蛇足小説 〜南領親子事情〜

 南領。
 グラインダーズは弟が眠る寝台のかたわらで、憔悴していた。
 ・・・弟が魔風窟で傷を負って戻った。深い傷で、しかもその傷を隠し通していたので発見が遅れたため、弟は今、意識不明の重体だ。
 こういう事は何度かあった。しかし今回ばかりは本当に危ないかもしれない・・・
 彼女の後ろで腕を組んで自分の息子を黙って見おろしていた炎王が、低い声で言った。
「グラインダーズ。父はちょっと出かけてくる」
「―――父上?! アシュレイが大変なこんな時に、一体どちらへ!」
 部屋を出て早足で進む父王の背中をあわててグラインダーズは追いかけた。彼女の後ろからお付き文官と武官が走り寄ってくる。
「・・・・・決まっている」
 振り向きもせずに言葉を返す父王の背中を見て、グラインダーズは顔を引きつらせた。 炎王の全身からドス黒い戦闘霊気が吹き出している。
「・・・息子をこんな目に遭わせた魔風窟のゴミどもを、ちょっと殲滅してこようと思ってな。な〜に、すぐに戻る」
 その言葉とただならぬ戦闘霊気に、お付き武官と文官達がそろって「ヒィィ・・!」とすくみあがりながら、救いを求めるようにグラインダーズを見た。
「ひ・姫様! いつもの!・・いつものをお願いします!」
「やむを得ないわね。 ―――総員!かかれぇ!」
グラインダーズの号令に、武官文官近くにいた使い女達が、両側から炎王の両腕にぶら下がるようにしてわらわらと群がった。
「ぬうっ!邪魔をするでない!」
 霊力が常人とはケタが違う炎王が、腕を一振りして彼らを振り飛ばす。
しかし一瞬の隙が出来ればそれでいいのだ。
「父上!お許しを!」
父王の背中に飛びかかったグラインダーズは、足で胴を抱えると同時に両腕を父王の首にまわすと、思いきり締め上げた。
チョーク・スリーパー。絞め技だ。 気管ではなく頸動脈を圧迫するので、技を掛けられた当人は数秒で血が脳に行かなくなり、ブラックアウトする。
 ・・・数秒でがっくりと力の抜けた父王からグラインダーズは飛び降り、ぽんぽんとドレスからホコリを払った。
「姫様、相変わらずお見事で!」
「いつもどうり寝台に鎖で縛り付けておいてちょうだい。獅子用・・・いえ、クマ用の鎖で厳重にね!」
「了解いたしました!」
 最敬礼をした武官たちが炎王を担ぎ上げて去ってゆく。それを見送り、グラインダーズはため息をついた。
 ・・・アシュレイが重傷を負うと、父王はいつもこうだ。 怒りに我を忘れて魔風窟に突撃をかけそうになる。
グラインダーズはいつもそれを止める役だ。
「・・・まったく。世話のかかる男達・・・!」

・・・・・美しき親子愛であった。