天王寺レース&川尻くん登場
秦海家での夕刻、天宮がのんびりと、こたつに入って寝転んでいると、執事の井上が電話を持ってやってきた。
「天宮様、天王寺様からですよ」
執事というのに慣れない天宮は、居ずまいを正してありがたく電話を受け取った。しかし、相手と話すとすっかりもとに戻ってしまうのが天宮である。
「あっ天宮か? この間、言うとった勝負はどうすんねん?」
「勝負ねえー、この週末のスケジュールは?」
「安心しろ、今週は空いている。いや、正確に言うと開けてやったぞ」
別に空けてほしくないんだけどと天宮は思いながら、それでは土曜日の朝に、秦海家まで来てくれと告げたが、天王寺は日曜しかスケジュールは空けていないと答えた。
「じゃ、うちの家まで自力で来てくれる?」
「秦海家じゃなくて? どこや?」
「私の家よ。住所と簡単な地図を送るわ。ファックス番号教えて」
天宮は、そう言って天王寺からFax番号を聞いた。
「天宮、山道レースっていうてたけど、おまえの愛車はなにや?」
「私のは、パジェロちゃん」
「俺は、コルベットやけど勝負になるんか?」
「2台エントリーでもいい?」
「ああ、2回レースするってことだな。もう1台は?」
そこで、天宮は宙をにらんだ。そう、河之内のバカでかい外車を思い浮かべたのである。
「確か、ランボルギーニディアブロだったと思う」
ひょえーと天王寺は受話器の向こうで声をあげた。推定1千万円はくだらないと言われる車である。さすがに秦海家にはいい車があるんだなあと、天王寺は溜め息をついた。しかし、勝負に負けるとは思っていない。要はテクニックである。高速をひた走るレースなら、馬力や運動制能が問題であるが、山道となれば、シフトチェンジやアクセルの使い方、ハンドル操作の優劣がモロに出るのである。多少の車の性能など問題にはならない。だから天宮もあえて山間部でレースしようと提案しているのだ。
「逃げんなよ、天宮。俺が勝ったら、また変わった服着てくれるか?」
「いいよ。でも私が勝ったら、天王寺はどうするの?」
「せやなあ、なんかおごったるわ。シャネルでもグッチでも」
負ける気のない天王寺は、大きな約束をして電話を切った。しかし相手は、そんなもの欲しくもない。勝ったら、天宮家のテレビを買ってもらおうかなあと実用的なことを考えていた。
天宮は本当に、とてもカンタンな地図と住所と念のために電話番号を書いてFaxを送った。
夕食の席で、天宮は秦海に天王寺とレースをすることにしたと話した。
「天王寺と?! それはまたカゲキだなあ。おまえのパジェロでは、あいつのコルベットにスピードで負けるだろう。俺の車を貸そうか? それとも1台買うか?」
そのへんのおもちゃの車を買うように秦海は簡単に言うが、車は1台200万はする。バカものーと、天宮が秦海に軽く怒った。
「それって、私のテクニックを信じてないってことだよね、失礼な。うちのパーちゃんが負けるわけないでしょ」
パーちゃんとは、天宮の愛車パジェロの愛称である。
「しかしなあ天宮、天王寺は昔、レースしてたほどの腕だぞ。せめてNSXかGTRぐらいは」
「それはスピード勝負でしょ? 私と天王寺がするレースは山道のクロスカントリーよ。だから、あんまり馬力があっても意味がないの。一度やってみる? 秦海」
「何を?」
「私とレースするの」
秦海はそこでしばらく考えて、勝ったら同意してくれるか? と小声で尋ねてみた。てめぇーは、それしか頭にないのかーと天宮は、もうレースしょうと誘うのはやめた。うっとおしいからである。
「心配しなくても、ランボルギーニもあるから大丈夫よ。この間、エンジン回してみたけど、けっこういけたから、あれでも勝てるかも」
初めて河之内を天宮家に呼んだ時に、天宮は河之内のランボルギーニディアブロを、おもうぞんぶんに乗りまわした。わざとドロ水をつけるように、山道を走りまわっておいたので、運転には慣れたつもりである。
「ああ、河之内のか? そうだな、あれはいいな」
秦海もそれに同意した。まあつまりは、この土日も河之内は天宮家に呼び出されるということである。
「ねえ秦海、車貸してくれるって、あのプレジデント?」
ごはんを食べながら、何気なく天宮は尋ねた。プレジデントはリムジン仕様で貸してもらっても意味はないのだが、ちょっと運転してみたいなと思ったのだ。
「いいや、あれは俺の通勤車じゃないか。あれじゃなくて車庫に、5、6台入ってるから、好きなのをどうかと思ったんだ。確か親父も2、3台持っているし」
そして秦海は車名をあげたが、どれも外車である。
「確か、ボルボとベンツとジャガーがあったはずだ。それとフェラーリが1台あるし、親父がクラッシックカーも持ってるぞ」
「クラッシックカーって、昔のフェアレディをレストアしたのとか?」
「いや違う、ミッレミリアに出場したことのある車とかで、確かロータススーパーセブンというやつだ。あとはリンカーンとロールスロイスだったかなあ」
天宮はあきれてしまった。1人の人間が2台までなら車を持っても許そうと思う。通勤車と遊びの車は別にしている人が多いから、そういうのは当たり前といえば当たり前である。しかし、秦海のはちょっとやりすぎだと思う天宮である。そんなにたくさん持ってどうするというんだろうと不思議に思うので、尋ねてみた。
「TPOに合わせないといけないだろう? アメリカ人と逢う時に、いきなりベンツはまずいだろうし、そういう時はリンカーンで迎える方がいいじゃないか。まあ、フェラーリは俺の趣味だがな」
「乗ってるの見たことないよ」
「学生の頃は乗っていたが、他人に運転してもらってると、フェラーリの重いハンドルを握るのがめんどうでな。最近、俺自身乗ったことがない」
もったいないお化けが出るよと天宮は笑った。フェラーリと言えば、超一流のメーカーさんなのに、乗ってやらないなんてかわいそうである。
「食べたらドライブしようよ」
お茶を飲んで、天宮がもったいないお化け退治を提案した。秦海は喜んでうなずいた。天宮は車に乗りたいだけだが、秦海にとっては、久しぶりのデートだからである。いそいそと秦海は食卓を立て上がって、上着とフェラーリのキィを持って来た。
「さあ行こう、天宮」
「えー、もうちょっとしてからー、まだお茶飲んでるもん」
そんな光景を、井上はニコニコと眺めている。すっかり仲むつまじい夫婦に見えるが、それは井上だけにそう写っているのであって、当人たちは相方、違う意味で「そんなことはない」と言うだろう。
「天宮様、せっかくのお出かけではありませんか。さあ」
秦海がじれているので、井上が天宮に声をかけてせかした。さすがに井上からせかされては、天宮ものんびり食後のお茶を飲んでいるわけにもいかず、立ち上がった。
初めてフェラーリの運転席に座った天宮は、ご機嫌でハンドルを握った。
「おっ、おもいー」
「まあ、女には重いだろう。いつもパジェロのパワーステアリングを軽く回してるからだ。これで修行したら、クラッシックカーは全部運転できるようになる。代わろうか?」
ニヤニヤと秦海がドアを開けようとしたが、天宮はそのままクラッチをつないでスタートした。必死になってハンドルを回している天宮を、楽しそうに秦海は眺めている。天宮は「女にはなー」というフレーズが大嫌いである。どんなことでも、自分は努力すれば出来ると思っているので、そういう差別をされると、ムキになってしまうのである。明日は筋肉痛になるかなあー、そうしたら見ものだろうと、秦海は楽しくて仕方がない。こういう天宮が、かわいいのである。どうにかこうにかハンドルをさばけるようになった頃、秦海のケイタイに連絡が入った。相手は秦海の秘書の川尻であった。
「社長、美女とデート中とは存じておりますが、明日の朝一番のスケジュールが変更になりましたので連絡を差し上げております」
「美女か? 今日は妻とデートなんだが」
「おお、うわさの奥方殿ですな。それはまあ熱いことで」
ヘヘヘ…と電話の相手は人の悪い笑い声を上げている。となりで天宮は、「美女か?」って、私は美女じゃないわけだよね。とハンドルを急に切って車をスピンさせた。
「今頃、誰?」
「ああ、秘書からだ。明日のスケジュール変更の連絡だ」
時刻は9時をまわった頃である。川尻は手短に明日の予定を告げて時刻の変更を注意した。
「社長、間違わないで下さいよ、明日は早目に出社して下さい。先方さんをお待たせするわけには参りませんからね」
と、仕事の話を終えてから川尻は、「ところで」と話題を変えた。
「ところで社長、奥方が隣におられるんでしょう?アイサツさせて下さいよ」
「ああ、かまわないがー」
秦海は、横で運転している天宮にケイタイを手渡した。
「うちの秘書が、アイサツしたいそうだ」
「まだ働いてるの? 社長はもう帰ったっていうのにー」
ケイタイを持って一番に天宮はそう口にした。ご挨拶なんぞあったものではない。それでも川尻は律義に、「はじめまして、私くしご主人の秘書をさせて頂いております川尻四郎と申します。以後お見知りおき下さい、奥様」と挨拶した。
「奥様はやめてくれる? 川尻さん」
「でも、あなたは法律上はそうでございましょ?」
恭しい口調で川尻が言う。こいつはいい度胸だと天宮が笑う。
「いやなものはいやなの。それより、まだ仕事してるの?」
「いえ、もう帰宅途中です。今、高速を降りましたからね。奥様は今どこをドライブされてるんですか?」
「天宮って呼んでねー、今はうちから出てまっすぐ国道を南へ走ってるの」
そう言いながら、川尻が前方を向いた。実は社長に連絡がつかなかった場合を考えて、秦海家に立ち寄ろうと思っていたところだったのだ。恐らく、天宮は前方からやって来るだろう。
「お車は、パジェロですか?」
川尻は、自分の車を路肩に寄せて停車した。閑静な住宅地の側の国道は、9時を回ると、通る車の量も少なく静かである。
「車はねえー、パジェロじゃなくてフェラーリ。ねえ秦海、これってF40よね?」
「ああそうだ」
となりに確認してから、天宮が川尻に車名を伝えた。わりと平坦な道で、ギアチェンジしなくていいので、天宮も気楽にアクセルを踏んでいる。
「分かりましたよ、今通り過ぎました。後ろに私がつきます」
川尻は、クルリと向きを変えてF40の後ろについた。
「あんまりのんびり走ってると、抜いて帰りますよ。奥様」
クククッと笑いながら、F40にあおりをかけてフェイントをして川尻は前に出た。しつこく「奥様」と呼ぶ相手に、天宮は腹を立ててアクセルを力一杯に踏んだ。F40のエンジンが、大きな音をたてて川尻の車に近付いて行くが、いかんせん重いハンドルでステアリングが自由にならない。
「秦海!! 手伝って!! ハンドルを右に回してっっ!!」
「やめろ!天宮」
と言っても聞く相手じゃないので、助手席からハンドルを右に回してやる。スイッとF40が横に並んで、川尻の車に並んだ。天宮はそこでシフトチェンジでスピードをあげて川尻の前に入ろうとする。
「秦海!! 左に切って!! 早く!早く」
また秦海が左にハンドルを回す。そこでやっとF40は、川尻の車の前に入った。やれやれと川尻も無茶すると秦海が笑っていると、軽く天宮は制動をかけた。
「こわしたら、ごめんね」
そう言いながら、天宮はブレーキとアクセルの両方を踏んだ。ものすごいタイヤのすり減る音が聞こえて、背後では急ブレーキの音がした。天宮は、ふとどきない川尻に制裁を加えてやろうと、パニックブレーキを仕掛けたのである。しかし、本当に急ブレーキをかけて川尻がケガをするとまずいので、ブレーキランプをつけてアクセルでスピードを保持したのである。が、川尻は予想していたのか、パニックブレーキを急ブレーキをかけて避けると、そのままF40を抜いてしまった。
「情けをかけましたね、奥様」
前に出た川尻は、ケイタイに話しかけた。本当に急ブレーキをかけられたらやばいだろうが、天宮が少しやさしくかけてくれたので、驚きつつも横に出て抜いてしまったので、けっこうやさしい人だなあと川尻は微笑んだ。
「“奥様”はやめてって言ってんのにー、こりないね、川尻さん」
「いやいや、おほめいただいて、ハハハ…」
天宮も抜くのはやめて、またケイタイでお話しを始めた。そこで天王寺レースをやることを思い出して川尻も誘ってみたが、相手は「とんでもない」と笑いながら断った。
「慣れない車で、ここまでやられる奥様相手に、私くしごときがかなうはずがありませんよ。でも今度ゆっくり、お顔を拝見させて頂いてお話ししたいですね」
「今でもいいよ」
「いえいえ、せっかくご夫婦水いらずのところに水をさすのは申し訳がない。また今度にしましょう。そろそろ私くしは、これで失礼します。そろそろ高速の入り口ですから」
「じゃ、天宮家までいらっしゃい!」
そこで天宮はケイタイを秦海に返してしまった。秦海が「わざわざご苦労だったな、川尻」と話しかけると、相手は笑って、明日にでも天宮家の住所を教えて下さいと言った。そして最後に「やさしい方ですね。やはり、社長はいい方をおもらいになりましたよ。ハハハ…」と大笑いしてケイタイを切ってしまった。今のバトルでそういうことを言える川尻は、ある意味でとても大物だなあと秦海も笑ってケイタイを置いた。
「『やさしい方ですね』と川尻が言ってたぞ」
秦海がそう言って去り行く川尻の車に目をやった。やさしい天宮は「当たり前じゃない」と答えて、「でも川尻さんて、おもしろい人ね」と続けた。
そういうことを言えるおまえらって、やっぱり同類だな。と秦海はおかしくて、クスクスと笑ってしまった。
秦海が予想していた通り、次の日、天宮は腕が筋肉痛でピーピーと泣いていた。
「サロンパス貼るか? 天宮」
朝食のおりに秦海が、イタタタ…と言いながら箸を持っている天宮に同情して声をかけたが、そのうち治るからいいやと相手はあきらめて、御飯を食べている。
「それに、サロンパスって匂いするから眠くなるしね」
「はあ?」
「あれって、鎮静効果があるでしょ? あの匂いって気持ちよくってダメなんだなあー」
それではと、井上がスプレーの鎮痛薬を天宮に渡してくれた。
「天宮様、これなら匂いはありませんし、逆に冷たくて眠気も取れますよ」
「ありがとう、これ借りてくね」
そして、のんびりと天宮は仕事に出掛けようと席を立った。
「おい天宮! 送ってやろう。俺も、もう行くから」
「ん、サンンキュー」
夫婦でお出かけになるなんてー、と井上はとても嬉しそうに2人の後ろ姿を見送った。
土曜日に天宮が田舎の家に戻ると、珍しく深町が一人だった。最近、土日と言えば、河之内がいるのに珍しいと家に入ると、深町は着物の仕事をしていた。
「おかえり、買い出しはもうちょっとしてからでいいよ。釣りでもしてきたら?」
深町がたいへん優しく声をかけた。しかし、天宮は知っている。釣りに行けということは、仕事の邪魔だからどっか行けということである。
「んじゃ、シメジ買いに行ってくる」
近くのシメジ工場まで天宮は出かけた。工場というほどの規模でもないのだが、夫婦ふたりでほそぼそとキノコの栽培をしているお宅があるので、そこへ遊びがてらに出かけたのだ。ここに家を建てる時に、村役場から紹介されたこの土地の持ち主さんでもある。
「えりどん、河之内呼んである?」
「うん、夕方には来るよ」
「それじゃ、お昼もむこうで食べて来るからねえー」
天宮は、犬の龍之介を連れて出かけた。キノコ屋さんは、天宮家よりもさらに奥の山間部にある広い意味でいうと、天宮のお隣りさんということになる。
「ちわー」
いつものように玄関で声をかけると、奥さんの方が出てきて、入れと言ってくれた。だが、どうもいつもと違う雰囲気がある。おかしいなあと天宮がしっくりこない雰囲気に、首をひねりながらも中へ入った。
「ごはん食べさせてくれる? おばさん」
「いいよ、じゃ手伝ってくれる?」
「うん」
台所で、コトコトと食事の用意を始めた。そしてその家の女主人は、「水くさいねえ」と一言告げた。天宮には何のことか分からない。
「天ちゃんが、ここから住民票動かしたって話は村で有名だよ。なんでも結婚したんでしょ? どうして隠してんの?」
おばさんはそう言って、天宮を笑いながらにらんでいるが、目は少し悲しそうである。我が子のようにしている天宮が、自分たちに相談もなしに結婚したのが悲しいのだ。あちゃーっと天宮は頭をかかえた。自分が結婚したことを忘れていたのだ。
「ごめんごめん、忘れてたあ。そうそう、結婚ってー、籍入れただけだから。それにねー、無理やりだしね」
「人身御くうってやつか? 天ちゃん」
背後からおじさんの声がした。そう、台所の前に座っていたのだ。
「今頃、借金のカタというのははやらないよ。金で困ってんなら、あの土地を一旦うちに売りな。そうすりゃ、ちょっとばかりの金は用意できる。」
この家の二人はおかしな想像をしているが、それも違うと天宮は詳しく事情を説明した。
「相手のことを、天ちゃんはどう思ってんの?」
おばさんは心配しいている。まだ借金話から抜け出ていない。
「まあー、学校の友人だし、気心は知れてるから別にいいんだけどー、いきなり結婚させられたもんで、まだ実感はないしねえ。どうと言われてもー、気楽な下宿で暮らしてるようなもんかなあ」
そこで二人は溜め息をついた。浮き世ばなれした天宮のことを知ってはいるが、それでも結婚した実感もないとはまったくと、あきれてしまった。
「一度、連れて来い! 俺が見極めてやろう」
「うん、でも人間的にはいい奴だと思うけどなあ」
「だから、天ちゃんの夫として見極めてもらいな。あんたは、そういうことには無関心だからね」
そのうちにと、天宮は二人に返事した。いつか秦海がこっちに来ることがあったら紹介すると約束した。
「村の戸籍係さんが、残念がってやよ。平均年齢が上がったって」
「でも、本籍はそのままでしょ?」
「何言ってんの、根こそぎ移したらしいよ」
「分かった。本籍はこっちに戻してもらうから心配しないで」
やれやれと、天宮は溜め息をついた。村はこういう時が大変である。小さな村なので、なんでも情報はつつ抜けらしい。
3人で(リュウにも、ごはんは与えられてますが)食事をすることになって、天宮はおじさんに、おじさんとこの林道を明日走ってもよいかと尋ねた。
「なんだ? また修行か?」
「んにゃ、あしたはレースすんの。街の知り合いと山道レースで争うことにしたからー、あそこならいっつも走ってるから有利だもん」
「天ちゃんに勝つやつなんているのかねえ?」
「けっこうやばい相手なのよ、これがー。昔レースしてたらしいしー、でもがんばるから」
「んーんー、好きにしたらいい。誰もあんなとこへは入らんだろう。だが、木が倒れてるかもしれんから気を付てな」
それから午後一杯をキノコ工場の手伝いをして、天宮は袋いっぱいのシメジをもらって帰っていった。天宮家には河之内が来ていた。いつものように、裏の畑の草むしりをしている。
「河之内!!」
天宮がそう河之内に声をかけて、今日は泊まって行けと命令した。明日の朝一番に車が入り用なので、ついでに河之内も泊めておくことにした。
「明日、あんたの車がいるの」
「どうぞ」
河之内は顔色を明るくさせた。すっかり、畑のホウレン草に愛着を感じている彼は、今夜はゆっくりとヨト虫の始末ができると喜んだ。
最初は土に手が触れるのもいやだったが、種まきからずっと世話しているホウレン草が見事に育ったのは河之内にも嬉しかった。しかし、1週間に一度やってきていると、どうも深町が食べてしまっただけではない程に、ホウレン草がなくなっていた。深町はそれをヨト虫という虫のせいであると説明した。夜半に土から出てきて芽を食べる虫で、深町も夜ごとライトで退治していうが、河之内が広げた部分の畑には大量にこれがいるらしく、なかなかホウレン草の被害はおさまらないのだ。
自分が肥料をやって草むしりをして、ここまで育てたホウレン草がムザムザ、虫などに食べられるなんてーと、河之内は今夜は夜っぴいてでもヨト虫を探してやろうと思っていたのだ。
「ありがとうございます」
「じゃ、その畑のところにテントはってね」
天宮は、家から小さなテントを持ってきて河之内に手渡した。あとで寝袋も出してあげるからと天宮は家に入った。残ったのはテントである。河之内はテントなんてたてたことがない。四苦八苦のすえに、ようやくテントをたてたが、なんだか小さくて頼りない。闇の中で、こんな頼りないものの中で眠れるだろうかと心配になってしまった。
「深町先生」
玄関で、河之内が奥に声をかけたが返事はなかった。おもてをみると、天宮のパジェロがない。二人は買い出しに出てしまったようである。玄関先に座り込んで、河之内ははーっと溜め息をついた。季節はすっかり冬になりつつある。おもては寒いので玄関に座って、河之内は静かだなあと落ち着いた気持ちで、おもての暗くなる景色を眺めていた。天宮たちは、陽が落ちてから戻ってきた。明日は天王寺が来るし、ひょっとすると天満も来るかもしれないので、いつもより多目の買い出しである。深町はその中から河之内にいくつかの食料品を手渡した。そしてランプとミニコンロとその他食事に必要そうなもの一式と寝袋を手渡した。
「野菜はホウレン草でもレタスでも白菜でも、好きなものを畑で取りなさい。あんたは、畑を手伝ってるんやから、食べる権利もあるからな」
その深町のありがたい言葉に、河之内は首を横に振った。自分がたんせい込めたホウレン草を手折って食べるなんてとても出来ない。
「ホウレン草を食べるなんて、とても出来ません」
「まあええけどな。ごはんは、どんぶり一杯くらいかな?」
炊飯ジャーからどんぶりに一杯の御飯をよそって河之内に渡す。
「ランプのホヤは、替えがあと1コしかないから大切に使ってや」
「どうやってつけるんですか?」
「はあー?!」
深町はあきれた顔である。簡単につけているアウトドア野郎にとっては愚問である。
「自分で考え! ちょっと心配やから懐中電灯渡しとこか」
ライターと懐中電灯を手渡して、ほんじゃがんばってねと家の奥へ入ってしまった。この天宮家のしきたりはいたって簡単である。「好きにする」である。「自由」というのもある。それは食事をする自由もあるし、寝る自由もある。それとは逆に、釣りをして熊に遭うのも自由だし、キノコを食べて中毒になる自由もある。だから、自分がやることには自分が全責任を負えば何をしてもよいのである。河之内が「いやだ」と言えば、深町も天宮も「あっそー」と一応うなずいてはくれるということを彼は知らない。
テントに荷物を持ち込んで、河之内は慣れない手つきで自炊した。テントの中でのんびりと自分のペースで食事を作って食べると、下の河原で食器を洗って天宮家の台所に戻しに行った。奥からは、天宮と深町の笑い声が聞こえてTVの音声が聞こえている。河之内は、静かにその夜ゆっくりとテントで眠った。結局ランプは使えずに、懐中電灯を明りにした。テントは意外と居住性が良く寝袋で暖かく眠れた。
次の日の朝、10時過ぎに天宮家の前に車が1台停車した。青いロータスエラン(別名、空飛ぶスリッパ)である。
「ごめん下さい」
「はーい」
深町は布団に寝転がっている天宮を蹴飛ばして玄関に出た。相手は知らない奴である。
「失礼いたします。こちら天宮さんのお宅でございますね」
相手はスーツ姿で、髪は七、三にきっちり分けている。誰やねんと深町は思いつつも、「はい」と頭をひとつコクンと下げた。相手の男はニコニコと笑って名刺を差し出した。
「私くし、秦海さんの秘書をしております川尻と申します。一度こちらに遊びに来るようにと奥様からお誘い頂きましたので、ずうずうしくやって参りました。おとりつぎを」
「奥様って、天宮のことかな?」
「そうです。社長の法律上の奥様です」
こいつってー変なやつと深町は愛想笑いしながら、ズズーッと引き下がった。天宮が、ねぼけ眼で玄関に現れた。その姿をニコニコと川尻は待っていて、「おはようございます」と頭を下げた。
「川尻さん、本当に来たの?」
「はい、もちろんですよ」
「まあ上がって、ちょうどいいや。今日はレースでみんな来るし、お茶でも飲んでてー、でもそのカッコは」
「ご心配なく、着替えは持っております。一応、始めてのお宅を訪問するので正装してきただけです。じゃ、着替えてきます」
川尻は、スーツ姿から普段着に変えて天宮家に上った。
河之内が玄関から入って朝の挨拶をしていると、奥でコーヒーを飲んでいた川尻が走り寄ってきた。
「いやあ、河之内さんじゃありませんかあ」
河之内はいやな奴がいると思ったが、顔には出さず軽く頭を下げた。いじわるそうに川尻はニヤニヤとしている。
「上がらないんですか? 若社長」
「はあ」
「いやあ、あれから3カ月ですっかり健康そうな顔色におなりですね」
ひとりにこやかに困っている河之内をいじめている川尻は、「奥様、河之内さんが来られてます」と奥に声をかけた。その声に、朝ごはんを食べていた深町と天宮がずっこけた。朝のはよから何が悲しくて、「奥様」と呼ばれにゃならんのよと、天宮は「バーロー」と川尻に怒鳴ったが、深町は「奥様、お呼びよー」と天宮に呼びかけて大笑いした。
「えりどんー、なぐられたいんかあー」
「んーにゃー」
「川尻さん、河之内はほっといていいから」
「そうですか。では、河之内さん失礼します」
川尻は、天宮の言葉で奥に入った。河之内はそのままテントに戻って、ミニコンロでお湯を沸かして、コーヒーを入れて飲んだ。次に到着したのが、真紅のコルベットである。さっそうと、天宮のがドアから降りた。今日はレースなので、皮のパンツにジャケットというコーディネイトに、サングラスである。
「おはよー、天宮!!」
玄関で天宮のが大声をあげた。奥から天宮が、「入って」と声をかけた。
「さあ、やろーかあ!!」
天王寺は部屋に入って、大声で宣誓した。しかし、天宮はまだ食事中である。
「おまえなあー、まだ、めし食っとるんかー? おっそいなあ。あっどうも、天王寺です。深町さんですね」
天宮に一発かましてから、うわさの深町にニッリと挨拶した。
「天王寺ー、その服くさいー」
「ほんまにくさいー」
天宮と深町は、レザーの匂いで鼻をつまんだ。レザーはけっこう匂いがするのだ。
「レザーのいい匂いじゃないか!」
「せめて、上着をどっかに捨ててきて! そしたら、コーヒー入れてもらうから」
「まったく、これやから服オンチはかなんなあ」
そう言いながら、天王寺はジャケットを玄関にほおり投げて、食卓にどっかりと腰をおろした。その天王寺に川尻は声をかけて、自分の名刺を手渡した。
「おひさしぶりですね、天王寺さん」
名刺で名前を確認してから、天王寺も頭を下げた。
「秦海んとこの秘書さんじゃないですか。今日はなんですか?」
「奥様に、お招き頂きましてね」
川尻の言葉に天王寺が、ヒャッヒャッと笑った。
「誰が奥様やって? こいつがあー、ハハハ…」
「天王寺! それって失礼」
「せやけど、おまえ『奥様』ってガラやないやんけ」
「分かってるってー、川尻さん、「天宮」って呼んでくれる? みんな、こんな調子だから」
無駄とは思いつつも、天宮は川尻に注意したが、川尻は聞こえないフリをした。天王寺が来て間もなく、もう1人来客があった。プラトに乗った天満である。こちらは、とてもアウトドアにマッチした服装である。
「おはよー」
今度は深町が、「入ってー」と声をかけた。5人はそれぞれに自己紹介した。とにかくややこしいので、全員自分の身分を名乗ったのである。
「天満さんって医者なんかー、俺この頃、胃の調子悪いんやけどな。ガンかなあ」
天王寺が冗談まじりに天満に言うと、天満のほうは、「バリウム好きですか?」と切り返した。
「天王寺さん、コーヒー味のバリウムって、けっこういけますよ」
「いらんいらん、んなもん飲むんやったら、早死にするわ」
「なら大丈夫です。そういうことを言える人は長生きしますよ。ところで天宮さん、河之内の車がありましたけど、本人は?」
「テントで寝てるんちがう? 河之内の車が入り用だったから、テントに泊まってもらったから」
ワイワイと雑談大会がひとしお盛り上がってから、やっとレースしようということになった。場所は林道である。
「とりあえず、コースの下見する?」
「せやな」
天王寺と天宮は、パジェロで下見に行った。昔、木材を切り出した林道なので、トラックが通れるようにかなり広い道がついている。しかし、車を抜き去るポイントはかなり少ないコースでもある。
「おまえなあ、これってラリーの世界やないか? 天宮」
「そうだよ。これだったら、馬力よりテクニックが必要でしょう。そうでないとおもしろくないもん」
「やったろーやないか!」
「そうこないとね、天王寺」
二人はコースとルールを決めながら、林道を上って行った。この林道のかなり山の頂上のところに、木材の切り出しをしていた広場があって、そこでUターンをして帰ってくることにした。一方、残っていた深町と川尻と天満は、河之内の話で盛り上がっていた。深町は、なぜ河之内は奴隷のような待遇に甘んじているかとてもよく知っているが、笑ってごまかしたので事実を知らない残りの2人が、いろいろ想像を述べているのだが、どれも当たっていそうなものである。
「深町さん、河之内が何かやらかして弱味でも握られてるんだろ?」
「さあねえー、当事者は天宮やからなんともー、それより天満さんって何で河之内と連れなん?」
「高校の同級性なんだ。それからずっとだけど、趣味も仕事も違うけど、妙にウマが合うんだ」
あの高ピーな懲りない男の友人なんて、天満も相当に変わり者かもしれないと深町は思った。そこへ河之内がやって来て、「今日のご用は?」と玄関から声をかけた。
「河之内は上げてやらないの?」
天満はそんな河之内の態度に、深町に尋ねた。
「別にいいけど、本人がいやそうなんよ」
「まあそうかなあ、誰も天敵の側には寄りたくないよなあ」
そう言って天満が立ち上がって、河之内の方に歩いて行った。深町は別段用事がないと言うので、天満が河之内と話しに行ったのだ。
「深町さん、奥様とは学校の友人ですか?」
川尻は、みんなのコップを片付け始めた深町に声をかけた。
「そう、高校の時のね。それより川尻さんはどうして私の名前知ってんの?秦海さんから聞いたの?」
「ええたまに、日曜の仕事の折に『今頃、深町さんが天宮の食事の世話をやいてるんだろうなあ』とおっしゃるんですよ。それに、あなととは結婚式の折にお目にかかってるんですが、覚えておられませんか?」
「さあ、あの時は人だらけで、誰が誰だとは覚えてないし」
「まあー、私くしは地味ですからねえー、覚えて頂いてないのもうなずけます。ハハハ…」
そうかなあー、と深町が頭をかかえながら食器を下げた。
下見から戻った天宮と天王寺は、天満と川尻を呼んで審判を頼んだ。
「川尻さんがゴールとスタートで、天満くんが折り返し地点ね。天満くんはこれをドライバーに渡してね」
天宮は二冊のハードカバーを手渡した。この家にある天宮の蔵書の何万分の一であるが、これなら天王寺も天宮もズルは出来ない。
「天宮ー!! 私も乗せてよ」
「でも、一回目はディアブロだけど?」
「かまへんかまへん、ひさしぶりにキレた走りが味わえんねから、文句言わない」
「じゃ、うちも重荷をかけようか? 天宮」
あー、失礼じゃないっっ!! と深町は怒ったが、ちょっと考えて「河之内ー!!」と大声を出して河之内を天王寺の重荷にした。
「あのね河之内、この車貸してね。レースするから」
やさしい天宮の声に、河之内はギクリとしてうなずいた。こばみたいとは思わないが、レースって一体、と考えつつも天王寺のコルベットの助手席に潜り込んだ。
「河之内さん。えらいごめぇーわくやろーけど、まあ我慢してや! ちゃんとシートベルトしてくれんと死ねで」
天王寺は愛想よく河之内に声をかけて車をスタートした。まずはスタート地点まで、全員それぞれの車で向かった。
「ひょー、ロータスエタンって、えらいしぶいもん乗ってるんやなあ川尻さん。どうせならユーノスロードスターにすりゃええのに。なあ河之内さん」
「あれって、ロードスターじゃないんですか?」
「なあーにいうとるんやっっ!! あれはロータスやっっ!! おまえなあ、ディアブロ乗るほど車好きなら、それぐらい覚えとかんかあいっっ!!」
関西人特有の鋭い突っ込みに、河之内はたじろいた。実のところ河之内は車にそれほど詳しくない。たまたまディアブロの限定バージョンが出たと、秘書課のものが騒いでいたので、それを買っただけである。
「おまえせやけど、ようあんなもの天宮に貸すなあ。今からラリーやっちゅうのにー、ボロボロにされるぞ」
「えっ?!」
「あっ、知らんと貸したんかいなあ。あいつの腕のほどは、よう知らんけどこんなジャリ道でやったら、足まわりいわされんのは眼に見えてる」
やめてもらえばと天王寺は言ったが、河之内は首を横に振った。今更、やめてくれなどと言えるはずもない。
「もしかして、レースって、天王寺さんと?」
「そうや、俺はきたえてるから大丈夫やって!! うちのコルベットは、これくらいへでもない」
ひゃあーと、河之内は泣きそうになった。レースって言うから、高速かと思っていたのに、車はどんどん山奥へ入って行く。天王寺は鼻歌まじりにステアリングを切っているが、河之内はどんどん青ざめてきた。
林道の入り口で4台の車は止まった。
「天満くん、ずーっと上がっていって、大きな広場で待っててくれるー。でも車の置き方は考えてよ」
「了解!! じゃ、待ってるよー」
天満はプラドで先行した。
「川尻さん、ハンカチ振って!!」
「はい奥様、では、用意!!」
コルベットとディアブロはガンガンエンジンの回転を上げる。緊張の一瞬、微笑した川尻は、頃合を見計らってハンカチを振った。2台は同時にスタートした。ブレーキポイントを熟知した天宮に1日の長があってトップに立った。しかし、である。ディアブロは、わだちの高さで腹がすってガタピシガタピシと異音が聞こえてくる。異常な振動を起こしたディアブロっをコルベットが抜いた。それも尋常な抜き方ではない。カーブで内側から無理やり抜いたのである。助手席の河之内が悲鳴を上げるが、もうレースに集中した天王寺には聞こえない。天宮は腹を立てた。
「くっそー!! 車がわるーいー!!」
わだちの低くなったところで、天宮がコルベットを追い抜いてトップを奪った。そしてそのまま深町が右のドアミラーで天王寺をチェックして、ガードして頂上の空き地まで上ったのだが、天宮が天満から本をもらってバックしてUターンをしていると、後続の天王寺は本をもらって、スピンターンをして、クルリと向きを変えてUターンした。しまったあーと、天宮が思った時にはもう遅い。天王寺はどんどん前を進んでいく。
「くそーっ!!」
天宮は車で怒鳴っているが、天王寺のほうも大騒ぎである。河之内が笑っているのだ。あまりの恐怖で、あの世に行ってしまっているらしい。
「おいっ!! そこの兄ちゃん!!」
そう言いつつも、後ろから天宮が追っているし、ガンガンカーブを切る。すると、この世のものではない河之内の笑い声が響く。
車をテクニックで走らせたことのない河之内には、スピードと横Gがもう怖くて仕方ないのだ。とくに天王寺は昔、レースをしていただけあって、タイヤの使い方がまるで違う。タイヤの横すべりも計算して走っているので、通常の走り屋の比ではない。天宮が後ろからパッシングして抜こうとするのだが、また、わだちの深いところに来てしまって車がロデオのように、たこゆれしている。こちらの助手席は楽しいらしく、「いけー!」だの「おもしろーいっっ!!」という楽しい雰囲気である。
「うるさいわーいっっ!!」
「負けんで、天宮」
深町が大笑いしたところで、天王寺がトップを守り抜いてゴールした。
「なあーんだ、天宮さん、あのままかあー」
天満が降りてきて結果を聞いてつまらなそうに車を降りた。
「それより天満くん、この兄ちゃんおかしなったんやけど」
天王寺がコルベットの助手席でヘラヘラしている河之内を指さした。
「いじめたんちゃうの、天王寺さん」
同じようにディアブロの助手席に乗っていた深町は、楽しそうにピョンピョンはねている。精神科医の天満は助手席の河之内をおもてに引きずり出した。
「あー、いっちゃってるねえー、鎮静剤でもあれば大丈夫なんだけど」
慌てもせず、天満はそう診断を下した。
「じゃ、これをどうぞ」
川尻は車のダッシュボードから、バーボンのミニビンを取り出して天満に渡した。
「興奮剤なんですけどねえー、川尻さん」
笑いながら、天満は河之内に飲ませた。ふた口ほど飲んで、河之内がブハーッとバーボンを吐き出した。
「あっ、戻ったみたい」
深町が河之内に呼びかけると、「もう勘弁して下さい」と座り込んで頭を下げた。こりたらしい。
「それより天宮、ディアブロの足元ボロボロになってるぞ」
車を一回りした天王寺が、ディアブロの惨劇を天宮に教えた。天宮も下まわりに眼をやった。確かにバンパーの下がボロボロに割れている。
「ほんとー、河之内」
「はいっっ!!」
「車の修理代は請求してねー。とりあえず、2回戦する?」
「ええよ」
「じゃ、真打ち登場といこうかっっ!!」
天宮は、足元がボロボロのディアブロに乗って、一旦、天宮家に車を入れ替えにおりた。
「ずっこいで、自分ら」
天王寺は、残っている深町に笑いかけた。深町がブロックを助けていたことを知っているのだ。
「そういう天王寺さんかて、素人相手にスピンターン使ったやんか」
「それは土地の利を知っているということでチャラや。次は自分の愛車やから、深町さんはこっちに来てもらわんとわりがあわん」
「でも、天宮のとこには誰が乗んの?」
クルリと二人は見回したが、河之内は失格してしまったから、残るは天満と川尻である。
「天満くんかなあ」
のんびりと河之内の側に座って気分を落ち着かしている天満で、二人の眼は止まった。
「まあ、妥当やあ」
天王寺も、それで手を打つつもりだった。しかし、意外な伏兵が名乗りをあげた。川尻である。ぜひとも、自分を天宮の助手席に乗せてほしいと言い出した。
「でもなあ、ひどいで、レースは。河之内のようになるんちがうんか? 川尻さん」
「なにをおっしゃいます、天王寺さん。私くしの空飛ぶスリッパの川尻というあだ名は、だてじゃありませんよ」
「あのロータスがスリッパ?」
「ナイスネーミングや!」
天宮は、一度お手合わせしているので川尻の腕はよく知っている。恐らく天王寺と同じくらいの運転技術だろうということは分かっているが、このペチャラペチャラとしゃべる奴が横に乗るとなると、本人もどうなるか自信はないなあと、戻ってきた天宮はニヤリと笑った。つまりキレてしまうかもしれないということである。
「天宮は、キレるとちょっとヤバイよ」
「ハハハ…大丈夫ですよ。さあさあやりましょう」
深町は、キレた走りの天宮をよーく知っている。キレてしまうと、凍った道でも全速でとばしてしまう奴である。
「河之内、ハンカチ振って!!」
「はいーっ!!」
天宮の一言で、河之内はスックと立ち上がった。もう乗らなくていいと思えば、ハンカチ振るくらい楽なもんである。再び、天満がプラドで先行した。時刻を見計らって、河之内がハンカチを振った。今度はコルベットが先行する。グルグルと山道をのぼる間にパジェロが一瞬のスキをついて先頭に立った。しかし、馬力の差はいかんともしがたい。後ろからコルベットがあおりを仕掛けている。
「私に仕掛けたやつはやらないんですか? 奥様」
この白熱したバトルに水をさすような、のんびりした口調で川尻は尋ねた。ダッシュボードの上に足をどっかりと乗せて、すっかりくつろいでいる。
「やらねえーよっっ!!」
天宮は、あまり無茶しちゃいけないなあと思って、コース取りもスピードも押さえていたが、これでキレてしまった。パジェロは猛然とダッシュして、コルベットを引き離しにかかった。天王寺のナビをつとめる深町は、パジェロのエンジン音でキレたことが分かった。
「天王寺さん!! 前の人キレてるから、ついていかんように」
「わーってる。また、Uターンでまきかえすから、ボチボチついてくわ」
と言いつつも、コルベットもエンジン音がカン高くうなる。きーとらんがなあーと深町はあきれてしまった。天満はのんびりと、プラドのボンネットに腰をかけていたが、下からものすごいエンジン音が聞こえてきた。
「あっきたきた」
ポーンとボンネットを飛び下りて、先頭のパジェロに手を振った。
「早くっ!! ちょーだい」
「慌てなくてもー、俺も、こっからレースに参戦するよ」
「好きにして」
「こらー、おまえらレース中に、なごむなー!」
天王寺がコルベットのドアから手を差し出す。はいよと、天満は本を投げ入れて、自分も車に走った。パジェロがUターンしていると、コルベットがまたスピンターンをして一足先に下り始める。あの技、今度マスターしてやると思いながら、天宮が追いかける。
「奥様、スピンターン教えましょうか?」
その一言が、天宮をキレさせてしまった。下りカーブをガンガン走っているコルベットに、ケッケケケーと天宮が笑った。
「まだまだ甘いわっっ!! 天王寺!!」
天宮は、クネクネのS字を一気に直線に走った。パジェロならではの技である。道ではないところを走ってしまったのだ。カーブでブレーキを踏んだ。天王寺が、どわーっと大声を上げた。いきなりパジェロが横に現れたからである。ジャリ道ではない部分を軽くバウンドして、パジェロはカーブひとつを無視した。さすがに助手席の川尻も、どひゃーと声をあげた。
スピードを緩めもせずに、カーブに突っ込んだからである。
「無茶しますねえー、失敗したら心中ですよ」
「失敗なんかしないよーだ! あんまりしゃべってると舌噛むよ、川尻」
キレている天宮は、川尻も呼び捨てで、さらにスピードをあげた。ガタガタと振動が激しくなる。
「おー、これぞ4WDーでえー」
注意されたのに、川尻はまたしゃべろうとして本当に舌を噛んだ。また天宮が大笑いする。あとはコルベットをブロックしてしまえば勝ちである。
さて、レース後半に参加した天満もコルベットにせまった。しかしこちらは道を熟知していないので、天宮のような大技は使わないが、背後からパッシングの嵐をコルベットに見舞う。パジェロが本気を出しているので、さすがにコルベットもついていけず、さらにプラドの猛追を食う結果になってしまった。
「天王寺さん、うしろクラクション鳴らしてるけど」
「おおきに!! 天満」
天王寺もブロックで、プラドを押さえ込むのが精一杯である。ものすごいレース展開であったが、一番は天宮が取った。車から降りても、川尻はまだハヒハヒと舌を口から出している。おもいっきり噛んでしまったらしい。
「今のはショートカットやぞ!! 天宮」
車から降りた天王寺が、天宮のところに行って文句を言った。
「えっ? そう? 山道レースだもん。どこ走ってもいいって言ったでしょ? ズルじゃないよ」
「うん、あれはまともだよね」
深町も賛同する。川尻は抜いたとこは見ていたが、証言しようにもハヒハイ状態でしゃべれない。
「くっそーっっ!! 1勝1敗かっっ!! 悔しいなあ」
「でもー、すーっとした。おもしろかったね。またやろうよ天王寺」
「俺も4WDにするわ。それでないと、おもろない」
「俺も今度は参加しようかなあ」
天満は、自分が意外と上手であることに気付いたらしい。天王寺に言わせれば上手なんてものではなく、天宮より上かもしれないと言うだろう。
「どーする? もう1回やるか?」
「もーいいやっ!」
「んーだら、罰ゲームはどうすんねん?」
「どっちも1回負けたから、両方罰かな」
天宮が素直に負けを認めた。疲れたんやなと深町は笑っている。天宮は1回キレてしまうとフルパワーになってしまうので、消耗も激しい。元気だったら必ずケリをつけるであろう。
「ほなら、おまえ、俺のコーディネイトの服を着るんやな」
キシシ…と天王寺は笑った。よからぬコーディネイトを考えたらしい。
「もしもし、天王寺」
その笑いが異常なので、天宮と深町は突っ込みを入れたが、きいちゃいねーのである。
「うちはテレビがほしいんだけどー、天王寺」
「テレビ?! 俺はグッチかシャネルって言うたんやが」
「なんでもいいって言ったもん」
「えーけどなあ。そんなんでえーんかあ?」
グッチやシャネルといえば、十万台である。それをなんでもと言ったからには、天王寺は50万はかかると予想したのに、テレビなんぞ10万もあれば買える。
「そんなんやったら、コーディネイトできひんやんけ」
「何を想像してたの?」
「金貨をやなあ、ベストに編み込んで、キンキラのいやなおじょーさまっていうのを考えてたんや」
「ばかものー、却下」
天宮は天王寺にケリを入れて、プンプンしながら愛車に向かった。深町は全員に、「うちで鍋でもしようよ」と声をかけて、パジェロに乗り込んだ。
それを合図に、全員が天宮家に戻った。
天宮家に戻って、全員で鍋の準備をした。この家では客は、天宮と深町がそう決定した場合のみで、天満も天王寺も川尻も、まして河之内などは客と認められていない。
「好き嫌いのある人?」
深町が鍋を始める段になって尋ねた。川尻と天王寺が手をあげる。
「俺、魚あかんのや」
「入ってない入ってない、はい川尻さんは?」
「私くし、まずいものはー、少々困ります」
それには天宮がザブトンを投げつけた。却下である。そこへ玄関から声がした。キノコ屋のおばさんである。
「天ちゃーん、えりちゃーん、おすそわけ」
「なになに? おばちゃん」
「おもちついたからね。それより旦那さんは?」
おばさんは玄関から中をうかがった。天宮家にたくさん人が来ているので、もしや天宮の旦那も来ているのでは、とていさつに来たらしい。
「今日は来てないの」
天宮が、もちを両手に首を振った。おばさんは、なあーんだと笑った。そして、ひょこっと玄関から奥をのぞいた。
「うわあーいい男ばっかりねー。てんちゃん」
「えっ?!」
深町と天宮は、同時に発言した。はっきり言って、へんな奴ばかりだというのに、おばさんは外見上の判断をした。
「おばちゃん、上がって話したらいい男じゃないことが分かるよ」
「いやあーねえ、えりちゃん、おばさん化粧もしてないのに」
んじゃ、私の旦那がいたらどうしたわけ? と天宮は思ったが、口にはしなかった。逆に、どれが好み? と尋ねてみた。
「そうねえ、あのネクタイしてる人なんていいねえ」
「おじさんと全然ちゃうねんけど」
「見た目よ! 見た目。さてさて、てんちゃんの旦那がいないなら帰るわ。じゃあね」
パタパタと軽トラで、おばちゃんは帰って行った。二人は手を振りながら、「川尻さんって、マダムキラーってやつ?」「んだね」と言い合った。あのしゃべり口調って、そう言われてみればマダム受けはいいかもしれない。
そこで、ふと深町は気付いたことを口にした。
「したらさあ、河之内のしゃべり方もそうちゃうの?」
「あー、確かに。でも河之内は、おバカさんだから」
「なるほど」
おかしな納得をしていると、奥から鍋奉行天王寺のお声がかっかった。
「ほっといて食うぞお!! おまえらあ」
「誰のうちやねん! ここは!」
天王寺の声に一言突っ込んでから、二人は玄関を閉めて奥に入った。
今日は河之内も食卓の片隅に座っている。4人も野郎がいるので、七輪と鍋を2つずつ用意して、片方を寄せ鍋にして、片方を湯豆腐にした。この七輪を囲むように、6人が座って食事をする。湯豆腐の方は少し火をおとしてあるので手はかからない。寄せ鍋の方は天王寺が意外にまめなので、彼がひとりで取り仕切っている。
「ほら、煮えてるから、はよ取ってくれ」
「慌ただしいなあ、天王寺」
天満と天王寺と深町、天宮は寄せ鍋をがっついているのだが、川尻と河之内は人気の少ない湯豆腐の方に陣取っている。どこから取り出したのか、川尻は地酒を冷でやっている。
「河之内さん」
いい気げんになってきた川尻は、横でもそもそと湯豆腐を食べている河之内に一杯ついで手渡した。
「あなたの弟さん、今18ですねえ。どこの大学へ入られるんですか?」
「はあ?!」
「今の高校もいいですから、恐らくは国公立ですか?それとも外国ですか?」
「どっ、どうしてそれを」
河之内は飲んでいた冷酒を吹きそうになってしまった。
「私の趣味でしてね。各高校の名簿はほとんど手にしているんですよ。まあ、あなたでも無理すれば守備範囲ですが、弟さんの方が好みなんで、一度ご紹介して頂きたいなあと思いましてー、ハハハ…」
河之内はピキッと凍り、残りの4人は、ウワアーッと後退さった。
「今はやりのモーホー野郎?」
代表して天宮がみんなの意見を口にした。それを聞いて、キョトンとしていた川尻は次に笑い出した。
「いやいや、違います」
一同、ホーッと安堵の息を吐いたのだが、次の一言で凍ってしまった。
「私は美しい方なら性別は問いません。あっでも、ご心配なく。あなた方は私の守備範囲じゃありません。もちろん社長もですよ」
「天満くんだけなのね。ふつーの人は」
「俺を、あれと一緒にすんのか? 天宮」
「あれよりはましかな」
マダムキラーで年下好きの男よりは、天満も天王寺も、ずーっと普通の人であるが、実は天宮たちも知らないおかしな奴ではあるのだ。そのことは、この後に続々と発覚し、結局自分たちの周りには、へんな人ばかりということに気付くことになる。
「つまり、実害はないけど、あぶねえー奴ってことですね、川尻さん」
「そういうことにしておきましょうか。おや、河之内さん、そんなに離れなくても、とって食いやしませんよ」
その河之内に深町は笑いかけて、「河之内は、川尻さんの守備範囲だもんね」と言った。
「おい河之内、俺と天王寺くんの間に入れよ!」
やさしい天満は、わざと席をずらせて開けてやって河之内を呼び寄せた。
しかし、ここも怖いことに違いはない。前面に天宮と深町である。
「いえ、こちらで結構です」
食べたり飲んだりが本格的になってくると、宴会状態になる。カセットで音楽をかけたりの、どんちゃん騒ぎである。天宮がニコニコと笑いつつ、「河之内、踊って」と命じ、カセットをながした。河之内も飲んではいるが恥ずかしい。それに音楽は、沖縄民謡である。
「よう、こんなカセット持ってるなあ」
「趣味よ、趣味!! ホラ、河之内、手をあげて!!」
天宮も少々酔っているので眼が怖い。仕方なく立ち上がって、デタラメに手を振っている。
「足で、リズムとらなあ」
ついでに深町のcheckが入る。あんまりにも下手っぴーなので、とうとう天宮が立ち上がって踊り出した。こちらもデタラメには違いないが、どううに入っている。それを見て天王寺がおもてに走り出し、ハンディカラオケを持って来た。
「次は俺の歌じゃーっ!!」
天宮のカセットを止めて、いきなりB´Zを歌い始めた。
「いつも持ち歩いてんの? 天王寺」
「おう、けっこうおもろいんやでー」
天宮の質問に答えつつ、天王寺は何曲か熱唱する。それではと川尻と天満も自分の車からカセットを持って来て、ハンディカラオケに入れて変わりばんこに歌う。天満はわりかしポピュラーで、チャゲ&飛鳥やシャ乱Qなど、はやりのものを一通り歌った。次に川尻は、とーっても嫌味に洋楽である。ビートルズからローリングストーン、ポリスと英語onlyである。また次が天王寺で、今度はぐっとしぶい安部恭弘を歌った。途中で深町と天宮が、「山本まさゆきTime!!」と超オタッキな曲を歌うが、意外にも天満と川尻がのってきた。
「やりますねー、川尻さん」
「そちらこそ」
「次は「ジリオンのピュアストーン」!!」
天満がアニメに流れ、つづく川尻もこれまた「バイファム」のオープニングとくるが、これも英語なのである。
「受けてたとうじゃない。ねえ、えりどん」
川尻の英語曲に対抗して、天宮がSTXの「Mr.Robot」深町の「Let´s it be」が続いた。そんな調子で宴会は夕刻近くまで続いた。みんなが、カラオケの奪い合いをしている間に、河之内はこっそり抜け出して畑の世話をしていたことは誰も知らない。
さすがに持ちネタが切れてきた天満が、「まいったあー」とハンディカラオオケを川尻に渡した。最後の悪あがきとばかりにいきなり「天城越え」が出た。これで全員が「やめれー」と叫び、やっとハンディカラオケはお開きになった。すでに7時を回っている。
「もうしばらく歌はいいっていうくらいに歌ったね、えりどん」
「ほんまやー、鍋もきれいになくなったし、ぼちぼちコーヒーですか?天宮」
深町が七輪にスミを足して、やかんをかけた。ちゃんとガスもあるのだが、こちらの方が味わいがある。
「沸くまで、ちょっと腹ごなししようや!」
天王寺が立ち上がって、おもてへ出ると言い出した。何事だろうと思いつつ、全員(河之内も一応おります)が立ち上がって、天王寺について外へと出た。天王寺は、車から何やら取ってきた。
「やっぱりシメはこれやな!」
なんとそれは花火だった。もう冬だというのに季節を完全に無視した言葉である。
「すいませーん、今、冬なんですけど、天王寺さん」
「かまへんかまへん。はいはいみなさん、これ持って」
深町の素朴な疑問を無視して、天王寺は長い棒のついた花火を全員に渡し、自分は何本かのローソクに火をつけて設置した。なんだかんだと言いつつは、みんなけっこう楽しんだ。花火なんぞ、そうそうすることもないので、寒いながらも、これはこれで楽しい。全員が、ワキャワキャと花火をしている側で、天王寺はローソクに近寄って花火に火をつけ、皆がいる方に「ほら行くでえ!!」と投げた。ねずみ花火である。平らなアスファルトの上をクルクルとよく回るねずみ花火は固まって花火をしていた天王寺以外のものの足元にやって来た。キャーとかドエーなどという声とともに、固まりは割れて四方八方に飛び散った。それも、ひとつでなく次々とやって来るし、行き先はねずみ花火しか知らない。パンパンと足元ではぜる花火に、おたおたとしている間に次がやって来る。
「バーロー!! 天王寺!! てめえー」
天宮が怒って天王寺に近付こうとしたが、「次は上空や!!」と花火を投げると、ものすごい勢いで花火が空に上がり、天宮に向かってきた。慌てて反転して天宮が走り出した。花火は風に乗って、皆のいる方向にやって来る。ひゃあーと全員が走り出した。天宮家の前には、街灯以外の明りはない。アルファルトは少し先でジャリ道に変わる。しかしそこは、まったくの闇である。足元に何があるかは分からない。しかし皆は一目散に闇の中へ走った。途中で、パンと音がして花火が終わった。ヒーヒーと息を切りながら天宮や深町たちが天王寺のほうへ戻っていく。ニヤニヤしながら天王寺の方へ戻って行く。ニヤニヤしながら天王寺が次々に点火をしたが、今度は天王寺の方に流れていった。慌てて天王寺が走る。そこですかさず天満がそのフライング花火に火をつけて投げたが、今度は天宮たちの方に飛んでくる。
「天満くんのとんま野郎ー!!」
ゼーハーゼーハと走りながら深町が隣の天満に怒鳴りつけた。天満も「ごめんごめん」と言いつつ走っている。戻って来た天王寺が追いうちをかけるように、次々とフライング花火に火をつけて投げる。置く方向によっては不発もあるらしく、そのまま地上で火をふいているものもある。
「二度と天王寺に花火させんのはやめような! えりどん」
ヒーハーヒーハと言いながら、遠くで花火で遊んでいる天王寺を見ながら、天宮が深町に言った。深町も大きくうなずいて、「天王寺に花火は禁止やな」と同意した。
「そんな離れてたら、おもろないやんけ!!」
遠くから天王寺は手招きしているが、もう誰も近付こうとは思わなかった。しゃーないなあと、天王寺は普通の花火に点火した。これは、置いて火をつけるタイプで火の粉が雪のようにキラキラと落ちる。
「もう、おひらきや」
天王寺はそう言って、残りの花火を車にしまってしまった。その後、天宮から腕に一発ケリを入れられたが、天王寺は寸前でかわしてケララ…と笑って、「またやろうな」と言った。花火騒動が終わってすっかり遅くなって皆が帰路についた。天宮は挨拶する河之内に念を押すように「必ず修理代を申告してね!」と言いおいたが、当人は何も返さずに帰った。
「でもなあー、天宮。あの車はムチャ高いって、天王寺が言っとったから、修理代もすごいんちゃうの?」
心配そうに深町が聞いたが、天宮はどうしても足らんかったら秦海に借りてでも払うと言った。
「なんかこう、河之内には精神的プレッシャーはかけたいけど、金銭面ではきれいにしたいじゃないの。えりどんだって、お花のお金払ってたじゃない」
「まあな」
「秦海にちょっと借金して、年末のボーナスで返すとするから。大丈夫だってば!」
そ う言って、天宮も秦海家に戻って行った。
秦海家に戻った天宮は、自分の部屋で本を読んでいる秦海を見付けた。
「お帰り、遅かったなあ。もう風呂には入ったぞ」
「くつろぐんなら、自分の部屋に行けばあ?」
「いや、おまえが帰ったら寝ようと思って待ってたんだ」
読みかけの本をパタンと閉めて、秦海は天宮の肩に背中から手をかけた。
うっとおしーいと思う天宮だが、今日は頼みたいことがあるので黙って耐えた。
「おっ、今日は素直だな天宮」
「サービスってやつねー。または先払利息ともいう」
「なんだ?」
「お金貸して、秦海」
「いくら?」
「100万は軽いかなあー、もうちょっと」
「天王寺に負けたのか?」
秦海は天宮が天王寺とのレースでコテンパンにやられてしまって、新しい車をご所もうかと思ったのだ。ぶんぶんと天宮が首を振って「違う」と言った。
「河之内の車を壊したから、修理代を払うの。レースは1勝1敗で、引き分けだよーん」
「ディアブロをなあー、それでおまえのケガは?」
「してないしてない、わだちが高くて、おなかと足まわりを壊しただけだから。あっ川尻さん舌噛んだけど」
そ れを聞いて秦海は、「えっ?!」と言って、天宮の前にまわった。
「川尻も行ってたのか?」
「うん、それと河之内と河之内の連れの天満くんとー、あとでみんなで鍋して、花火やって」
「天王寺と? それは災難だったな」
秦海は知っている。天王寺と花火の怖さをー。しかし、天宮がレースの模様を楽しそうに話してくれていると、とてもさみしくなってしまった。
「どうしたの? 眠いんなら、やめようか」
天宮が、秦海がくらーくなってきたので眠くなったのかと思ったが、秦海はぶんぶんと頭を振った。
「どうして、俺を呼んでくれないんだ?」
「遠くてやだって言ってたから。あっすねてる?」
ニヤニヤと天宮は秦海を指さして笑った。秦海はそういうことがたまにあるのだ。ポンポンと秦海の肩を2度たたいて、「今度集まる時は呼ぶからね」となぐさめた。その言葉にパアーッと顔の明るくなった秦海が、うんうんとうなずいた。
「なあー、天宮」
機嫌のなおった秦海は、天宮にまたレースをやるなら、その林道をアスファルト舗装したらどうだと尋ねた。
「よその土地だよ」
「買ってしまえば、何でもできるぞ。もっとちゃんとしたコースにすれば、楽しいんじゃないか?」
またあやしいことを考えるなあと、天宮は頭痛がしてきた。たまにはシャレのレースをするぐらいのことなのに、わざわざ土地まで買い上げてどーするというのだと思ったのだ。
「いらない。林道レースはジャリ道だから楽しいんだよ。それと私の本籍をこっちに移したわね」
「ああ、新戸籍にしたからな」
「本籍は戻しておいて! 村の平均年齢が上がったって、村中で騒いでるから」
「ああ、分かった。じゃ、手続きしておく」
「ちっちゃい村だから、そういう情報はすぐ回ってしまうのよ。結婚したのも、しっかりバレてたしなあー」
そう言いつつ、天宮がベッドに寝転んだ。さすがにフルパワーを使うと、体も神経もヘトヘトで、ついでに酒がきいている。
「風呂に入れよ、天宮」
「めんどくさーい。もう寝る」
「こらこら、そのまま寝るな!」
秦海が、起こそうとしてあきらめた。寝てしまったら、テコでも動かないのが天宮である。
「おそわれる心配ぐらいしてくれよ」
そう声をかけながら、天宮に布団をかけて、秦海はその寝顔を見て、ニコニコと微笑んだ。本当に結婚してよかったなあと、しみじみとした幸福感にひたる秦海であった。
