さとう動物病院
 長野県 千曲市
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童  話
竜よ天に昇れ!

 竜王山(りゅうおうざん)のふもとに、白竜村(はくりゅうむら)という小さな村がありました。奥山の神社に、木彫りの白い竜が祭られていたことから、そう呼ばれていたのです。村人はたいそう働き者で、豊かに、そして幸せに暮らしていました。
 夏のある日、竜王山の奥深くからドドドドドーンという大きな音が響き、激しい山崩れが起きました。村一番の長老、喜作爺(きさくじい)さんは、何か不吉な予感がしました。それは『竜王山に山崩れが起きると、地下に閉じこめられている妖怪が村に現れて、数々の災いを起こす』という、古い言い伝えがあったからです。
 そして山崩れの日を境に、白竜村には災いが頻繁に起きるようになったのです。災いは些細なことから始まりました。そのため、妖怪の仕業だとはだれも気がつきませでした。
 ところが、秋も深まる頃になると、倒れるはずもない柿の木が突然倒れて家がつぶされたり、大切な牛や馬が得体の知れない生き物に、次々と喰い殺されたりしました。
「喜作爺さんのいうとおり、山崩れのせいで妖怪が出たんじゃなかろうか?」
 庄屋の家に集まった村人は、そういいながらも、不気味な出来事に首をかしげるばかりです。
 やがて冬がやってきました。白竜村は真っ白な雪に覆われています。いよいよ、妖怪の悪さも人に危害をおよぼすようになりました。ある日、猟師の寛吉(かんきち)が鹿を撃ちに山へ入ったきり、行方不明になってしまったのです。
「お父つぁんが山へ行ったきり、十日も戻らねえだ」
 と、寛吉の妻、オソノが庄屋の家にやってきました。不気味なことが頻繁に起きていたので、すぐに村の若い衆を集めて、寛吉を探しに山へ行きましたが、なんの手がかりもありませんでした。
「きっと妖怪にやられたにちげえねえだ」
 村人は誰しも、そう思うようになりました。
 次に犠牲になったのは、きこりの甚平(じんぺい)です。息子の三平(さんぺい)と山で切った木をソリに積んでいたときです。風もないのに近くの藪がガサガサと揺れはじめ、何かが恐ろしい声を立てながら勢いよく飛び出してきました。
「妖怪だ、妖怪が現れた!」
 と、甚平さんは叫びました。その妖怪は熊のような姿をし、大きさは人の背丈の三倍ほどもありました。顔には大きな目が三つ、鮫のような鋭い歯が並んでいる口は耳元まで大きく裂け、それはそれは恐ろしい妖怪です。そして妖怪は、手を蛇のように伸ばしたかと思うと、甚平さんをさっと捕まえ、一口で食べてしまいました。
 三平は恐ろしくてその場で腰を抜かしてしまいました。
(妖怪が熊に乗り移ったに違えねえ。あの妖怪はクマンバだ。俺もクマンバに食べられちまう)
 恐ろしさで身体が動かなくなった三平は、そんなことを考えながら、目だけをクマンバに向けました。とその時です。激しい風がびゅーと吹いたかと思うと、あたかも吹雪のようにあたりに粉雪が舞い上がりました。そして不思議なことに、粉雪を浴びた妖怪はギャオーと声を立てながら山の奥へ逃げ込んで行ったのです。
(熊に乗り移った妖怪は、吹雪が嫌いなようだ)
 命拾いした三平は、そんな気がしました。お父つぁんが食われちまったことを悲しんでいる暇もなく、三平はソリに飛び乗ると、一気に山を滑り下りました。
 三平の話を聞いた村人は、庄屋の家に集まりました。
「どうしたら、クマンバをやっつけることができるじゃろか?」
 村人は真剣に考えましたが、なかなかいい知恵は浮かびません。妖怪をやっつけるには、人間はあまりにも非力です。みなが下を向いてうなだれていたとき、
「白竜じゃ、白竜にお願いするしかねえ」
 と、喜作爺さんがつぶやきました。
「おらがまだ子供の時、曾祖父様(ひいじじさま)から聞いたことがある。たしか、庄屋さんの家には、赤く光る玉があるはずじゃ?」
 喜作爺さんからそういわれた庄屋の主人は、少し考えてから
「それはきっと先祖伝来(せんぞでんらい)の、紫水晶(むらさきすいしょう)の玉のことじゃろな。そやつは陽に当たると燃えるように赤く光りよる」
 といいました。すると喜作爺さんは
「その紫水晶の玉を、奥山の神社におそなえすれば、白竜が現れるはずじゃ。白竜村は昔から白竜に守られてきたから、きっと間違いない」
 と、自分にいい聞かせるようにいいました。そして
「ただし問題は、だれがおそなえに行くかじゃ。白竜は子供が好きじゃけ、その玉をおそなえに行くのは子供でなければだめじゃと、わしゃ聞いておるんじゃ」
 と、付け加えたのです。奥山には恐ろしいクマンバがいます。大人でも怖くてたまらないのに、子供でなければならないと聞いて、
(そんな恐ろしいところに、どうして子供を行かせられようか)
 と思い、村人は再び考え込んでしまいました。
 そのとき、座敷の奥から、十二才になる庄屋の長男、健太郎(けんたろう)がやってきて、
「おらが行く。おらが紫水晶の玉を、奥山の神社おそなえしてくる」
 と、きっぱりといいました。突然のことだったので、村人は目を丸くして、自分の耳を疑っています。一番驚いたのは庄屋の主人でしたが、村人の相談役になっているので、息子が『おらが行く』といったときは、幾分誇らしく思いました。しかし、父親としては、健太郎が奥山の神社へ一人で行くことは、とても心配です。健太郎は村人の前まで来ると、一段と大きな声で、
「おらは庄屋の長男だ。庄屋の息子は村の役に立たなければならねえ。だからおらが行く。おらが奥山の神社に紫水晶の玉をおそなえしてくるだ」
 と、胸を張りながらいいました。
「クマンバは吹雪に弱いはずじゃ、吹雪の日に行けば、クマンバはきっと襲ってこない」
 三平が、自分の助かったときの状況を思い出しながらいいました。
 こうして、庄屋の長男、健太郎は吹雪の日に奥山の神社へ行くことになりました。しかし、なかなか吹雪の日はやってきません。その間にも、クマンバは里の近くに現れては、人々を襲います。そして女子供を含む七人が犠牲になってしまいました。
 健太郎が奥山の神社に行くと決めてから十日目の夜、激しい風が吹き始め、ようやく吹雪がやってきました。皆喜んで、庄屋の家に集まりました。村人は誰しも健太郎の活躍を期待していたのです。健太郎は先祖伝来の紫水晶の玉を受け取ると、
「それじゃ、おら、神社へ行って来る。そして、この玉をおそなえしてくる」
 と、村人の期待にこたえるように、きっぱりといいました。庄屋の主人は、まだ子供だと思っていた健太郎が、いつのまにか逞しく育っていることに、そのとき気がついたのでした。
 健太郎は、頭陀袋(ずだぶくろ)に入れた玉を背中に背負い、寒くならないように、しっかりと毛皮の上着を着込みました。外は一段と風が強まり、激しい吹雪のため足もとさえもよく見えません。でも、この吹雪がクマンバの襲撃を防いでくれるのです。
 ザク、ザクとあられのような新雪を踏みしめながら、健太郎は神社を目指し、山道を登って行きます。冷たい雪が顔に吹き付け、目を開いているのも苦しいくらいです。山の木々は風で大きく揺れ、小枝や幹が激しくぶつかりあい、不気味な音をたてています。目を凝らして前の方をみると、木立に吹き付けた雪が、まるでお化けのように見えます。
(おら、怖くねえ。白竜が必ず守ってくれる)
 そう思ったときです。ザザザザザーと山の斜面から雪が崩れ落ちてきました。あっと叫ぶまもなく、健太郎は雪崩(なだれ)に飲み込まれ、谷底に落ちてしまいました。
(こんなことに、くじけちゃなんねえ。この玉を龍神様(りゅうじんさま)におそなえしなければ、白竜村はクマンバに滅ぼされてしまう)
 雪の中から這い出した健太郎は、背中に紫水晶の玉があることを確認すると、また一歩一歩、山の斜面を、登り始めました。
 そのころ庄屋の屋敷では、村人が健太郎の無事を祈って神棚の前でお祈りをしています。
「神様、竜神様、なにとぞ健太郎をお守りくだせえ。この白竜村をクマンバからお守りくだせえ」
 村人は手を合わせながら、必死で祈りました。
「この吹雪じゃ、健太郎は無理じゃったかも知れねえ」
 あまりの激しい吹雪に、人々の不安は募るばかりです。
 ザク、ザク、ザクと健太郎は、必死で山を登っています。まわりでどんなに激しい音がしようと、もう何も聞こえません。顔に吹き付ける雪も、ぜんぜん冷たく感じなくなっていました。凍え死ぬ一歩手前の状態だったのです。目を開いているのかどうかも、自分ではわかりません。ただひたすら、神社を目指して歩いています。
 夜が明ける頃、ようやく健太郎は神社にたどり着きました。お堂の扉を開けると、倒れ込むように中に入りました。背中の頭陀袋から紫水晶の玉を取り出すと、それっきり、もう意識はなくなってしまいました。
 夜が明けると、吹雪は嘘のようにおさまりました。
「健太郎は無事に着いたじゃろか」
 村人はそういいながら、屋敷の戸口に出て、心配そうに奥山の神社の方を見ました。するとゴゴゴゴゴーと、まるで地の底から伝わってくるような大きな音が響き始めました。ビリビリっと家や地面が小刻みに揺れています。木にとまっていた鳥たちは何かの気配を感じたのか、一斉に飛び立ちました。
「白竜じゃ。奥山の神社から白竜が昇ってくるぞ」
 庄屋の主人が大声で叫びました。白竜の額には、健太郎がおそなえした紫水晶の玉が赤く輝いています。
「健太郎は無事に着いたんだ。よかったよかった」
 村人はそういって喜びました。
 しかし喜んでいる暇はありません。そのときから、白竜とクマンバの壮絶な戦いが始まったのです。白竜はくねくねと身体を動かしながら、滑るように空を飛んでクマンバに近づき、口から火を吹きながら攻撃します。クマンバは益々巨大となり、空中を泳ぐようにして飛び始めました。白竜とクマンバは白竜村の上空で激しくぶつかり合い、そのたびにゴロゴロゴロドスーンと、まるですぐ近くに雷でも落ちたような大きな音をたてています。そして村中の家々も、ドスンドスンと激しく揺れるのでした。
 クマンバの手には鋭い爪が伸び、白竜が締めつけようとして近づくと、その爪を白竜の身体にくい込ませます。白竜の白い身体からは、赤い血が滲んでいます。白竜も負けてはいません。鋭い牙をクマンバの身体にくい込ませます。クマンバの身体からは、青い血が流れ始めました。純白の雪は、白竜の赤い血とクマンバの青い血で染められてしまいましたが、なおも戦いは終わりません。そして五日目の夜、村の真上で稲妻のような光が光ったかと思うと、バリバリバリドドドドドーンと、それはそれは大きな音がしました。そしてギャオーという悲鳴と共に、ドーンと鈍い音が谷底の方から響いてきました。
 そして、あたりは急に静かになりました。
「戦いは終わっただべえか」
「白竜はどうなったじゃろうか」
 不安な思いで家の中にこもっていた村人は、次の朝、外の出て驚きました。山の木という木は、怪獣が踏みつぶしたように倒れています。家が壊されなかったのが不思議なくらいです。そのとき、村人は白竜が家を守っていてくれたことに気がつきました。
「白竜もやられて死んでしまったんじゃろか」
 喜作爺さんが心配そうにいいました。
「白竜がもう一度天に昇らないと、この村には平和は訪れねえ。昔からそう言い伝えられているだ」
 喜作爺さんはいいました。
 村人は、健太郎を探しに奥山の神社へ行きましたが、姿はどこにも見あたりませんでした。神社の中にあった木彫りの白い竜も、姿を消しています。人々はクマンバだけでなく、白竜も健太郎も死んでしまったと思うようになりました。
 やがて春がやってきました。村にはつかの間の平和は訪れましたが、喜作爺さんのいったことが気にかかります。
「再び白竜が天に昇らないと、村には本当の平和は訪れない」
 と、村人は誰しもそう思うようになっていたのです。
 春祭りの日、人々は奥山の神社に集まりました。木彫りの白い竜も消えてしまったので、せっかくの祭りもまったく盛り上がりません。まるで葬式のように暗く沈んだお祭りです。お堂の入口に腰掛けた庄屋の主人は、目を竜王山に向けると、はっとしました。そして
「あれを見ろ。皆の衆、竜王山を見ろ。白竜じゃ。白竜が生きておるぞ」
 と大声で叫びました。そうです、竜王山の山肌には、まるで今にも天に昇りだしそうな竜の形をした雪形が出来ていたのです。
 村人が一斉に目を竜王山に向けると、それを待っていたかのように、竜の形をした雪形が動きだしました。そして
「ゴゴゴゴゴゴー」
 と地の底から伝わってくるような音が響き始め、竜王山から竜が天に昇り始めたのです。青色をした竜は白い雲を突き抜けながら、再び姿を白色に変えてゆきます。
「おお、白竜が昇って行く、白竜が天に昇って行くぞ」
 村人はそういいながら、大喜びで天に昇って行く白竜を見つめていました。
 やがて白竜は、ゴマ粒のように小さくなり、空のかなたに消えてしまいました。
「お父つぁん、お父つぁん」
 突然、か細い声がお堂の奥から聞こえてきました。庄屋の主人が駆け寄ると、そこには白い木彫りの竜に抱かれるようにして、健太郎が横たわっていたのです。吹雪で凍え死にそうになっていた健太郎は、白竜に助けられ、息を吹き返したのでした。
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