投稿(妄想)小説の部屋・別館

ここは、花稀藍生さんの投稿小説をまとめたページです。
感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

秋思清冽

 
吹く風の中に、冬の気配がありありと感じられるようになりました。
あの人が姿を消してから、すでに一年が経とうとしています。
手に一葉の手紙を握りしめて、この人が駆け込んできた日から。
その日もちょうどこのような風が吹いていました。
この人の、蒼白な顔を見たのは、後にも先にもこの一度だけ。
飛び込んでくるなり、こう言いましたっけ。
「桂花を探してくれ」と。

あの人とこの人の間に何があったのかはわかりません。
ただ、あの人が姿を消す数日前に、二人の間に何か諍いがあったというのは、 聞いていました。
ぽつぽつと話すこの人の話から、何となく想像がつきました。
嬉しいことも、悲しいことも、真っ先に話しに行くこの人が、 あの人に関することだけは唯一話せないことでした。
ですから、あの人に関する話を聞くのは、私が相手でした。
もともと、あの人の話が、この人の口に上らなかった日はなかったのですが。

・・・自分に、誰かの面差しを重ねるようになったあの人が、 どうしても許せなかったと。
そうして、剣を突きつけてしまったと。
「俺を見ようとしない桂花は、すでに、罪だ・・・」
・・・押し殺した、血を吐くような呟きでした。
この人の普段からは想像もつかないような、昏い、感情。
そして、なんと幼く、なんと激しい、熱い感情であるのか。
・・・あの人は、だから姿を消したのかもしれない。
もろともに、焼き滅ぼしてしまうような、この人の激情から。

あの人はこの人を何にも変えがたいように大事にしていました。
けれど、時折、この人を見つめるまなざしが、まるでこの人の成長を厭うように、 悲しいものを含んでいることに私は気づいていました。
そうして、少しずつ、この人から距離をおき始めたことも聞いていました。

なぜでしょう。
あの人はこの人の成長から目を背け、 この人はあの人と並ぶために、早く大人になろうとした。
互いのことしか考えていないはずなのに、 なぜ、すれ違ってしまったのでしょうか。

・・・あの人を殺すおつもりだったのですか、と私が聞くと、 たよりなく首を横に振られました。
あの人を殺して、想いが成就するようなら、 この人はとうにそうしていたでしょう。

・・・一度だけ、柢王という方のことを占ったことがありました。
「死んでも桂花を離さない男だよ」
この人はそう言いました。
この人はそう感じるのでしょう。
私はむしろ、あの人が離さないのではないのかと感じました。
柢王という方が亡くなった時、愛した人の魂を追って、 あの人の魂も彼岸の世界に行ってしまったのでしょうか、 あの人はこの世界に両足で立っていながらもどこか空虚で。
この世にいながら、この世のものでないような。
・・・けれど、その空虚が一種のあやうさとなり、 かえって人を惹きつけてやまないのかもしれません。

・・・私の中にも、同じような空虚があります。
物心がつく以前から、ずっと感じていました。
まるで私が生まれる以前に、何か大事なものを置いてきてしまったような、 そんな空虚が。
その空虚な部分があるから私は不完全なものであり、 けれど不完全であるがゆえに、私はこのような力を 授かったのではないか、と思うのです。

もちろん私はすぐに占いました。
けれど、水晶には何も映りませんでした。
・・・いいえ、映らなかったというよりは、 映さなかったといったほうが正しいでしょうか。
水晶は、材質をアラバスターに変えてしまったかのように、 真っ白に染まりました。
何度占いなおしても、その都度水晶は白く沈黙しました。

・・・白。
それは、あの人に感じる印象そのもの。
光を透して『色』は、初めて色としての認識を得る。
あの人は、光をはらんでその内部を見せる透明色ではない。
白は光を透さない。
一点の汚れも許さず、光を浴びて輝きながらも、 その内部は決して見せようとはしない。
どこまでも冷たく、なめらかで、硬質な、秘黙の白・・・。

・・・占い方を変えねばなりませんでした。
この広大な大地に逃れた、一人の薬師を見つけること。
絞り込める情報が、使えず、ただ、漠然としたイメージだけで探すことは、 並大抵のことでは出来ません。
占いは、力を消耗します。
幾度となく繰り返した占いは、確実に私の命をそぎ取りました。
この人は、もういい、やめてくれと言いました。
それでも私はこっそり占い続けずにはいられませんでした。
占いのほかに、この人に私がしてあげられることは何一つないのですから。

出迎えた私に笑みを向けるこの人は、すっかり落ち着きを取り戻して いるように見えます。 けれど、今一番この人の近くにいる私にはわかるのです。
この一年、この人が、あの人のことを思わなかった日は、ないでしょう。
時折共にする寝台で、あの人の名を耳にしなかった日は、ないのですから。
「桂花」と。

・・・私が、『女』になる日は来ないでしょう。
この人を愛している、それゆえに。
これは、直感。
・・・女の、第六感・・・。
私の中の空虚は、子宮に宿っているのかもしれません。
命をつなげる気はなくても、月ごとにくる障り。
・・・だから、この人が私を愛していないとしても、悲しむ必要はないのです。
悲しみは空虚に吸い取られ、やがて流れ去るのですから。

この人が差し伸べる手に、わたしはそっと自分の手を重ねます。
伝わってくるぬくもりに、時々泣きたくなります。
他人から見れば、私たちは仲むつまじい夫婦のように見えるでしょう。
この人の幸せを一番にのぞみながらも、 私は、この真似事を、もう少し続けていたいと願ってしまうのです。

終。



このページのTOPに戻る | 花稀さん目次TOPに戻る