転移者 とある深夜・・睡眠中、猛烈な腹痛に襲われた俺は、ひとり、個室で 踏ん張っていた。 何か傷んだモノでも口にしたんだろうか?と、就寝前の記憶を辿るも、 一向にそんな記憶は無い。 何故なら、昼にバイキングで食い過ぎて、夕飯が入る程の隙間も無かっ たもんだから、食ってない。 食中りを疑うのなら、昼食だ。 だが、いくら考えても、中りそうなモノには記憶が無い。 仕方が無いので、この戦いが終わったら、ラッパ印の世話になろうと心 に決め、下腹部の痛みに抗うコト数十分。 ・・気付けば、空気椅子状態で、見知らぬ山中に居た。 「は?ど、何処だ!?・・って、ぅぉお危ねぇ!!」 突然の空気椅子に驚き、体勢が後ろに傾いた瞬間思い出した。 俺、脱糞中だったじゃん!! 急いで身を捻り、左腕を支点に受け身を取りつつ、その場から1メート ルほど離れ、視線を向ける。 視線の先に見た限り、ひり出したブツは無かったが、紙も無いので近場 の葉っぱで尻を拭き、立ち上がる。 月明りの下、周囲を見回すも、完全に見覚えが無い。 俺の住む場所は、閑静な住宅街どころか、山の中腹辺りに建つ二階建て の一軒家で、今年の頭に宝くじで高額当籤を叩き出したのを機に、長年 勤めた会社を30歳を目前に早々にリタイアし、独り暮らしなのをイイ 事に、毎日ゲーム三昧な生活を繰り広げて居た。 挙句に、自宅周辺の土地は、周囲の山も含めて、ほとんどが俺の土地だ から、半径数キロ単位で隣家も無い。 そんなだもんで、俺は、裸族だった。 そう・・俺は今、現在進行形で真っ裸なのだ。 待てよ?俺・・もしかして、ピンチなんじゃないか? つーか、ホントにここ何処だ!? ・・ん!?待てよ?月明りの下とはいえ、ちょっと明る過ぎないか? ふと、月を見上げるべく、視線を上げると、そこには2つの三日月が浮 いていた。 「あ!?なんで2つ!?」 そこでピンと来た。 ここって、もしかして・・異世界? 異世界転移ってヤツか!? ラノベやゲームが大好物な俺は、思わず小躍りした。 月明りの下、アラサーのおっさんが全裸で踊る姿は、きっと異様な光景 だっただろう。 ちょっとテンションが上がり過ぎていたらしい。 俺は、今更ながら人目を気にして周囲を見回すが・・相変わらず、気配 も感じられない。 そういえば・・神様にも会ってないな? こういう転移系では、神様の謝罪とかからイベント進行するモンじゃな いのか? ・・・。 ・・無いのか? じゃあ、ステータスだ。 念じればイイのか? ・・・。 あれ?出ないな。 「ステータス!」 ・・・。 「ステータス・オープン!」 ・・・。 「メニュー!詳細!表示!パラメーター!!メインメニュー!サブメ ニュー!セルフメニュー!モード!チェック!!あ、自己鑑定!? 違う!?なんだ?どうやって確認すりゃイイんだ!?これ、どうな ってんだよ!?おーい!!」 あーでもない、こーでもない、と・・思い付く限りのワードを試してみ るも、一向に表示されないステータス画面に、さすがの俺も半泣きだ。 気付けば、朝日が昇り始めていた。 ・・もしかして、この世界・・元の世界と一緒で、ステータスチェック という概念が無いんじゃあ・・? そんな考えに至った時点で・・俺は、心が折れそうになっていた。 「ステータス!俺のステータス!!ぅぉおおお〜ん!!」 そんな時だ。 背後の林から、草むらを踏み締める複数人の足音と誰何する声が聞こえ てきたのは・・。 「そこに誰か居るか?」 「ぇひゃい!?」 「おーい。こちらは敵対する気は無いから、返事しろー」 一晩経って初めて会う人に、驚きが沸き上がると同時に思い出す。 俺、全裸・・。 「は、ちょっ待っ!ごめっ!待って待って!!」 「お、どうしt・・っ!!」 振り向きながら咄嗟に股間を手で隠すのと、林の向こうから現れた男性 の視線に捉えられたのが、ほぼ同時だった。 時が一瞬、止まったような気がした。 というか、実際、お互いに硬直してしまった。 その後・・相手の好意で、パーカー状の上着とハーフパンツを貰い、す ぐに着替えた。 ついでに、サンダルも貰えた。ありがたや・・♪ お互いに男同士とはいえ、温泉とかならまだしも、普通に野外で全裸を 目撃されるのは、実に気まずい。 とはいえ、ここまで世話を焼いて貰って、何の説明もしないのは申し訳 無いので、このような状況に陥ったワケを正直に話すと、もの凄く同情 されてしまった。 どうやら、この世界に転移してきてしまう事故は、たまに有るらしい。 聞けば、彼の弟子や相棒も、この世界に事故で転移してきてしまった事 情があるのだとか。 ちなみに、彼自身は、自分で転移魔法を使えるので、帰還は可能なのだ と言う。 良ければ、転移で自宅に送ってくれると言うので、その厚意に甘える事 にした。 さすがにステータスの確認もできない異世界で暮らすのは、現代日本の 生活に慣れてしまってる俺には無理がある。 チートのひとつふたつでも有るんならまだしも、何も確認できない状況 で異世界生活が可能なほど太い神経は無い。 ・・ステータスが見れなくて号泣するぐらいだからな。 こういうのは、ゲームの中だけで充分だ。 俺は、混乱の極みに陥っていたはずが・・一周回って落着きを取り戻し ていた。 だが、冷静になり過ぎて、今度は【転移魔法】で送って貰えるコトに、 素直に喜んでいた。 そういやぁ、なんで異世界なのに日本語で通じるんだろう? 言語解読スキルでも生えてるのかな?スキル確認できないけど・・。 「で・・だ。思いの外、落ち着いてるようで何よりだが・・何処から 来たのか分かるか?」 「え。・・えーとですね・・地球の、日本・・で通じますか?」 「ああ、日本な。(現生第3次元界だな・・)分かった」 「あぁ、分かるんですね」 「ラノベだの、ゲームだので、異世界に対する忌避感が少ない人種の 巣窟だからな・・。ちょっと待てよ・・?」 何やら、周囲を見回しながら、俺が最初に居た辺りで立ち止まる。 「ここか。(次元渦の痕跡が有るな・・。よし、送次元孔!)」 その瞬間、その場に光る渦上の穴が開いたのが分かった。 そこを通れば帰れるのだろうか? 「よし。これを通れば、元の場所に戻れるぞ。一応、覗いて確認して みてくれなぁ」 「あ、はい。えーと・・」 穴の奥に視線を移せば、確かに、俺の家の個室に繋がっていた。 便座前に吊るされたカレンダーや、窓枠に置かれた予備ペーパーも、俺 が好んで買ってるメーカーの物だし、なにより、俺から生まれたブツが 便器の中に留まってるのも確認できた。 これから、あの臭い立つ個室に戻るのかと思うと、ちょっと憂鬱だが。 「はい、間違い無いですね」 「そうか。じゃあ、その上下はそのまま着てけ!それなりにイイ装備 だから、近い将来、役に立つはずだ。ハーフパンツのポケットは、 インベントリ化させてある。ついでに、俺の加護も持ってけ!」 「え、あ、はい。・・・将来?」 「あー・・実はな・・お前んトコの将来・・1,2年後かな?パラレ ルワールドの同化現象で、ダンジョン発生するみたいなんだよ。世 界中で。それ用に使ってくれや」 「・・えっ!ダンジョン!?地球で!?」 「・・実は、ファンタジーなパラレルワールドが複数存在するのが、 地球という惑星の不思議なトコでなぁ・・増え過ぎたパラレルワー ルドは、時々、ひとつに纏まるコトが有るんだよ。そのひとつが、 お前の住んでる時間軸で発生するコトが確定してるんだわ」 「えぇー・・」 「どーする?ホントに帰る?」 「あー・・とりあえず、帰ります。こっちの世界では、暮らせる気が しないんで・・」 「そっか。まぁ、気が向いたら連絡寄越せ。スキル生やしとくから」 「スキル!?」 「あ。そーいや、お前、ステータスの確認方法分からなくて喚いてた んだっけ!アレは右手で、頭部を2回ノックだ。指先でチョンチョ ンでもイイ。帰ったら確認してみな」 「ぇあ!?」 「そろそろ消えそうだから、行った方がイイ。元気でな!」 「・・俺、風太です。式瑞風太(シキミズフウタ)!ありがとうござい ました!」 「俺は、セイルだ。またな!」 そうして、俺の異世界転移は幕を閉じた。 僅か数時間の異世界転移・・。 名も知らぬ異世界で、ほんの数時間・・ただ混乱して喚いてただけの、 冒険ですらない異世界滞在体験・・。 気付けば、俺は・・個室で便座に座っていた。 青いパーカーにオレンジのハーフパンツ、茶色のサンダルに身を包み、 饐えた臭いが下から立ち昇る便座に跨って・・。 ≪つづく≫