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         感性について                    
                        
      感性について考えてみました。
      最初に、私のメニューの下にあります、 "Yahoo!辞書" から、関係する言葉(単語)の
     意味を書き出します。 

                感性・・・・・・・・・物事を心に深く感じ取る働き
                才能・・・・・・・・・物事を巧みになしうる生まれつきの能力
                能力・・・・・・・・・物事を成し遂げることのできる力
                努力・・・・・・・・・ある目的のために力を尽くして励むこと
                好奇心・・・・・・・珍しいことや未知のことなどに興味をもつ心
                興味・・・・・・・・・その物事が感じさせるおもむき
                天性・・・・・・・・・天から授けられた性質
                先天的・・・・・・・生まれつきであるさま                      
                天才・・・・・・・・・生まれつき備わっている、並み外れてすぐれた才能
                起因・・・・・・・・・ある事の起こる原因となること
                ファクター・・・・ 要素。要因。因子
                仕事・・・・・・・・・何かを作り出す、または、成し遂げるための行動


      私は思うのですが、 感性は天性の部分が大きい気がしますが、努力や環境によって
     も、高める事は出来ると思うのです。

      人には 必ず何らかの感性はある筈です。

      又、能力もその様なもかも知れません、すなわち先天的なファクターが大きいのかも知れ
     ません。
      生れつき絵の上手な人、生まれつき歌のうまい人、生れつき字の上手な人 その他生れ
     つき云々と云う言葉を良く耳にします。
      しかし、能力も又、努力によって高める事は可能と思うのです。

      感性は心に、能力は肉体に それぞれ起因するものと思うのです。
 
      今は亡き 本田宗一郎氏の物語を昔読んだ事があります、その中で次の様な事をはっ
     きり覚えています、
      社長の本田宗一郎氏は昼休みでも仕事に熱中していたそうです、その時キャッチボール
     をしている社員を見て 「なんで、あの様な疲れる事をするのかな」 と云ったそうです
      本田宗一郎氏は、天から二物を与えられ、それに加え努力の人です、ですから伝説の人
     となった思うのです。

      自分に合った仕事は幾ら行っても疲れないのかも知れません、 勿論肉体は疲労す
     るのかも知れませんが、頭の中はそれ程疲れてはいないと思うのです、 場合によっては肉
     体そのものの疲れをも軽減させるのかもしれません。
      完成時の喜びが過程の段階で作用しているのかも知れません、同じ肉体の疲れでも登
     山家が登山している時の疲労と苦手な事をしている時の疲労度は全然違うと思うのです。

      然るに、自分に合った仕事(職も含め)とはどの様なものですか?
      勿論能力が優れている事が条件とは思うのですが、 それに優れた感性が伴っていなけ
     ればならないと思うのです、成功すか否かはそこが分かれ目です。
      自分の一生にしたい職業は、 機械いじりが好きな人・政治が好きな人・音楽が好きな人
     医療関係が好きな人・コンピューターのプログラムを作るのが好きな人・・・・・・・・・・・ 等等
     無数にあると思うのです、その仕事が好きだからと選んでも 自分の感性がどうかが問
     題と思います。 役人・医療従事者・政治家・マスコミ関係・その他サービス業等公共性の高
     い職業の第一条件は正義感が強く公平性のバランス感覚が優れている と云う事は云
     うまでもありません。 
      就く仕事の根底をなす部分に対しての感性がどうかと云う事です。
      極端な云い方をすれば、画家なら対象物と対話が出来る事・政治家なら対象とする民
     衆と心で対話が出来る事・機械部品を作っている人は自分が作った 製品と対話が出来
     る事、すなわち対象とするものをどれだけ真剣に愛せるかと云う事です、その根底にあ
     るものが、感性だと思うのです。

      亡き 本田宗一郎氏も常に製品と対話していたと思うです、 心から自動車を愛して
     いたと思うのです、その純真さが目に浮かびます。


      私は今、何故か涙が出てきます。余りにも小さい自分が情けなく悲しいのです。

      話を本田宗一郎氏に戻します、氏は社長を身内ではなく、同僚(あえて同僚と云う言葉に
     しました)に継がせました、 経営も又優れた感性が必要であると思うのです。
      引き継ぐ人が、氏の様に車に対しての優れた感性を持ち合わせているのか、 同時に
     経営に対しての優れた感性や又、能力があるのか、そして正義感が強いのか (すなわ
     ち車やユーザーを愛すると同時に社員をも又愛せるのか) この様な事を考えた場合安
     易に身内に任せなかった事は賢明だったの思うのです。
      ですから、今日の 本田技研工業があると思うのです。

      日産自動車のカルロス・ゴーン社長が云ってました、「経営者(同社の)は自動車を知
     らなければならない」 と。

      会社の経営者は、条件の一つとして、経営自社製品(営業品目や業務の内容等)に
     対しての優れた感性が必要とであると、私は思うのですが。

      一生とする仕事は能力主体ではなく、収入は低いかも知れませんが 感性主体で選ん
     だ方が本人の為には良いと思うですが。
      これは、あくまでも私が経験上から考えた事です、万人に当てはまるかどうかは分
    かりません。
ご承知ください。

      現役が過ぎた人でも、趣味の世界で自分の感性を活かせると思うのです、その良い例が
      "60の手習い" です。 60才過ぎて始めた事が素晴しい出来栄えをもたらし世間の話題
     なる事がよくあります。
      正にその様な人は、年老いて感性を発揮できる事に出会ったと思うのです。

      最後になりましたが、当文章には才能とか天才と云う言葉を故意に避けました、我々極
     普通の一般人であっても、努力によって能力や感性を高める事は出来ると思うのです。
      「持って生まれなかった」 と云って悲観する事はないと思うのです。 問題はどれだ
     け努力をするのかと云う事だと思うのです。

      すなわち、能力は訓練感性は対象とするものを心から愛する と云う事です

      
            人生正に努力あるのみです     

      これが今回の結論です
                              
 


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