投稿(妄想)小説の部屋・別館

ここは、花稀藍生さんの投稿小説をまとめたページです。
感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

一分小説 〜帰家抱薫〜


「・・・あなたときたら、また 人界から」
 人界から帰ってきた柢王を東領の『家』で出迎えた桂花は、彼が結界に包んだマントを小わきに抱 えているのを見て呆れたようにため息をついた。
 彼は時折、禁じられているにもかかわらず土産と言って人界の物を自分の結界に包んだ状態で持ち 帰ってくる。他愛のない花や木の実、―――そして、桂花の内側に爪を立てるような、懐かしい愛し い女の残した品物を一度だけ持ち帰った。
 それ以来、桂花は柢王が人界から物を持ち帰るたびに心の奥で一瞬身構える癖が出来てしまった。
「怒ンなよ。何もモノは持って帰ってやしないって」
「では、どうしてマントを結界で包んでいるのですか?」
 桂花のきついまなざしに肩をすくめながら扉を閉めた柢王は、マントを包んでいた結界を解くと、 桂花の前で広げて見せた。
「・・・な? 何にもないだろ?」
 確かに何もなかった。虚をつかれた桂花に笑ってマントを頭からかぶせると、そのまま抱き寄せた。
「・・あ・・ッ・?」
 途端押し寄せてきた香りに桂花は小さく声を立てた。
「今回の土産はコレ。今、人界にはティアみたいな趣味の奴らが多くてな。自分で自分の香りを作っ てそれを服に焚きしめる遊びが流行ってんだよ。コレが一番お前に似合いそうだったから、持ち主 の隙をついてこのマントに焚きしめといたんだ。」
 そして、香りが飛ばぬよう、結界で包んで持ち帰ってきたとのことだった。
 桂花の体温とそれを包む柢王の高い体温で、焚きしめられていた香は眠りから覚めるように香り立 ち始める。
「・・・・・・」
 人界の、この時代にはおそろしく高価な材料である香木・香料をふんだんに使って作られたのだろ うそれは、かすかな甘みを含んだ、深く冴えわたる真冬の夜空を思わせる香だった。
「・・・どうせ、どこぞの高貴な姫君とやらの香でしょうが」
「いや、下ぶくれのモテモテ女たらしのヤローだった」
 柢王の言葉に桂花は吹き出した。
「モテモテの女たらしヤローの香だったら、どうしてあなたがこの香をまとわないんですか?」
「俺はいいんだよ。そういうの面倒だし。それに」
 小さく笑う桂花の額に自分の額を押し当てる。手を伸ばして自分を見上げる桂花の形のよい頭から マントを押し下げて、長い白い髪に指を絡める。
「それに、どうせなら、お前から移してもらうほうが楽しいだろ」
 柢王は桂花の髪に顔を埋めた。
 ・・・持ち帰った香りのその奥に いつもの桂花の匂いがした―――。
 
 ―――――・・・・・
「・・・・香、飛んじまったな」
 花街の調香師の所に持ち込んでこれと同じ香りを作ってもらおうと思っていた柢王は、いささか呆 然と座り込んだ足下でぐしゃぐしゃになったマントを見おろした。
「・・・・・何を今さら・・・・・あなたのせいでしょうが」
 狭いマントの上で柢王と背中合わせに座り込んでいる桂花は、何度も柢王の手でかきあげられて乱 れに乱れた髪を手櫛で梳きながらあきれたように返す。
 ・・・彼らの下で即席シーツとなったマントは、彼らの重みと熱でもみくちゃにされて とっくの昔に 香りが飛んでしまっていた。
「・・・全くいきなり何なんですか あなたは」
「・・・・・」
 もつれた髪と格闘しながら桂花が聞くのに、柢王は黙って頭をかいた。背中合わせに座っているため、原因を思い出して真っ赤になった顔色を覗かれなかったのは幸いだった。

 ・・・・・言えない。桂花の髪の匂いを嗅いだ瞬間、理性が吹っ飛んだなど。

終。

 
 
 

三分小説 〜君之面影〜


 過去モノを見つけました、と蔵書室に足を踏み入れるなりティアはナセルにすれ違い様にささやか れた。ティアは目線を交わさないまま頷き、蔵書を見回る振りをして本棚を回り込むと蔵書室の一角 に設けられた個人用の小さな閲覧室に入り、腰を下ろした。ほどなくしてナセルが小冊子を持って現 れた。
「ありがとう、ナセル。いつもすまない。君のおかげで本当に助かっているよ」
 小冊子を受け取ったティアが、その表紙に刻印された守護主天の御印を確認し、ほっとため息をつ いた。・・・時々、蔵書室には歴代の守護主天が書いた覚え書きや、その私生活に関する事が他人の筆致 で書き連ねられたものが出土するのだ。守護主天の私室にあるべきそれらが何故蔵書室の蔵書の中に 埋もれているのかは謎なのだが、内容が内容なだけに他人の目に触れ、それが白日の下にさらされる ことを考えると怖い。非常に怖い。
 今までは十メートル歩くのに何分かかっているのだ? というヨイヨイの爺さま司書がほとんどで蔵 書の整理がはかどらない分、出土も少なかったのだが、ナセルという若い才気煥発型の天才司書が蔵 書室に配備されて以来、蔵書の整理が日を追うごとに改善されてゆく分、出土件数も増えた。
 ティアはナセルにそれらのモノが出てきたら、自分に渡してくれるよう頼んでいたのだ。
「いえ、これも仕事の一環と思っていますから」
 過去に自分にかけられた冤罪をはらしてくれたティアに恩義があるナセルは謙虚に応え、何事もな かったように仕事に戻っていった。
 一応コレはティアとナセルの間に交わされた秘密なのだ。だからナセルはそれらの本を見つけても 執務室に連絡をしてきたり持っていったりはしない。ティアが蔵書室に現れるとそれとなく耳打ちし、 人目の少ない閲覧室でティアが待っていると、仕事で回ってきた振りをしたナセルがそっとそれらを 置いて去ってゆく。何事もなかったように。
 アシュレイのことに関しては一切譲るつもりはないけれど、ティアは彼の仕事に関する情熱は認め ているし、信頼している。
「・・・・・」
 ティアは気むずかしい顔で小冊子を見おろし、それから意を決したようにパラパラッとめくってみ た。それは本型のスケッチブックのようで中の白い紙の上にはさまざまな人物が素描で描かれていた。
「・・・・・?」
 一旦閉じて一番最初のページをめくってみる。
 そこに描かれた胡桃色の長い髪と宝石じゃらじゃら&レースびらびらのゴージャスな服をまとって こちらに色気と情欲ムンムンの淫蕩なまなざしを送ってくる人物を目にした途端、ティアは顔を背け て音高くスケッチブックを閉じた。
「・・・・・・・・ まさか、『愛人大全』の草稿 とかじゃないよね?」
 先代ならやりかねない。
 意を決してもう一度ページをめくり、素描の人物のあちこちに走り書きされた文字を慎重に追って みて、やがてティアは安堵のため息をついた。
 何のことはない。『生誕祭』の出席者のスケッチだったのだ。
 服装の感じからして、おそらく何十年か前のものだろう。
 先代の愛人の一人が描いたのだろうが、なかなかリアルに描けている。シンプルな線の中にその人 物の特徴をうまく捉えているので、この人は南の大貴族の○○公で、その隣にいるこの人は西の芸術 家の○○師の若かりし姿だな、など、実在する人物と簡単にマッチングすることが出来た。
 愛人が気に入ったのだろう人物は、よりリアルに丁寧に描かれ、着色もされていた。
 その中に壮年期の蒼龍王を見つけ、苦笑する。・・・女性にもてる男は、総じてそういう男にももてる ものだ。
「・・・こういうのなら、悪くないね。」
 少し楽しくなってさらにめくると、まだ文殊塾生であろう年頃の少年たちが描かれていた。赤い瞳 と赤い髪の少年と黒髪と黒い瞳の少年。ティアは浅黒い肌とややきつい印象を受ける赤い瞳の少年を のぞき込み、首をかしげた。
「・・・もしかして、炎王殿、か?」
 成長期前の骨格がまだまだ細い少年なので面影は辿りにくいが、多分間違いない。
「・・・アシュレイが見たらきっと喜ぶよね」
 天主塔に誘い出す口実が出来たことにティアは笑った。そして今度は炎王の隣の黒髪の少年に視線 を移す。
 炎王の隣に立つ黒髪の少年は、ぬけるような白さの肌とやや大きめだがすっと通った鼻梁や、意志 の強さを感じられる形の良い太めの眉、そして黒曜石を削りだしたかのような瞳をしている。
やや厚めの唇を引き結んださまは ともすれば尊大さすら感じ取られ、それが少年の地位の高さを物 語っていた。 背は炎王より高い。
 ・・・なかなか押し出しの良い容貌の美少年である。 黒系統の色で品良く統一された長衣がよく似合 っている。
 ティアは首をかしげた。 王族の隣に並べられるとしたら、大貴族の子息が普通だが・・
(・・・・こんな風貌の人がいただろうか・・・?)
 役職上、大貴族とも顔を合わせる機会が多く、一度会ったすべての人の顔と名を合致させているほ ど記憶力の良いティアだが、この人物に見覚えがなかった。
 そこにたまたま本を抱えてヨロヨロと進んでくる老司書と目があった。大貴族ならば蔵書室に訪れ る機会も多い。この年代なら文殊塾で出された課題を解くために蔵書室に来ていた可能性もあるから、 もしかしたら勤続年数の長そうなこの老司書が知っているかもしれないとティアが彼を呼び止めて素 描を見せて尋ねてみた。
「おや、お懐かしいですな」
「知っているのか?」
 一目見てあっさりと解ったらしい老司書に、どこの大貴族か? と問うと、彼は一瞬きょとんとし、 嘆かわしげに首を振った。
「何を言われますか。この方は貴方様がよくご存じのお方です」
「え?」
 きょとんとしたティアに、老司書は言った。
「貴方様の父君であらせられます、元服前の閻魔大王様ではありませんか」
 
 ・・・・・・・
 本を掴んだまま椅子ごと後ろに倒れて気絶した守護主天と、それに驚いて腰を抜かした拍子に壁に 頭を打ちつけて脳震盪を起こした老司書に、閲覧室は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 ティアランディアはそのまま半日寝込み、夕方に駆けつけた南の太子に脳みそが飛び散るくらい頭 を揺すぶられてようやく目を覚ました。 しかしそれから3日間ほど放心状態が続き、付き添いの南 の太子を青ざめさせることになった。
 頭を打った老司書は、事の前後のあらましをすっかり忘れ果てていた。

「・・・・・」
 そしてナセル。 私室で気むずかしい顔をして彼が睨み付けているのは、机の上に鎮座している 今日の大騒ぎの原因になった本である。 あの時、騒ぎを利用して、ティアの手から本を抜き取って おいたのだ。
(・・・天界最高の貴人にして天界最高の頭脳の持ち主である守護主天をショックで気絶させる程の 衝撃的な内容とは 一体・・・・・)
 おそらく一般人である自分が読めば一発で呪いが百ダースも降りかかってくるような恐ろしい事柄 が記されていたに違いない。
「・・・・・・書架で寝るか・・」
 置いておくのも恐ろしいが動かすのも恐ろしい、ましてや同じ部屋で一緒に寝ることなど出来るわ けがないその本を目の前にして、ナセルは一日も早く守護主天がこの本を引き取ってくれるよう願っ たのだった。

終。

 
 
 

二分小説 〜紅激白辛〜


 ゴリゴリゴリゴリ・・・
 床に膝をついて薬研(やげん)でさまざまな植物を干したものをゴリゴリと一心にすりつぶしてい る桂花の背中に、柢王はおそるおそる問いかけた。
「・・・も・猛毒でも作ってんのか? 桂花」
 呼びかけられた桂花は「何を馬鹿なことを言っているんですか」とでも言いたげな視線でちらりと 振り向いて柢王を見、さっさと作業に戻った。柢王は冷や汗をかきながらゆっくりと桂花の横に回り 込む。
(こ・怖えぇ〜〜・・・)
 ・・・何というか、目が怖い。というか背中に殺気が漂っている。 場所が場所でなければ、ついに自 分の女遊びに耐えかねた桂花が猛毒を作っている現場に鉢合わせた・・・としか考えられなかったかも しれない。
 ―――そう、場所が天主塔の大厨房でなければ。
 薬研ですりつぶしたモノを桂花はスプーンですくい上げ、横に置いた紙の上に落とす。20センチ 四方の小さな紙の上には、今まですりつぶしたスパイスが小さな山となって積まれていた。
「そんなちょっとの量で大丈夫なのか?」
「量が多ければいいというものではありません」
 柢王の問いかけに振り向きもせずに桂花は返す。右手を伸ばして持ち込んだ袋の中から干した植物 を2.3個つかみ取り、薬研に放り込んですりつぶし続ける。
「おい・・・さっきの・・・・」
 薬研に放り込んだそれが、蛍光グリーンと紫と蛍光ピンクのまだら模様をしたイボイボの突起を持 つ実であったのを見て、柢王が慌てる。どう見ても魔界植物だ。
「毒性はありません」
 何の感情も込めずに言い放つ桂花に、柢王は冷や汗をかきながらゆっくりと後ずさった。

 ・・・そして、桂花が薬研を扱っているその反対側の調理台の前で、火にかけられた大鍋の中身をかき 混ぜるアシュレイの姿があった。
「・・・・・・アシュレイ・・」
 彼から少し離れたところからアシュレイを見つめるティアの瞳に涙が浮かんでいるのは、額に汗し て料理を作る恋人の横顔に感動しているからだけではない。
 アシュレイの周りには何やら赤い靄のようなモノが立ちこめている。そしてそれは、まちがいなく 彼がかき回す鍋から発生しているのだった。
 大厨房は天主塔始まって以来2度目の避難勧告。最後に出た料理長は厨房を振り返って目尻に涙を 浮かべながら悄然と去っていった。
 大厨房にいるのは、アシュレイ、桂花、ティア、柢王(五十音順)の四人のみ。
 そしておそろしく広い厨房に立ちこめるのは、強烈激烈苛烈にスパイシーな匂い。
 ・・いや、もはや匂いという次元ではなく すでに目に来ている。だからティアは泣いているのだっ た。そして、露出している肌がピリピリしている。
 ティアはハンカチで目元を押さえながらゆっくりと後ずさった。

 ・・・事の発端は霊界から遣わされた天主塔の監査人に対し、意趣返しとしてアシュレイが手を加えた 激辛料理についてだった。 愛妻料理を味わえたティアはご満悦だったが、その後の処理に追われま くった桂花はいい迷惑だった。
 その話をたまたまティアが二人のいる前で蒸し返してしまったのだ。ティアがまたアシュレイの手 料理を食べたいと言った時に、桂花が体調を崩されてはたまらないと止めたのがアシュレイの癇に障 ったらしい。 その後はおなじみの罵詈雑言の嵐、そして、
「てめえは 根性が曲がるほど苦い薬しかつくれねえだろうがっ!」
 と、アシュレイが言い放ったこの言葉が桂花の逆鱗に触れた。あとは売り言葉に買い言葉、最終的 には守護主天を巻き込んで激辛料理対決を行うことになってしまったのだった。

 そうして彼らは大厨房の端と端の調理台に陣取って激辛料理対決をしている。
 ・・・といっても、公平を期すために料理長が自らダシをとったブイヨンスープに季節の野菜の角切り を加えて煮込んだものをつかうから、彼らはそれにスパイスを加えて調味すればよいだけだ。
 ―――よいだけなのだが。
(うわああああああぁぁぁぁぁ・・・・・)
 内心で悲鳴を上げるティアが見守るその目の前で、アシュレイは実に無造作に真っ赤な粉末が入っ た袋(業務用1kg)を逆さにしてその中身を全部大鍋の中にあけた。
(・・・アレ入れるのって、確かコレで3回目・・・)
 ・・・3kg+α(王家秘伝のスパイスだそうだ)ものスパイスを投入され、もはや煮えたぎるマグマ の様相を呈した大鍋の中身は、新たに加えられた粉末をゆっくりと飲み込み、赤い蒸気を噴きあげた。
「おい! トロいやつだな! まだかよ!」
 鍋のふちをお玉でガンガン鳴らしてアシュレイが桂花に怒鳴る。
 すりつぶしたスパイスの山が盛り上がる紙を慎重に持ち上げながら桂花がうるさそうに言った。
「こちらもコレを入れれば終わりです」
 ・・・ここでようやく桂花が自ら調合した調味料を小鍋の中に投入した。
 投入したその際に、ジュゥーッ! という音を立てて、煤煙とも噴煙ともつかない真っ黒な蒸気が小 鍋から噴き上がったのを、ティアと柢王はしっかりと見た。
 鍋の中身はあっという間に黒緑色に変じ、周囲に強烈激烈苛烈にスパイシーな匂いをまき散らし始 めたのだった。
 ・・・・・厨房内の空気は赤とも緑とも灰色とも言えない摩訶不思議な色になった。壁際に伏せてある竹 製の蒸籠は真っ黒に変じ、野菜はしおしおとしなび、卵は真っ赤に染まって表面が溶けかけている。

 もはやここまで来ると激辛料理も猛毒と大差ない。

 ・・・ゆっくりと後ずさり続けていたティアと柢王の背中が当たった。二人は顔を見合わせた。
「・・・どうしよう。確実に死人が出ちゃうよ、コレ」
 涙目のティアが言うのに、冷や汗をかき続けている柢王が言った。
「・・・いや、死人云々以前に、・・・誰が喰って、誰が判定すんだ?」

 ティアと柢王は青ざめた顔で視線を交わした。 そしてゆっくりと2.3歩後退すると、回れ右し て入り口に向かって猛ダッシュをかけたのだった・・・

終。


このページのTOPに戻る | 花稀さん目次TOPに戻る