぅ・・」 

とため息をする。身体は少し落ち着いたが、心は全然落ち着かなかった。





大学に入って、オレは同じ学部の智子と知り合った。
最初見た印象はそれ程特徴の無い、言わば「普通の娘」。だから全然意識もしていなかった。 

 しかし、日を重ねるごとにどんどん彼女が自分の中で大きくなってきて、その思いを伝えようと決するまでには時間を要さなかった。

ためらいのあった告白・・・。ためらいがあった理由は、自分に自信が無いとかそう言うものではなく、彼女に彼氏がいたという事・・。他でもない彼女自身から聞いた事だった。 

  

 「今、こうして智子に殴られた今なら、こんな事を言うんじゃなかったと思えるのに・・・。何で告白なんかしたんだ、オレは・・」 

そう思う後悔も、あの時には全く通用しなかった。 

 

 「ん?」

 外はすっかり暗くなり、仕事を終えたサラリーマンやOLが一斉に街中に溢れている風景で一様を満たしていた。
そんな中、オレは街路の小わきに構える一軒のカフェテラスを目にした。その明かりはどこか落ち着きを感じ、今の精神状況の自分にとっては何故か立ち寄ってしまいたい気持ちにさせてしまった。


―― カランカラン・・・

小さなウェルカムベルが店内に響く。客はほとんどいないようだ。 

 「いらっしゃいませ・・」 

 店内の風景を見回せ切れないうちに、店のマスターであろう人物が声をかけて来た。
その彼はゆったりと落ち着いた雰囲気でオレを迎えている。「何でそんな笑顔が出来るんだ?客だからか?」と少々猜疑的な気持ちになるくらい、今のオレの気持ちは尖っていた。


 「・・一人なんですけど」

オレはこういう店に来た時には店側には人数しか言わない。
「ここに座りたい」とか「どこか景色のいい場所は無いか?」等と言う常連じみた、かっこいい(のかどうかは分からないが)台詞を言う事は出来ない。まあ、普通はそうか・・。
そんなどうでもいい事を考えていると、その彼は意外な台詞を口にした。

 「お客様は、どちらに座りたいですか?」
 「えっ?」

どちらに座りたいって、、そんな事言われても・・・まだ店内だって全部見たわけでもないし・・どうしようか。
そう彼に言われ、オレは慌て気味に店内を見回す。2.3席の個室、4.5席のオープンテーブルがある。中庭にはテラスもあって、そこにも4.5席用意されていた。

 「こんな薄暗い時間帯に外で飲むのは嫌だし、かといってオープンテーブルじゃ落ち着かない。個室が妥当だ。気持ちが落ち着くだろうし」

そうやってオレが考えているその様子を、その彼はにっこりと微笑んだままで見ている。


 「じゃあ、、奥の個室で」
 「はい、かしこまりました・・」


彼はオレが「個室」を選ぶ事を分かっていたような返事をし、奥にある個室に案内してくれた。少々見透かされている感じがして嫌だったが、悪い人ではなさそうに見えたので、とりあえず彼の案内に身を委ねた。




彼に案内された個室はとてもひっそりとしていた。言葉は悪いが、監獄のような佇まいで、そこにちょこんと腰掛けたオレはまるで囚人のようだった。

 「囚人か・・今のオレには丁度言いかも」

そう冗談めかしていると、さっきの彼がやってきた。

 「はいはい、注文ですか」と頭で答えたオレは壁にあるメニューの方を見て何か温かい物を飲もうと探し始めた。

すると、また彼が意外な台詞を口にした。

 「お客様、取り敢えずお水を飲まれてはどうでしょうか」
 「えっ?」

今日二回目の「えっ?」だ。・・と言うか、そんな事言わないだろう、普通。
テーブルについた客に黙って入れるもんじゃないのか、水って。それを「お水を飲まれてはどうでしょうか」って、まるで水がメニューの一つみたいな言い方だな・・。商売する気があるのか、この店は。

 「あ、じゃあ、お願いします・・」
 「はい、かしこまりました」

しかしその彼の落ち着いた表情にオレは抗う事が出来ず、彼の言う通り、水をオーダーした。


しばらくして、彼が水を持ってきた・・・のは良かったのだが、なんとグラスがジョッキほどの大きさだった。

 「嘘だろ、、」本当にこの彼の行動には驚かされる。しかし、そのジョッキをあたかも当然のように持ってきた彼の様子振りには不思議と嫌味を感じない。まるで、そうする事が一番かのような気持ちすらしてきた。


 そして。目の前に置かれたそれを、オレは一気に飲み干した。何の変哲も無いただの水。でも量が量だけに飲み干した後は、僅かの満腹感と、身体中に広がってきた水々しさのせいで、オレは落ち着きを取り戻していった。

不思議だった、、水って味のしないものなのに、こんなに落ち着く事が出来るなんて・・。
そうか、味が無いからこそ余計に落ち着けるのかもしれない。そう思うと、オレは思わず彼に話しかけてみた。 

 「何で、オレには水を勧めたんですか?」 

そのオレの言葉に少々はっとした表情を見せた彼は二・三度首を振り、ゆっくりと答えた。 




 「お客様が、「何」を求めてここに来たのかを私なりに考えたら、自然に「水」が出てきました」


そう言われて、オレは改めて今日何があったのかを思い出した。そうだった・・。オレ、智子に殴られたんだよな・・。この人はそんなオレの表情を見て、水を選んだんだ・・。

その彼の言葉にオレは何だか親近感を覚えてきた。

 「あの・・少し、話聞いてくれませんか・・?」

店の、、しかも始めて来た店の人に自分の話なんてするのは始めてだ。でもそんな気持ちになったのは、この彼がオレにとって何だか良い存在になっていたからだろう、きっと・・。

 「ええ。私なんかで良ければ・・」


そう言うと、彼はオレの隣に腰掛けた。

 「オレ、好きな人に告白したんです。その人には既に彼氏がいて・・で、その時は「ゴメン。お互い、友達でいようね」って言われたんですけど、オレ自身、全然諦めてなかったんですよね」
 「―― ・・・」
 「で、その人の彼氏が遠距離にいたから、それをいい事にさり気無く彼女の気を引く行動をとりつづけてたんです。その内こっちに振り向くかもしれない・・いや、振り向くに違いないって、そう思ってました」
 「―― ・・・」
 「そしたら、彼女の彼氏からオレの携帯にメールが来てて・・「智子の彼氏だけど、こんなストーカーみたいな事止めてくれるかな」って入ってて、、それを見た時、自分のした事の愚かさよりも、彼女が何でオレに直接そう言わないんだっていう怒りの方が強くこみ上げて来たんです・・」
 「―― ・・・」
 「その日以来、オレは同じクラスの友人に「今スゴイムカツク奴がいるんだけど・・」と彼女に聞こえる程の大声で話し始めたんです。そうする事で彼女に対して牽制をしたつもりだったんだけど・・」
 「―― ・・・」
 「今日、彼女に呼び出されたんです。今までに見た事の無いような怖い表情で。驚きました。で、彼女の口から「こんな卑怯な事をするくらいなら、私に直接言ったらどうなの?」って言われて・・。もう、終わりだと思いました。自分の負けだと思いました。」
 「―― ・・・」
 「そんな申し訳無い気持ちを償いたかったオレは、彼女に「殴ってくれ」って言ったんです。罪滅ぼしって言えばあれですけど・・そうでもしないとやってられなかったから・・」

そう話すと、左頬がまた少し疼いてきた。

 「こうやって殴られて、スッキリしたの気持ちが半分。いまだにもやもやしているのが半分です。オレ・・自分自身がわからなくなっちゃいました・・」

何でこんな事を初対面の人に話すんだろう?今まで生きてきて、悩みとか、そう言った事は他人には全然言わなかったのに・・・本当に不思議だ。不思議な日だ・・。
そして全てを言い切ったオレに、彼はゆっくりと口を開いた。

 「確かに・・お客様の彼女に対して取られてきた行動は間違いだったかもしれません、」

―― ・・そんな事分かってる。

 「でも、お客様は彼女に対して申し訳無いと思い、敢えて殴られた。それは正しいと思います、」

―― そんな事分かってる・・。

 「時間がたてば、殴られておいて良かったと、そう思うのではないのでしょうか、」

―― そんな事・・・。

 「私は、最後の・・今のあなたは、間違ってはいないと思います、」

―― ・・・・。


今日、何でオレがここに来たのか、ようやく分かった気がする。自分でも間違っている事には気付いていた。でも、それを見とめるのが怖かったんだ・・。それを、その事実を自分以外の人に言われる事で、自分を確認したかったんだ・・。


今日、始めて知り合って、小一時間しか経っていない彼なのに、、いや、そんな彼に言われたからこそ、自分を取り戻せた・・。何故だかそういう気持ちになっていた。


店を出る最後に、オレはまた普段なら言わない事を彼に言った。


 「また、ここに来ていいですか?」
 「・・はい。いつでもお待ちしております、」

店主の台詞としてはごくごく普通だったその台詞が、オレの胸にはとても心地よく聞こえた。






目の前が、徐々に明るくなるような、清々しい気分だった。

 

参加者さまより:改めまして、「Happy Recipe」一周年オメデトウございます!
「METV」というサイトをやっている、マイアスです。
今回は特別企画という事で、サリオ姉御の「cafe」とコラボレーション
させてもらってありがとうございました!楽しかったです。
この話についてですが、題の「2000年12月7日」とあるように、
マイアス自身の実話を元に作りました(勿論このお店は存在していないですが)。
姉御に「本人が登場してもOK」と言われたので、つい調子に乗ってしまいました(反省)。
あの時、こんなお店とこんなマスターがいたら、救われただろうなー
という希望を込めて書いてみました。
姉御の「cafe」のイメージを崩さないように書いたつもりではあるので、
「cafe」ファンの方には恐らく大丈夫のはず(?)です。。
ではでは。以上、オメデトウの気持ちいっぱいのマイアスでした。


管理人より:ありがとうございました。
うちのマスターがお役に立ちましたでしょうか?(おい?)初の男性客本当に感謝ですっ
何か黒い経験がおありなんですのぉ。とはいえ、失恋は人を大きくすると思います。
叶わなかった恋の数ほど。人は大人に近づくと思います。
まぁ〜。サリオも、振ったり振られたり。捨てたり捨てられたり・・ふっ・・・。
く・・暗くなってきた・・まぁ。いろいろですよぉ・・・それがあったからこそ・・
今のマイちゃんがあるってのは間違いではないでしょうしね
ジョッキ片手のマスターに笑いました・・ごめん☆つい・・・。ピッチャーじゃなくってよかった。
兎にも角にもっ参加ありがとうございました。またのご利用お楽しみにしておりますっ☆