■ お留守番

いつもとちょっと違うのは、マスターが不在だということ・・・。 
 「あれは、何か抱えてるよな。」
 「え?あぁ・・そうかもねぇ。」

マスター不在の店内は、差し歯が取れたように、何だか足りないような気がした。
店員の二人は、いつものように店を開けて、いつものように、客を出迎えたが・・・
一人客がなるべく来ないように実は願っていた・・・。

 「マスターだったら、絶対声かけるよな?」
 「だろうねぇ・・。ほら、何か、言ってきなよ。」
 「ええっ?!俺に振るなよ。」

オープンテラスに座った一人の女性・・・。時折、木の天辺の方を仰いでは俯いてため息を漏らす。
そんなことを1時間以上も一人で繰り返しているのだから、気にならないというほうが嘘になる。

 「僕が見つけたわけじゃないし、やっぱり、行って来なよ。」

ぽんぽんっと相方の背中を叩いて、満面の笑みを湛える。

 「う〜・・・。嫌だ。俺何も思いつかないし・・・。」
 「そう?じゃあ、そっとしてあげとくんだね。大体、そんなこと気まぐれでするもんじゃないよ。」 

相変わらずの笑顔でそういった彼に、ぶすっとしたまま両肘をカウンターに着き顔を乗せた。 



あ・・・。ハンカチ出した。 

あちゃぁ〜・・泣いてるんじゃねぇ? 

何があったんだろう? 

ん?携帯見てる。実は待ち合わせだったのか?? 

  

  ばこんっ! 

 「いってぇな!!」
 「うっとおしいっ!声かけるつもりもないなら、さっさと、仕事して!」 

お盆の裏で叩かれた頭を擦りつつ、ちょうどタイミングよく入ってきた客にメニューとお水を用意する。 

例の場所に、再び視線を送ったが相変わらずな調子だった。 

 ふぅ・・・。 

と大きなため息をつき、他の客の注文をとるが彼女が気になって仕方なかった。 

 「あの?聞いてます?」
 「あ、すいません。大丈夫ですよ。ご注文繰り返させていただきます。」 

やっぱり、繰り返した注文は間違っていた。 


あははっ・・と情けなく笑うと、カウンターで見ていた相方が渋い顔で睨んでいた。


仕方ないじゃないか。
ここで、あんな顔されてたんじゃ・・・。
ったく・・・なんでこんな日に限って、いないんだよ。

 「ボケマスター。」


  ぼすっ!!

 「いってぇ〜・・。」
 「誰がボケですか。」

ちらちらとテラスを見ながら、エスプレッソメーカーに気を取られていたら、独り言を言ってることに気がつかなかった。
『用事』とやらから、丁度今しがた戻ってきたらしいマスターに書類ケースで頭を叩かれた。

 今日は厄日だ。

 「ちゃんとお留守番してくれてましたか?」
 「店番だろう?」
 「どちらでも構いませんよ。似たようなものでしょう?お土産にゴディバのチョコレート買ってきたんですけど、後で裏でいただきませんか?」

にこりとそう言って笑ったマスターに、とげを抜かれた。

 それよりも。

ぐいっと裏へ引っ込もうとしていたマスターの腕を引っ張った。
気分悪そうに振り返られたがそんなことはどうでもいい。

彼は顎でテラスを杓った。

 「気になるんなら、行けばいいんだよ。さっきから。」
 「うるせ〜!」

マスターの腕から、書類ケースを受け取りつつ、相方に悪態をつかれて「いーっ!」と口をゆがめる。

 「全く。何をやってるんですか?あれでも、寛いでいらっしゃるのかもしれないでしょう?」

口ではそう言いながら、マスターはカウンターの裏にかけてあったエプロンを身に付ける。

そして、静かに、彼女の元へ足を運んだマスターを見送った。
片手には、土産だと言っていた箱がそのままだ・・・。


ええっ?!あげちゃうの?
ちょっと・・楽しみにしてたのにっ。


彼女はマスターが差し出した箱から、一つ摘み上げるとにっこりと笑ったように見えた。

 ほっ・・・。

 「今、内心ホッとしたろう?好きだもんねぇ。チョコレート。」
 「してねぇよっ!」

相方の何か企んだような笑顔に、へそを曲げて、そっぽをむく。

向いた先にまた、彼女が目に入って、
さっきとは雰囲気が変わっていたことに、やっぱり、マスターは凄いなと改めて思った。

 

 「はい。お留守番お疲れ様。」

 

カウンターへ戻ってきたマスターに、チョコレートの箱を渡されて条件反射で受け取った。

 

マスター不在のそんな日に、あんな客は懲り懲りだと改めて実感した人の良い彼でした・・・。