さとう動物病院
 長野県 千曲市
トップページに戻る
エッセイ
父とサハラ砂漠

 私の父は好奇心が旺盛で、とくに旅行が大好きであった。外国語などまったくできなかったが、海外へは何度も出かけていた。ヨーロッパや東南アジアはいうにおよばず、私がタンザニアに住んでいた頃、アフリカくんだりまでやってきたのである。
 もう二〇年余りも前のことだが、私は青年海外協力隊に参加し、東アフリカのタンザニアで獣医師として働いていた。協力隊の任期は通常二年間であったが、私は一年間任期を延長することにした。そのことを手紙で両親に連絡した際、
「アフリカはとても素晴らしいところです。是非おいでください」
 と書いたのは事実である。両親に対してとはいえ、半分は社交辞令であった。しかしその手紙を受け取った父は、私に連絡もせずに東京の協力隊事務局にお願いして、新隊員と一緒に来ることを決めていた。
 協力隊は一年以上任期を延長すると、一カ月間の一時帰国が認められる。私は一時帰国の予定を立てなければならなかったので、確認のため家に電話をかけたところ、父は当然のごとく、
「東京の協力隊事務局に頼んで行くことにしたぞ」
 というではないか。まさかそこまで話が進んでいるとは想像だにしていなかったので、私は唖然としてしまった。
 このような経緯で、父は数人の新隊員と一緒にイギリス経由でやってきた。父との二年ぶりの再会に、私は幾分胸を膨らませてダルエスサラームの空港へ迎えに行った。しかしタラップから新隊員が降りて来ても、父の姿はなかなか現れなかった。父は一番最後になって降りてきたが、新隊員とは席が離れていて降りていいのかどうかわからなかったらしい。父が乗ってきた飛行機はタンザニア経由で隣国マラウイへ向かう便だったので、私は随分と気をもんだ。
 実はその数カ月前、マラウイから同期の隊員二名がタンザニアに遊びに来ていたが、彼らが帰国した際、マラウイの空港で乗り過ごしてしまい、ザンビアまで行ってしまったことがあった。マラウイの空港で飛行機が飛び立つ直前、二人はスチュワーデスさんに向かって、
「ここで降ります。この飛行機、止めてください!」
 と、英語で叫んだそうである。英語を話せる隊員でさえも乗り過ごしたことがあったので、なかなか降りてこなかった父に、しばしはらはらさせられたのも道理である。
 自営業の父は仕事を兄に任せてあったので、一カ月間タンザニアに滞在した。旅行好きな父ではあったが、これほど長期間海外に滞在したのは、後にも先にもこのときだけである。前半の二週間は、私はまだ仕事があり職場に出かけていたので、父はアパートで気ままに過ごし、いつの間にか近所の子供たちともなかよしになっていた。後半は私と一緒に動物探索のサファリツアーに出かけた。
 タンザニアは世界でも有数の動物王国である。ゾウやライオン、キリン、ヌー、シマウマなど、数え切れないほどの動物たちを、自然のままの姿で堪能することができる。とくに長野県とほぼ同じ広さのあるセレンゲティ国立公園では、数万頭にもおよぶシマウマの大群や、顔を血に染めながら巨大なバッファローにかぶりついているライオンを見ることができた。
 父が滞在したアフリカでの一カ月は、またたくまに過ぎ去った。日本へは私と一緒に帰国することにしていたが、せっかくなのでエジプト経由で帰ることにした。私もあの広大なサハラ砂漠や、神秘的なピラミッドを見学したかったのである。カイロには三泊したが、巨大なギザのピラミッド群やイスラム教寺院(モスク)の数々、ツタンカーメンの黄金のマスクが展示されていたエジプト博物館など、父と二人で壮大な古代文明の遺跡や芸術品を楽しむことができた。最後の夜は、ピラミッドとスフィンクスを舞台にした音と光のナイトショーに出かけたが、あの幻想的な雰囲気は今でも鮮明に私の脳裏に焼き付いている。
 ところで父は、イギリスからタンザニアに空路で来るとき、機内から朝日に輝くサハラ砂漠を見てきたという。夜行便でロンドンを発ったが、サハラ砂漠の上空を飛んでいたとき、ちょうど夜が明けたらしい。
「砂漠から陽が昇り始めると同時に、あたり一面が黄金に輝いた。それはそれは美しかった」
 と、父は何度もそのことを話してくれたが、砂漠に陽が昇る瞬間を機上から見たことのない私には実感がつかめなかった。その父はアフリカから帰国して数年後に、六六歳で他界してしまった。今となっては、父から当時の感動を聞くことはできない。
 私はその後、アフリカへ三度ほど行く機会に恵まれ、サハラ砂漠の上空を往復併せて六回も飛んだが、残念ながら決定的瞬間には未だに遭遇していない。父が見た「黄金に輝くサハラ砂漠」を、いつか私もこの目で確かめてみたいと願って止まない。
ギザのピラミッドと父
エジプト人に囲まれた父 ギザのピラミッドの内部
タンザニアの子供たちと父 魚市場でロブスターを手にする父
トップページに戻る